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アーダルベルト・シュティフター

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(シュティフター から転送)
ファイル:A Stifter.jpg
アーダルベルト・シュティフター

アーダルベルト・シュティフターAdalbert Stifter, 1805年10月23日 ボヘミア・オーバープラーン Oberplanチェコ、ホルニー・プラナー Horní Planá) - 1868年1月28日)はオーストリア画家小説家

目次

生涯

オーストリア領、南ボヘミアのオーバープラーンで、亜麻布商を営む農家の長男として生まれる。ウィーン大学法学を学び、35歳までは家庭教師を続けながら画家を志す。1840年、たまたま所持していた書きかけの原稿を見いだされたことがきっかけとなり、小説家としての創作活動を始める。このウィーン時代に発表された作品群は、『習作集』(Studien)全6巻にまとめられた。1848年三月革命の失敗に衝撃を受け、未熟な人間性への深い絶望にとらえられた彼は、真の人間形成のためには教育、特に基礎教育こそが重要であると考え、ウィーンから上部オーストリアのリンツに移住し、視学官となる。1853年、短編集『石さまざま』(Bunte Steine)を刊行。その序文で、人間世界を導く「穏やかな法則」を通して自己の芸術的信条を述べた。1857年12月、長編小説『晩夏』(Der Nachsommer)を出版。晩年は病苦と闘いながら最後の長編小説『ヴィティコー』(Witiko, 1865年-1867年)を完成した。

作風

画家を兼ねているためか、彼の小説における自然描写は細やかで静謐、そして美しい。彼は「芸術は貴い崇高なものである」「偉大なものは、劇的なまれにしか起こらないことよりも、ささやかでありふれた日常的なものにこそあらわれている」と考えていた。このため、彼はありふれたもの・普遍的なものを通して、高貴さ・偉大さを表現しようと努めた。英雄の超人的な行為よりも、ありふれた人々の日常的な行為にあらわれた、質素・節度・克己を小説の題材として選んだ。

評価

シュティフターの小説にはささやかな出来事や普通の人々しか出てこない。そのため、同時代の人々にはつまらないと批判されていた。長編小説『晩夏』に対し、「通読した者にはポーランドの王冠を進呈しよう」[1]と酷評した劇作家ヘッベルは、こうした見方を代表する。一方、哲学者のニーチェは、この小説を「繰り返し読まれる」に値するドイツ19世紀後半の優れた散文である[2]と絶賛した。トーマス・マンは、『「ファウストゥス博士」の成立』のなかで、「シュティフターは世界文学の最も注目すべき、最も奥深い、最も内密な大胆さを持つ、最も不思議な感動を与える小説家の一人である」(佐藤晃一訳)と惜しみない讃辞を送り、『習作集』『石さまざま』『晩夏』『ヴィティコー』などの諸作品を生涯に渡って愛読した[3]ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは「ベートーヴェンの『田園』を振るためには、シュティフターを読んでおかねばならないと信じているよ」と録音技師のフリードリヒ・シュナップ(Friedrich Schnapp, 1900-1983)に語ったという[4]

日本における受容

日本におけるシュティフターの作品受容の歴史は大正時代に遡り、堀辰雄は、旧制高校時代の授業で『喬木林』(Der Hochwald)を講読したと述べている[5]。爾来、日本はそのほぼ全ての小説を翻訳した稀有の国であり、作品集[6]も刊行されている。ドイツ文学出身の作家古井由吉は、シュティフターを「長年愛好する作家」と呼び、小説やエッセイでしばしばその作品に言及している[7]

主な著作

  • Studien 習作集(短編集)
    • Der Kondor 禿鷹
    • Feldblumen 野の花
    • Die Mappe meines Urgroßvaters 曾祖父の書類入れ
    • Die Narrenburg 愚か者の城 「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」林道舎
    • Abdias アプディアス
    • Das alte Siegel 古い封印
    • Der Hagestolz 男やもめ
    • Der Waldsteig 森の小道 
    • Zwei Schwestern 二人の姉妹 
  • Bunte Steine 石さまざま(短編集)
    • Granit みかげ石
      少年の日、家の前にあったみかげ石に座って通りを眺めていた作者におこったちょっとした出来事と、それをきっかけにして祖父から聞くことができた、村に伝わる古い話についての物語。自然の災厄に翻弄されながらも、同時に自然の確かな導きによって救われる少年と少女が描かれる。
    • Kalkstein 石灰石
      測量をなりわいとする主人公が、ある荒地で出会った牧師についての物語。牧師は清貧に慎み深く暮らしている。上着は何十年前に仕立てたものかわからないぐらいである。しかし、常に一見してわかる高価な肌着を着けており、しかもそれを恥じて隠している。牧師の死後、その秘密が明らかになる。
    • Turmalin 電気石
      不義密通により崩壊した家庭と、その呪いを一身に受けた娘の物語。心身を病んだ少女が心優しい女性の気遣いによって回復していく様が静かに語られる。
    • Bergkristall 水晶
      シュティフターの最も有名な作品。山村に住む兄弟が、峠を越えて祖父母を訪ねた帰り道、降りしきる雪に道を見失い彷徨う。妹を気遣う兄、無心に兄にしたがう妹、静かで荘厳な自然描写が美しい。
    • Katzensilber 白雲母
    • Bergmilch 石乳
      祖先から城だけを受け継いだ、貧乏貴族の物語。独身の主人公は城に支配人の家族とともに住んでおり、彼は支配人の子供たちを、自分の子供であるかのようにかわいがっていた。子供たちの最年長者である長女が美しく成長したある日、ナポレオンに率いられたフランス軍がオーストリアに攻め入り、主人公の城も、戦争に巻き込まれそうになる。そこへ、よんどころない事情により、ドイツ人にもかかわらずフランス軍に味方せざるを得なかった青年将校が飛び込んできて、主人公たちに強烈な印象を残して去っていく。
  • Der Nachsommer 晩夏 
  • Witiko ヴィティコー

主な日本語訳

  • 「水晶 他三篇」 手塚富雄・藤村宏訳、岩波文庫、他は「みかげ石」、「石灰石」、「石乳」
  • 「森の小道・二人の姉妹」 山崎章甫訳、岩波文庫
  • 「ブリギッタ・森の泉 他一篇」 宇多五郎・高安国世訳、岩波文庫、他は「荒野の村」
  • シュティフター・コレクション 全4巻、松籟社、新版2008年
     「石さまざま」 全2巻、「森ゆく人」、「書き込みのある樅の木」
  • 「晩夏」 藤村宏訳、集英社〈世界文学全集〉→ ちくま文庫 全2巻、2004年
  • 「ヴィティコー」 谷口泰訳、書肆風の薔薇(現:水声社)全3巻、1990-91年

外部リンク

脚注

  1. ^ 『ライプツィヒ画報』(Leipziger Illustrierte Zeitung)1858年9月4日。
  2. ^ フリードリヒ・ニーチェ『人間的な、あまりにも人間的な』(Menschliches, Allzumenschliches)1876年-1878年。
  3. ^ 中村康二「シュティフターとその読者 : (一) トーマス・マンのシュティフター・レクテューレ」(『中京大学教養論叢』17(4)、1977年3月)、小名木榮三郎「トーマス・マンとシュティフター―書簡と日記にみる精神の触れ合い―」(『自然と対話する魂の軌跡―アーダルベルト・シュティフター論―』、1994年4月、慶應義塾大學法學研究會刊所収)による。
  4. ^ http://patangel.free.fr/furt/schna_en.htm による。
  5. ^ 堀辰雄「匈奴の森など」『新潮』、1936年1月。
  6. ^ シュティフター作品集 全4巻、1983-87年、松籟社。のちに新版「シュティフター・コレクション」で刊行した。
  7. ^ 『電気石』の一節を翻訳引用する「峯の嵐か」(『忿翁』所収)、登場人物がシュティフターの幻影を見る『楽天記』、他に『白髪の唄』など。エッセイでは『半日寂寞』など。また、岩波文庫の「私の三冊」のうちの1冊として『水晶 他三編―石さまざま』を挙げている(岩波書店『図書 臨時増刊号』1996年)。もっとも古井自身は、亀の子文字印刷された古い作品集で『石さまざま』を愛読していることは、著書『神秘の人びと』の記述から窺える。