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ウィキペディアへの批判

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ボランティアによって書かれたフリーコンテントプロジェクトであるウィキペディアは、その規模と知名度の増大に伴い、多くの批判もなされてきた。よく言われるものには、そのオープンな性質のために内容に権威がなく、信頼性が低いことを指摘するものや、固有の系統的偏向性があるというもの、集団の力学が目標の達成を妨げているというものなどがある。また具体的なものでは、明らかな、あるいはわかりづらい荒らし行為の存在、頑固な執筆者による記事の支配、議論のある話題についての不正確な、もしくは存在しない情報源による執筆、編集合戦などの、執筆者間の非建設的な衝突などに対する批判がある。

ウィキペディアのコンテントに対する個々の際立った議論は、広くメディアの非好意的な注目を集めてきた。批判者たちは、シーゲンソーラーエスジェイの事件を示し、ウィキペディアの文献としての信頼性・有用性に疑問を投げかけた。また、ウィキペディアはパロディーやユーモラスな批判の対象ともなっている。

目次

コンセプトに対する批判

ウィキという形態

ウィキペディアは、“誰にでも編集できる”[1]というその性質、即ちウィキであるために、賞賛され、また批判もされた。司書学者、他の百科事典の編纂者などの中には、資料としての有用性が非常に低いとの批判もあった[2][3]。多くの大学講師たちは、学術的な論文の中ではどんな百科事典も引用してはならず、一次情報源を使うよう勧めている[4]。ある大学のプログラムといくつかの学校においては、名指しでウィキペディアの引用が禁止されたこともあった[5]

ウィキペディアの方針によれば、記事中の主張は、信頼できる出版された情報源によって支持されるべきであり、さらに理想的には査読されたものであるべきであるとしている[6]

  • 現在ウィキペディアの事実上の指導者である[7]ジミー・ウェールズは、どんな百科事典も元来一次情報源としては不適切で、権威として信頼されるべきものではないと強調している[8]。またウェールズと共に2001年にウィキペディアを設立した[9]ラリー・サンガーは、翌2002年にプロジェクトから手を引き[10]2004年後半には、専門的知識を能動的に軽視する「反エリート主義」の哲学があるとウィキペディアを批判し[11]て、2007年に「Citizendium」を興した。ニコラス・G・カーも、ボランティアによるWeb 2.0的プロジェクト(これはウィキペディアも含まれる)を、「経済的に不利な立場におかれるプロフェッショナルの仕事を駆逐し、最終的に社会に害をもたらす」と批判している[12]
  • インディアナ大学ブルーミントン校における2005年の研究では、ウィリアム・エミーとスーザン・C・ヘリングはウィキペディアに対する正式な研究がそれほど多くはないことを示し、ウィキペディアが社会的手段—すなわち、参加者たちの中核をなす人々に問題がないかを監視する自己規範と、より幅広い文化から書かれることによる百科事典的な本文への期待—によってそれらの結果を達成すべきであるとした[13]
  • オリバー・カムは、ウィキペディアの内容を決定する過程でなされる合意形成の信頼性に懐疑的な考えを述べた―「ウィキペディアは真実ではなく、合意を求めている。果てのない政治談話のように、最後に残るのは最も大きくしつこい声だ(end result will be dominated by loudest and most persistent voices)」と[14](→Wikipedia:合意形成)。

資料としての有用性

ウィキペディアは、ジミー・ウェールズも上記で述べているとおり、まともな研究においては一次情報源として使用すべきではないということを認めている[15]。司書のPhilip Bradleyは2004年10月、「ガーディアン」誌のインタビューにおいて、ウィキペディアの根底にあるコンセプトは「素晴らしい考え」であるとしたが、実用上はこのサイトを使うことはないだろうと述べた。さらに、「使おうとするであろう司書を私は一人も知らない。一番の問題は権威の欠如だ。出版された資料においては、出版者はそれで生活しているので、彼らは情報が信頼できるということを保証しなければならない。しかしこのようなもの(=匿名の不特定多数による電子データの塊であるウィキペディア)においては、すべては窓の外で起きていることだ。」と述べた[16](→Wikipedia:免責事項)。

ブリタニカ百科事典」の前編集長ロバート・マクヘンリーは、2004年11月に次のように述べた。

ある主題について学ぶために、あるいはある事実を確かめるためにウィキペディアを訪れる人は、公衆便所を使う人のようなものだ。明らかに不潔であれば、その場合は注意深く使うことができる。あるいは清潔に見えるのであれば、その場合は虚偽の安心感に騙されてしまうことになる。確実に彼が知らないことは、誰がその設備を以前に使ったのかということだ[3]

「The Faith-Based Encyclopedia」(信頼が土台の百科事典)テックセントラルステーション、2004年11月15日より

CNET2005年12月15日の記事の中で、「ネイチャー誌に今週掲載された研究によれば、ウィキペディアは、我々をとりまく世界の事実についての由緒ある旗手であるブリタニカ百科事典と比較して、同じくらい正確な情報源だ。」と述べた[17]。ネイチャー誌によって実施・出版(2005年12月)されたこの調査は、「ザ・レジスター」の編集者アンドリュー・オーロウスキーによって、次のように批判された。

……ネイチャー誌は、ブリタニカの記事の中の、誤解を招くような断片だけを校閲者に送り、ブリタニカの子供向け版や「book of the year」から抜粋したものを他者に送った。あるケースでは、異なる記事の断片を単純につなぎ合わせ、独自の素材を挿入し、それをブリタニカの単一の記事であるとして手渡した[18]。……

ブリタニカ百科事典もまた、その研究におけるブリタニカの抜粋は、少年向けの版のために書かれた記事のものを含む編集物であるため「致命的に不備がある」として、ネイチャー誌の研究を否定した[19]。ネイチャー誌はブリタニカの抜粋の一部が編集されたものであるということを認めたが、これによって研究の結論が変わるものではないとした[20]。ブリタニカ百科事典はまた、ネイチャー誌の研究は、二つの百科事典の間のエラー率は似かよっているが、エラーを分析してみると、ブリタニカは「脱落エラー」が多いのに対し、ウィキペディアの方は不正確な事実をより多く含んでいるということを示している、と論じた。

荒らし行為に対する脆弱性

2005年11月、ジョン・ローレンス・シーゲンソーラーの記事に名誉を毀損する内容の編集が加えられたシーゲンソーラー事件の結果として、ウィキペディアは非常に好ましくない印象を大衆に与えた。誤った記述は2005年5月から9月までの間、シーゲンソーラーの友人Victor S. Johnson, Jr.によって発見されるまで、まったく気づかれることがなかった。ウィキペディアは荒らし行為を、記事が常に直面する問題として認識している。ある利用者は特定の主題に対する不満から、またある利用者は単にウィキペディアを破滅させるために荒らし行為をする。また、システムを試験し、その信頼性の低さを実証するために、故意に虚偽の情報を記述した例もある[21]

ウィキペディアはこれらの問題を認識しており、「Researching with Wikipedia」(ウィキペディアによる研究)のページには次のように記述されている。

ウィキペディアが徹底的にオープンであるという性質はすなわち、あらゆる記事は、あらゆる瞬間に、好ましくない状態になり得るということを意味しています。たとえば、膨大な量の編集の中に荒らし行為がまぎれているかも知れないし、また、つい最近荒らされたという可能性もあります。明らかな荒らし行為は通常簡単に発見され、迅速に訂正されますが、ウィキペディアは、判別しにくい荒らし行為に対し、通常の情報源よりも確実に脆弱です。[15]

  • ウィキペディアに対する判別しにくい荒らし行為の例として、著作権侵害の虚偽主張で記事を破壊するというものがある。寄稿者が類似の情報をウェブフォーラムに投稿することで、それらの投稿が、ウィキペディアへの膨大な寄稿を破壊するための非常に効果的な手段として使用されたことがある。「6.5mmグレンデル弾」(6.5 mm Grendel)の記事では、寄稿者とフォーラム管理者の証言を得ることでその行為を無効化することができた。しかし「50口径ベオウルフ弾」(.50 Beowulf)の記事では、発見があまりに遅すぎたため、寄稿のうちの大部分が失われるという結果になった。

ウィキペディアには、荒らし行為に対処するためのさまざまなツールが利用者と管理者のために用意されている。またウィキペディアの支持者らは、荒らし行為のほぼすべては短時間のうちに差し戻されると主張している。MITメディアラボのFernanda Viégasと、IBM基礎研究所のMartin Wattenberg、Kushal Daveらは、荒らし編集のほとんどは5分前後で差し戻されるということを示した[22]

確かに、ページの白紙化や不愉快な文章の追加など大掛かりな荒らし行為のほとんどはすぐに差し戻されるが、一方でさほど明白でない荒らし行為は訂正に長い時間がかかる。たとえば、ある利用者によってマーチン・ルーサー・キング・ジュニアの記念日(en:Martin Luther King, Jr. Day)の記事に人種差別主義的な編集が行われたときは、差し戻されるまでに4時間近くの時間を要した[23]。コラムニストのSujay Kumarは次のように論評した。「ウィキペディアはほとんどの荒らし編集が5分以内に除去されると言っているが、気づかれずにいる虚偽の記述もある。ラリー・キングの鼓腸に関する異様な記述は1ヶ月もの間掲載され、ヒラリー・クリントンが卒業生総代であったという小さな誤りは2年近くの間訂正されなかった。」[24]

悪戯行為の試みは記事の編集だけに留まらない。2005年10月、かつてコールセンターで働いていたスコットランド出身のAlan Mcilwraithは、彼は多くの勲章を授けられた英雄であるとする自身のウィキペディア記事を作成した。その記事はすぐに、他の利用者によって信頼できない記事とマークされた。しかし、Mcilwraithは多くの慈善団体やメディア組織に対しても、彼が主張するような人物であると説得するのに成功した[25]

記事本文に対する悪意ある編集は差し戻すのは比較的容易だが、数字や統計に関する編集ははるかに見つけるのが困難であり、さらに長期間にわたって掲載され続けてしまうおそれがある。

脚注

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  1. ^ 但しスティーブン・J・ボーハンニコルズは、管理者たちによってしばしば発動される“半保護”、また英語版では「半保護」表示さえもされないゆえに、ウィキペディアの実態はログインユーザのためのグループウェアに過ぎないと喝破した。『Wikiは時間の無駄だ』を参照。
  2. ^ Lysa Chen (2007年3月28日). “Several colleges push to ban Wikipedia as resource”. Duke Chronicle. 2007年4月2日閲覧。
  3. ^ a b McHenry, Robert (2004年11月15日). “The Faith-Based Encyclopedia”. Tech Central Station. http://www.techcentralstation.com/111504A.html 2005年12月30日閲覧。 
  4. ^ Noam Cohen (2007年2月27日). “Wikipedia on an academic hit list”. NY Times News Service. 2007年4月16日閲覧。 “Middlebury professor Thomas Beyer, of the Russian department, said: 'I guess I am not terribly impressed by anyone citing an encyclopedia as a reference point, but I am not against using it as a starting point.'
  5. ^ “A Stand Against Wikipedia”. Inside Higher Ed. (2007年1月26日). http://www.insidehighered.com/news/2007/01/26/wiki 2007年1月27日閲覧。 
  6. ^ Wikipedia: Verifiability”. 2008-05-14閲覧。
  7. ^ Brian Bergstein (2007-04-02). “Wikipedia co-founder seeks to start all over again—this time with contributors' real names”. Associated Press. http://www.post-gazette.com/pg/07092/772696-96.stm 2007年4月21日閲覧. "Wikipedia's de-facto leader, Jimmy Wales, counters that real names are overrated."  Sorin Adam Matei and Caius Dobrescu. “Ambiguity and conflict in the Wikipedian knowledge production system”. 2006 International Communication Association Annual Meeting, Dresden, Germany. 2007年4月26日閲覧。 “The participants included several notable contributors, such as James Wales, Wikipedia’s founder and de facto arbiter and leader of the project. Holden Frith (2007年3月26日). “Wikipedia founder launches rival online encyclopaedia”. The Times. 2007年4月26日閲覧。 “Wikipedia’s de facto leader, Jimmy Wales, stood by the site's format.
  8. ^ Wikipedia: "A Work in Progress", ビジネスウィーク (2005年12月14日). 2007年1月29日閲覧。
  9. ^ Bergstein, Brian (2007年3月25日). “Sanger says he co-started Wikipedia”. ABCニュース (Associated Press). http://abcnews.go.com/Technology/wireStory?id=2980046 2007-03-26閲覧. "The nascent Web encyclopedia Citizendium springs from Larry Sanger, a philosophy Ph.D. who counts himself as a co-founder of Wikipedia, the site he now hopes to usurp. The claim doesn't seem particularly controversial—Sanger has long been cited as a co-founder. Yet the other founder, Jimmy Wales, isn't happy about it." 
  10. ^ “More than just a war of words”. The Sydney Morning Herald. (2007年4月21日). http://www.smh.com.au/news/world/not-just-a-war-of-words/2007/04/21/1176697134712.html 2007-04-23閲覧. "Wikipedia is suffering from a credibility crisis. Some—such as the Wikipedia co-founder Larry Sanger, who left the organization in 2002—say the malaise goes even deeper. He describes the organization as "completely dysfunctional" and is heading for a reckoning." 
  11. ^ ラリー・サンガー, "Why Wikipedia Must Jettison Its Anti-Elitism", Kuro5hin, 2004年12月31日。
  12. ^ The Amorality of Web 2.0 October 2005
  13. ^ Emigh & Herring (2005) "Collaborative Authoring on the Web: A Genre Analysis of Online Encyclopedias", Proceedings of the Thirty-Eighth Hawai'i International Conference on System Sciences. (PDF)
  14. ^ Wisdom? More like dumbness of the crowds | Oliver Kamm - Times Online
  15. ^ a b Wikipedia:Researching with Wikipedia”. Wikipedia. 2005年12月14日閲覧。
  16. ^ Waldman, Simon (2004年10月26日). “Who knows?”. The Guardian. http://www.guardian.co.uk/online/news/0,12597,1335892,00.html 2005年12月30日閲覧。 
  17. ^ Daniel Terdiman (2005年12月15日). “Study: Wikipedia as accurate as Britannica”. CNET. 2007年11月24日閲覧。
  18. ^ Orlowski, Andrew (2006年3月26日). “Nature mag cooked Wikipedia study”. The Guardian. http://www.theregister.co.uk/2006/03/23/britannica_wikipedia_nature_study/ 2006年7月14日閲覧。 
  19. ^ Fatally Flawed”. ブリタニカ百科事典 (2006年3月). 2007年7月14日閲覧。
  20. ^ (2006年3月30日)“Britannica attacksネイチャー 440: 582. doi:10.1038/440582b. 2006年7月14日閲覧。
  21. ^ Gene Weingarten (2007-03-16). “A wickedly fun test of Wikipedia”. The News & Observer. http://www.newsobserver.com/105/story/553968.html 2006年4月8日閲覧。 
  22. ^ Fernanda Viégas, Martin Wattenberg, Kushal Dave . “Studying Cooperation and Conflict between Authors with history flow Visualizations” (PDF). MIT.
  23. ^ Martin Luther King Day”. Wikipedia (2006年5月22日). 2008年5月15日閲覧。
  24. ^ Sujay Kumar (2007年4月13日). “Oh, the wonderful world of Wikipedia”. The Daily Illini. 2007年10月4日閲覧。
  25. ^ Cara Paige (2006年4月11日). “Exclusive: Meet the Real Sir Walter Mitty”. Daily Record. 2007年11月24日閲覧。

外部リンク