ステファン・レコ
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | ステファン・レコ |
| 通称 |
ブリッツ 欧州の稲妻 欧州最強の伊達男 K-1のトム・クルーズ |
| 階級 | ヘビー級(K-1) |
| 国籍 | ファイル:Flag of Croatia.svg クロアチア |
| 誕生日 | 1974年6月3日(37歳) |
| 出身地 |
ファイル:Flag of Germany.svg ドイツ クレーフェルト |
| 身長 | 187cm |
| 体重 | 100kg |
| スタイル | キックボクシング |
ステファン"ブリッツ"レコ(Stefan "BLITZ" Leko、男性、1974年6月3日 - )は、ドイツクレーフェルト出身(現クロアチア国籍)のキックボクサー。ゴールデン・グローリー所属。モデルのような甘いマスクと超一流のテクニックを持ち合わせている。ブリッツ(ドイツ語で稲妻の意)の異名を持つ。所属ジムをゴールデン・グローリーに変えたあたりから髪型をブリッツヘアーにしていた。
目次 |
来歴
K-1時代
来日当初はK-1のリングに参戦、初期から次世代を担う選手として期待され、モデルのような甘いマスクもあって「K-1のトム・クルーズ」とも呼ばれていた。ヘビー級トップクラスのスピードとテクニックを持ち味に、GP予選で優勝したりするなど、期待通りの活躍を見せてはいたが、トップファイターにはあと一歩及ばず、伸び悩んでいた。
しかし21世紀に入ってボクシング技術の向上を図ったり、所属ジムをマスターズジムからゴールデン・グローリーに移すなどしたのが実を結んだのか、ようやくその真の実力を発揮し始める、ピーター・アーツ、レミー・ボンヤスキー、アレクセイ・イグナショフ、マイク・ベルナルド、フランシスコ・フィリォらに白星を挙げ、快進撃を続ける。
2000年10月9日、K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKAのトーナメント1回戦でアンドリュー・トムソンに右ローキックでKO勝ちするも、右拳骨折のためマイク・ベルナルドとの準決勝を辞退した。ジェロム・レ・バンナの欠場により、12月10日の決勝トーナメントに参戦。1回戦でフランシスコ・フィリォと対戦し、判定負け。
2001年8月11日、K-1 WORLD GP 2001 in LAS VEGASのGP予選トーナメントを3試合連続KO勝ちで優勝、特に決勝戦でピーター・アーツから2度ダウンを奪い、最後は右ストレート一発でノックアウト勝ちを収めてトップクラスであることを証明した。この試合はレコの試合前の煽りVTRで必ずと言っていいほど紹介され、レコ本人も生涯のベストバウトとしてこの試合を挙げている。
2002年にはレミー・ボンヤスキー、アレクセイ・イグナショフに勝利。
2003年に入ると、ピーター・アーツにTKO勝ち、マイク・ベルナルド、フランシスコ・フィリォに判定勝ちと連勝を重ね、K-1 WORLD GP 2003の決勝戦では優勝候補最有力とまで言われていたが、主催者(FEG)との契約が合意に至らず、決勝大会直前に棄権することになった[1]。
PRIDE時代
2003年のトラブル以後、その影を潜めていたが、2004年に総合格闘技PRIDEのリングに登場、同年開催のヘビー級GPに電撃参戦を果たした。
2004年4月25日、PRIDE GRANDPRIX 2004 開幕戦の1回戦で小川直也と対戦、スタンドで左フックを受けダウンし肩固めによるタップアウト負けを喫した。
その後も美濃輪育久に開始27秒ヒールホールドで一本負け、中村和裕にはパウンドによるTKO負けで連敗を喫し、友人であるミルコ・クロコップにも「PRIDEでは生き残れないからK-1に戻れ」と忠告を受けるなど、PRIDEでは3戦3敗となった。
K-1復帰
2005年5月14日、ハンガリーのブダペストで行われたWKNフリースタイル世界スーパーヘビー級王者決定戦で、フローリアン・オグネイド(ドイツ)を3RTKOで下し王者になる。立ち技復帰戦は白星スタート。6月12日、オランダの格闘技イベントIT'S SHOWTIMEにおいて久々のキックルールでバダ・ハリと試合を行う。レコはバックスピンキックをハリのレバーに突き刺し、KO勝ちを飾った。11月19日、K-1 WORLD GP 2005 IN TOKYO 決勝戦のリザーブファイトでK-1に復帰。6月に続き、再びハリと対戦するも、この試合は2Rにハリの右バックスピンキックを顔面に受け失神KO負けした。
2006年4月29日、K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGASでルスラン・カラエフと対戦。2度ダウンを奪われるが、3R終了間際に得意の右ストレートでダウンを奪い返すも、判定負け。8月12日、K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGAS IIで行われた世界最終予選を全試合KOで制し、4年ぶりのグランプリ出場を決めた。9月30日のGP開幕戦ではレイ・セフォーに僅差の判定勝ち。12月2日のGP準々決勝ではレミー・ボンヤスキーに2度も下腹部に蹴りを入れてしまう。ダメージを負ったレミーを追い詰めるもカウンターをくらいダウンを奪われ、パンチのコンビネーションやバックブローも虚しく判定負けを喫した。レミーが前述のダメージにより準決勝出場にドクターストップがかかるも、自身も足を負傷しておりドクターストップとなった。試合後のインタビューでは、リスタートが2度もあったためモチベーションを保つのが大変だったとコメントし、風邪気味でベストな状態でなかったことも明かしていた。
2007年3月10日、K-1クロアチア大会にて新星マゴメド・マゴメドフに僅差の判定負け。5月4日、K-1ルーマニア大会にてカタリン・モロサヌに判定勝ち。8月11日、K-1 WORLD GP 2007 IN LAS VEGASでマイティ・モーと対戦し、判定勝ち。9月29日、K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16にてレミー・ボンヤスキーと対戦。右跳び膝蹴りでダウンを奪われ立ち上がるも、レフェリーが試合続行不可能と判定しTKO負け。レコはこれに抗議したが聞き入れられなかった。
2008年1月12日、セルビアで行われたLord Of Ringにてマイケル・アンドレードと対戦しKO勝ち。なお試合後レコは膝の手術のため最低7か月はリングから遠ざかることを宣言した。
2008年8月9日、K-1 WORLD GP 2008 IN HAWAIIのリザーブファイトでジュニア・スアと対戦し、1RKO勝ち。
2009年5月16日、IT'S SHOWTIMEでメルヴィン・マヌーフと対戦し、優勢に試合を進め、このまま判定勝ちかと思われたが、3Rにレコがキックを蹴った際に自分の足を負傷してダウンし、TKO負け。
2009年10月17日、GLORY 11: A Decade of Fightsにてアンダーソン・ブラドック・シルバに2RKO負け。
2010年9月12日、IT'S SHOWTIMEでヴォルカン・ダズガンと対戦し、判定勝ちを収めた[2]。10月16日、Ultimate GloryのKickboxing World Series1回戦でウェンデル・ロチェと対戦し、TKO負けを喫した[3]。
2011年6月11日、自身の引退試合となるISKAフリースタイル世界スーパーヘビー級王座決定戦で盟友ジェロム・レ・バンナと対戦し、0-3の判定負け。試合後、バンナからは土下座で敬意を表された。しかし、数週間後に早くも引退を撤回して現役復帰。
ファイトスタイル
ブリッツの異名通り、稲妻の如く鋭い右ストレートが最大の武器。そのほかバックハンドブロー、バックスピンキックなどの即効性のある技をカウンター気味に繰り出し、KOの山を築いてきた。スピードもヘビー級の中ではトップクラスであり、パワーではなく手数とスピードを活かしたインファイトを得意とする。欠点として典型的なグラスジョーであり、途中まで試合を優位に進めていながら一発で逆転KO負けすることも多い。
戦績
キックボクシング
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 93試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 66勝 | 36 | 28 | 0 | 1 | 1 | |
| 25敗 | 9 | |||||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | Sebastien van Thielen | 3R+延長R終了 判定0-3 | SuperKombat World Grand Prix III, Semi Finals | 2011年10月1日 |
| × | カタリン・モロサヌ | 3R終了 判定0-3 | SuperKombat World Grand Prix II | 2011年7月16日 |
| × | ジェロム・レ・バンナ | 5R終了 判定0-3 | 8ème Nuit des Sports de Combat 【ISKAフリースタイル世界スーパーヘビー級王座決定戦】 | 2011年6月11日 |
| × | フレディック・シニストラ | TKO | La Nuit du Kick-Boxing 2010 | 2010年11月27日 |
| × | ウェンデル・ロチェ | 2R 1:44 TKO(棄権) | Ultimate Glory 2010-2011 First Round 【Kickboxing World Series 1回戦】 | 2010年10月16日 |
| ○ | ヴォルカン・ダズガン | 3R終了 判定 | It's Showtime 2010 Amsterdam II | 2010年9月12日 |
| ○ | ニコライ・ファリン | 3R終了 判定 | Cologne Fight Night 2010 | 2010年5月1日 |
| ○ | Moussa Sissoko | 3R TKO | Kickboxing Superstar XIX | 2010年3月20日 |
| × | カール・グリシンスキー | 3R終了 判定 | German King Cup 【スーパーファイト】 | 2009年11月15日 |
| × | アンダーソン"ブラドック"シルバ | 2R KO | GLORY 11: A Decade of Fights | 2009年10月17日 |
| ○ | ミルネス・イマモビッチ | 2R TKO | Collizion Bosnia | 2009年7月3日 |
| × | メルヴィン・マヌーフ | 3R TKO(左足の自傷) | IT'S SHOWTIME | 2009年5月16日 |
| × | ラウル・カティナス | 1R KO(左フック) | K-1 Croatia 【スーパーファイト】 | 2009年3月21日 |
| × | フレディ・ケマイヨ | 延長R終了 判定0-3 | K-1 Fighting Network Prague 2008 【スーパーファイト】 | 2008年12月20日 |
| ○ | ダニエル・ソルティシアク | 3R終了 判定 | K-1 WORLD GP 2008 IN RIGA 【スーパーファイト】 | 2008年11月22日 |
| ○ | ロドニー・ファベイラス | 3R終了 判定 | The Battle of Arhnem | 2008年11月9日 |
| ○ | ジュニア・スア | 1R 2:36 KO(2ノックダウン:右膝蹴り) | K-1 WORLD GP 2008 IN HAWAII 【USA GP リザーブファイト】 | 2008年8月9日 |
| ○ | マイケル・アンドレード | 2R KO(パンチ連打) | Load Of Ring | 2008年1月12日 |
| × | レミー・ボンヤスキー | 1R 2:50 KO(右跳び膝蹴り) | K-1 WORLD GP 2007 IN SEOUL FINAL16 【1回戦】 | 2007年9月29日 |
| ○ | マイティ・モー | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2007 IN LAS VEGAS 【スーパーファイト】 | 2007年8月11日 |
| ○ | カタリン・モロサヌ | 3R終了 判定3-0 | K-1 Romania | 2007年5月4日 |
| × | マゴメド・マゴメドフ | 延長R終了 判定0-3 | K-1 Croatia | 2007年3月10日 |
| × | レミー・ボンヤスキー | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2006 IN TOKYO 決勝戦 【準々決勝】 | 2006年12月2日 |
| ○ | レイ・セフォー | 3R+延長R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2006 IN OSAKA 開幕戦 【1回戦】 | 2006年9月30日 |
| ○ | マイケル・マクドナルド | 2R 2:28 TKO(戦意喪失) | K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGAS II 【世界最終予選 決勝】 | 2006年8月12日 |
| ○ | カーター・ウィリアムス | 1R 2:40 KO(右後ろ回し蹴り) | K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGAS II 【世界最終予選 準決勝】 | 2006年8月12日 |
| ○ | スコット・ライティ | 3R 0:58 TKO(左右のフック連打) | K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGAS II 【世界最終予選 1回戦】 | 2006年8月12日 |
| × | ルスラン・カラエフ | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2006 IN LAS VEGAS 【スーパーファイト】 | 2006年4月29日 |
| × | バダ・ハリ | 2R 1:30 KO(右後ろ回し蹴り) | K-1 WORLD GP 2005 IN TOKYO 決勝戦 【リザーブファイト】 | 2005年11月19日 |
| ○ | バダ・ハリ | 1R 1:44 KO(右後ろ回し蹴り) | It's Showtime | 2005年6月12日 |
| ○ | フローリアン・オグネイド | 3R TKO | WKN | 2005年5月14日 |
| ○ | 村上和成 | 1R 1:08 KO(右ハイキック) | INOKI BOM-BA-YE 2003【立技ルール】 | 2003年12月31日 |
| ○ | フランシスコ・フィリォ | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2003 開幕戦 ALL STARS 【1回戦】 | 2003年10月11日 |
| ○ | マイク・ベルナルド | 5R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2003 in BASEL 【スーパーファイト】 | 2003年5月30日 |
| ○ | グレート草津 | 2R 2:44 KO(3ノックダウン:右フック) | K-1 WORLD GP 2003 in LAS VEGAS 【スーパーファイト】 | 2003年5月2日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R 1:44 TKO(ドクターストップ:右脛裂傷) | K-1 WORLD GP 2003 in SAITAMA | 2003年3月30日 |
| × | マーク・ハント | 3R 1:16 KO(左フック) | K-1 WORLD GP 2002 決勝戦 【準々決勝】 | 2002年12月7日 |
| ○ | アレクセイ・イグナショフ | 3R+延長R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2002 開幕戦 【1回戦】 | 2002年10月5日 |
| ○ | レミー・ボンヤスキー | 5R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2002 in LAS VEGAS 【スーパーファイト】 | 2002年8月17日 |
| × | アーネスト・ホースト | 1R 1:48 KO(左フック) | K-1 WORLD GP 2002 in PARIS | 2002年5月25日 |
| × | マーク・ハント | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 【準決勝】 | 2001年12月8日 |
| × | アーネスト・ホースト | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 【準々決勝】 | 2001年12月8日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R 2:05 KO(右ストレート) | K-1 WORLD GP 2001 in LAS VEGAS 【GP予選トーナメント 決勝】 | 2001年8月11日 |
| ○ | セルゲイ・イバノビッチ | 2R終了時 TKO(左足甲負傷) | K-1 WORLD GP 2001 in LAS VEGAS 【GP予選トーナメント 準決勝】 | 2001年8月11日 |
| ○ | ジェフ・ルーファス | 2R 2:34 TKO(2ノックダウン:右アッパー) | K-1 WORLD GP 2001 in LAS VEGAS 【GP予選トーナメント 1回戦】 | 2001年8月11日 |
| × | ジェロム・レ・バンナ | 5R終了 判定0-3 | K-1 SURVIVAL 2001 〜K-1 JAPAN GP 開幕戦〜 【スーパーファイト】 | 2001年6月24日 |
| - | マーク・デ・ウィット | ノーコンテスト(マーク脛負傷) | K-1 WORLD GP 2001 世界地区予選 ドイツ大会 【スーパーファイト】 | 2001年5月20日 |
| × | ユルゲン・クルト | 2R 2:19 KO(3ノックダウン:右フック) | K-1 GLADIATORS 2001 〜新世紀 一撃伝説の幕開け〜 | 2001年3月17日 |
| ○ | アレクセイ・イグナショフ | 5R 反則 | K-1 WORLD GP 2001 世界地区予選 オランダ大会 【スーパーファイト】 | 2001年2月4日 |
| × | フランシスコ・フィリォ | 3R+再延長R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2000 決勝戦 【準々決勝】 | 2000年12月10日 |
| ○ | アンドリュー・トムソン | 2R 1:50 KO(右ローキック) | K-1 WORLD GP 2000 in FUKUOKA 【GP予選トーナメント 1回戦】 | 2000年10月9日 |
| ○ | リッキー・ニッケルソン | 判定3-0 | K-1 FIGHT NIGHT 2000 | 2000年6月3日 |
| ○ | ジャビット・バイラミ | 3R終了 判定2-0 | K-1 THE MILLENNIUM | 2000年4月23日 |
| ○ | ハリー・ホーフト | 1R 2:37 KO(右後ろ回し蹴り) | K-1 GRAND PRIX '99 決勝戦 【スーパーファイト】 | 1999年12月5日 |
| × | サム・グレコ | 3R 2:35 負傷判定0-2 | K-1 GRAND PRIX '99 開幕戦 【1回戦】 | 1999年10月3日 |
| ○ | サミール・ベナゾーズ | 1R 2:45 KO(右ローキック) | K-1 DREAM '99 〜グランプリへの道〜 【GP予選トーナメント 決勝】 | 1999年7月18日 |
| ○ | シリル・アビディ | 3R終了 判定3-0 | K-1 DREAM '99 〜グランプリへの道〜 【GP予選トーナメント 準決勝】 | 1999年7月18日 |
| ○ | フィリップ・ゴミス | 1R 2:56 KO(右ストレート) | K-1 DREAM '99 〜グランプリへの道〜 【GP予選トーナメント 1回戦】 | 1999年7月18日 |
| × | アンディ・フグ | 5R終了 判定0-3 | K-1 FIGHT NIGHT '99 【WKA世界ムエタイスーパーヘビー級タイトルマッチ】 | 1999年6月5日 |
| × | レイ・セフォー | 5R終了 判定0-3 | K-1 GRAND PRIX '98 開幕戦 【1回戦】 | 1998年9月27日 |
| ○ | ニコラス・ペタス | 2R 1:09 TKO(右ストレート) | K-1 DREAM '98 | 1998年7月18日 |
| ○ | ロブ・ファン・エスドンク | 3R 1:57 KO(右フック) | K-1 FIGHT NIGHT '98 【EUROPEAN GP 決勝】 | 1998年6月6日 |
| ○ | レイ・ホフマン | 2R 2:07 KO(右フック) | K-1 FIGHT NIGHT '98 【EUROPEAN GP 準決勝】 | 1998年6月6日 |
| ○ | ピーター・マエストロビッチ | 3R+延長R終了 判定 | K-1 FIGHT NIGHT '98 【EUROPEAN GP 1回戦】 | 1998年6月6日 |
| × | アーネスト・ホースト | 2R 0:34 KO(右ストレート) | K-1 GRAND PRIX '97 開幕戦 【1回戦】 | 1997年9月7日 |
| ○ | サダウ・ゲッソンリット | 3R終了 判定3-0 | K-1 BRAVES '97 | 1997年4月29日 |
総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 3 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 0 勝 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 3 敗 | 1 | 2 | 0 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | 中村和裕 | 1R 0:55 TKO(パウンド) | PRIDE.29 SURVIVAL | 2005年2月20日 |
| × | 美濃輪育久 | 1R 0:27 ヒールホールド | PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- | 2004年12月31日 |
| × | 小川直也 | 1R 1:34 肩固め | PRIDE GRANDPRIX 2004 開幕戦 【ヘビー級GP 1回戦】 | 2004年4月25日 |
獲得タイトル
- IKBFフルコンタクト世界王座
- IKBFキックボクシング世界王座
- ISKAムエタイ世界ヘビー級王座
- WMTA世界王座
- WKNフリースタイル世界スーパーヘビー級王座
- K-1 ヨーロッパグランプリ 優勝
- K-1 DREAM '99 優勝
- K-1 WORLD GP 2001 in LAS VEGAS 優勝
- K-1 WORLD GP 2006 in LAS VEGAS II 世界最終予選 優勝
脚注
- ^ レコ欠場。ボタとアビディが再戦 BoutReview 2003年11月26日
- ^ 【It's Showtime】レコが復活の狼煙をあげる MMAPLANET 2010年9月15日
- ^ 【GLORY】レコ、グローリーの大一番で2年連続の失態 MMAPLANET 2010年10月17日
関連項目
外部リンク
- K-1 選手データ
- PRIDE 選手データ - Internet Archive
- SHERDOG 選手データ




