1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

カルロス・チェカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

カルロス・チェカ
ファイル:Checa 06012008 Miller.jpg
2008年 SBKソルトレークにて
国籍 ファイル:Flag of Spain.svg スペイン
生年月日 1972年10月15日(39歳)
出身地 バルセロナ
ウェブサイト carloscheca.com
スーパーバイク世界選手権での記録
現在のチーム アルテア・ドゥカティ
ゼッケン 7
チャンピオン 1
レース数 108
優勝回数 20
表彰台回数 40
PP回数 8
FL回数 22
通算獲得ポイント 1,324
2011年の成績 1位 (505ポイント)
カルロス・チェカ
[[Template:Safesubst:|250px]]
2005年 ドゥカティ在籍時
グランプリでの経歴
国籍 ファイル:Flag of Spain.svg スペイン
活動期間 1993年 - 2007年
チーム ホンダ, ヤマハ, ドゥカティ
レース数 222
チャンピオン 0
優勝回数 2
表彰台回数 24
通算獲得ポイント 1602
ポールポジション回数 3
ファステストラップ回数 5
初グランプリ 1993年 125cc ヨーロッパGP
初勝利 1996年 500cc カタルニアGP
最終勝利 1998年 500cc マドリードGP
最終グランプリ 2010年 MotoGP バレンシアGP
テンプレートを表示

カルロス・チェカ ( ''Carlos "Charlie" Checa, 1972年10月15日 - ) は、スペインバルセロナ出身のオートバイレーサーロードレース世界選手権最高峰の500cc・MotoGPクラスで10年以上活動した後、2008年よりスーパーバイク世界選手権に戦いの場を移している。グランプリでは通算2勝を記録[1]。2011年スーパーバイク世界選手権チャンピオン。弟のダビド・チェカもオートバイレーサーである。

目次

経歴

ロードレース世界選手権 ( 1993 - 2007 )

世界グランプリには1993年第8戦ヨーロッパGP、125ccクラスにデビューを果たし、次戦からは250ccクラスに移る。1995年第9戦イギリスGPからは、前戦ル・マンで両足骨折の重傷を負ったアルベルト・プーチの代役として、シト・ポンスのチームからホンダ・NSR500を駆って最高峰クラスデビューを果たした。

1996年には、地元カタルニアでGP初優勝を果たした。ホンダ・ポンスチームには1998年まで在籍したが、その1998年の第8戦、ドニントン、チェカはクラナー・カーブで転倒・負傷したが、当初は単なる擦り傷・打撲傷と見られていた。ところがやがて痛みを訴えだし、数時間後には視力を失い、重篤な状態に陥った。だがその後は無事回復し、第10戦チェコGPから実戦に復帰した。

1999年からは、この年から新たに結成されたワークスマルボロ・ヤマハチームに移籍し、マックス・ビアッジのチームメイトを務めることになった。トップを快走しながらもクラッシュによりリタイヤという展開のレースが多く、移籍後は勝利は挙げられないままだった。例えば2002年の第12戦リオGPではスタートで失速しながらも挽回してトップに立ったが、その後のコーナーで転倒を喫してしまった。

ヤマハワークスには2004年まで在籍し、最後の年にはホンダから移籍してきたチャンピオンライダー、バレンティーノ・ロッシのチームメイトを務めた。2005年ドゥカティ・ワークスチームに移籍、さらに2006年にはヤマハのサテライト・チームテック3に移籍した。安定した走りで完走を続け、チームメイトのジェームス・エリソンよりは明らかに速さで上回っていたが、ダンロップタイヤのパフォーマンスが低く、シリーズランキングは下位に沈んでしまった。

2007年にはホンダサテライトのチーム・LCRに移籍したが、他のホンダライダーと共に新しい800ccマシンのパフォーマンス不足に苦しんだ。結局このシーズンをもってチェカはMotoGPから一旦退くことになった[2]。またこの年は鈴鹿8時間耐久ロードレース岡田忠之と組んでHRCチームからCBR1000RRKを駆って初出場、2位表彰台を獲得した。

スーパーバイク世界選手権 ( 2008 - )

2008

2008年より、チェカはスーパーバイク世界選手権(SBK)に戦いの場を移した。チェカとは逆にMotoGPに移った2007年のチャンピオン、ジェームス・トスランドが在籍していたホンダ系のトップチームであるテンケイト・レーシングのシートを得た[3]。第3戦バレンシアではファイナルラップの最終コーナーで、トップを走っていたスズキのマックス・ノイキルヒナーにオーバーテイクを仕掛けたが両者は接触してしまい、ノイキルヒナーは鎖骨を骨折することになった。その後チェカは第6戦ソルトレークで、自身の初優勝をレース1・レース2ダブルウィンという形で飾った。この年の優勝はこの2勝だけだったが、安定して上位での完走を続け、ホンダ勢最上位となるシリーズランキング4位の成績を残した。

そしてこの年の鈴鹿8耐には、SBKでもチームメイトだった清成龍一と組んでドリーム・ホンダ・レーシングから出場、見事総合優勝を果たした[4]

2009

2009年もテンケイトチームに残留し、スーパーバイク2年目のシーズンを戦ったが前年のような活躍は残せず、未勝利・表彰台4度の獲得でホンダ勢としては3番手、サテライトチームレオン・ハスラムに32ポイント差をつけられシリーズ7位に終わった。次年度に向けてテンケイトは体制を3台から2台に減らすこととなり[5]、チェカは清成龍一と共にチームを放出されてしまった[6]

2010

2010年シーズン、チェカは中堅チームのアルテア・ドゥカティに移籍、イギリスのシェーン・バーンのチームメイトを務めることになった[7]。キャリアが下降線を描いているように思われたチェカだったが、開幕戦フィリップアイランドのレース2では見事復活優勝を遂げてみせた[8]。その後も第12戦イモラでレース1・2ダブル優勝を飾るなどの活躍を見せ、年間ランキングではドゥカティ勢最上位となる3位に入った。

またこの年のSBK閉幕後、MotoGPの終盤2戦に、肩の負傷によりプラマック・レーシングを離脱したミカ・カリオの代役として3年ぶりに出場[9]。復帰戦の第17戦ポルトガルGPでは腕上がりの症状が出てしまい途中棄権となったが[10]最終戦バレンシアGPでは最下位(15位)ながらポイント獲得を果たした。

2011

2011年シーズンもチェカはアルテア・レーシングに残留、SBK4年目のシーズンを迎えた[11]。アルテア・レーシングはドゥカティ・ワークスチームが前年限りでSBKより撤退したことにより、実質的にドゥカティのナンバー1チームとなった。この年のチェカは開幕戦から驚異的なパフォーマンスを発揮し、全13戦26レース中優勝15回・表彰台登壇21回という圧倒的な速さと安定感を見せ、最終戦を待たずして2011年のシリーズチャンピオンを獲得した。

主なレース戦績

ロードレース世界選手権 [1]

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
クラス マシン 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
1993年 125cc ホンダ AUS
MAL
JPN
SPA
AUT
GER
NED
EUR
7
RSM
GBR
CZE
ITA
USA
FIM
27位 9
250cc ホンダ AUS
MAL
JPN
SPA
AUT
GER
NED
EUR
RSM
21
GBR
25
CZE
Ret
ITA
20
USA
14
FIM
9
23位 9
1994年 250cc ホンダ AUS
14
MAL
11
JPN
Ret
SPA
11
AUT
Ret
GER
14
NED
11
ITA
10
FRA
13
GBR
12
CZE
Ret
USA
7
ARG
10
EUR
0
12位 54
1995年 250cc ホンダ AUS
4
MAL
Inj
JPN
Ret
SPA
Ret
GER
7
ITA
11
NED
11
FRA
4
GBR
CZE
BRA
ARG
EUR
13位 45
500cc ホンダ AUS
MAL
JPN
SPA
GER
ITA
NED
FRA
GBR
Ret
CZE
8
BRA
7
ARG
7
EUR
Ret
16位 26
1996年 500cc ホンダ MAL
3
INA
5
JPN
10
SPA
10
ITA
Inj
FRA
Ret
NED
11
GER
Re
GBR
12
AUT
7
CZE
8
IMO
11
CAT
1
BRA
4
AUS
3
8位 124
1997年 500cc ホンダ MAL
6
JPN
6
SPA
Ret
ITA
Ret
AUT
6
FRA
2
NED
2
IMO
4
GER
Ret
BRA
Ret
GBR
Ret
CZE
Ret
CAT
2
INA
6
AUS
10
8位 119
1998年 500cc ホンダ JPN
8
MAL
2
SPA
4
ITA
4
FRA
3
MAD
1
NED
5
GBR
Inj
GER
Inj
CZE
7
IMO
10
CAT
6
AUS
Inj
ARG
8
4位 139
1999年 500cc ヤマハ MAL
2
JPN
6
SPA
10
FRA
5
ITA
7
CAT
7
NED
Ret
GBR
Ret
GER
4
CZE
Ret
IMO
Ret
VAL
5
AUS
4
RSA
6
BRA
Ret
ARG
4
7位 125
2000年 500cc ヤマハ RSA
2
MAL
2
JPN
5
SPA
2
FRA
7
ITA
2
CAT
Ret
NED
5
GBR
11
GER
9
CZE
11
POR
12
VAL
7
BRA
15
PAC
4
AUS
Ret
6位 155
2001年 500cc ヤマハ JPN
10
RSA
Inj
SPA
14
FRA
2
ITA
Ret
CAT
8
NED
Ret
GBR
5
GER
2
CZE
7
POR
4
VAL
4
PAC
7
AUS
16
MAL
10
BRA
2
6位 137
2002年 MotoGP ヤマハ JPN
3
RSA
5
SPA
Ret
FRA
Ret
ITA
4
CAT
3
NED
3
GBR
Ret
GER
4
CZE
5
POR
2
BRA
Ret
PAC
5
MAL
7
AUS
11
VAL
Ret
5位 141
2003年 MotoGP ヤマハ JPN
10
RSA
9
SPA
Ret
FRA
Ret
ITA
8
CAT
4
NED
4
GBR
6
GER
8
CZE
4
POR
8
BRA
9
PAC
Ret
MAL
5
AUS
8
VAL
5
7位 123
2004年 MotoGP ヤマハ RSA
10
SPA
6
FRA
2
ITA
Ret
CAT
4
NED
9
BRA
10
GER
Ret
GBR
6
CZE
6
POR
5
JPN
7
QAT
Ret
MAL
9
AUS
10
VAL
14
7位 117
2005年 MotoGP ドゥカティ SPA
10
POR
5
CHN
Ret
FRA
Ret
ITA
5
CAT
11
NED
9
USA
Ret
GBR
5
GER
Ret
CZE
8
JPN
4
MAL
3
QAT
6
AUS
3
TUR
5
VAL
4
9位 138
2006年 MotoGP ヤマハ SPA
13
QAT
12
TUR
15
CHN
14
FRA
11
ITA
15
CAT
8
NED
9
GBR
10
GER
9
USA
7
CZE
15
MAL
12
AUS
Ret
JPN
14
POR
7
VAL
10
15位 75
2007年 MotoGP ホンダ QAT
Ret
SPA
6
TUR
12
CHN
10
FRA
Ret
ITA
Ret
CAT
17
GBR
Ret
NED
11
GER
14
USA
14
CZE
10
RSM
6
POR
7
JPN
18
AUS
11
MAL
14
VAL
12
14位 65
2010年 MotoGP ドゥカティ QAT SPA FRA ITA GBR NED CAT GER USA CZE IND SMR ARA JPN MAL AUS POR
Ret
VAL
15
21位 1

スーパーバイク世界選手権

シーズン バイク 出走 優勝 表彰台 PP FL ポイント シリーズ順位
2008年 ホンダCBR1000RR 28 2 7 1 5 313 4位
2009年 ホンダCBR1000RR 28 0 4 0 0 209 7位
2010年 ドゥカティ1098R 26 3 8 1 7 297 3位
2011年 ドゥカティ1098R 26 15 21 6 10 505 1位
合計 108 20 40 8 22 1,324

鈴鹿8時間耐久ロードレース

開催年 バイク チーム パートナー 総合順位
2007年 ホンダCBR1000RR チームHRC 岡田忠之 2位
2008年 ホンダCBR1000RR ドリーム・ホンダレーシングチーム 清成龍一 1位

脚注

外部リンク

先代:
2007年
ファイル:Flag of Japan.svg加賀山就臣
ファイル:Flag of Japan.svg秋吉耕佑
鈴鹿8耐総合優勝
2008年
ファイル:Flag of Spain.svgカルロス・チェカ
ファイル:Flag of Japan.svg清成龍一
次代:
2009年
ファイル:Flag of Japan.svg酒井大作
ファイル:Flag of Japan.svg徳留和樹
ファイル:Flag of Japan.svg青木宣篤
先代:
2010年
ファイル:Flag of Italy.svgマックス・ビアッジ
スーパーバイク世界選手権
チャンピオン
2011年
次代:
2012年
-