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ジェームズ・ステュアート (俳優)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

James Stewart
ジェームズ・ステュアート
ファイル:James Jimmy Stewart Air Force.jpg
1944年以降撮影、米国陸軍大佐時代
本名 James Maitland Stewart
生年月日 1908年5月20日
没年月日 1997年7月2日(満89歳没)
出生地 インディアナ
国籍 ファイル:Flag of the United States.svg アメリカ合衆国
職業 俳優
配偶者 グロリア・ハトリック

ジェームズ・ステュアートJames Stewart, 1908年5月20日 - 1997年7月2日)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州インディアナ(Indiana, Pennsylvania)出身の俳優

本名はジェームズ・メイトランド・ステュアートJames Maitland Stewart)。愛称はジミーJimmy Stewart)。

190cmの長身で、その誠実な人柄と、演じた多くの役柄の印象から「アメリカの良心」と呼ばれた。米国ボーイスカウト連盟の功労賞シルバーバッファロー賞の数少ない受賞者のひとり。

目次

来歴

裕福な家庭に生まれ、プリンストン大学建築学都市工学を学ぶ。大学卒業後、ジョシュア・ローガン(後に映画監督となる)、ヘンリー・フォンダ、マーガレット・サラヴァンらが所属する学生演劇集団「ユニバーシティ・プレイハウス・グループ」に参加。俳優を志し、彼らと共にニューヨークで共同生活を送るが不況のためにほとんど仕事はなく、俳優業を諦めることも考えていた。

ヘンリー・フォンダの誘いでハリウッドへ行き、MGMと契約。舞台で共演した女優コラムニストのヘッダ・ホッパーの推薦により、『舗道の殺人』(1935年)に出演して映画デビュー。翌1936年には 『超スピード時代』 で初主演を果たした。フランク・キャプラが「彼の平凡な魅力は、どこにでもいそうでどこにもいない」と着目し、『我が家の楽園』(1938年)、『スミス都へ行く』(1939年)で主役に抜擢。作品が大ヒットしスターとなる。翌1940年の 『フィラデルフィア物語』 で、アカデミー賞主演男優賞を獲得した。1948年にはアルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』 に主演として起用された。ヒッチコックお気に入りの男優として計4本に主演している。

第二次世界大戦中は率先して軍隊に志願。陸軍爆撃機パイロットとして活躍した。出撃回数は20回、飛行時間は1800時間にも及び、大佐にまで昇進した(これはハリウッドの俳優としては最高位)。1959年にはさらに予備役空軍准将に昇進している。親友のゲイリー・クーパーが『ヨーク軍曹』でアカデミー賞を受賞した際には、軍服のままプレゼンターとして授賞式に出席し、クーパーにオスカーを手渡している。

戦後はハリウッドに英雄として凱旋。映画会社は彼を主演に戦争映画を作ろうと目論んだが、ジミーは「本物の戦争を見てきた人間が、戦争映画に出たいと思いますか?」とそれらを全て断り『素晴らしき哉、人生!』(1946年)、『ハーヴェイ』(1950年)といったヒューマン・コメディに主演した。

戦後は『ウィンチェスター銃'73 』(1950年)、『怒りの河』(1952年)、『ララミーから来た男』(1955年)などの西部劇でも新境地を拓いた。なお『ウィンチェスター銃'73』 で、初めて作品の儲けから定率でギャラを支払う、いわゆる出来高払い制度で契約した。このシステムは、現在まで長い間引き続き使われている。

1984年、長年の映画界への功績を称え、アカデミー賞名誉賞が授与された。

エピソード・人物

  • ゴシップと無縁な稀有なスターとして知られる。結婚も生涯一度きりであり、離婚歴はない。妻のグロリアは「夫は毎日のように美しい女優と共演しているのに、いつもきちんと家に帰ってきました」と語っている。
  • キス・シーンが苦手で、アルフレッド・ヒッチコックは「彼はグレース・ケリーキム・ノヴァクとキスできるというのに、ちっとも嬉しそうな顔をしない」とぼやいた。なおジミー本人は「僕がキス・シーンが苦手なのはたぶん、相手の女優と身長差がありすぎるせいだろう」と話している。
  • 自身が最も気に入っている作品のひとつは『ハーヴェイ』(1950年)であった。
  • 悪役を演じたことは一度も無い。
  • 後年「あなたの演技(Act)の秘密は?」と聞かれた際に、「I don't act.I just react.(私は演技はしていません、演技をしている相手に合わせているだけです)」と答えている。

その他

  • 1955年(昭和30年)1月に来日している。

主な出演作品

受賞歴

アカデミー賞

受賞
1941年 アカデミー主演男優賞:『フィラデルフィア物語
1985年 アカデミー名誉賞
ノミネート
1940年 アカデミー主演男優賞:『スミス都へ行く
1947年 アカデミー主演男優賞:『素晴らしき哉、人生!
1951年 アカデミー主演男優賞:『ハーヴェイ』
1960年 アカデミー主演男優賞:『或る殺人』

ゴールデングローブ賞

受賞
1965年 セシル・B・デミル賞
1974年 男優賞 (テレビドラマ部門):『Hawkins
ノミネート
1951年 主演男優賞 (ドラマ部門):『ハーヴェイ』
1963年 主演男優賞 (ミュージカル・コメディ部門):『H氏のバケーション』

ニューヨーク映画批評家協会賞

受賞
1939年 主演男優賞:『スミス都へ行く
1959年 主演男優賞:『或る殺人』

外部リンク