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カルピス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

カルピス株式会社
Calpis Co., Ltd.
ファイル:GazouBoshu.png
種類 株式会社
市場情報
東証1部 2591 1949年12月〜2007年9月25日
大証1部 2591 1961年10月〜2007年9月25日
本社所在地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
〒150-0022
東京都渋谷区恵比寿南二丁目4番1号
設立 1948年昭和23年)12月14日
(カルピス食品工業株式会社)
業種 食料品
事業内容 食品
代表者 山田藤男(代表取締役社長
資本金 130億5675万円(2010年3月31日時点)
売上高 1056億2600万円(2010年3月期)
営業利益 29億7000万円(2010年3月期)
純利益 9億7100万円(2010年3月期)
純資産 558億4700万円(2010年3月31日時点)
総資産 806億2500万円(2010年3月31日時点)
従業員数 852人(2007年6月30日時点)
決算期 12月末日
主要株主 味の素株式会社 100%
関係する人物 稲森俊介(元社長、元味の素社長)
外部リンク http://www.calpis.co.jp/
特記事項:1997年平成9年)9月に現商号へ商号変更
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カルピスとは日本飲料メーカーであるカルピス株式会社および、同社が製造販売し主力製品とする乳酸菌飲料の名称である。ローマ字表記はCALPIS。日本以外ではCalpicoとも。

カルピス本社は、東京都渋谷区に所在している。英文名称はCalpis Co., Ltd.1991年平成3年)に味の素グループ入り、2007年平成19年)10月に味の素の完全子会社化した。

「カルピス」の名称は同社の登録商標である。

現在のコーポレート・スローガンは「カラダにピース。CALPIS」。

目次

企業

企業としてのカルピスの創業者は、僧侶出身の三島海雲。創業初期は国分グループだった。名付け親は山田耕筰と、当時芝学園校長だった渡辺海旭。創業時より「初恋の味」で知られる世界初の乳酸菌飲料「カルピス」を生産していた。これと共に、脱脂乳の生産の際に副産品として製造を開始したとされるカルピスバターが主力商品である。

味の素との提携後近年は、カルピスを製造時に水で希釈調合しすぐに飲めるようにした清涼飲料水「カルピスウォーター」の生産、ミネラルウォーターの「エビアン」やワインの輸入、カクテルカルピスサワー」などのアルコール飲料にも進出している。

Calpisが英語: cow piss(カウ ピス=牛の尿)」と聞こえることから、米国ではCALPICO(カルピコ)という名称で販売される。なお、製造情報の欄には輸出会社として「CALPIS CO.,LTD.」と書かれている。

味の素は2007年平成19年)6月11日に同年10月1日付で、カルピス社を完全子会社化することで合意したと発表した。カルピス経営陣は他社との提携も考慮したが、今後の少子高齢化で懸念される日本市場の規模縮小と、それを補うための海外市場展開、更にはいわゆる「三角合併」の解禁による海外企業の買収攻勢への対応を見据え、この統合案しかないと表明。苦渋の決断だったとしている。

沿革

  • 1916年大正5年)4月 - 前身となる醍醐味合資会社を設立。
  • 1917年大正6年) - ラクトー株式会社設立。
  • 1919年大正8年)7月7日 - 日本で初めての乳酸菌飲料・カルピス発売。
  • 1923年大正12年) - カルピス製造株式会社に商号変更。
  • 1948年昭和23年) - カルピス食品工業株式会社に商号変更。
  • 1987年昭和62年) - フランスBSNグループ(現グループ・ダノン)と業務提携。
  • 1990年平成2年)
    • 1月 - いわゆる「黒人マーク」の使用を、人種差別問題に配慮して中止。
    • 8月 - 第三者割当増資を実施。味の素株式会社が増資を引き受け筆頭株主に。
  • 1991年平成3年) - 味の素株式会社から飲料事業を譲受、両社の缶入り飲料事業を統合。
  • 1997年平成9年) - カルピス株式会社に商号変更。
  • 2007年平成19年)
    • 9月25日 - 上場廃止。
    • 10月1日 - 株式交換により味の素株式会社の完全子会社になる。
    • 10月15日 - アサヒ飲料自動販売機事業の統合を公表。
    • 12月10日 - アサヒ飲料との共同出資で、自動販売機事業の持株会社「アサヒカルピスビバレッジ株式会社」を設立(出資比率はアサヒ80%・カルピス20%)。
  • 2008年平成20年)1月4日 - 自動販売機事業子会社6社をアサヒカルピスビバレッジに譲渡。
  • 2009年平成21年)10月1日 - 物流子会社(カルピス物流サービス)を関東エース物流(岡山は関西エース物流)に譲渡。

事業所

  • 本社:東京都渋谷区恵比寿南二丁目4番1号
  • 支店:札幌、仙台、東京、関東、名古屋、大阪、中四国、福岡
  • 営業所:北東北、新潟、長野、静岡、金沢、高松、岡山、鹿児島
  • 工場:相模(2008年平成20年)閉鎖 群馬工場へ統合 工場記号はSC)、岡山(工場記号BC)、群馬(工場記号KC) 国内工場の屋根は暗色系のオレンジ色に統一されている。
相模工場内に研究所がある。ただし、相模工場閉鎖後も研究所等、一部機能は存続。
  • 物流センター 2009年平成21年)10月1日に物流子会社のカルピス物流サービスを関東(関西)エース物流に譲渡し、相模・群馬・岡山の各物流センターは味の素物流が引き継いでいる。
札幌BC・仙台BC・群馬BC・館林BC・相模原BC・鈴鹿BC・西日本BC・岡山BC・岡山第2BC・福岡BC

由来

1902年明治35年)、当時25歳の三島は内モンゴル(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区)を訪れ、そこで口にしたジョッヘという飲み物を参考にして1919年大正8年)にカルピスを開発・発売し、この飲料と同名の企業の創業者となったと伝えられている。脱脂乳を乳酸菌で発酵(酸乳)しこれに加糖、さらに酵母馬乳酒中の酵母と近似[1])による発酵がカルピス独特の風味に不可欠であることは、長く企業秘密とされていたが、1990年代半ばに公開された。

社名は、「カルシウム」とサンスクリットの「サルピス」(sarpis、漢訳:熟酥(じゅくそ))を合わせたものである。サンスクリット「サルピル・マンダ」(sarpir-maṇḍa、漢訳:醍醐)を使用し、「サルピス」・「カルピル」とする案もあった。同社では重要なことを決める際には、その道の第一人者を訪ねる「日本一主義」があり、音楽の第一人者の山田に社名について相談したところ、「カルピス」が最も響きが良いということで現行社名・商品名になったという。

元々は、パナマ帽を被った黒人男性がストローでグラス入りのカルピスを飲んでいる図案化イラストが商標だった。これは第一次世界大戦終戦後のドイツで苦しむ画家を救うため、社長(当時)の三島が開催した「国際懸賞ポスター展」で3位を受賞したドイツ人デザイナーのオットー・デュンケルスビューラーによる作品を使用したものだが、「黒人マーク」と呼ばれるようになり、1989年平成元年)に“差別思想につながる”との指摘を受けて現行マークに変更された。また、カルピスは「黒人マーク」を白黒反転させたマークも商標登録している。

飲料

ファイル:Flasche Calpis.JPG
カルピスウォーター

乳酸菌飲料のカルピスは、原液は非常に高濃度でそのままでの飲用は推奨されていない。水、湯または牛乳で2.5から5倍程度に希釈して飲用とする。かき氷のシロップとして、またカルピスハイなどの材料にも使われる。原液はその濃さから常温保存しても腐敗しにくい性質があり、戦前から一般家庭の常備品や軍隊の補給品として、戦後は贈答用としても広く使われている。

飲料のカルピスは1919年大正8年)7月7日に販売が開始された。カルピスのパッケージの水玉模様は、発売日の七夕にちなんで天の川英語: Milky Way(ミルキーウェイ))をイメージしたもの。最初は青色地に白い無地玉であったが1953年昭和28年)に色を逆にし、白地に青い水玉とした。

1927年昭和2年)には森永乳業より同様の乳酸菌飲料であるコーラスが発売され、1980年代まで人気を二分した。

その後は希釈済みの製品として、1973年昭和48年)に炭酸水で希釈したカルピスソーダを発売。炭酸水希釈のソーダ飲料としたのは、当時の技術では普通の水による希釈では長期の品質維持に問題があったため。1980年代も終盤に差し掛かると生活様式の変化により、飲用時に希釈が必要な従来の原液カルピスは、一般家庭において徐々に疎遠な存在となっていった。こうして1991年平成3年)には希釈の手間を省いたカルピスウォーターが発売され、大ヒット商品となった。

原液のカルピスは瓶詰めの商品であったが、平成に入ってからは瓶は重いことなどから、紙パック入りが販売の主体となっている。これにより、商品のコンパクト化が実現された。

派生商品

その他の商品

  • 健茶王 - 血糖値の上昇を抑える難消化性デキストリンを配合した茶系飲料。特定保健用食品認可。
  • ウェルチ - 米国有数の天然果汁ブランド製品。日本ではかつてペプシコ社が製造販売権を持っていたが、1997年平成9年)にカルピスへ移管。
  • ほっとレモン
  • アミノバイタル - 元は味の素のアミノ飲料ブランドであるため、ラベルには「AJINOMOTO」のロゴが記されている。アサヒとの自動販売機統合後、旧カルピスの自販機ではアサヒの「H2O」は缶入り、当商品はペットボトル入りと棲み分けられた。
  • ダウンタウンソーダカンパニー - 商品よりCM曲がヒット[要出典]した。
  • ストロングルト - ミルクプロテイン、ミルクカルシウム、ローヤルゼリーを配合した、20 - 30代の男性にフォーカスした元気なカラダ作りを応援する乳性飲料。キャッチコピーは“乳性カラダメイキング”。2010年平成22年)3月29日発売。
  • ぐんぐんグルト - カルシウムを多く配合した乳性飲料。2003年平成15年)発売。

過去に存在した商品

  • カルピコ - 1973年昭和48年)頃発売されたフルーツ味の炭酸飲料。当初、グレープとプラムの2種類で発売された。コカ・コーラ社の「ファンタ」の圧倒的シェアを切り崩すには至らず、1970年代後半には姿を消した。「同じ品名であっても、日本国内と海外で商品の実態が違う」という事例の1つである。
    (※ カルピコを「カルピス入りコーラ」の品名とする説が一部にあるが、これは誤り。ただし「カルピスソーダ」のラインナップにコーラ味が存在していた時期はある)
  • Sun New - 1983年昭和58年)頃発売、現在のアミールシリーズの先駆けか。品名は「酸乳」をそのまま類似発音の英単語に置き換えたもの。
  • カピーホワイト - 1983年昭和58年)頃。乳成分から作られたアイソトニック飲料。カルピス版スポーツドリンクという位置づけ。明石家さんまが当時のテレビCMに出演し、話題を呼んだ。来生たかおのCMソング(まどろみミステリー)、森本レオのナレーションという組み合わせも秀逸であった。キャッチコピーは「助けてよ、カピー」「アイソトニックが美味しくなりました。常識を裏切ってごめんなさい」という静かながら挑発的なもの。しかし商品自体はかなり短命に終わった。
  • オリゴCC - 1990年代初期にブームとなった機能性飲料の有力商品の1つ。腸内のビフィズス菌を増やす効果のあるオリゴ糖を配合する。
  • 梅烏龍茶 - 1991年平成3年)頃発売された。烏龍茶に梅の風味を加えた烏龍茶飲料。開けると梅の風味が漂って匂いはよいが、飲んだ直後の風味は梅の酸味と烏龍茶の苦味がブレンドされ、美味とはどうにも言いがたい。生産期間も極めて短かった模様。
  • サポーター - 1990年代前半に発売されたスポーツドリンク。発売時はサッカー日本代表公式スポーツドリンクだった。2000年平成12年)にその座をキリンビバレッジの「侍」に譲受し、当社のスポーツドリンクは「アミノバイタル」に移行した
  • オバルチン - オリンピック公認の麦芽飲料として日本ではカルピスが販売していた。
  • エビアン - 2008年平成20年)4月13日をもってカルピスからの販売は終了。現在は伊藤園が販売。
  • 冴え緑茶 - アサヒはすでに「十六茶」などがあるため販売終了。
  • AGF(味の素ゼネラルフーヅ)ブランド缶コーヒー飲料(ブレンディー・カフェ・ラ・モード) - 2008年平成20年)にアサヒ飲料と自動販売機事業を統合するため販売を終了した(アサヒには既に「WONDA」があるため)。
  • 紅茶伝説 - 1991年平成3年)に味の素から譲受した商品の中で唯一最後まで発売されていたが、こちらもアサヒに「旬摘み紅茶」が存在するため販売を終えた。

その他

  • カルピス味(風味)の氷菓は、ロッテアイスなどが製造・販売している。また、カルピス風味のキャンディカンロが製造・販売している。その他、カルピス風味のマシュマロもあり、エイワが製造・販売している。
  • 辛味を抑える効果があり、香辛料の効いた辛味を特徴とする料理(カレー、焼肉、エスニックなど)を扱う飲食店ではカルピス(アルコールなし)やカルピスサワー(アルコール含む)がメニューにあることが多い。

CM出演者

歴代CMソング

関連項目

  1. ^ 中国内蒙古伝統的発酵乳とカルピス酸乳の理化学性状および構成菌比較 (PDF)” (1998年). 2009-08-15閲覧。

外部リンク