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オフコース

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

オフコース
OFF COURSE
基本情報
出身地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本 神奈川県
ジャンル フォーク
ロック
活動期間 1969年 - 1989年
レーベル エキスプレス ⁄ 東芝EMI
(1969年 - 1983年)
ファンハウス
(1984年 - 1989年)
事務所 パシフィック・エンタープライズ(プロダクション) ⁄ ボン・ミュージック(音楽出版)
(1969年 - 1973年)
サブミュージック・パブリシャーズ・オフィス
(1973年 - 1976年)
オフコース・カンパニー(プロダクション) ⁄ フェアウェイ・ミュージック(音楽出版)
(1976年 - 1989年)
メンバー
小田和正ボーカルキーボード
結成 - 1989年
鈴木康博(ボーカル、ギター
結成 - 1983年
清水仁(ボーカル、ベース
1979年 - 1989年
大間ジロードラムス
1979年 - 1989年
松尾一彦(ボーカル、ギターハーモニカ
1979年 - 1989年

オフコースOFF COURSE)は、1969年から1989年まで活動した日本音楽グループ

目次

概略

小田和正鈴木康博地主道夫らが、神奈川県横浜市聖光学院高校時代に結成したフォーク・グループがオフコースの始まりである。1970年に「群衆の中で」でレコードデビュー、当初は生ギターを中心としたフォークソング的な曲を歌っていた。その実力は当時から評価されながらも、長年ヒット曲に恵まれなかった。

結成7年目の1976年ギター松尾一彦ベース清水仁ドラムス大間ジローが加わり、キーボードシンセサイザーを含めたバンドサウンドとなる。結成10年目の「さよなら」の大ヒットで多大なる人気を獲得、それ以降も数多くのヒット曲を生み出し、時代を代表するビッグ・グループになった。しかし、音楽番組全盛の時代にあって、テレビ出演で人気を高めていった他のグループとは一線を画し、テレビ番組にはほとんど出演せず、レコード制作とコンサートに力を注ぐという独自の姿勢を頑なに貫いた。

そのシンプルで普遍的な愛の歌詞とニューミュージックと呼ばれるようになった洋楽のエッセンスを持ったポップな楽曲と美しいハーモニーコーラスは多くの人を魅了した。オフコースの曲は近年でも多くのアーティストによってカヴァーされ、歌い継がれている。1982年の鈴木の脱退により一時活動を休止した後、4人での活動再開以降もヒット曲を連発し、変わらぬ人気を博する。その後5年近く4人で活動を続け、結成から19年目の1989年に解散。その後、小田と鈴木はソロとして、松尾 • 清水 • 大間は各々のソロ活動の傍ら1999年3月にユニットAcoustic Beatles Clubを結成し、3人でも活動している[1]。再結成を望む声は今も根強いが現在、その可能性は薄いと見られている[2]

音作り

  • オフコースは5人で演奏可能なアレンジでレコーディングする方針を取っていた。最初は曲のタイトルも歌詞もない状態でコード進行を作り、そこにメンバーが意見を出し合ってアレンジを加えて行き、最後に詞が作られる。小田は当時「オーバープロデュースは嫌うので、音的には足りない部分もあるが、聴く人が足して聴いてくれればいい」と語っていた[3]

メンバー

正式メンバー

小田和正(おだ かずまさ 1947年9月20日 – ) ボーカル、キーボード、ギター
リーダーで結成から解散まで唯一在籍。神奈川県横浜市金沢区出身。東北大学工学部卒業。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。代表的なボーカル曲は「さよなら」、「言葉にできない」など、ソロ以降の代表曲は「ラブ・ストーリーは突然に」。
鈴木康博(すずき やすひろ 1948年2月18日 – ) ボーカル、ギター
結成時のメンバー。1983年8月31日脱退。静岡県田方郡修善寺町(現:伊豆市)出身。東京工業大学工学部卒業。小田とは対照的な男らしい詞を書く。編曲にも大きな力を発揮してきた職人的存在[3]。代表的なボーカル曲は「でももう花はいらない」、「一億の夜を越えて」、「いくつもの星の下で」など、ソロ以降の代表曲は「愛をよろしく」、「入り江」、「Together」。
清水仁(しみず ひとし 1950年11月25日 – ) ボーカル、ベース
1979年8月1日に加入。大阪府大阪市西成区出身。尊敬する人は自分というマイペースな人柄[3]ライブでもコーラスをこなす。「ザ・バッド・ボーイズ」[4]を経て、1976年10月よりオフコースに参加。代表的なボーカル曲は「逢いたい」。
大間ジロー(おおま じろー 1954年5月14日 – ) ドラムス
1979年8月1日に加入。本名:大間仁世(おおま ひとせ)。秋田県鹿角郡小坂町出身。秋田県立大館鳳鳴高等学校卒業。高校時代に松尾と出会い音楽活動を共にする。松尾一彦と共に活動していた4人組ロックバンド「ザ・ジャネット」を経て、1976年5月よりオフコースに参加[3]
松尾一彦(まつお かずひこ 1954年8月7日 – ) ボーカル、ギター、ハーモニカ
1979年8月1日に加入。秋田県山本郡八森町(現:八峰町)出身。秋田県立能代高等学校卒業。幼い頃から音楽に目覚め、5歳で作曲したという。オフコース在籍時から他のアーティストに曲を提供している。「ザ・ジャネット」を経て、1976年10月よりオフコースに参加[3]。代表的なボーカル曲は「せつなくて」、「君を待つ渚」など、ソロ以降の代表曲は「波音だけは消さないで」、「There's no shoulder」。

来歴メンバー

地主道夫(じぬし みちお) ギター
結成時のメンバー。1971年2月頃脱退後、竹中工務店に入社。有能な設計家として『日刊ゲンダイ』(平成6年6月16日号)で「超売れっ子設計家」として取り上げられたこともある。
須藤尊史(すどう たかふみ) ドラムス
結成時のメンバー。1965年脱退。高校3年時の聖光祭に小田・鈴木・地主とともにステージに立つ。卒業後横浜市立大学に進学。会社勤めのかたわらヨットマンとしても有名になる。
小林和行(こばやし かずゆき)ベース
1970年10月頃加入、1972年5月19日脱退。小田・鈴木の聖光学院時代の後輩。加入当時、早稲田大学学生でその後、小田らの勧めで学業に戻る。
吉田浩二(よしだ こうじ) コーラス
1972年5月13日加入、同年5月19日脱退。当時のオフコースのマネージャーで、第1回東京音楽祭出演のため助っ人として加入。
城間正博(しろま まさひろ) ドラムス
1978年12月加入、1979年1月脱退。1973年 - 1976年、「ザ・バッド・ボーイズ」[4]で“リンゴ”として清水とともに活動。1978年秋のツアー時、病気の大間に代わり一時加入。現在は音楽活動を停止している。

年譜

デビュー以前

  • 1964年12月、高校2年のクリスマス・パーティーでバンドの生演奏をしたことがきっかけとなり、翌年の文化祭(聖光祭)のステージに立つことを目指しメンバーの中から小田和正、鈴木康博、地主道夫、須藤尊史の4人でグループが結成される。
  • 1965年11月3日、聖光祭に出演[5]
  • 高校卒業後、鈴木康博は東京工業大学制御工学科に、小田和正は東北大学建築科にそれぞれ進学[6]、離ればなれになる。しかし、休日に鈴木が車に機材を積み込んで仙台まで行って練習は続けられた。
  • 1966年8月17日、「第1回 FOLK SONGの…」開催(横浜勤労会館)。
  • 1967年3月27日、「第2回 FOLK SONGの…」開催(横浜勤労会館)。コンサートの後、彼らは名前のなかったこのグループに“THE OFF? COURSE”と命名する。彼らの音楽活動を支援し、コンサートのためにいつも中心となって動く聖光野球部OB会“オフコース(OF COURSE)”に敬意を表してその名をもらった。
  • 大学時代、自主コンサートを毎年開催するほか、聖光学院時代の友達から頼まれて演奏したり、他の大学の文化祭に呼ばれるなど、3人は活発な演奏活動を続けた。
  • 1968年4月4日、「第3回 FOLK SONGの…」開催(神奈川県立青少年センター)。大学三年になった彼らにとって、これが解散コンサートのつもりだった。
1969年

ジ・オフ・コース

1970年
1971年
  • 2月、地主が建築の道へ進むためにグループを脱退。
  • 5月、“パシフィック・エンタープライズ”に所属。
  • 10月5日、シングル「夜明けを告げに(作詞:山川啓介、作曲:加藤和彦) ⁄ 美しい世界(作詞•作曲:小田和正)」(小田•鈴木•小林)発売。

1972–1974年

1972年
  • 4月25日、シングル「おさらば(作詞 • 作曲:東海林修) ⁄ 悲しきあこがれ(作詞:山上路夫、作曲:東海林修)」(小田•鈴木•小林•吉田)発売。グループ名を「オフ・コース」とする。
  • 5月13日、コーラスの吉田浩二が加入。第1回東京音楽祭出場、「おさらば」を歌う。
  • 5月19日、メンバーが小田•鈴木の二人となる。
  • 6月9日ラジオ関東“ヤングヤングミュージック・イン・テクニクス”初出演。のちに“オフコースの小さな部屋”のテーマソング「小さな部屋」を生んだ番組。
  • 9月13日、第1回リサイタル“オフコース・コンサート・イン・横浜”開催(横浜市教育会館)。
1973年
1974年

1975–1977年

1975年
1976年
  • 1月28日、「オフ・コースとイルカの年賀状コンサート」開催(日本青年館 ゲスト:なぎら健壱)。
  • 2月、小田、早稲田大学大学院を卒業。
  • 2月26日、シングル「ひとりで生きてゆければ」レコーディング開始(2月29日まで)。プロデューサー武藤敏史が以前ディレクターとして担当していた「ザ・ジャネット」の元メンバーの大間ジローをレコーディングに参加させる。
  • 5月5日、シングル「ひとりで生きてゆければ ⁄ あいつの残したものは」発売。同日、大間ジロー参加。
  • 5月18日、「ハイファイセット・オフコース・ジョイント」コンサート開催(中野サンプラザホール)。
  • 5月23日、“オフコースの小さな部屋 Vol.6”–音楽の多様性その1:音楽はいかに映像を助けるか、また映像はいかに音楽を助けるか– 開催(日本青年館大ホール ゲスト:加藤和彦)。
  • 8月1日、それまで所属していた“サブミュージック・パブリッシャーズオフィス”から独立、“オフコース・カンパニー”を設立。
  • 8月15日、アルバム・レコーディング開始(9月15日まで)。
  • 9月5日、“オフコース・ファミリー・コンサート”開催(全電通ホール)。
  • 10月5日、シングル「めぐる季節 ⁄ ランナウェイ」発売。
  • 10月23日、第6回オフコース・リサイタル“秋ゆく街でIII”開催(中野サンプラザホール)。松尾一彦と清水仁が参加[18]
  • 10月24日、学園祭ライブ回り(11月23日まで:オフコース史上最高の10校)。
  • 11月5日、アルバム『SONG IS LOVE』発売[19]
  • 11月10日、シングル・レコーディング開始(12月7日まで)。
  • 11月21日白百合女子大学園祭公演。初めてアンコールをもらう。
1977年

1978–1979年

1978年
1979年

1980–1983年

1980年
1981年
1982年
1983年
  • 3月、海外用デモテープレコーディング[28]
  • 6月6日、大間ジロープロデュースシングル「tomorrow –すべては時の中に–」(あんべ光俊)発売。
  • 8月21日、鈴木康博ソロデビュー、シングル「愛をよろしく ⁄ ラララ〜愛の世界へ〜」とアルバム『Sincerely』を同時発売。
  • 8月21日、大間ジロープロデュースアルバム『HEARTS』(あんべ光俊)発売。
  • 8月29日、栃木県のジュンクラシックカントリークラブ(ゴルフ場)にて行われた合宿でメンバー、スタッフを含むミーティング実施。4人での再出発を決める(9月1日まで)。
  • 10月21日、アルバム・プリプロダクション開始(1984年5月4日まで)。
  • 10月29日、日中文化交流協会主催による中国旅行(11月22日まで)。
  • 11月3日、アルバム『YES-YES-YES』発売。
  • 12月8日、清水の友人、リッキー&リボルバーの誘いで急遽、渋谷エッグマンで行われたジョン・レノン追悼コンサートに飛び入り出演。「Long Tall Sally」など3曲を演奏。

1984–1986年

1984年
1985年
1986年

1987–1989年

1987年
1988年
1989年

1990年–現在

1996年
  • 2月1日、小田和正『LOOKING BACK』発売。オフコース時代の楽曲のセルフカヴァー・アルバム。
  • 10月23日、鈴木康博『BeSide』発売。オフコース時代の楽曲のセルフカヴァー・アルバム。
1999年
2000年
2001年
  • 5月26日、小田和正『LOOKING BACK 2』発売。オフコース時代の楽曲のセルフカヴァー・アルバム第2弾。
  • 9月26日、DVD『Off Course 1969-1989 Digital dictionary』発売。
2002年
2003年
2004年
  • 12月8日、鈴木康博『FORWARD』発売。オフコース時代の楽曲のセルフカヴァー・アルバム第2弾。
2006年
  • 12月6日、ベストアルバム『i(ai)』発売。グループ解散後初の、全メンバー公認のオール・タイム・ベストアルバム。
2010年
  • 10月1日、松尾一彦「せつなくて」発売。オフコース時代の楽曲「せつなくて」(Piano:小田[34])と「哀しき街」(Cho:清水)を収録したセルフカヴァー・シングル。

ディスコグラフィー

シングル

  1. 群衆の中で ⁄ 陽はまた昇る (1970年4月5日)
  2. 夜明けを告げに ⁄ 美しい世界 (1971年10月5日)
  3. おさらば ⁄ 悲しきあこがれ (1972年4月25日)
  4. 僕の贈りもの ⁄ めぐり逢う今 (1973年2月20日)
  5. もう歌は作れない ⁄ はたちの頃 (1974年4月5日)
  6. 忘れ雪 ⁄ 水いらずの午後 (1974年10月20日)
  7. 眠れぬ夜 ⁄ 昨日への手紙 (1975年12月20日)  最高位48位
  8. ひとりで生きてゆければ ⁄ あいつの残したものは (1976年5月5日)
  9. めぐる季節 ⁄ ランナウェイ (1976年10月5日)
  10. こころは気紛れ ⁄ あなたがいれば (1977年2月5日)
  11. 秋の気配 ⁄ 恋人よそのままで (1977年8月5日)
  12. ロンド ⁄ 思い出を盗んで (1977年11月20日)  最高位89位
  13. やさしさにさようなら ⁄ 通りすぎた夜 (1978年4月5日)
  14. あなたのすべて ⁄ 海を見つめて (1978年7月20日)  最高位82位
  15. 愛を止めないで ⁄ 美しい思い出に (1979年1月20日)  最高位19位
  16. 風に吹かれて ⁄ 恋を抱きしめよう (1979年6月5日)  最高位24位
  17. さよなら ⁄ 汐風のなかで (1979年12月1日)  最高位2位
  18. 生まれ来る子供たちのために ⁄ この海に誓って (1980年3月5日)  最高位24位
  19. Yes-No ⁄ 愛の終わる時 (1980年6月21日)  最高位4位
  20. 時に愛は ⁄ 僕等の時代 (1980年12月1日)  最高位9位
  21. I LOVE YOU ⁄ 夜はふたりで (1981年6月21日)  最高位7位
  22. 愛の中へ ⁄ Christmas Day (1981年12月1日)  最高位10位
  23. 言葉にできない ⁄ 君におくる歌 (1982年2月1日)  最高位11位
  24. YES-YES-YES ⁄ メインストリートをつっ走れ (1982年6月10日)  最高位5位
  25. 君が、嘘を、ついた ⁄ 愛よりも (1984年4月21日)  最高位2位
  26. 夏の日 ⁄ 君の倖せを祈れない (1984年7月18日)  最高位11位
  27. 緑の日々 ⁄ CITY NIGHTS (1984年9月21日)  最高位11位
  28. call ⁄ 2度目の夏 (1985年2月21日)  最高位5位
  29. たそがれ ⁄ LAST NIGHT (1985年5月22日)  最高位7位
  30. 夏から夏まで ⁄ ぜんまいじかけの嘘 (1985年9月21日)  最高位8位
  31. ENDLESS NIGHTS ⁄ EYES IN THE BACK OF MY HEART (1985年11月30日)  最高位26位
  32. IT'S ALL RIGHT (ANYTHING FOR YOU) ⁄ IT'S QUITE ALL RIGHT (INSTRUMENTAL) (1987年3月4日)  最高位20位
  33. もっと近くに (as close as possible) ⁄ Tiny Pretty Girl (1987年5月25日)  最高位29位
  34. 君住む街へ ⁄ *君住む街へ-INSTRUMENTAL VERSION- (1988年1月25日 CD-S:1988年2月25日 *CD-Sでは「君住む街へ-Another Version-」)  最高位11位
  35. she's so wonderful ⁄ 陽射しの中で (1988年7月25日)  最高位80位
  36. 夏の別れ ⁄ 逢いたい (1988年10月25日)  最高位82位

オリジナル・アルバム

  1. オフ・コース1 ⁄ 僕の贈りもの (1973年6月5日)  チャートインせず
  2. この道をゆけば ⁄ オフ・コース・ラウンド2 (1974年5月5日)  チャートインせず
  3. ワインの匂い (1975年12月20日)  最高位62位
  4. SONG IS LOVE (1976年11月5日)  最高位34位
  5. JUNKTION (1977年9月5日)  最高位21位
  6. FAIRWAY (1978年10月5日)  最高位8位
  7. Three and Two (1979年10月20日)  最高位2位
  8. We are (1980年11月21日)  最高位1位
  9. over (1981年12月1日)  最高位1位
  10. I LOVE YOU (1982年7月1日)  最高位1位
  11. NEXT SOUND TRACK (1982年9月21日)  最高位1位
  12. The Best Year of My Life (1984年6月21日)  最高位1位
  13. Back Streets of Tokyo (1985年8月1日)  最高位1位
  14. as close as possible (1987年3月28日)  最高位2位
  15. Still a long way to go (1988年6月9日)  最高位2位

ライブ・アルバム

  1. 秋ゆく街で ⁄ オフ・コース・ライヴ・イン・コンサート (1974年12月20日)
  2. LIVE (1980年5月5日)  最高位6位

ベスト・アルバム

  1. SELECTION 1973-78 (1978年5月5日)  最高位16位
  2. SELECTION 1978-81 (1981年9月1日)  最高位1位
  3. IT'S ALL RIGHT OFF COURSE SELECTION III 1984-1987 (1987年7月5日)  最高位11位

アーティスト非監修ベスト・アルバム

  1. YES-YES-YES (1983年11月3日)  最高位2位
  2. BEST COLLECTION (1985年8月31日)  最高位6位
  3. スーパー・ベスト30 さよなら (1989年1月25日)  最高位36位
  4. 君住む街へ 1984→1988 (1989年2月1日)  最高位17位
  5. スーパーベスト (1990年9月5日)
  6. OFF COURSE TWIN BEST[35] (1996年9月19日)[36]
  7. OFF COURSE Singles (1998年3月28日)
  8. Off Course GREATEST HITS 1969-1989 (1998年5月21日)  最高位94位
  9. i(ai) (2006年12月6日)

映像作品

  1. NEXT VIDEO PROGRAM (1982年11月21日)
  2. Off Course 1982・6・30 -Concert in Budokan (1983年4月21日)
  3. Movie The Best Year of My Life (1984年12月1日)
  4. RUNNING THROUGH '84 (1985年4月)
  5. OFF COURSE TOUR 1987 as close as possible (1987年11月25日)
  6. Off Course 1969-1989 Digital dictionary (2001年9月26日)
  7. Off Course 1981.Aug.16〜Oct.30 若い広場 オフコースの世界 (2002年1月30日)
  8. Off Course 1982・6・30 コンサート スペシャル (2007年6月27日)

関連作品

  1. 第3回全日本ライトミュージック・コンテスト グランプリ1969    3rd ALL JAPAN LIGHT MUSIC CONTEST GRAND PRIX / FOLK (1970年4月 (MR-1059)) 1969年11月2日新宿厚生年金会館大ホールにて開催されたLMC全国グランプリ大会フォーク部門を収録したライブアルバム。ジ・オフ・コースが2位に入賞したステージより「Jane Jane」、「One Boy」を収録)
  2. 海と空と太陽の祭典    第一回合歓作曲コンクール入賞曲集! (1970年5月 (EP-7750)) (1969年にヤマハ主催で行われた第一回合歓作曲コンクールの入賞曲を集めたアルバム。主にヤマハの講師達の作曲による楽曲を、東芝所属のアーティストがレコーディングしたもの。ジ・オフ・コースの歌による「グラジュエイト  Graduate」を収録)
  3. ラブ・ジェネレーション    LOVE GENERATION LIVE IN CONCERT (1973年8月5日 (ETP-7695~6)) (73年に全国12箇所で行われた東芝レコード所属アーティストによるイベントコンサートのうち、5月1日日本武道館でのステージを収録したライブアルバム。「僕の贈りもの」、「でももう花はいらない」を収録)
  4. コルサの歌—ヨコハマが似合う奴 (1978年 (ERS-1331)) 横浜トヨペットコルサの販売促進用に東芝への委託で制作した、オフコースの歌による非売品ソノシート。作詞 : 杉山政美、作曲 : 松尾一彦、リードヴォーカルは鈴木康博)
  5. RONIN 〜ORIGINAL SOUND TRACK〜 (1986年1月18日 (28K-100)) (1986年製作の映画『幕末青春グラフィティ Ronin 坂本竜馬』のサウンドトラックアルバム。「時代のかたすみで(せめて今だけ)」を収録)

写真集

CMソング

  • CMのために制作された作品のみ列記。

楽曲提供

  • アーティスト名は50音順、曲名は発売順に列記。作品はグループ在籍期間に限定。

小田和正

アーティスト提供曲作者収録作品(初出のみ)発売日生産番号
ザ・バッド・ボーイズアイツのせい作詞 : The Bad Boys
補作詞 • 作曲 : 小田和正
僕と踊ろう
 ⁄ アイツのせい
1975年8月20日EP:ETP-20166
牧ミユキさよならの離陸作詞 : 竜真知子
作曲 : 小田和正
編曲 : 井上鑑
Fly Like A Bird1978年11月LP:LX-7056-A
由紀さおり永遠のひととき作詞 : 山川啓介
作曲 : 小田和正
編曲 : 青木望
ルームライト『オリジナル・ア・ラ・カルト』1973年4月5日LP:ETP-8238

鈴木康博

アーティスト提供曲作者収録作品(初出のみ)発売日生産番号
杉田二郎憂世
HAPPY STREET
作詞 : 鈴木康博
作曲 : 杉田二郎
アパートメント1109
APARTMENT 1109
1972年10月5日LP:ETP-8197
桃井かおり秋風の吹く夜作詞 • 作曲 : 鈴木康博
編曲 : 鈴木茂
FOUR1980年11月25日LP:27PL-4
ソロ以降の提供作品は鈴木康博を参照

松尾一彦

参加作品

  • 発売順に列記。作品はグループ在籍期間に限定。
発売日アーティスト収録作品(初出のみ)生産番号収録曲参加内容
1972年10月5日杉田二郎アパートメント1109
APARTMENT 1109
LP:ETP-8197あの扉をあけて
OPEN THE DOOR
作詞 : 及川恒平
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
君は眠る
YOU'RE SLEEPIN'
作詞 : 山川啓介
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
人力ヒコーキのバラード
AIR PLANE SONG
作詞 : 山川啓介
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Acoustic Guitar, Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
孤独の広場
LONESOME SQUARE
作詞 : 山川啓介
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
若いというだけで
YOUNGER GENERATION
作詞 : 泉谷しげる
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
ひとりにばれば
LONELINESS
作詞 : 及川恒平
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
憂世
HAPPY STREET
作詞 : 鈴木康博
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
春は寂しいネ
GROOMY SPRING
作詞 : 吉田拓郎
作曲 : 杉田二郎
鈴木康博(The Off Course) : Background Vocal
小田和正(The Off Course) : Background Vocal
1973年4月5日由紀さおりルームライト『オリジナル・ア・ラ・カルト』LP:ETP-8238永遠のひととき作詞 : 山川啓介
作曲 : 小田和正
編曲 : 青木望
オフ・コース : Backing Vocal
1977年5月飛行船風の時刻表LP:ETP-72244青春の踏切で
Seishun no fumikiri-de
作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 飛行船
鈴木康博(Off Course) : Electric Guitar
小田和正(Off Course) : Hammond Organ
清水仁 : Electric Bass
大間仁世 : Drums
花嫁泥棒
Hanayome dorobo
作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 飛行船
ブラス・セクション・アレンジメント : 小田和正(Off Course)
小田和正(Off Course) : Strings ensemble
松尾一彦 : Chorus
悲しみのイエスタデイ
Kanashimi no yesterday
作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 飛行船
ストリングス・アレンジメント : 鈴木康博(Off Course)
五月になれば
Gogatsu ni nareba
作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 飛行船
ホーンセクション(シンセサイザー)・アレンジメント : 小田和正(Off Course)
小田和正(Off Course) : Mellotron & Synthesizer
大間仁世 : Drums
サンライズサンセット
Sunrise sunset
作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : オフコース & 飛行船
ストリングス & ブラスセクション・アレンジメント : 鈴木康博(Off Course)
鈴木康博(Off Course) : Electric Guitar
小田和正(Off Course) : Acoustic Piano
清水仁 : Electric Bass
大間仁世 : Drums
松尾一彦 : Chorus, Harmonica
オフコース : Chorus
三年目の決心
Sannenme no kesshin
作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 飛行船
ブラス・セクション・アレンジメント : 鈴木康博(Off Course)
小田和正(Off Course) : Electric Piano
オフコース : Chorus
やさしさはほしいけれど
Yasashisa wa hoshiikeredo
作詞 : 安部光俊
作曲 : 萩原誠
編曲 : オフコース
ストリングス・アレンジメント : 小田和正(Off Course)
小田和正(Off Course) : Acoustic Piano, Electric Piano, Synthesizer
鈴木康博(Off Course) : Electric Guitar
清水仁 : Electric Bass
大間仁世 : Drums & Bell Tree
1977年8月5日寺尾聰田辺靖雄16の夏
 ⁄ 坂道を登れば
EP:ETP-1026916の夏作詞 • 作曲 : 寺尾聰 & 田辺靖雄
編曲 : ミッキー吉野
コーラス・アレンジメント : 鈴木康博(オフコース)
オフコース : Chorus
1977年11月20日アイリーン愛の唄
 ⁄ 私の庭から
EP:ETP-10338愛の唄
AI NO UTA
作詞 • 作曲 : 小田和正
編曲 : 青木望 & オフコース
オフコース : Chorus
1978年7月5日尾崎亜美STOP MOTIONLP:ETP-80022来夢来人作詞 • 作曲 • 編曲 : 尾崎亜美
ストリングス & オーボエ・アレンジメント : 尾崎亜美
小田和正(OFF COURSE) : Chorus
鈴木康博(OFF COURSE) : Chorus
ストップ モーション作詞 • 作曲 • 編曲 : 尾崎亜美
ストリングス・アレンジメント : 尾崎亜美
小田和正(OFF COURSE) : Chorus
鈴木康博(OFF COURSE) : Chorus
ラスト キッス作詞 • 作曲 • 編曲 : 尾崎亜美
ストリングス・アレンジメント : 尾崎亜美
松尾一彦 : Harmonica
1978年11月5日PRISMYLP:ETP-80050気紛れ予報作詞 • 作曲 • 編曲 : 尾崎亜美
ストリングス編曲 : 尾崎亜美
オフコース(小田和正・鈴木康博) : Chorus
コズミック ブルー作詞 • 作曲 • 編曲 : 尾崎亜美
ストリングス編曲 : 尾崎亜美
松尾一彦 : Harmonica
白夜作詞 • 作曲 • 編曲 : 尾崎亜美
ストリングス編曲 : 尾崎亜美
オフコース(小田和正・鈴木康博) : Chorus
1978年12月5日あんべ光俊碧空と海のすき間からLP:ETP-80045星の旅作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 木田高介
大間仁世 : Drums
甘い夜作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 武藤敏史
大間仁世 : Drums
霧の晴れ間に作詞 : 安部光俊
作曲 : 松尾一彦
編曲 : 安部光俊
松尾一彦 : Acoustic Guitar
君を夢みて作詞 • 作曲 • 編曲 : 安部光俊
大間仁世 : Drums
鈴木康博 : Slide Guitar
清水仁 : Chorus
松尾一彦 : Chorus
雪の日のひとりごと作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 小田和正
小田和正 : Electric Piano, Clarinette & Synthesizer
鈴木康博 : Acoustic Guitar, Percussions
清水仁 : Electric Bass
大間仁世 : Drums
Chorus by OFF COURSE
Kazumasa Oda ⁄ Yasuhiro Suzuki
真夜中の電話作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Electric Guitar, Percussions
小田和正 : Electric Piano
清水仁 : Electric Bass
大間仁世 : Drums
Chorus by OFF COURSE
Kazumasa Oda ⁄ Yasuhiro Suzuki
12月の頃作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 木田高介
大間仁世 : Drums
風は知っている作詞 • 作曲 • 編曲 : 安部光俊
ストリングス編曲 : 武藤敏史
大間仁世 : Drums
25歳の冬に作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 木田高介
ストリングス編曲 : 木田高介
大間仁世 : Drums
1980年4月20日オリンポスの果実LP:ETP-80134愚かなる冬の自画像作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 安部光俊 & 小田和正
小田和正 : Keyboards
清水仁 : Bass
大間仁世 : Drums
ラスト ショウ作詞 • 作曲 • 編曲 : 安部光俊
清水仁 : Chorus
松尾一彦 : Chorus
1980年12月21日イルカ我が心の友へLP:GWP-1003ふりむけばそこに作詞 • 作曲 : イルカ
編曲 : 小田和正
我が心の友へ
ジェレミーの木
夜明けのグッドバイ
幻のタペストリィー
まあるいいのち
1981年10月5日FOLLOW MELP:GWP-1011Follow Me作詞 • 作曲 : イルカ
編曲 : 小田和正
1981年10月21日あんべ光俊Born to be WildLP:ETP-90017さよならMy Boy作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
松尾一彦 : Guitars
清水仁 : Bass
大間ジロー : Drums
Single Girl作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
松尾一彦 : Guitars
清水仁 : Bass
大間ジロー : Drums
ふり向いて もう一度作詞 : 安部光俊
作曲 • 編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
松尾一彦 : Guitars
清水仁 : Bass
大間ジロー : Drums
そして誰もいなくなった作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
Born to be Wild作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
松尾一彦 : Guitars
清水仁 : Bass
大間ジロー : Drums
ねえ君作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
365日作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
君が好き作詞 • 作曲 : 安部光俊
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
大きな河のほとりで作詞 : 安部光俊
作曲 : 松尾一彦
編曲 : 鈴木康博
鈴木康博 : Guitars
松尾一彦 : Guitars
清水仁 : Bass
大間ジロー : Drums
1982年6月1日原日出子青いラプソディーEP:ETP-17347無風都市作詞 : 松本隆
作曲 : 筒美京平
編曲 : 大谷和夫
コーラスアレンジ & コーラス:鈴木康博

エピソード

  • “オフコース(OFF COURSE)”という名前はコンサートのためにいつも中心となって動く聖光野球部OBが作った草野球チームの名前が“勝ってof course”、“of course 勝つ”という意味で“OF COURSE”だったことから。コンサートを始めてなにか名前をつけるということで“調子っ外れ”とひっかけて“OFF COURSE(THE OFF? COURSE)”にしたという[37]
  • <さよなら>[38]、<Yes-No>[39]、<YES-YES-YES>[40]、<君が、嘘を、ついた>[41]などのヒットで当時、TBSの人気番組『ザ・ベストテン』に何度となくランクインしたが、この番組を含むすべての音楽番組には出演しなかったため、「オフコースの皆さんはコンサート活動に専念するため…」とお詫びのお辞儀をする久米宏の姿が毎週のように見られた。<YES-YES-YES>[40]では一度、レコーディング・スタジオから中継で小田が単独でコメントを出したことがある。その一方で『笑っていいとも』と『オレたちひょうきん族』には出演したので、フジテレビの音楽番組担当プロデューサーは、バラエティ担当プロデューサーを羨ましがったという。
  • オリコンシングルチャートでは<さよなら>[38]、<君が、嘘を、ついた>[41]が最高2位止まり、アルバムチャートでは『We are[42]と『over[43]が1位になっている。なお、小田が作った曲のシングルチャート1位は、彼がソロシンガーとしてデビュー後、<ラブ・ストーリーは突然に>[44]で達成された。
  • 『Three and Two』[45]でのインタビューで小田は「去年初めて『銀河鉄道999』の(映画)音楽をやらないかって話があってね、さんざん考えた末、やろうっていう気になったら映画会社とかレコード会社の問題とか、いろいろいきさつがあって、結局ゴダイゴということになっちゃって」と、実現しなかったいきさつを語っている。
  • 1981年3月28日宮城県民会館で行われた「OFF COURSE CONSERT “We are”」最終公演のアンコール、<愛を止めないで>[46]のエンディングにさしかかった瞬間、舞台の袖から200本のカーネーションがスタッフの手によって投げ入れられた。これについて小田は「僕たちの制作するものの中で特に、レコーディングとステージに関しては何がどうなっているか知らぬ部分はない。だから、僕らの想像を超えて何かが創造されるということは全く考えたことがなかった。しかしそれは起こった。他人が聞けば他愛のないシャレに過ぎないかも知れないが、それが僕にとっては今度のアルバム・レコーディング、そしてこのコンサート・ツアーのすべてが覆されるほどの衝撃だった。だから僕は『ヤラレタ…』と思ったのだった。そして、あんなことが起こったのが心から嬉しかった」と語っている。この時の写真がベスト・アルバム『SELECTION 1978-81[47]の中袋に掲載されている。
  • シングル<I LOVE YOU>[48]のエンディングのコーラスは当初、少年合唱団によるテイクを予定していたが、結果的にはレコーディングスタジオ近くの公園にいた子供たちやその親を迎え、さらにそこにメンバーやスタッフも加わってレコーディングしたテイクに変更された。また、この曲はアルバムI LOVE YOU[49]収録の際、ビル・シュネーの友人がジョン・レノン死亡の新聞記事をニュース調に読み上げたナレーションが間奏部に挿入された。
  • シングル<YES-YES-YES>[40]に女性の声(ねぇ、私のこと好き?)が入っていると、テレビのオカルト番組で取り上げられることがあるが、この声の主はレコーディングのとき、同じ録音スタジオを使っていた“レモンツリー”という男女デュオの女性で、意図的に収録されていることが当時の音楽雑誌『ギターブックGB』(ソニー・マガジンズ)の記事に掲載されている。
  • 1982年の日本武道館10日間公演中の6月23日、ツアーの追加公演という形で横浜スタジアムでのコンサートが8月に計画されたが、7月5日に鈴木からの「区切りをつけたい」との申し入れにより中止となった。横浜スタジアム公演は後に小田がソロとして1992年8月29日、 30日の“MY HOME TOWN”で実現させている。
  • <僕等の時代>[50]名古屋テレビオープニングBGMとして使われた[51]
  • <僕等の時代>[50]の詞がオフコースの写真・プロフィールと共に、中学校国語教科書[52]に採用されている。
  • <言葉にできない>[53]のフェードアウト直前に、当時の解散を示唆する“We are”, “over”, “thank you”のナレーションが収録されている。
  • シングルのA面はほとんどが小田の曲だが、最初から小田の作品がA面と決められていたわけではなく、メンバー(ほとんどは小田か鈴木)が曲を持ち寄り、コンペティションを行った結果だった。このことは小田が『たしかなこと』[54]で、鈴木が自身のホームページでのファンからの質問への回答で、それぞれ異口同音に語っている。結果として小田の曲が多くA面に採用されたことについて、小田は「ヤス(鈴木)に対して申し訳ないと思っていた」、鈴木は「そういう結果だから仕方ないと思っていた」と語っている。鈴木はよく自身のオフコース時代を“B面人生”と自嘲したりしたことがあったが、A面の選ばれ方自体には特にわだかまりは無いと思われる。
  • 全米デビューへの足がかりの一環として『Back Streets of Tokyo[55]が制作された1985年以前に、全米デビューを打診されていたことがある。松尾によれば、『We are』[42]と『over』[43]を聴いてオフコースを気に入ったBS&Tの元メンバーで当時キャピトル・レコードのプロデューサーだったBobby Colombyから<きかせて>と<せつなくて>で是非アメリカ・デビューを、との話をもらったという。すぐに英詞の仮歌によるデモテープが制作されたものの、直後に鈴木の離籍とグループの解散問題が浮上したため、それきりになったという[56]

参考文献

カヴァー

  • 曲名は50音順、アーティスト名は発売順に列記、セルフカヴァーは除外。

あ行

愛の唄


I LOVE YOU


愛を止めないで
  • 岡本真夜
    • 『21世紀への贈りもの』 (1999年11月10日)- CD:WPCV-10044
  • pino schizzo


秋の気配
  • 山口由子
    • 『21世紀への贈りもの』 (1999年11月10日)- CD:WPCV-10044
  • 妹尾武
    • 『Seasons.』 (2003年11月5日)- CD:PSCR-6127
  • 日野良一
  • 羽岡佳
    • 『HEARTFUL ORGEL 〜秋音〜』 (2008年9月26日)- CD:NECA-20063
  • CHIHOMI
    • 『On/Off Sea Breeze』 (2009年7月22日)- CD:TECG-24024


YES-YES-YES


Yes-No


歌を捧げて


生まれ来る子供たちのために

か行

君が、嘘を、ついた


君住む街へ
  • 佐藤竹善


言葉にできない
  • Ryu
    • 『ユメ–襟を濡らす涙』 (2005年6月22日)- CD:CRCP-40111
  • 柿木原こう
    • 『コトバニデキナイ』 (2006年12月6日)- CD:WQCA-1014
  • 宇宙(ウジュ)
    • 『言葉にできない』 (2007年10月24日)- CD:XNUA-30002
  • Fu-mi
    • 『三線で聴きたい 弾きたい J-POP BEST15』 (2008年3月5日)- CD:RES-133
  • TRACKBEANZ
    • featuring Mayu Bingo 『Everlasting Tunes』 (2008年3月26日)- CD:DQC-58
  • Smooth J
    • 『Smooth Sound Collection vol.1』 (2008年5月5日)- CD:SMJC-1
  • AQUA5
    • 「AQUA FEEL AQUA SOUL」 (2008年8月27日)- CD-S+DVD:TCAC-347【初回限定盤】 ⁄ CD-S:TCAC-346【通常盤】
  • YMCK
    • 『YMCK SONGBOOK -songs before 8bit-』 (2008年9月24日)- CD:AVCD-23645
  • YUKI
    • 『EXIT TRANCE PRESENTS CMトランス ⁄ Various Artists』 (2008年10月1日)- CD:QWCE-00060
  • 美野春樹
    • 『PIANO tone はるうた〜第2ボタンの胸キュンメロディー〜』 (2008年11月19日)- CD:COCX-35271
  • CRYSTAL BROTHERS
    • 『キラキラハウス〜WE LOVE J-POP〜』 (2009年3月20日)- CD:CDDD-004
  • Dub Master X
    • 『Dub Summer Pop』 (2009年5月13日)- CD:RZCD-46148
  • COVERLAND
    • 『ZOE -fall in love-』 (2009年6月17日)- CD:AVCD-23869
  • 伊藤優
    • 『泣けるピアノ—J-POPクラシカル・ピアノ・カヴァーズ』 (2009年7月29日)- CD:TOCT-26788
  • Relaxing Piano
    • 『ウェディング・ソングス』 (2010年5月28日)- CD:DLRP-218
  • SONORUS
    • 『Relax and good sleep by Rilakkuma』 (2011年3月30日)- CD:DGSA-10006
  • uBee
    • 『Sunshine! J-POP COVER in ELECTRO ⁄ R&B』 (2011年6月22日)- CD:TFCC-86359
  • 樹里からん
    • 『TORCH II』 (2011年11月16日)- CD:UPCH-1855
  • オルゴール
    • 『オルゴール・ベスト・セレクション「LOVERS」』 (2007年2月7日)- CD:CRCI-20682〜3
    • 『ギフト・オルゴール・シリーズ Boys〜Orrange collection〜』 (2007年9月5日)- CD:OMCA-4032
    • 『ミッフィー オルゴール・ドリーム おきにいりのうた』 (2008年11月5日)- CD:KICG-8644
  • オルゴールぷらす
    • 『ずっと、恋じかん。〜バラード・セレクション』 (2009年11月18日)- 2CD:COCX-35907〜8

さ行

さよなら
  • 小谷美紗子
    • 『21世紀への贈りもの』 (1999年11月10日)- CD:WPCV-10044
  • anry
    • 『On/Off 3rd season』 (2008年12月3日)- CD:TECG-26019
  • 坂本冬美
    • 『Love Songs II 〜ずっとあなたが好きでした〜』 (2010年12月8日)- CD:TOCT-27020


倖せなんて


水曜日の午後

た行

地球は狭くなりました


時に愛は
  • Scudelia Electro
    • 『21世紀への贈りもの』 (1999年11月10日)- CD:WPCV-10044


な行

夏の終り


眠れぬ夜


は行

ひとりで生きてゆければ
  • SALT&SUGAR
    • 『21世紀への贈りもの』 (1999年11月10日)- CD:WPCV-10044


僕の贈りもの


僕等の時代


ま行

めぐる季節


や行

やさしさにさようなら
  • chiiko


わ行

ワインの匂い


別れの情景(1)
  • 大木理紗
    • 『遠い景色』 (1996年)- CD:CACE-2002


私の願い
  • 佐藤竹善
    • 「サヨナラ」 (2007年10月17日)- CD-S+DVD:UPCH-9341【初回限定盤】 ⁄ CD-S:UPCH-5493【通常盤】


その他

  • α波オルゴール
    • 『言葉にできない〜小田和正コレクション』 (2005年9月29日)- CD:OPJ-544
    さよなら
    愛を止めないで
    Yes-No
    僕の贈りもの
    緑の日々
    生まれ来る子供たちのために
    言葉にできない

脚注

  1. ^ 大間はSoul & Beat Unit 天地人を2003年に結成、活動中である。
  2. ^ 小田は2004年12月25日放送の『クリスマスの約束』でオフコースを取り上げているが、それは元メンバーに対して「(オフコースは)終わった」、「オフコース(の再結成)はもうないよ」というメッセージだという旨の発言をし、言葉をつまらせている。また、2004年10月 - 12月放送の「風のようにうたが流れていた」では、「オフコースは学校のようなもの。学校はいずれ卒業する時が来る」と語っている。鈴木の考えは鈴木康博の項参照。
  3. ^ a b c d e NHK教育若い広場』「オフコースの世界」(1982年1月3日放送)
  4. ^ a b 大阪の中学時代の同級生だった廣田龍人(リッキー)(ジョン担当)と清水仁(ポール担当)を中心に1969年結成されたビートルズコピーバンド。メンバーは廣田・清水のほか、ダンスホールのオーディションに彼らと共に来ていた他のバンドの川端孝博(ジョージ担当)と、廣田の弟の友人の城間正博(リンゴ担当)。1973年9月20日にアルバム『MEET THE BAD BOYS』 (LP:ETP-8269)でデビュー、同年10月20日にシングル「ビートルズが教えてくれた ⁄ チークを踊ろう」 (EP:ETP-2924)をリリース。1975年8月20日に2枚目のシングル「僕と踊ろう ⁄ アイツのせい」 (EP:ETP-20166)をリリース後、同年冬に解散。
  5. ^ 当初は本編の前座的な意味合いで午前中に登場、「グリーン・スリーブス」や「イエロー・バード」などフォークのヒット曲を演奏し歌ったが評判となり、閉会式の前にアンコールでステージに立った。このとき味わった喜びが、その後の小田 • 鈴木 • 地主の音楽を通じての交流に繋がった。
  6. ^ 千葉大学医学部に進学することも考えていたが、見学に行ったときに「カーテンが薄汚れていた」という理由でやめた。
  7. ^ 仙台地区からの出場は、関東地区から出場すれば非常に競争が激しいだろうという計算もあってのことだったが、実際には関東地区よりも仙台地区のほうがレベルが高かった。申し込みに行くと早速、係員に全国大会までの日程を尋ねた。合計四回行われる大会について詳しく聞いてゆくと、係員は途中からまるで真剣に取り合わなかったという。
  8. ^ 第1位は赤い鳥
  9. ^ この時のレパートリーは「One Boy」(ミュージカル『バーディー・バーディー』挿入歌)と「Jane Jane」(ピーター・ポール&マリー)、小田は最優秀歌唱賞を受賞。
  10. ^ 自分たちの演奏には絶対の自信があり、優勝して「ジ・オフ・コース」とアマチュア音楽活動を終え社会人になるつもりだったが、2位にとどまったことで小田 • 鈴木は気持ちに決着がつかなくなった。鈴木はミュージシャンになることを親に反対されていたが、これで音楽で生きて行く決心が固まり、内定を取っていた安川電機への就職を辞退した。
  11. ^ BETTY DEANはアマチュアで、1969年11月23日ヤマハ主催の「’69 作曲コンクール」(後の「ポピュラーソングコンテスト」)に「DON’T PASS ME BY」という自作曲で出場していた。
  12. ^ パシフィック・エンタープライズから独立した加藤和彦と杉田二郎は個人事務所を設立することになり、オフコースは両方から誘いを受けた。加藤の事務所はPA会社を併合したもので音楽的に魅力があった。杉田には一緒にコンサートを回るうちに人間的に惹かれ結局、杉田の「俺について来い」の一言で意を決した。後に小田は、加藤にそのことを報告したら「二郎のところもいいけど、音楽、全然違うじゃん」と言われたという。
  13. ^ 東芝レコード所属アーティストによるイベントコンサート。出演 : トワ・エ・モワ、イースト、オフ・コース、アリスシュリークス、はしだのりひことエンドレス、ザ・ラニアルズチューリップりりィ、杉田二郎、加藤和彦とサディスティック・ミカ・バンド、赤い鳥。
  14. ^ このときの観客が13人で、これが後々まで話題となる。
  15. ^ このコンサートの数日前に新曲「忘れ雪」(作詞:松本隆、作曲:筒美京平)が発売されたが、レコード会社の幹部が来ていたにもかかわらず自分たちが望んでリリースした曲ではないとの理由で演奏しなかった。この出来事はファンのあいだで“「忘れ雪」事件”と呼ばれるようになり、この曲はその後も演奏されることはなかった。
  16. ^ 当時のマネージャー上野博の発案で計画されたシリーズ・コンサート。一味違った人たちと触れ合う中で何か新鮮なものを見つけ、色彩の豊かなコンサートにしようという目的でこの年に5回、全部で計8回開かれた。
  17. ^ 聖光祭実行委員会のイベント担当者が依頼したところ、音響設備だけ手配すればとの条件で、ノーギャラでの出演をOKした。このコンサートの開始前には、オフコースの2人と同期にあたる当時の世界史担当の斉藤教諭と在校生との座談会を実施。座談会には、10月4日の“秋ゆく街でII”で「オフコース万歳」と叫んだ声がライブアルバムにも収録された当時の現役聖光生も出演した。コンサート終了後、在校生が花束贈呈とともにステージ上で「オフコース万歳」と叫んだ。
  18. ^ 清水の参加に鈴木は「技術力が無い」として反対したが、小田が「オフコースには仁のような人柄の人間が必要だ」として引き下がらなかったため、鈴木は渋々これを了承した。後に鈴木は、清水の人間的な雰囲気の良さに「結果的には小田の言う通りになった」と語っている。
  19. ^ 清水は「ザ・バッド・ボーイズ」としての契約がまだ残っていたためレコーディングでは演奏には不参加だが、この頃から実質的に5人のバンドとなった。
  20. ^ “全国60ヶ所”というのはというのは県庁所在地クラスの都市40ヶ所以上を回る、一流の証だという。
  21. ^ 曲目:季節は流れて – やさしさにさようなら – 眠れぬ夜 – 恋を抱きしめよう – 通り過ぎた夜 – あなたのすべて – 新しい門出 – ひとりで生きてゆければ – 潮の香り – 秋の気配 – California Dreamin' – 想い出のサンフランシスコ – 君を待つ渚 – 愛の唄 – 老人のつぶやき – HERO – 心は気紛れ – ランナウェイ – のがすなチャンスを – 愛を止めないで – (アンコール) 風に吹かれて – 眠れぬ夜 – ランナウェイ – さわやかな朝を迎えるために – のがすなチャンスを – いつもいつも
  22. ^ 曲目:愛を止めないで – 眠れぬ夜 – おまえもひとり – こころは気紛れ – 愛の唄 – Today – A Soalin' – 僕の贈りもの – でももう花はいらない – Day By Day – 秋の気配 – 風に吹かれて – Yes-No – 一億の夜を越えて – のがすなチャンスを – 私の願い – きかせて – 僕等の時代 – 時に愛は
  23. ^ 他に松任谷由実水の中のASIAへ』、大滝詠一A LONG VACATION』も同賞を受賞。
  24. ^ それまでマスメディアの取材をめったに受けなかったため、当時異例の番組だった。アルバム『over』のレコーディングリハーサル初日(8月16日)からレコーディング終了(10月30日)までの約2ヶ月半を密着取材。レコーディングの様子のほか、2月10日日本武道館公演の模様も放送された。
  25. ^ コンサートへのチケット抽選応募葉書は約53万通にも及んだ。
  26. ^ 最終日には小田が、感極まり「言葉にできない」で涙を流し、歌に詰まっている。
  27. ^ ストーリーは1982年夏の武道館コンサート後に解散し、それぞれの道を歩んでいたメンバーが5年後の1987年夏に無理矢理再結成させられ9月21日に再び武道館でコンサートを行うというもの。6月30日の武道館のライヴ映像がダイジェストで使われた。共演は謎の男役に中村敦夫、再結成についてコメントをする近藤真彦 (声は田原俊彦)・具志堅用高小森和子(の物真似)で片岡鶴太郎がそれぞれ出演したほか、メンバーを連れ去る2人組としてスタッフの富樫要と柿崎譲二も出演した)。
  28. ^ 当時の彼らのプライベートスタジオ名にちなんで“GETTING BETTER DEMO”と題されたこのときのレコーディング曲は「SAYONARA(さよなら)」、「CITY NIGHTS(哀しいくらい)」、「YES-YES-YES(YES-YES-YES)」、「QUIET AS THE NIGHT(きかせて)」、「THE LITTLE ONES(生まれ来る子供たちのために)」、「THE PRICE OF FAME(NEXTのテーマ〜僕等がいた)」、「MYSTERY IN MY LIFE(哀しき街)」、「IT'S NOT MY AFFAIR(せつなくて)」、「GOOD TO HAVE YOU HERE(Yes-No)」の計9曲。
  29. ^ タモリ1976年ごろから「女々しい」、「歌が軟弱、根暗な奴が聞く曲だ」と、ラジオ番組で盛んに批判・揶揄した。これによりオフコースのファンから所属事務所へカミソリ入りの脅迫状が届くまでになったが、小田本人はタモリのことは「けっこう好き」と雑誌『ギターブック』でファンからの質問に回答し、このときの出演も簡単にOKした。
  30. ^ 曲目:おまえが欲しいだけ (吉田拓郎) – Yes-No
  31. ^ 結果的に契約実現までには至らなかった。
  32. ^ 曲目:緑の日々 – 君住む街へ – LAST NIGHT – 夏の日 – こころは気紛れ – 逢いたい – 時に愛は – 言葉にできない – きかせて – たそがれ – 夏の別れ – IT'S ALL RIGHT(ANYTHING FOR YOU) – She's so wonderful – 君が、嘘を、ついた – ぜんまいじかけの嘘 – Tiny Pretty Girl – YES-YES-YES – 生まれ来る子供たちのために – 君住む街へ – (アンコール) Yes-No – 眠れぬ夜 – 愛を止めないで – いつもいつも
  33. ^ このときも小田は「言葉にできない」で声を詰まらせた。
  34. ^ 小田にとってグループ解散後初の、元メンバーの楽曲へのレコーディング参加作品。
  35. ^ 1990年代末、ビクター・エンタテインメント東芝EMIで企画された『TWIN BEST』シリーズの一つ。いずれも著名曲を『Disc 1』、隠れた良曲を『Disc 2』にそれぞれ収録。「アルバムレコードのAB面」に相当する形で構成されている。
  36. ^ EMI公式サイトでは、発売日が「1997.9.10」となっている。
  37. ^ オフコース・ファミリー著『はじめの一歩』(サンリオ1983年8月15日初版発行 1巻:P61~70
  38. ^ a b 1979年12月1日発売 EP:ETP-10655
  39. ^ 1980年6月21日発売 EP:ETP-17003
  40. ^ a b c 1982年6月10日発売 EP:ETP-17362
  41. ^ a b 1984年4月21日発売 EP:07FA-1001
  42. ^ a b 1980年11月21日発売 LP:ETP-90038
  43. ^ a b 1981年12月1日発売 LP:ETP-90150
  44. ^ 1991年2月6日発売 SCD:FHDL-1004
  45. ^ 1979年10月30日初版 八曜社
  46. ^ 1979年1月20日発売 EP:ETP-10524
  47. ^ 1981年9月1日発売 LP:ETP-90106
  48. ^ 1981年6月21日発売 EP:ETP-17169
  49. ^ 1982年7月1日発売 LP:ETP-90180
  50. ^ a b 1980年12月1日発売 EP:ETP-17100
  51. ^ 1987年1991年
  52. ^ 『伝え合う言葉』 教育出版
  53. ^ 1982年2月1日発売 EP:ETP-17280
  54. ^ 小貫信昭 著 2005年3月18日初版 ソニー・マガジンズ
  55. ^ 1985年8月1日発売 LP:28FB-2020
  56. ^ Gallery-Untitled 松尾一彦公式サイト内BBS “2677 Re:2674 I always cry at christmas。”投稿日:2009/12/25(Fri) 18:15
  57. ^ Lyric by 小田和正 / 桜井和寿Mr.Children) / RYOケツメイシ) / 若旦那湘南乃風)  Song by 小田和正  Vocal by 絢香 / 小田和正 / 加藤ミリヤ / TAKE(Skoop On Somebody) / TERUGLAY) / 一青窈 / RYO(ケツメイシ) / 若旦那(湘南乃風)  Guitar by TAKURO(GLAY)

外部リンク