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グリーン・デイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Green Day
ファイル:Greenday2010.jpg
基本情報
出身地 ファイル:Flag of the United States.svg アメリカ合衆国
カリフォルニア州 バークレー
ジャンル ポップ・パンク
パンク・ロック
オルタナティブ・ロック
活動期間 1987年~現在
レーベル リプリーズ・レコード
ワーナーミュージック
公式サイト Green Day (英語)
WARNER MUSIC JAPAN - GREEN DAY (日本語)
メンバー
ビリー・ジョー・アームストロングボーカルギター
マイク・ダーントベースコーラス
トレ・クールドラムス
旧メンバー
ジョン・キフメイヤー (ドラムス

グリーン・デイ (Green Day) は、1987年に結成したアメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身のパンク・ロックバンド

目次

概要

1990年にレコードデビュー、1994年にメジャーデビューを果たしている。ポップ・パンクを代表するバンドである。また、パンクバンドとしては史上初のグラミー賞の最高賞「最優秀レコード賞」を獲得するなど、パンク史においても重要な地位に位置づけられるバンドである。

グラミー賞の最優秀オルタナティブアルバム賞を受賞した『ドゥーキー』、最優秀アルバム賞を受賞した『アメリカン・イディオット』、『21世紀のブレイクダウン』などのアルバムのほか、「バスケット・ケース」、「マイノリティ」、グラミー賞の最優秀レコード賞を受賞した「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス」などの楽曲で知られる。

メンバー

ザ・クラッシュジョー・ストラマーを尊敬している、と公言しており、「I Fought The Law」などをカヴァーしている。ライヴでは、観客にギターを演奏させたり、演奏した人にギターをプレゼントしたりするなどのファンサービスが恒例となっている。2児の父。
マイ・ケミカル・ロマンスのボーカルジェラルド・ウェイに、売り上げ増大による過度のプレッシャーについて相談されることがあった。そして、「世界は正当なロックを必要としてるんだ」と彼に言い、成功へ導いた。
本名は、マイケル・ライアン・プリチャード・(ダーント)Michael Ryan Pritchard Dirnt。ダーントはニックネーム。ビリーとは幼馴染み。California Music Awardsなど数々の音楽賞で「最優秀ベーシスト」に輝いている。
本名は、フランク・エドウィン・ライト3世 Frank Edwin Wright Ⅲ。1991年に加入。California Music Awardsなど、数々の音楽賞で「最優秀ドラマー」に輝いている。また、ギターも演奏できるので、ライヴなどでは時々ギターソロを弾く。

サポートメンバー

下記の3人が、バンドのライヴにサポートメンバーとして参加している。

  • ジェイソン・ホワイト (Jason White) - ギター、コーラス
  • ジェイソン・フリース (Jason Freese) - キーボード、ピアノ、ギター、トロンボーン、サックス、アコーディオン、コーラス
  • ジェフ・マティカ (Jeff Matika) - ギター、コーラス

サウンド

バンドのサウンドは、ラモーンズザ・クラッシュセックス・ピストルズなどと比べられることが多い[1]。彼らの曲の多くは、歪んだエレクトリックギターの音、高音を強調したベースなどに特徴付けられるバンドサウンドで演奏されている。

『アメリカン・イディオット』絡みでは、オアシスノエル・ギャラガーから強い抗議を受けている(ギャラガー兄弟は、グリーン・デイ、及びそのファン嫌いでも知られる)。オアシスのヒット曲である『ワンダーウォール(Wonderwall)』と、『ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス』のアレンジが酷似しているというもの[2]。この抗議に対して、グリーン・デイサイドからのアナウンスはされていない。

来歴

ファイル:Billie Joe Armstrong at mic in Cardiff.png
ビリー・ジョー・アームストロング
  • 1987年、互いに親友だったビリーやマイクらが、グリーン・デイの母体となるスウィート・チルドレン(Sweet Children)を結成する。
  • 1989年、「グリーン・デイ」と改名し、ルックアウト・レコーズと契約する。
  • 1990年、1stアルバム『1,039/スムーズド・アウト・スラッピー・アワーズ』でレコードデビューを果たす。当時から既に独自の音楽スタイルを確立しており、それを徐々に変化させながら活動していくことになる。音楽性の相違や学業への専念を理由にオリジナルドラマーのジョンがバンドを脱退する。
  • 1991年、バンドのメンバーとして定着することになるトレが加わる。
  • 1992年、2ndアルバム『カープランク』を発表する。
  • 1993年、メジャーレーベル、リプリーズ・レコードに移籍する。
  • 1994年、3rdアルバム『ドゥーキー(Dookie)』でメジャーデビューを果たす。『ドゥーキー』からの1stシングル「ロングヴュー(Longview)」や3rdシングル「バスケット・ケース(Basket Case)」などがモダン・ロックチャートで1位に輝き、これらはライヴでも定番の代表曲となる。ウッドストック94にも出演。演奏中に観客に泥を投げ込まれたりステージに多くの観客が乱入、最後の曲は途中から観客との泥の投げ合いとなる。
  • 1995年、『ドゥーキー』はロングヒットし(後に全米でダイヤモンドディスクを獲得)、日本などの外国でもその名を知られるようになる。さらに、グラミー賞でも数部門にノミネートされ、「最優秀オルタナティブ・グループ」を受賞する。『ドゥーキー』の大ヒットの勢いに乗って4thアルバム『インソムニアック(Insomniac)』を発表、前作と同じく全米2位。
  • 1996年、初の来日公演を果たす。
  • 1997年 - 2000年、徐々に発表速度を落としながら、5thアルバム『ニムロッド(Nimrod)』(1997年)、6thアルバム『ウォーニング(Warning)』(2000年)を発表する。この頃からパンクからロックンロールへの曲調の変化が見られ、バンドはポップなロックを追求していく。
  • 2001年 - 2002年、ベスト・アルバム『インターナショナル・スーパーヒッツ!(International Superhits!)』(2001年)や、シングルのB面の曲などを集めた『シェナニガンズ〜スーパー・ウラ・ベスト!(Shenanigans)』(2002年)を発表し、活動に一段落をつける。
  • 2003年、完成直前だった新作『シガレット・アンド・ヴァレンタイン(Cigarettes and Valentines)』のマスターテープがスタジオから何者かに盗まれ、別の作品を作ることになってしまう。犯人は結局不明。
  • 2004年NOFX主宰の反戦オムニバス『Rock Against Bush』に参加(NOFXが発売した結成20周年DVDにビリーが「NOFX?嫌いだよ、嫌いだよ。」とメッセージを添えている)。7thアルバム『アメリカン・イディオット(American Idiot)』を発表。これが米英1位を記録する。このアルバムはイラク戦争を起こしたブッシュ大統領、それを許したアメリカへの痛烈な批判も込められている。
  • 2005年、アルバム『アメリカン・イディオット』でグラミー賞の「最優秀ロック・アルバム賞」を受賞する。このアルバムから「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス(Boulevard Of Broken Dreams)」や「ホリデイ(Holiday)」、「ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ(Wake Me Up When September Ends)」等の大ヒットシングルが生まれるが、これらの売上金をインド洋大津波の被災地に寄付することにする。また、ツアー中にも関わらず、ミュージシャン達による様々なボランティア活動に参加している。ミニライヴ・アルバム「爆発ライヴ」シリーズ以外では初のフルライヴ・アルバム『ブレット・イン・ア・バイブル(Bullet In A Bible)』を発表。
  • 2006年、シングル「ブールヴァード・オブ・ブロークン・ドリームス」でグラミー賞の「最優秀レコード賞」を受賞する。
  • 同年、ハリケーン・カトリーナの被害者支援の一環として、U2とのコラボで「セインツ・アー・カミング(The Saints Are Coming)」(ザ・スキッズのカバー)をリリース。英チャートで2位を記録した。
  • 2007年ジョン・レノントリビュートアルバム「Instant Karma: The Campaign to Save Darfur」のため、「労働階級の英雄(Working Class Hero)」をカバー。6月12日に発売された。
  • 同年、ザ・シンプソンズのサウンドトラックのアルバムをリリース(米国のみ)。また、同年公開の『ザ・シンプソンズ MOVIE』でのカメオ出演も実現(スプリングフィールドにてライブをし、一旦メンバーが環境問題を話題に出したところ、ライブ客達から抗議を受け、メンバー全員がステージごと沈没するという内容である)。
  • 2009年、8thアルバム『21世紀のブレイクダウン(21st Century Breakdown)』が5月15日に全世界同時発売された。本作は、三部構成のコンセプト・アルバムで、その制作にはニルヴァーナの名盤『ネヴァーマインド』を手がけたブッチ・ヴィグがプロデューサーとして迎えられている。
  • 2010年、アルバム『21世紀のブレイクダウン』でグラミー賞の「最優秀ロック・アルバム賞」を受賞する。
  • 同年4月、『アメリカン・イディオット』や『21世紀のブレイクダウン』の楽曲を中心とするミュージカル「American Idiot: The Musical」がニューヨークの劇場街、ブロードウェイにて上演された。また、同年6月にはミュージカルのサウンドトラックアルバム「アメリカン・イディオット(ブロードウェイ・ミュージカル・キャスト・ヴァージョン)(American Idiot: The Original Broadway Cast Recording)」も発売された。
  • 2011年、2枚目となるフルライヴ・アルバム『最強ライヴ!(Awesome As Fuck)』を発売。DVDにはさいたまスーパーアリーナでのライヴ映像が収録されている。また、2003年に何者かに盗まれ日の目を見ていたアルバムからのタイトル曲「Cigarettes And Valentines」が、盗難事件後初めてライヴ音源として収録された。

ディスコグラフィー

スタジオ・アルバム

  • 1990年 - 1st「39/スムーズ(39/Smooth)」
世界総売り上げ100万枚
プラチナム獲得(US)、世界総売り上げ200万枚
  • 1994年 - 3rd(メジャーデビューアルバム)「ドゥーキー(Dookie)」
全米最高2位、ダイアモンド獲得(US)、世界総売り上げ2,000万枚
全米最高2位、2xプラチナム獲得(US)、世界総売り上げ600万枚
全米最高10位、2xプラチナム獲得(US)、世界総売り上げ600万枚
全米最高4位、ゴールド獲得(US)、500万枚
全米最高1位、5xプラチナム獲得(US)、世界総売り上げ1500万枚
全米初登場1位、全英初登場1位、オリコン初登場1位、その他21カ国で初登場1位を記録

ライヴ・アルバム

  • 1996年 - 「爆発ライヴ!+5(Foot In Mouth)」(日本企画盤)
  • 1996年 - 「爆発ライヴ2!〜東京篇(Bowling Bowling Bowling Parking Parking)」(日本企画盤)
  • 2001年 - 「爆発ライヴ3!《日本列島篇》(Tune In, Tokyo...)」(日本企画盤)
  • 2005年 - 「ブレット・イン・ア・バイブル(Bullet In A Bible)」
全米最高8位
  • 2009年 - 「爆発ライヴ!〜赤坂篇(Last Night On Earth: Live In Tokyo)」(日本企画盤)
  • 2011年 - 「最強ライヴ!(Awesome As Fuck)」

コンピレーション・アルバム

  • 1990年 - 「1,039/スムーズド・アウト・スラッピー・アワーズ」
1stアルバム「39/スムーズ」に、EP「1,000アワーズ」と「スラッピー」の曲を加え合わせた事実上の編集盤だが、日本など一部では1stアルバムとして表記(発売)されている。
全米最高40位、プラチナム獲得(US)、世界総売り上げ500万枚
全米最高27位、世界総売り上げ300万枚

その他

  • Green Dayというバンド名の由来は、大麻をいっぱい吸っていたので「Green Day」という曲を書いた時に、ドラマーだったジョンの上着に“Green Day”と書いてあり「俺たちのバンドもこうやって呼ぶべきかもな」とジョンが言ったところビリーも「そりゃいい考えだ」と言ったため、この名前となった。それまでは『スウィート・チルドレン(Sweet Children)』という名前だった。
  • 2003年に何者かに盗まれたとされている、当時7thアルバム(現在の7thアルバムは『アメリカン・イディオット』)として完成するはずだったマスターテープの、アルバムとしてのタイトルは『シガレット・アンド・ヴァレンタイン(Cigarettes and Valentines)』であった[3]
  • 2006年、雑貨店経営の男に『アメリカン・イディオット』は自分が高校時代に作曲したものであると訴えられた。内容は「高校時代自分が作った曲を悪意のある同級生が盗み聞きし、10年以上たって、ビリーに渡り、取引をした」という主張で証拠もほとんど無かった。当然、裁判所はこれを棄却。男は新たな証拠を探し、また訴えるという[4]
  • 植物人間状態の息子を持つ母親がその息子にグリーン・デイの曲を聞かせ続けていたら、意識を取り戻したという逸話がある[要出典]

日本でのTV出演

脚注

  1. ^ Azerrad, Michael. Our Band Could Be Your Life. Little Brown and Company, 2001. Pg. 496. ISBN 0-316-78753-1
  2. ^ グリーン・デイ、オアシスのノエルから苦情!?
  3. ^ RollingStone
  4. ^ Green Day Sued By A Real American Idiot

関連項目

  • ピンヘッド・ガンパウダー
  • ネットワーク
  • フォックスボロ・ホット・タブス

外部リンク