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チッパー・ジョーンズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

チッパー・ジョーンズ
Chipper Jones
アトランタ・ブレーブス #10
ファイル:Chipper Jones in San Diego.jpg
基本情報
国籍 ファイル:Flag of the United States.svg アメリカ合衆国
出身地 ファイル:Flag of the United States.svg フロリダ州デランド
生年月日 1972年4月24日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193cm
210 lb =約95.3kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 三塁手外野手
プロ入り 1990年 1巡目(全体1位)
初出場 1993年9月11日
年俸 $14,000,000(2010年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)
国際大会
代表チーム ファイル:Flag of the United States.svg アメリカ合衆国
WBC 2006年2009年

ラリー・ウェイン "チッパー" ジョーンズ・ジュニア(Larry Wayne "Chipper" Jones, Jr. , 1972年4月24日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州デランド出身の野球選手三塁手外野手左翼手)、右投両打。MLBアトランタ・ブレーブスに所属している。

父親に非常にそっくりだったため、「ア・チップ・オフ・ジ・オールド・ブロック(A chip off the old block :親にそっくりな男の子)」という言葉からチッパーの愛称で呼び親しまれるようになった。

目次

略歴

プロ入り前、マイナー時代

私立のボールズ校に進学し、スターとして頭角を現し、アラン・トランメルカル・リプケンと比べられた[2]。最終学年に打率.488・5本塁打・25打点を記録し、投手として7勝3敗・防御率1.00を記録し、1990年のフロリダ州の最優秀高校選手に選ばれた[2]

1990年のドラフトで1位指名権を持つブレーブスは、ジョーンズが最終学年になると入念に追跡調査を開始した[2]。そして6月のドラフトで1位で指名され入団。高校では投手兼遊撃手だったが、強打を生かすため野手に専念し、ルーキー級でプロのスタートを切った[3]。痛めた手の回復に四苦八苦しバットスピードは本来のものではなく[2]、44試合で打率.229で守備では18失策を記録したが、翌1991年にA級で打率.326・15本塁打・95打点を記録した。機が熟したと判断した球団は[2]1993年9月11日にこの年リーグ2番目に若い選手として遊撃手[4]メジャーデビューを果たすも、翌1994年シーズン開幕前に左膝靭帯断裂というアクシデントに見舞われ、1年を棒に振った[3]

1995年 - 1999年

テリー・ペンドルトンFA移籍に伴い1995年から三塁手へ転向[3]。レギュラーの座を確保し、86打点はメジャーの新人選手1位で、23本塁打・139安打・73四球は2位の好成績を残し[5]新人王野茂英雄と争い最終的に新人王は野茂に譲ったが、チームはワールドチャンピオンとなり、以後ブレーブスの14年連続地区優勝の中心選手として活躍した。

1996年には球団史上1985年デール・マーフィー以来となる3割・30本塁打・100打点・100得点を記録するなど軒並み成績を上げた[6]オールスターゲームでは三塁手の先発メンバーとなった。1997年9月12日にテリー・ペンドルトンが持つ1966年に球団がアトランタ移転後の39二塁打の球団記録を破り、最終的に41二塁打を放った[7]

夫人以外の女性との間に子供ができたことが発覚したため、1999年開幕直前の3月30日に離婚訴訟となり、野球に影響するのではと心配する声があった[8]。ジョーンズは「私生活では辛い時期だったからこそ、フィールドでは野球に集中した。球場に来たときが一番ホッとした。野球に集中していれば、辛いことはすべて忘れられたからね」と、この集中力で試合で結果を出した[8]

地区首位のブレーブスがメッツに1ゲーム差迫られ迎えた9月21日からのメッツとの3連戦では21日に2本塁打を放ち、1996年にトッド・ハンドリーがマークしたナリーグスイッチヒッターのシーズン本塁打記録41を更新[9]。22日と23日に1本塁打ずつ放ち、チームのメッツ3タテ立役者となり、リーグMVPに推す声が高まった[8]。チームはメッツと7ゲーム差で地区優勝。ジョーンズはMVPに選出され、メジャー史上初となる3割・100得点・40二塁打・40本塁打・100打点・100四球・20盗塁を達成[9]ニューヨーク・ヤンキースとのワールドシリーズではチーム唯一の本塁打を放ったが4連敗に終わった[10]

2000年以降

2000年、ジョーンズは2001年から6年総額9,000万ドルで契約を延長した[11]。2001年まで三塁手としての守備率が94.9%のジョーンズは好守の選手とは言い難く、2001年オフに好守のビニー・カスティーヤが移籍してきたため、2002年からは左翼手にコンバートされた[3]2004年も開幕から左翼手としてプレーしていたが、三塁へ再コンバート。8月16日には通算300本塁打を達成した。しかし、この年は96打点でシーズン100打点以上が8年で途切れ、打率は自己ワーストの.248と不本意なシーズンとなってしまった。

2005年は開幕から正三塁手としてプレーし、開幕から最初の14試合で打率.396・4本塁打・10打点と順調な滑り出しを見せた。しかし、4月24日に本塁に向けて走る際に左足を負傷し、6月5日のピッツバーグ・パイレーツ戦で同個所を再度負傷する。翌6日からDL入りし、約6週間という長期離脱を余儀なくされた。8月2日のシンシナティ・レッズ戦でダイビングキャッチを行った際、右肩を負傷し7試合を欠場するなど、度重なる故障に泣かされるシーズンであった。しかし、8月11日に復帰すると、そこからは2か月弱で打率.310・12本塁打・37打点と好成績を残した。アンドリュー・ジョーンズ新人王級の活躍を見せたジェフ・フランコーアらと共にチームの14年連続地区優勝の原動力となった。

2006年は6年契約の最終年で、年俸1,700万ドルの予定だったが、2005年12月に契約を見直し、契約金400万ドル、各年1,100万ドルの3年総額3,700万ドル(4年目の2009年はオプション)で契約延長した[12]。開幕前には2006 ワールド・ベースボール・クラシックアメリカ合衆国代表として出場する。レギュラーシーズンでは6月26日から7月16日にかけて1927年ポール・ウェイナーに並ぶメジャータイ記録となる14試合連続長打を記録した[13]

ファイル:Chipper Jones.jpg
チッパー・ジョーンズ(2008年)

2007年は出場試合数が3年ぶりに130を上回り、打率.337・29本塁打・102打点、自己最多の42二塁打をマークし、OPS1.029はリーグ1位となった。6月17日には通算2000本安打を達成した。7月5日には7年ぶりに左右両打席で本塁打を放ち、デール・マーフィーの持つ1966年アトランタ移転以降の球団記録を更新している[14]

2008年は4月・5月と2か月連続で4割を上回る打率を記録した[15]。6月7日の時点では打率.420で、この時点で4割を上回る打率を記録したのはハンク・アーロン(1959年)、リコ・カーティ(1970年)、ロッド・カルーの3人であった[16]。しかし、6月19日からは打率4割を下回ることとなった。その後、右足・左大腿裏・右肩などに故障を抱えてプレイすることになり[17]、7月28日には15日間の故障者リスト入りとなった[18]。故障から復帰後は高打率を維持し、9月の月間打率は.408をマークした[15]。シーズン通算では.364の打率を残し、初の首位打者のタイトルを獲得した。

2009年第2回ワールド・ベースボール・クラシックに2大会連続でアメリカ合衆国代表として出場するも、一次ラウンドでわき腹を痛め、二次ラウンドに入って症状が悪化したため、途中離脱した。3月31日には3年総額4,200万ドル(出場試合数で自動更新される4年目のオプションを含む)で契約延長し、2012年までブレーブスでプレーすることが決まった[19]

選手としての特徴

メジャーを代表する強打のスイッチヒッター。通算426本塁打(2009年まで)は、ミッキー・マントル (536) 、エディ・マレー (504) に次ぐ歴代三位であり、400本塁打に加え打率3割以上を残しているスイッチヒッターは、歴代でもチッパーのみである。なお2004年~2008年には年平均123試合にしか出場しておらず、怪我が多いことが難点であるが、年齢を重ねるにつれその打撃技術は磨かれている。2006年にはメジャータイ記録の14試合連続長打[13]、2007年はOPSがリーグ1位、2008年には首位打者に加え出塁率もメジャー全体トップ、OPSはリーグ2位を記録するなど、その打力は衰えていない。

メジャーの中では細身の部類に入る彼だがパワーはかなりのもので、バットを軽く振りぬいただけで軽々とフェンスを越す打球を数々放つ。しかし同時にミート力、選球眼に長けているのも特徴であり、これほどの強打者でありながら通算の四球三振を上回っている。

1964年から2008年までニューヨーク・メッツの本拠地だったシェイ・スタジアム (Shea Stadium) で好成績を残したことから同球場を気に入っており、三男にシェイ (Shea) と名付けた。

獲得タイトル・記録

年度別打撃成績

















































O
P
S
1993 ATL 8432210030000010010.667.7501.0001.750
1995 140602524871392232323686841473109910.265.353.450.803
1996 157693598114185325303171101411787008814.309.393.530.923
1997 157679597100176413212861112050676808819.295.371.479.850
1998 160707601123188295343291071661896119317.313.404.547.951
1999 15770156711618141145359110253061261829420.319.441.6331.074
2000 15668657911818038136328111147010951026414.311.404.566.970
2001 1596775721131893353834610291005982028213.330.427.6051.032
2002 158662548901793512629410082051072328918.327.435.536.971
2003 153656555103169332272871062206941318310.305.402.517.919
2004 137567472691172013022996200784849614.248.362.485.847
2005 10943235866106300211997251027250569.296.412.556.968
2006 110477411871332832624586610461417312.324.409.5961.005
2007 134600513108173424293101025105821007521.337.425.6041.029
2008 1285344398216024122252754004901616113.364.470.5741.044
2009 14359648880129232182107141061011818914.264.388.430.818
2010 9538131747842101013546500361604710.265.381.426.806
2011 1265124555612533118214702206511008010.275.344.470.814
通算:18年 2387101668597156126155263845445791561149463941455171171358238.304.402.533.935
  • 2010年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注

  1. ^ Chipper Jones Stats, News, Photos” (英語). ESPN.com. 2010年11月4日閲覧。
  2. ^ a b c d e 「マネーボールへの挑戦 第2章◎運命のドラフト」『月刊メジャー・リーグ』2006年5月号、ベースボールマガジン社、2006年、雑誌 08625-3、83 - 86項。
  3. ^ a b c d 樋口浩一「チパー・ジョーンズ[ブレーブス・左翼手]/外野転向3年目の自信。」『月刊メジャー・リーグ』2004年6月号、ベースボールマガジン社、2004年、雑誌 08625-6、16 - 17項。
  4. ^ September 11, 1993 Atlanta Braves at San Diego Padres Box Score and Play by Play - Baseball-Reference.com 2008年1月13日閲覧.
  5. ^ Chipper Jones 1995 Career Highlights” (英語). 2008年4月2日閲覧。
  6. ^ Chipper Jones 1996 Career Highlights” (英語). 2008年4月2日閲覧。
  7. ^ Chipper Jones 1997 Career Highlights” (英語). 2008年4月2日閲覧。
  8. ^ a b c 水次祥子 「CHIPPER JONES チッパー・ジョーンズ[ブレーブス] 私生活の試練を乗り越え手にしたナ・リーグMVP」『月刊メジャー・リーグ』2000年1月号、ベースボールマガジン社、2000年、雑誌 08625-1、46 - 47項。
  9. ^ a b Chipper Jones 1999 Career Highlights” (英語). 2008年4月2日閲覧。
  10. ^ 1999 World Series - NYY vs. ATL - Baseball-Reference.com 2008年1月13日閲覧。
  11. ^ Chipper Jones@Everything2.com 2008年1月13日閲覧.
  12. ^ Atlanta Braves News World » Chipper Jones renegotiates contract 2008年1月13日閲覧.
  13. ^ a b c Chipper Jones from the Chronology” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年12月3日閲覧。
  14. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、286項。ISBN 978-4-331-51300-2
  15. ^ a b Chipper Jones 2008 Batting Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年12月3日閲覧。
  16. ^ 出野哲也 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 アトランタ・ブレーブス/ATL チッパーの打撃にライバルはお手上げ状態」『スラッガー』2008年8月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-8、81項
  17. ^ 菊田康彦 「ナショナル・リーグ ザ・タイトルホルダーズ」『メジャー・リーグ記録集計号 ザ・スタッツブック 2008』、ベースボールマガジン社、2008年、雑誌 20449-11/20、45項。
  18. ^ Lavner, Ryan (2008年7月28日). “Jones, Hudson to DL in flurry of moves Braves make six roster moves before Monday's game” (英語). MLB.com. 2008年12月3日閲覧。
  19. ^ Bowman, Mark (2009年3月30日). “Jones, Braves complete extension” (英語). MLB.com. 2009年6月30日閲覧。

外部リンク