1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

テレビ神奈川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

株式会社テレビ神奈川
Television KANAGAWA, Inc.
ファイル:YokohamaMBC.jpg
tvkの新社屋、横浜メディア・ビジネスセンター(通称YokohamaMBC)。tvkは1~4階を使用(1FのヨコハマNEWSハーバーはtvkが運営)。tvkサービスやミューコムなど関連会社は5階に入居。地上13階建、地下2階建。スタジオを有するため68.3mの高さがあり、関内駅や横浜スタジアムからもよく見える。屋上はヘリポートになっている。
種類 株式会社
略称 tvk
本社所在地 日本
〒231-8001
横浜市中区太田町2-23
設立 1971年4月20日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 代表取締役社長 山﨑行雄
資本金 36億円
売上高 73億円(2007年度)
従業員数 114人
決算期 3月
主要株主 神奈川新聞社 (12.9%)
神奈川県 (9.5%)
横浜市 (8.3%)
横浜銀行 (4.2%)
中日新聞社 (3.9%)
外部リンク http://www.tvk-yokohama.com/[1]
テンプレートを表示
テレビ神奈川のデータ
英名 Television KANAGAWA, Inc.
放送対象地域 神奈川県
ニュース系列 -
番組供給系列 全国独立UHF放送協議会
略称 tvk
呼出符号 JOKM-DTV
呼出名称 テレビかながわデジタルテレビジョン
開局日 1972年4月1日
本社 〒231-8001
横浜市中区太田町2-23
横浜メディア・ビジネスセンター内
演奏所 本社と同じ
リモコンキーID 3
親局 横浜 18ch
アナログ親局 横浜 42ch
ガイドチャンネル 42ch
主な中継局 平塚(SFN) 18ch
小田原(SFN) 18ch
主なアナログ中継局 横浜みなと 48ch
平塚 31ch
小田原 46ch
ほか
公式サイト http://www.tvk-yokohama.com/index.html
テンプレートを表示

株式会社テレビ神奈川(テレビかながわ)は、神奈川県放送対象地域とする放送局である。略称はtvk(ティーブイケー)。コールサインJOKM-DTV、かつての地上波アナログ放送のコールサインはJOKM-TV神奈川新聞と、密接な関係を持つ。

目次

所在地

  • 本社・スタジオ 横浜市中区太田町2-23 横浜メディアビジネスセンター
  • 東京支社 東京都千代田区内幸町1-3-3 内幸町ダイビル7F
  • 大阪支社 大阪市北区堂島2-3-7 シンコービル3F

株式

沿革とサービスエリア

1972年4月1日開局。関東地方で3番目に開局した独立UHF放送局である。視聴エリアはアナログ放送では、神奈川県の大半、山梨県の約半数、東京都(23区、多摩)の2/3ほど、千葉埼玉静岡各県の一部565万3千世帯である(エリア表[2]。デジタル放送では、神奈川県内と東京都の大部分、千葉県および静岡県[3]の一部、2006年7月からケーブルテレビを通じて山梨県中西部および静岡県東部[4]などの一部地域も加わる(放送のエリア図)ただし、東京都を経由し受信する埼玉県・千葉県などの場合、都内のビルなどに遮られ受信困難になることもある。また埼玉県北部・茨城県栃木県群馬県では混信などの影響で受信困難であるが、ケーブルテレビを介して受信できる場合がある。

2004年4月、横浜市中区太田町に横浜メディア・ビジネスセンター(神奈川新聞社と同居)が完成。5月10日、開局以来三十数年使われてきた中区山下町の社屋から移転した。社屋移転を契機として、局の愛称が長年使われた「TVKテレビ」から「tvk[5]に変更され、またコーポレート・スローガンとして「ヨコハマ開放区」が導入された。なお、旧社屋跡地には記念碑が建立されている。将来的に、神奈川新聞などと共に新社屋をみなとみらい地区に作る、FMヨコハマと合併する等の意見がある。

2004年12月1日12:01に地上デジタル放送(18ch・リモコンキーID3)を開始した。デジタル放送開始時の放送エリア (10W) は横浜市、川崎市の大部分(両市の北部を除く)および横須賀市、東京都の一部となっていた。2005年12月1日には平塚送信所(100W)が開局し、鶴見送信所の出力もフルパワー(1kWとなったため神奈川県東部の全域と千葉県の一部と湘南地区の大部分(三浦半島の一部を除く)でも視聴できるようになった。なお、2007年3月には小田原デジタル中継局が本放送を開始(エリアは南西部と静岡県伊豆半島東部)した。また、データ放送は2005年4月より自治体情報を中心に開始、ワンセグも2006年6月1日に開始している。

放送エリアは神奈川県の大半はもちろん、東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)が開局するまで長らくUHF局がなかったため東京都内でも受信している世帯が多い。リモコンキーID3chが割り当てられていない東京都、山梨県、静岡県でtvk地上波デジタル放送を受信する場合も基本的にはそのまま031・032に設定される。東京都城東地域や千葉県では千葉テレビ放送(CTC、チバテレ)、東京都城北地域や埼玉県ではテレビ埼玉(TVS、テレ玉)が3chに設定され、tvkは031・032の後に枝番が付き10chに設定される。

またUHF局の中でも、音楽番組を中心に魅力的な番組編成からか県内でのUHFアンテナ普及率は他県に比べて高く、埼玉県、千葉県でもアナログ放送で受信している世帯がある。条件によっては静岡県、山梨県などでもアナログ受信は可能。デジタル受信は出力や送信設備の関係でアナログよりシビアではあるものの、アナログが良好に視聴できる状態であれば基本的には可能。なおアナログ波を区域外再送信しているケーブルテレビ局(以降「CATV局」と略)も多く、順次デジタル波の再送信も開始されている。また、アナログ時代再送信されていなかった栃木県、群馬県やほとんど再送信されていなかった茨城県においても、一部CATV局でデジタル再送信が開始されている。

なお、過去には一部のCATV局及び、CS放送のディレクTV向けに「TVKスーパーステーション」→「Ch-Yokohama」→「YOKOHAMAベイサイドTV」として全国に神奈川県向けと同じ内容を放送したことがあった。 ※「TVKスーパーステーション」は、試験配信時の名称。「Ch-Yokohama」は一時期だけ「Ch-Y」と省略名を用いた事もあった。

ネットワークの変遷

番組編成

編成データ

  • 2010年4月期改編率 40.5%
  • 自社制作率 40.0%
  • HD番組率 36.4%
※テレビ神奈川・2010年3月25日付公式発表による

音楽

  • 音楽番組に力をいれており、現在では「saku saku」が人気。前身の「saku saku morning call」時代にはユースケ・サンタマリアPUFFYが司会をしていたことでも知られる。現在はパペット人形である白井ヴィンセントとタレントの三原勇希(2008年度末までは中村優、2005年度末までは木村カエラ、2002年度末まではあかぎあい)の2人をメインパーソナリティーとしている。このような番組スタイルは、増田ジゴロウとあかぎの時期に番組スタッフ一同との掛け合いトーク中心という独自スタイルを確立。この形が受け、各地でネット放送も開始。番組グッズも各地で販売されている。メジャーな歌手・声優もゲストとして登場し、tvkの看板番組に成長した。
  • また、1983年にスタートした長寿番組「全米TOP40」も未だ健在である。
  • tvkの“遺伝子”を引き継ぐ音楽番組としては、2004年5月の現社屋移転と同時に開始した「オンガクのDNA」(2011年3月28日終了)を経て、現在は「オンガク開放区」(2011年4月2日放送開始)へと受け継がれている。

スポーツ

情報

  • 現在まで続く平日昼の帯ワイドは『TVグラフィックおしゃべりトマト』が端緒である。『おしゃトマ』と略されたこの番組は、開始当初から予算をかけない手作り感覚のワイド番組となり、司会者を幾度も変更しながら長きにわたり続いた。この番組には、(当時)現役大学生もMC陣の一人として参加することもあり、現在フジテレビアナウンサーの福原直英も一時金曜などの曜日担当MCをしていた時期がある。『おしゃトマ』終了後は『たてながHAMA大国』→『HAMA大国』と続き、社屋移転後は『とっておき自遊食感ハマランチョ』→『1230アッと!!ハマランチョ』→『ありがとッ!』と、タイトルや内容は変わりつつも、この「枠」自体は現在まで維持されている。
  • 他には長年、土曜22時から日本広報センター協力の政府広報番組枠を制作していた。過去には「コンパスU」、「アクセスNOW」やクイズを織り交ぜた「クイズハッピーチャンス」「クイズバトンタッチ」などがこの枠で流れた。この枠は全ての独立UHF局にネットされているほか、CS放送朝日ニュースターでも放送されていた。(「Just Japan」ではBS日テレおよび静岡朝日テレビにもネットされていた)。

報道

  • 過去には「報道半放棄路線」と外部から揶揄されるほどに報道部門を軽く扱っていた時期が存在したが、神奈川新聞社が資本参加して以降、報道部門の強化を少しずつではあるが図っている。2010年4月期より、報道取材映像のハイビジョン化が図られた(後述)。
  • 2002年にはニュース930を開始。2003年頃から平日の日中に数回「tvkスポットニュース」を編成し、神奈川県内の地域ニュースを取り上げる枠を増やしている。
  • 2006年には、およそ10年ぶりと言われる夕方の大型生番組としてtvk NEWSハーバーがスタートしており、「ニュース930」とともにtvk報道のフラッグシップと位置づけられている(2011年春改編をもって、金曜のみの放送へ縮小された。なお月曜〜木曜は17:45から15分枠の「tvk NEWS 545」へと変更された)。

アニメ

  • 2000年代においては関東圏におけるUHFアニメの雄として西のサンテレビと並び称されるほどであった。だが、2000年代後半からライバル局のTOKYO MXがUHFアニメの放送本数を増やした影響を受け、2010年時点ではMXに本数で抜かれている。南関東ではtvkのみ放送されない作品やMXのみで放送される作品も増えており(アニプレックスマーベラスエンターテイメント(現マーベラスAQL)製作の作品が放送されないことが多い)、UHFアニメの雄としての立場は過去のものになっている。
  • 若干数ながら自社制作(共同制作作品も含む)アニメを放送している。
  • 土曜日は3、4本集中して放送している。2008年1月期は24:30〜28:00までテレビショッピング1本を除いた6本放送していた。
  • WOWOWやCS放送のアニメ専門チャンネルで放映された作品の再放送をしたり、アニメ情報番組を放送したり、稀にだが、自社制作アニメ(共同制作を含む)を放送することもある。
  • 2007年に京田辺警察官殺害事件の影響を受けて、『School Days』の最終話が突如放送中止となったことがある(詳しい事情は該当アニメの記事参照)。
  • 2008年以降は、自社幹事作品を中心としたイベント『tvkアニメまつり』を開催している。

過去の番組編成

  • テレビ神奈川(これ以降、山下町時代は「TVK」、現社屋移転後は「tvk」と表記)は開局時から「音楽に強い局」という評価がある。これは、後に音楽番組を強化したテレビ東京に先駆け「シングル・ジャンルの番組なら小さな局でも営業面で有利」と読んでいたこと、プロモーションビデオを放送するための経費が当時安かった(あくまでプロモーション目的であったことから、無償提供もしくは極めて安価で提供されるケースがほとんどであった)こと、それに「横浜らしいカッコよさ」の反映などが挙げられる。
    黎明期はCMや番組がなかなか埋まらず、プロモーションフィルムが格好の時間潰し[7]となり、昼間から夕方の時間帯を中心に大量に放映された(当時はビデオではなくフィルムで、主にライブでの収録映像に曲を合わせている作品や、レコーディング風景やツアー中のドキュメント的映像等がメインの作品も多く、現在のPV等とは多少異なる)。それがTVKを「音楽局」へ傾倒させる要因となった(日本で音楽専門チャンネルが登場するのは1989年のこと)。
    この流れから生まれた番組としては、まず1970年代に制作・放送された「ヤング・インパルス」、そしてその流れをくんで1980年代に制作・放送された「ファイティング80's」(金曜日21時台)があげられる[8]
    これらの番組については、キー局には出演しないようなアーティストが多数出演し、公開収録によって演奏を行った。一例としては、基本的にテレビ出演をしないミュージシャンの山下達郎が、音楽グループシュガー・ベイブの一員として「ヤング・インパルス」にゲスト出演したこともある。
    ファイティング80's」の番組開始当初は、司会を宇崎竜童が担当した。他に、子供ばんどうじきつよしや、ザ・モッズ等もレギュラー出演した。(番組の終盤に、司会の宇崎竜童のダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドや、レギュラー出演者のバンドのライブ演奏が1曲放送されたり、数ヶ月に1回位、それぞれのバンド自体が番組出演していた時期もある)ちなみに公開収録であったこの番組は、番組スポンサーでもあった日本工学院専門学校の3号館ホールで毎回収録を行っていた。
    公開収録時のエピソードとしては、サザンオールスターズが番組収録の日に、「ザ・ベストテン」(TBS)にランクインしており、収録場所である日本工学院専門学校のホールから生中継を行ったことがある。
    さらに、80年代から90年代初頭にかけて放送された洋楽電話リクエスト番組「ファンキートマト」(当初金曜日放送→のちに月曜日のほぼ同時間帯へ移動)[9](電話リクエストにより、主に、当時流行の洋楽のプロモーションフィルム(ビデオ)を放送する音楽番組。他にも、「流行もの」や、「サーフィン」の情報の紹介等)は、植田芳暁南佳孝シャーリー富岡VJで知られ、中村真理(出演初期には、最新の映画情報コーナー担当等、後に、アメリカの「ビルボード」誌の最新ヒットチャートの紹介等も)等も出演。時折、ゲストとしてプロモーションで来日した海外の映画や音楽関連のアーティスト等の出演もあり、インタビューの他にも演奏や、歌を唄う事もあった。(ほとんどの場合、口パクではあったが)。他にもプロモーションでの邦楽系のゲスト出演者もあり(主にデビューしたての歌謡曲系以外での歌手やグループ)、デビュー当時の米米CLUB等も出演。レギュラー出演者としては、元東京JAPのドラマーでFMのDJとして人気が出た赤坂泰彦も番組末期には登場した。姉妹番組でもある邦楽情報番組「ミュージックトマトJAPAN」はシャーリーの弟のマイケル富岡の出世番組となり、全国区になり得るタレントをいち早く世に送り出す役割を果たしていた。
  • 現在においては、洋楽のビデオクリップ(PV)は、CS放送などのMTV等では容易に視聴できるが、1970年代後半から1980年代初め頃には、国内のテレビ放送では洋楽を扱う番組が少なく、なかなか洋楽のビデオクリップ全編は観る事ができなかった。
    そんな中、MTVのテイストを取り入れ200分間(ベータ方式のビデオテープ L-830 1本分)、途中に入るCMを除きノンストップで洋楽の新着ビデオクリップや視聴者からのリクエストによるビデオクリップをただひたすら放送するという、しがらみのない独立UHF局ならではの番組として存在していたのが「SONY MUSIC TV」(金曜23:30~26:50)であった。
    ソニーの1社提供で、番組中途中に入るCMも少なめにまとめてあり、さらには放送するビデオクリップのすべてにおいて、頭と終わりにアーチスト・曲名・アルバム名・レーベル名を入れる親切さが、洋楽ファンを中心に長く支持され、TVKローカルではなく、東阪の独立U局を中心に、途中からはテレビ東京系であるテレビ愛知でもネットされるなどした。しかし、予算などの問題もあってか放送時間が段階的に短縮されていった。120分時代が長く続いた後、末期には90分まで短縮された。
    MUSIC TV終了後、この番組のテイストを受け継ぐ番組はTVKローカルで火曜夕方に「シャッフル55」(ミュートマworld→16ers TV枠)として移り、MUSIC TVが放送されていた時間帯には引き続きソニー提供で、演出や選曲コンセプトを明確にした「SONY MUSIC DISC」「SONY MUSIC ACCESS」と続いた(番組枠は60分と更に縮小し、TVKローカルとなる)。しかしその後、ソニーがTOKYO MXに出資した影響もあり、これらも既に終了している。
  • 1989年昭和天皇崩御の際、崩御当日および翌日に限り、テレビ神奈川を含む関東地区の独立UHF局は、オブザーバー加盟しているNNS(日本テレビ系列)の放送を同時ネットした[10]。なおその後も日本テレビとの関係は続いており、2008年度北京オリンピックの一部中継においてはtvk、千葉テレビ (CTC)、テレビ埼玉 (TVS) の3社は日本テレビ制作の番組をネット受けした
  • 1980年代の後半から90年代前半にかけて、国際都市横浜や米軍関連が多い神奈川を象徴するかの様な全編英語放送の30分間の国内ニュース「the world today」がウィークデーの23時台に放映された。この番組はJCTVとの共同制作で、JCTVでは19時からの38分間の番組であった(ちなみに提供の五洋建設のCMも英語放送。スポンサーや商品によっては日本語や日本語バージョン)。
  • 横浜そごうとのタイアップが行われていた1980年代中期~1990年代中期にかけては、横浜そごうが入居する「新都市センタービル」内に「キャプテンロコスタジオ」「みなとみらい21スタジオ」という2つのサテライトスタジオを持ち、ここから正午の帯枠「カフェシティ・ヨコハマ」や夕方の音楽情報番組「ミュージックトマト」が生放送されていたほか、現在ベイブリッジ横にある情報カメラも、最初は横浜そごう屋上に設置されていた。
  • 現在は再放送番組や購入番組が幅を効かせる夜8時台だが、1980年代後半~1990年代中期にかけては生放送の情報番組が編成されていた。ナイター中継終了後にOAされていた「YOKOHAMAベイサイドスタジオ」(後に木曜夜にOAになった「ヒューマンTV・ベイサイドスタジオ」)、金曜夜に放送の「TVグラフィック42番街」(後の「たてながHAMA大国ナイト」「HAMA大国ナイト」「北原照久のTin Toy Box」)の2番組がそれである。
  • 1980年頃~1990年まで毎週金曜22時から山谷親平と細川隆一郎、飯島清らによる政治討論番組「直言苦言」が放送されていた(京都放送群馬テレビびわ湖放送にもネット)。

エピソードおよび現況

  • 近年の最長寿番組は「JAグループ神奈川」提供の「緑への歩み」だった(2008年3月、35年の歴史に幕を下ろし終了)。開局翌日の1972年4月2日スタートである。当初は今のような紀行チックな番組ではなく、淡々と農業の実情を伝えるだけのNHKの「明るい農村」を彷彿とさせる番組だった。
  • かつてはキー局よろしくチャンネル数を模した■に○を配したものの中に42(42はヘルベチカ体)と書かれたマークが各所で重用されたが、80年代初頭に姿を消した。[11]しかし、やはり隣県(というより東京)を意識してか、県央・県西や三浦半島では中継局受信となるのに「42」への数字の拘りは強かった。当時、関東地方などVHFチャンネル(親局が1ch~12ch)の局では独立U局以外にUHFが使われることがなく馴染みが薄かったことが思われる。これは90年代前半の「♪Channel 42 Yokohama,We're coming to you by Ultra High Frequency」というジングルの穴埋めスポットや、ミューコムの武内和之プロデューサーが制作に関わった木村カエラ(木村のデビューのきっかけは木村本人が渋谷に武内Pを呼びつけアプローチしたことから始まる)のデビュー曲が「Level42」(イギリスの有名フュージョンバンドにあやかってもいる)というタイトルであったことからも伺える。
  • 80年代のフィラーは横浜そごうにお天気カメラが設置されるまでカラーバーであり、下部に42TVKテレビという表示に時刻が表示されていた。音声多重放送開始後は前述の42のマークが消え、上部にTVKテレビの表示、下部に時刻表示とCD(Compact disc Digital AUDIO)のマークが表示されていた。当時はまだCDが本格的に普及していなかったので、音声多重(ステレオ)放送とともに高音質をアピールするためと思われる。
  • 関東圏内の独立UHF局として初になるマスター設備(主調整室)の更新と三ツ池送信所(親局)の送信機更新を1983年から1984年に掛けて行い、音声多重放送(ステレオ放送)への対応をいち早く実現した。ステレオ放送番組第1号は「SPOPS」(1984年10月~ 提供:丸井)であり、第2号番組は「神奈川の景勝100選」(制作:プロダクションゴジラ・TVK)である。
  • 1985年からはステレオ放送番組が増え、テレビ番組初の試みである「環境ビデオ」(BGV)の放送番組「サラダ・ボウル」(制作:TVK、制作協力:日本電子専門学校)や「ブレイン・パッケージ」(制作:TVK、制作協力:日本電子専門学校、コンチネンタルミクロネシア航空 他)がスタートした。同番組は、海外の風光明媚な空撮ビデオ映像に当時最新のアーティスト(例:PSY・Sなど)の音楽を流したり、完全オリジナルによるインストゥルメンタル曲を流す28分間の番組だった。これらの映像は、後に東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)で放送されている『文字ニュース』『ヘッドライン文字ニュース』のバック映像に転用されたこともあった。
  • 1987年の横浜が舞台だったテレビドラマ『あぶない刑事』(セントラル・アーツ制作、日本テレビ系)の第22話「動揺」において、スタジオ調整室のシーンで撮影協力をしている(撮影協力のクレジットは「テレビ神奈川」ではなく「TVKテレビ」)。
  • 内田康夫の小説「横浜殺人事件」の主人公である横浜テレビの藤本紅子のモデルは、映画通で知られ「おしゃべりトマト」「TVグラフィック42番街」などの映画コーナー、「HAMA大国」の司会等を経て、現在「1230アッと!!ハマランチョ」のプロデューサーを担当している坂本紅子(現・コンテンツ局制作部専任部長)である。
  • 『ファンキートマト』『おしゃべりトマト』『ミュージックトマト』などのいわゆる「トマトもの」では、MCのことをDJ(ディスクジョッキー)ならぬVJ(ビデオジョッキー)と称していた。これは当時の地上波としては異例といえる、プロモーションビデオを大量に流す構成を踏まえ、DJをテレビらしい呼び名に置き換えた結果である。この名残で、現在でもtvkの放送中の番組での最長寿番組である「ビルボードTOP40」での中村真理はVJと呼ばれている。なお「トマト」とはニューヨークの比喩である「ビッグアップル」の「アップル」にあやかって付けられたという説がある。
  • パフィー1997年、TVKの年越しライブ中継『PATIPATI TOMATO』へ出演したが、この際のエピソードとして、裏番組となるNHK(日本放送協会)の紅白歌合戦から出演依頼をうけていたものの、TVKの出演を選択した。これは売れる前からTVKの常連でパフィーをプロデュースしていた奥田民生がライブに出演していたという面も大きいとされ、「TVKを蹴ってNHKを取るだろう」との観測がされる中「TVKが天下のNHKに勝った」と一部には報道された。
  • 1993年からはCATV向けの「Ch-Yokohama」や、CS放送(ディレクTV)で「横浜ベイサイドテレビ」として同時放送されていたこともあった。(1998年の横浜ベイスターズ優勝時は、このCS放送でベイスターズナイターを観ていた県外のベイスターズファンも多かった)が、2000年のディレクTVのサービス終了と同時に終了している。これはスカイパーフェクTV!でなくディレクTVを選択した経営判断の失敗であり、のちのTVKの経営に尾を引くことになる。ちなみに「Ch-Yokohama」(チャンネルヨコハマ)の前身は「TVKスーパーステーション」と云う名称であり、Ch-Yの名称が決定するまでの試験放送中は、「TVKスーパーステーション 試験放送中」のテロップが全番組に常時スーパーINされていた。
  • 「Ch-Yokohama」の元々の構想は、米国内で発達した通信衛星を利用したCATV局向け「スペースケーブルネット」の日本版を実現したかったと云う側面があった。「Ch-Y」は、後に東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX。当時愛称:東京MXテレビ。これ以降、当該時期に応じ「東京MXテレビ」「TOKYO MX」を使い分ける)がディレクTVで始めた「東京情報MXテレビ」の先駆けであり、独立UHF局の「日本版スペースケーブルネット」を実現した事として評価される試みだった。
  • 「Ch-Yokohama」のCATV向け本配信開始後、ネットしたCATV局は日本全国に12局存在した。それらのCATV局ではTVK(地上波UHF放送)の放送開始(但し、カラーバーはCh-Y独自の物に差し替えられ、TVKのオープニングもカットされていた)から放送終了までの全番組とCMを視聴する事が出来た。但し、一部の番組(競馬中継や野球中継など)は著作権の関係上、衛星のアップリンクセンター側で「お天気カメラ」の映像などに差し替えていた。
  • 「Ch-Yokohama」のCATV向け配信は、TVK(地上波UHF)三ツ池親局の電波を大手町又は青山で受信(エア受信)し、再送信用設備にアナログ波で送り、再送信マスター設備から衛星にアップリンクする方法が執られていた。このため、エア受信用アンテナが台風などの強風時や不良時にはゴースト(多重像)が乗った状態やビートノイズが乗った状態で全国のCATV局に配信された事もあった。
  • かつて横浜そごう(現・そごう横浜店)とTVKの関係は緊密で、「キャプテンロコスタジオ」(2F)「みなとみらい21スタジオ」(地下1階)という2つのサテライトスタジオを設け、「カフェシティ」やかねてからあった夕方のミューコム制作の生番組に威力を発揮した。しかし、バブル崩壊後にそごうが経営不振に陥ると、それらの番組は打ち切りとなり、ついにはスタジオ閉鎖、横浜そごうのTVK持株売却と、TVKとそごうとの関係は急速に悪化していった。
  • tvkの新ロゴは新しいイメージカラーの空とハイビジョンの画面比16:9、tvkの文字を模してデザイン化したものである。
  • 携帯サイトは「saku saku」の出演者やキャラ、アナウンサーの着うた、着ボイス、着ムービーなど非常に充実しており、有料サイトではキー局・準キー局を除く地方局でトップ3の加入者数を誇る。また、tvkがレコメンドするアーティストのCDのオンライン販売(tvk music store)も開始している。
  • tvkの新社屋移転とVI導入・新編成告知広告(コピーは「TVK、変わる。」)は、神奈川新聞、神奈川県内の鉄道各線などをはじめとして、神奈川県外にある東京メトロ全路線に掲示された。
  • 石川県小松市テレビ小松大阪府岸和田市テレビ岸和田長崎県川棚町東彼ケーブルテレビも略称は同じTVK(愛称である川棚テレビから取ったもの)を使用しているがtvkとは全く関係はない(いずれもCATV局)。

経営状況と自社制作率

もともとは神奈川県を筆頭に、横浜市朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞中日新聞(5紙が同じ持株数を堅持)、ラジオ関東(のちのアール・エフ・ラジオ日本)などが主要株主で、TVK自体が報道というものを半ば放棄していた時期もあり(1983年~2002年)、神奈川新聞の陰は薄かった。神奈川県が経営権を握っていた頃は、平日9:35 - 11:00、金曜夕方に神奈川県教育委員会制作の教育放送(学校放送)が組まれていた(「のびる子きょうしつ」はその生き残りで長寿番組だったが、08年3月で終了)。津田文吾元県知事が同局の社長・会長を務めた事がある。

経営は80年代前半まで実に苦しいものだったが、まだBSアナログ放送がなく番組表がキー局の横に大きく載るなどしていたので、倒産寸前までいった千葉テレビ、またテレビ埼玉よりまだ恵まれていた。

経営不振で80年初頭にリストラなどで壊滅状態になっていた制作体制だが、90年代初頭の自社制作率は約70%にまでなり、東のTVK、西のKBS京都(当時:近畿放送。現:京都放送)であった。むろんキー局を除けばダントツの数字である(キー局系列局では朝日放送[ABC]の約45%が最高であった)。またKBS京都はラジオ部門を持っており制作で有利だった(80年代後半には同時生放送までしていた)ことを考えれば、当時のTVKにおける自社制作率は驚異的だったといえよう。

TVKは1980年代から1990年代初頭にかけ、好景気と横浜そごうなど大スポンサーの存在が後ろ盾となり、経営状態は好調を持続していたが、バブル景気の終焉とともに、大スポンサー中の大スポンサーであったそごうの経営不振が経営の屋台骨を大きく揺さぶった。さらに神奈川県の財政危機(広報番組予算が7億円から数千万単位まで縮小された)により売り上げが30億円近くも減少(売上最高期の1/4近く、90億円→60億円)した。この煽りを受け自社制作率は急速(70%→40%)に減り、2002年には売り上げで東京MXテレビに、2003年には自社制作率でもテレビ埼玉に抜かれる「非常事態」となった。

TVKの非常事態を見て「県が県域メディアを経営する時代は終わった」という岡崎洋県知事(当時)の意向により、2001年に株式売却が行われ経営権が神奈川県から神奈川新聞社に移ることとなった。当初は新聞社とテレビ局の違いもあって両社の連携はしっくりいかなかったが、その後、第三者割当増資(県内市町村などが応じる)、新社屋(横浜メディア・ビジネスセンター)[12]建設・移転、「ヨコハマ開放区」のVI導入(電通との本格タッグ開始)、県域独立U局初の地上デジタル放送開始(2004年12月1日[13])、独立U局には珍しいインデックス社との提携による携帯公式サイトオープン(全キャリア対応)など、積極的な戦略に出ることになる。これにより、2005年度は3期連続増収、新社屋移転後初の黒字決算を達成、売り上げでは東京MXテレビを再び抜いた[14]。また大幅に減少した自社制作率も40%台に回復した[15]

放送機材

ファイル:Tvk-chukeisha.jpg
山下町本社時代に稼働していた中継車(旧デザイン、車種は三菱ふそう・ザ・グレート
ファイル:Tvkcaravan.jpg
テレビ神奈川所有車(取材車と思われる。山下町本社時代に撮影。車種は日産・キャラバンE25型)
  • テレビ神奈川での字幕テロップ)は長らく写真植字による「紙テロップ」送出であったが、1990年代初頭にはソニー製のデジタルテロッパーといえる「SMC-3000C」がまず導入された(「おしゃトマ」末期ではスーパーがこの機材で作成・送出されていた)。しかし当時の電子テロッパーには、写真植字機ほどの汎用度がなかったうえ、「SMC-3000C」は文字よりは画像デザインの汎用度が高かったことから、あくまで番組で使われるテロップの補助的役割として使用されてきた。
    その後、1995年にラムダシステムズ製のデジタルテロッパー(テレビ神奈川においては初代機)が導入され、テロップ電子化の先駆けとなったが、当初は生放送情報番組中心の運用となった。その後、スタジオサブのスイッチャーがリニアキー対応となり、透過ベースや透過文字など、綺麗なテロップが出せるように進化した。2002年にはテロッパー自体から多種多様な特殊効果を出せる「後継機」へ更新され、新社屋移転後やほぼ社屋内全てのスタジオがHD対応化した後もSDベースのまま推移したのち、2011年4月の改編を契機としてテロッパー内部の制御ソフトの改修を行い、SDからのアップコンバートによる擬似的なものの、16:9サイズ全面にテロップやCGを作成・画面配置できるように改良が加えられている。
  • スポーツコーダー(スポーツ中継用の電子テロッパー)としては興和製の機材が古くから導入されており、80年代半ばにプロ野球中継、東京六大学野球連盟リーグ戦・東都大学野球連盟リーグ戦・神奈川大学野球連盟リーグ戦野球中継、高校野球中継では写植同様の綺麗なフォントによるスコア表示が実用化されていた。
  • デジアナ統合マスターは東芝製である[16]

地上デジタル放送

  • 地上、ワンセグ共にデータ放送に力を入れており、神奈川の県市町村単位の情報に特化、独立U局の意義や有り様を考えれば秀逸の出来である。地上データ放送では大日本印刷と共同開発したQRコードでの携帯端末への地図取り込み機能も備えている。ワンセグ放送では音楽番組、高校野球等で番組連動型データ放送も行っている。データ放送開始は地デジ開始より4か月、ワンセグでは千葉テレビやテレビ埼玉より2か月遅れとなったが、その分内容の充実を図った(参考)。2007年9月1日からは川崎市と共同で緊急防災情報の提供を開始した。避難情報が流れた際は緊急度に応じ画面がポップアップ。ワンセグでも同様の情報提供。また、2007年4月には本格的なネットショップ「tvkショップ」をオープン、saku sakuのオリジナルグッズやライブ帝国のDVDなどはもちろんのこと、地産地消をキーワードに神奈川に根ざした名産品を大々的に扱い、地元に貢献している。
  • 独立UHFテレビ局で唯一、双方向対応番組連動データ放送を実施している。
  • 2010年7月5日から総務省の方針により(放送大学学園は2010年7月24日から)、2011年7月の地上デジタル放送完全移行推進のため、すべての地上アナログ放送は原則として全番組をレターボックスをつけた状態で放送することになったが、2010年9月4日までは、tvkは4:3制作番組のすべて、ハイビジョン制作番組の一部において引き続き4:3全画面表示(ハイビジョン制作番組は4:3へサイドカット)を継続していた。当局も今後、すべての番組を16:9完全レターボックス化する可能性がある(他の独立U局も4:3制作番組は引き続き4:3全画面表示を継続しているところが多いが、ハイビジョン制作番組を4:3にカットして放送を続ける局は珍しい)。
  • 2010年9月5日からは、総務省の方針により、2011年7月の地上デジタル放送完全移行推進のため、アナログ放送終了告知テロップ[17]を常時スクロールする形に変更し、右上にはアナログロゴのルミナンススーパーを常時表示していた。[18]
  • 2011年11月現在、地上デジタル放送によるウォーターマーク常時表示を関東に所在する地上波局では群馬テレビと同じく行っていない[19][20]

地上アナログ放送

  • 2011年(平成23年)7月24日 - 正午をもって通常放送を終了。
  • 終了当日は11:00から『第93回全国高等学校野球選手権大会・神奈川県大会』の中継を放送していたが、中継会場のアナウンサーがアナログ放送が終了するお知らせと、12:00(正午)以降はtvkのデジタル放送を視聴するように促して、アナログでの放送を終了した。
  • 終了当日の23:59からは通常のクロージングを放送したが、音声周波数と出力を読み上げたところでブラックアウト[21]、ブルーバックによるコールサインとアナログ放送完全終了の画面を表示、そのまま停波し、デジタルに完全移行した。

トラブル・問題点及び今後への課題

番組関連
  • 人気番組「saku saku」においてキャラクター「増田ジゴロウ」を巡る肖像権や著作権など金銭や権利が絡んだ問題が発生し、番組から増田ジゴロウ他のキャラクターが引き上げられる(2005年7月)事態が発生した。詳しくは増田ジゴロウ・ペパーsakusaku降板問題を参照のこと。
  • 出演者とのトラブルとしては、同局の看板番組であった「新車情報」のキャスター、三本和彦が、新社屋のある横浜メディアビジネスセンター1F(当時はオープンカフェが同所にあり、カフェの営業中に番組収録を行った)での収録に変更されたことに立腹し、『30年は続けても良かった』という新車情報を降板(2005年3月)、番組も終了することとなる(新車情報終了にあたっての三本コラム
社屋・機材など
  • 地上デジタル開始当初は機器の減価償却の関係でHD率は高くなかった。周辺UHF局と比べて大幅に後れをとっていたが、2007年4月に小型HD中継車およびワイヤレスENGカメラを導入、5月にデジタルFPUの運用開始、その後2007年7月30日より2サブがHD化されたことで、飛躍的にHD率が向上した。
    また、HD収録可能なスタジオで収録しているにもかかわらず、スタッフ、制作会社の機材や意向によりいまだにSD収録を行っている番組もある。しかしこれらも順次HD化が進み、買取番組や過去番組の再放送・再編集版を除けば、SD制作番組は少なくなっている。
    2008年現在のHD率は約33%としているが、ニュース素材などは一切HD化されていなかった。その後2010年4月から一斉にニュース素材のHD化が行われ、本社や各支局の取材映像はHDへと移行した。これによりパッケージのHD化が既に完了していたテレビ埼玉やTOKYO MXに遅れをとっていたHD化率も若干の向上がみられる。[22]
  • 2008年度末からは順次スポーツ中継のHD化が進行しているものの、YOKOHAMAベイスターズナイターのHD化は会場の設備の都合などから当初予定の2009年度開始が見送られ、ようやく2010年度からHD化された[23]
    恒常的にHDによるスポーツ番組制作を自前で行うために不可欠なのは、自社所有大型中継車のHD化である[24]が、未だに大型中継車のHD化はなされていない。
  • テレビ神奈川も鋭意放送機材のHD化を進めているようであるが、先述の「大型中継車のHD化」以外にも、一部のテロップCGなど[25]視聴者の目に触れる部分では未だSDベースの機材が幅を効かせている部分もある。

テレビ神奈川番組・技術情報

主な番組・過去に放送した番組

テレビ神奈川番組放送一覧を参照のこと。アニメ関連の番組はテレビ神奈川アニメ番組放送一覧を参照のこと。

オープニング・クロージング

  • 開局~1984年
OP:「TVK YOKOHAMA 【42】」のマークの後、ブルーバックに映像・音声周波数、出力などのスーパーが出る形式。
ED:OPの使い回し形式だが、「おやすみなさい」のナレーションあり。
ナレーション:大田公子(開局~1982年?)青山頼子(1982年~1984年?)
(TVKの「K」の字は、カモメのマークを模した物であり、同局の旧本社演奏所屋上看板横にもあった物と同様)
  • 1984年~1989年
OP:横浜港と三ツ池送信所
ED:氷川丸と夜の横浜市内(横浜駅周辺の高速道路、関内、尾上町、伊勢佐木町等)とTVKの本社演奏所屋上看板のアップ、最後の部分に「TVK JOKM-TV」のテロップカードと共にナレーション「JOKM-TV こちらは TVKテレビです」で黒フェードアウト。
ナレーション:鎗田圭子
(この間に大船局、仙石原局、湯ノ沢局開局があるが、テロップの変化以外なし)
  • 1989年~1993年
OP:神奈川県内の映像<各名所の説明テロップ付き>
ED:氷川丸と夜の横浜市内、TVKの本社演奏所屋上看板のアップ、最後の部分に「TVK JOKM-TV」のテロップカードと共にナレーション「JOKM-TV こちらは TVKテレビです」で黒フェードアウト。
ナレーション:鎗田圭子
  • 1993年~2003年3月
OP:神奈川県内の風景<横浜みなと局開局にともないそごうのお天気カメラからのみなとみらいの映像が入る。各地の説明テロップがなくなり、中継局テロップがワイプになる>最後の部分に「TVKテレビ」と表記。(2004年5月9日までのものと同様)
ED:氷川丸とランドマークタワー、最後の部分に「TVK JOKM-TV」のテロップカードと共にナレーション「JOKM-TV こちらは TVKテレビです」で黒フェードアウト。
ナレーション:鎗田圭子
  • 2003年4月20日~2004年5月9日
OP:横浜市内の風景(同、中継局テロップは電子テロップ・横スクロール、途中にアナアナ変換によるチャンネル表示変更あり)
ED:横浜ランドマークタワー横浜ベイブリッジ、コスモクロック、山下公園周辺などの夜景(同、中継局テロップは電子テロップ・横スクロール、途中にアナアナ変換によりチャンネル変更あり)この時期のみ「TVKテレビ」と表記。最後の部分に「TVK JOKM-TV」のテロップカードと共にナレーション「JOKM-TV こちらは TVKテレビです」で黒フェードアウト。
ナレーション:鎗田圭子
鎗田のナレーション期間中、TVKは「ティーブイケイ」や「ティーヴィーケイ」ではなく、「ティービーケーテレビ」と聴こえる。
  • 2004年5月9日・・・CI変更前特別映像
9日深夜24時、「tvkロゴ」の水色部分のアップ状態のところで「Good-by TVKテレビ」と表示され、「TVKテレビ」のロゴが散らばっていくアニメーションの後、最後のクロージングがオンエアされ終了した。

以上まで、エンディングのところではテロップカード(紙カード)に彩色したブルーのバックにカモメをイメージしたイラストで「TVK JOKM-TV」という1枚画を放送していた。TVKテレビではこれをネットマークと呼び、一時はこの名でホームページにも画を載せていたことがある。また、放送開始前のオープニング直前にこのネットマークが送出されていた事もあった。(この場合は肌色バックでネットマーク(TVK YOKOHAMA)が乗る形式)

  • 2004年5月10日~現在
OP:みなとみらいなどの横浜の朝・日中の風景をデザイン化し、「tvk」のロゴを飛んで行く電波としてイメージングしたもの。
ED:横浜ランドマークタワーと横浜ベイブリッジなど、横浜の代表的な夜景をデザイン化した映像 また、デジタル放送は横浜市の観光スポットの朝、夜の静止画に「tvk」のロゴを飛んで行く電波としてイメージングしたものをかけわせたもの。
OP/EDともに、英語と日本語のアナウンスを織り交ぜて使用。「こちらはtvk、ヨコハマ開放区です」と言うが、過去の「こちらはTVKテレビ、42チャンネルです」同様、英語でも日本語でも「テレビかながわ」という局の送出呼称を言わない珍しい形態が踏襲されている。過去のオープニング・クロージングと比べると都会的で近未来的な出来になっている。なお、デジタル放送では局名・コールサインは言うものの、テロップは局ロゴ以外表示されない。
楽曲情報

これらはいずれも、1984年~2004年5月9日の長期にわたって使用された楽曲である。

時間外放送

  • 時間外の場合、多くの時間は何も放送されておらず、ほとんど停波している。放送開始(オープニング)の30分前からは、横浜スカイウォークスカイタワー、または国土交通省河川事務所が神奈川県内の河川に設置しているカメラからの映像提供を受け放送している。この時、国土交通省京浜河川事務所カメラ、または横浜ベイブリッジ・スカイウォークカメラと画面下に表示され、左上には時刻表示・tvkの局のロゴが表示される。デジタル放送・ワンセグでは「朝の周波数カード」として、番組扱い。なお、デジタル放送・ワンセグではクロージングから30分程度カラーバーを放送している(こちらも「夜の周波数カード」として番組扱いである。アナログは停波する)。
  • CI導入前は、左上に時刻表示、右下に「JOKM-TV [改行] TVKテレビ」と載せてあるだけであった。
  • 新年最初(元旦)のこの枠では、横浜市内の映像(横浜ベイブリッジスカイウォークカメラ)から富士山の望める方向にカメラを向け、左上には時刻表示・tvkの局のロゴ、右上に「横浜ベイブリッジスカイウォークカメラ」、画面下に「明けましておめでとうございます」と表示される。

時刻出し

  • 5:30 - 10:00まで(日曜は9:30まで)。ただし、地上アナログのみ地上アナログ放送終了告知画面から6:00までオフ。
  • 平日 11:30 - 13:58まで、17:00 - 18:58まで。
  • かつては、オープニングのフィラーNHKのように定時に10秒間表示。表示場所は左上。じき、フィラーとトマトパーティ内(CM中を除く)で右下に表示。1984~1989年に段階的にマスター改修が行われたが、本格的な時刻表示は1999年春から。表示時間帯は以後、一貫して変わらない(経済ニュース放送中を除く)。
  • ベイブリッジの天カメのフィラーや「saku saku morning call」が生放送の頃の一時期、時刻が巨大&グラデーション表示されていた。
  • なお、時刻表示フォントは、最初は興和フォント、現在はフジテレビのカスタム、千葉テレビ静岡第一テレビ中京テレビなどと同じ後期丸フォントである(tvkのように東芝製のマスター使用局で、後期丸フォントを使用しているのは北日本放送仙台放送など)。

制作映画

  • イヌゴエ 幸せの肉球(2006年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • 棚の隅(2006年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • WHITE MEXICO 大江千里主演(2007年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • サンシャイン デイズ (2008年)(tvk単独、制作プロダクションとの共同制作)
  • 音符と昆布(2008年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • ネコナデ(2008年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • コラソン de メロン 西川貴教主演(2008年)(tvk《幹事》・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • GSワンダーランド(2008年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • 幼獣マメシバ (2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • 悲しいボーイフレンド(2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • PLASTIC CITY (2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • つむじ風食堂の夜 (2009年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ)
  • ねこタクシー(2010年)(tvk《幹事》・テレビ埼玉・千葉テレビ・三重テレビ・KBS京都・サンテレビ・札幌テレビTVQ九州放送
    • このように近年は東名阪ネット6加盟局とともに幹事社として映画制作に意欲的に取り組み、「棚の隅」「ネコナデ」「GSワンダーランド」など、在京メディアもにぎわす作品を多く生んでいる。

提携局

ファイル:Me-teleAnnex.JPG
テレビ神奈川名古屋支局が入居するメ~テレアネックス(旧名古屋テレビ放送本社屋)

テレビ朝日系列の名古屋テレビ放送(メ~テレ)静岡朝日テレビと社業全般にわたり交流を図り協力をする「相互協力に関する友好協力関係協定」を結んだ。これは親会社の神奈川新聞社が朝日新聞社の関連企業であり、またテレビ朝日自体、tvkの大株主に名を連ねていることによるもの。
2004年5月10日の新社屋移転時、メ~テレの「大須ぱっぱ屋」へ向け尾辻舞アナが新社屋を生で紹介をした。tvkの応接室にはメ~テレのキャラ「ウルフィ」のぬいぐるみが飾られている。2009年、メ~テレが制作した映画「ハイキック・ガール!」や、イベント「ガンダム生誕30年祭」のCM・PRを首都圏トライアングル枠を含めて精力的に流した。また新社屋移転に伴う営業体制再構築時に設けられたtvk名古屋支局は、メ~テレの旧本社社屋(現・メ~テレアネックス)に所在する。

また、テレビ東京系に次ぐネットワークを作るべく2007年に結成された東名阪ネット6の旗振り役を務めている。

アナウンサー

FNNJNN系列局(仲山・根岸は共にテレビ山梨出身、以前に所属していた内田朱美も同局出身)や青山学院大学の出身が多い。森田・吉井・三崎はtvk正社員。他はすべて契約社員もしくは事務所派遣の専属契約。

男性

女性

異動したアナウンサー

退社したアナウンサー(異動経験者も含める)

男性
女性

輩出したアナウンサー

歴代の昼ワイド(「おしゃべりトマト」~「HAMA大国」)のアシスタント・「みんなが出るテレビ」女子大生特派員はアナウンサーの登竜門だった。

キャッチフレーズ

  • TVKism (ismはInformation Sports Musicの意味がかかっている)
  • サクッと見せるTVK
  • おかずテレビ(1993年~1996年頃)
  • ジャンプ2乗 TVKテレビ(1997年頃)
  • ホネつきテレビ(1998年頃)
  • テレビ~ニョ(1999年~2004年3月)
  • Good-bye TVKテレビ(2004年4月~2004年5月9日)
  • ヨコハマ開放区 (2004年5月10日~)
  • かながわワールド~あすの地球と子どもたち(2007年~2008年、開局35周年記念。)
  • 地デジは3ch tvk(2009年4月~)

イメージキャラクター

  • テレビ~ニョ(1999年4月~2004年3月)
  • tvkids(アース、ピース、キース)(開局35周年記念、伊藤有壱がデザイン)

時報

  • 開局から長らく独特の音色の3点時報も鳴っていたが、1986年のマスター改修で姿を消した。

お天気カメラ

稼動当時、横浜そごうの定休日にはカメラが使えず、放送開始前のテストパターン時間帯には「花畑の花を映した静止画像」や「主調整室(マスター)副調整室(サブ)を撮影した静止映像」などをお天気カメラ映像の「代用」としていた。[27]
スカイタワーカメラがメンテナンスや故障などで使用できない場合は、本社屋上カメラや河川事務所の監視カメラを利用することもある。2007年7月にHD対応へと機材更新されている。[28]
  • tvk本社屋上(2007.12.10 -)[HD対応]
2007年夏にスカイタワーのお天気カメラが故障を起こし、スカイタワーカメラの故障時対策として急遽設置された。中心部の横浜の光景や晴れ渡ると見事な富士山が撮影できるカメラだが、あくまでメインはスカイタワーカメラとされ、使用される頻度は高くない。しかしながら、tvkにとっては2台目のお天気カメラであり、貴重な存在であると言える。
2008年の元日にはフィラーで初日の出の模様がスカイウォークカメラと交互に放映された。2011年4月改編で新たに始まった昼ワイド「ありがとッ!」においては、比較的多用されているカメラでもある。

社屋・放送施設

ファイル:TVKyamashitacho.jpg
テレビ神奈川山下町旧社屋(別称・放送センター)。3階建。狭小のため業務センターは別ビルにあった(移転後でお別れのペインティングがされている)
ファイル:Mitsuike Park02.jpg
三ツ池送信所(横浜市鶴見区三ツ池公園
本社・演奏所
231-8001 横浜市中区太田町2-23 横浜メディア・ビジネスセンター内
旧本社・演奏所(放送センター)
〒231-8542 横浜市中区山下町69-1(現在は高層マンションになっている)
旧業務センター
〒231-0023 横浜市中区山下町123-1 クリードビル内

デジタル放送

リモコンキーID3TOKYO MXを除く関東全独立UHF局も3が使われる。

送信所・中継局名物理チャンネル
中心周波数
空中線電力ERP中継局置局箇所偏波面
横浜送信所18ch
503.142857MHz
1kW12.5kW三ツ池公園水平
平塚中継局100W370W湘南平垂直
小田原中継局10W120W真鶴岬水平
南足柄中継局35ch
605.142857MHz
1W3.5W21世紀の森水平
湯河原中継局37ch
617.142857MHz
100mW185mW一本松垂直
愛川中継局17ch
497.142857MHz
1W3.1W内山水平
箱根湯本中継局47ch
677.142857MHz
1W280mW箱根湯本垂直
横須賀武中継局17ch
497.142857MHz
300mW990mW武山中腹垂直 
仙石原中継局
35ch
605.142857MHz
1.2W丸岳中腹垂直
相模湖中継局18ch
503.142857MHz
1.15W嵐山山頂水平
津久井中継局17ch
497.142857MHz
610mW三ヶ木馬場垂直
久里浜中継局185mW東京電力久里浜火力発電所西側北方向(水平):西方向(垂直)
逗子中継局1W7.6W披露山東方向(垂直):西方向(水平)
横須賀鴨居中継局18ch
503.142857MHz
100mW250mW横須賀市立上の台中学校東側の山水平
秦野中継局17ch
497.142857MHz
1W2.3W権現山山頂垂直
湯ノ沢中継局10mW72mW湯ノ沢団地水平
笹下中継局100mW660mW東福寺北水平
釜利谷中継局350mW金沢自然公園垂直
秦野菩提中継局35ch
605.142857MHz
50mW69mW菩提字向山水平
大船中継局17ch
497.142857MHz
1W5.8W大船観音付近垂直
衣笠中継局4.1W衣笠山水平
中井中継局100mW380mW大字久所富士見台水平
鎌倉中継局300mW430mW鎌倉市役所本庁舎屋上水平
戸塚中継局1W3.1W秋葉台公園水平
青野原中継局33ch
593.142857MHz
15mW135mW三角山水平
箱根強羅中継局35ch
605.142857MHz
1W2W宮城野水平
  • 平塚デジタル(SFN=同一周波数送信)もアナログ同様、垂直偏波である。これを知らない視聴者が、垂直偏波非対応の簡易アンテナを購入し、受信できないと訴えるクレームが多発したため、都内を含む家電量販店に「平塚局は垂直偏波です」という注意書きが張り出される騒動があった(簡易アンテナは東京タワーから30km圏が限界の模様)。
  • 神奈川県域の放送局の為、越境対策として北方面へはチャンネルが近接するアナログ放送大学の影響などから南・西・東方面ほど輻射できない。また、親局は北方面へは指向性をかけて神奈川県外へ飛びにくくしている。このためアナログ放送では問題なく受信できていた東京都内でも受信困難な地域があるほか、埼玉県中北部・千葉県北部・茨城県南部など、同一チャンネルの宇都宮・水戸送信所の影響を大きく受けている地域もある。
  • 基本的にデジタル中継局は、廃局となったアナログ中継局に併設の形で設置の予定。なお、2011年(平成23年)以降のデジタル中継局の開局予定は次の通り。 

2011年度(平成23年度)

  •  置局予定無し

2012年度(平成24年度)

  • 小田原東(小田原市)(デジタル新規設置局)
  • 相模原(相模原市)(デジタル新規設置局)
  • 藤野(相模原市緑区 旧藤野町)
  • みなとみらい(横浜市西区)(デジタル新規設置局)
  • なお、これ以外のアナログ中継局は、デジタル中継局の併設は無く、アナログ放送終了「2011年(平成23年)7月24日(日)24時」の停波をもって、そのまま廃局となった。 
  • 総務省より、開局日のおよそ2ヶ月~2週間前、各中継局電波法による放送予備免許を交付、その後試験電波を発射し、送信機器動作確認の為の試験放送を開始する予定。 その後、本免許を交付し、正式にデジタル本放送を開始する。

アナログ放送

2011年7月24日の停波時点
送信所
  • 横浜市鶴見区三ツ池公園
    • 42ch・映像周波数645.25MHz・出力10kW(ERP125kW)、音声周波数649.75MHz・出力2.5kW(ERP31kW)
中継局

ケーブルテレビ再送信局

  • 神奈川県内では、全てのケーブルテレビ局で再送信されている。
  • CATVに対する区域外再送信同意の方針として、地元放送局の同意があり、かつ隣接県(静岡県/山梨県)と関東地方全域に対して同意を出している模様。

遠隔地に受信点を設置して光ファイバーなどで伝送するケースも認めている。

  • 太字の局はパススルー再送信をしている。

スタジオ

山下町旧社屋

第1スタジオ(1F)
メインスタジオ。開局記念特番「はばたけTVK」が最初の番組。その後、さまざまな番組(暮らしのワイド・リビングポート、新車情報、テレビグラフィック42番街、YWTVなど)に使用された。旧社屋末期には3台のカメラが常設されていた。なお一部特番ではスタジオ内にカメラクレーンを搬入して運用したこともある。
第1スタジオ・副調整室 (1サブ、2F)
ステレオ音声多重放送対応の副調整室である。アナウンスブースを併設。
このアナウンスブースからはかつて、朝の情報生番組「モーニング・ブレイク」(VJ:有田真子)が放送されていた。有田は、ブース内に設置されたテクニクス製のCDプレーヤーを自ら操作しながら曲出しを行ったり、映像に合わせてビデオジョッキーを担当した。ちなみに第1回の放送ではアナブースの模様がハンディカメラによって撮影され、生放送された。
第2スタジオ(1F)
ニュースやミニ番組の収録などを想定して作られた学校の放送室並みの超狭小スタジオ。しかし、1スタからのOAでコストがかかっていた昼ワイドの省力化を目的とし「スタジオ・きょう」(60分→のち45分)開始(1980年)時に改装された。特筆すべきはサブからの遠隔操作で運用する無人リモコンカメラが2台設置されたことで、これによりスタジオにはフロアディレクター以外のスタッフがいなくても放送運行が可能となった。これは当時としては画期的なことであったと言われている。
このような事情から、「日本大通り情報」「おしゃべりトマト」「情報ステーション」「KICK OFF F・Marinos」、そしてユースケ・サンタマリアIZAM井手功二&佐々木ゆう子&久保弘毅あかぎあい木村カエラ時代の「saku sakusaku saku morning call)」はこのスタジオで収録されるなど、皮肉にも小回りが利くことから生放送・収録を問わずフル稼働となった。
なお、前述のとおり1980年にサブを改修したため、1980年代中期のマスター、サブ更新まで1スタで収録・生放送される番組よりも映像や字幕などの画質が良かったとされる。
第2スタジオ・副調整室(2サブ、2F)
第2スタジオだけではなく、のちに稼働したSEAスタジオのサブとしても使用された。1サブ同様、2サブ内にもアナウンスブースを併設(開局時から2スタの機材更新までの間、ニュース用の簡易スタジオとしても使用し、その期間はブース内にニュース用の簡易セットおよび無人のリモコンカメラを常設)。
SEAスタジオ(3F)
1995年、社長室の一部を取り払いオフィス内に開設されたガラス張りのスタジオ(先述の通り、サブは2サブを使用)。「たてながHAMA大国」→「HAMA大国」、PUFFYSay a Little Prayerの生放送時の「saku saku morning call」、ニュース、スポーツ番組(1998年横浜ベイスターズ優勝特番も含む)はここから放送。SEAスタジオの名称は一般公募で決まった。「SEA」はオフィスが見える「see」の意味と横浜の海、そして「S」にSports、「E」にEntertainment、「A」にAreaをかけた。その後「SEA戦略」と局のステーションポリシーにも使用。第2スタジオ同様、小回りが利くため重宝された。「HAMA大国」放送中に小学生の社会見学でガラス越しに子供が手を振るのは、恒例だった。
主調整室(マスタールーム、2F)
TVKテレビのマスターコントロール室で、ここから鶴見親局(三ツ池送信所)のコントロールや番組の送出を行っていた。マスタールームに隣接した「CMバンク」は1992年頃にD2-VTRのカートラック方式に更新され、続いて、「番組VTR室」の1インチVTRもD2-VTRに更新された。CMバンクには、提供コメント(提クレ)を送出する為の音声パック装置も備えられていたり、CMバンク室に隣接した場所に「天気」画面描画用マッキントッシュPCやグラフィック装置があった。また、マスタールームの入口ドア左側の棚には「お待ち」と呼ばれた「しばらくお待ち下さい」(ガチャ目電波のTVKカラス)のテロップカードも常時備えられ、放送事故時はテロップ装置にそれを差し替えて放送していた。
報道顔出しブース(報道部内)
SEAスタジオが稼働するまで、報道部の一角に簡便な顔出しブースが作られており、ここから午後ワイド内のミニニュースが放送されていた。また一時期は夕方と夜のニュースもここから放送されていた。
その後、同じフロアの報道部至近にSEAスタジオが完成したことに伴い、すべてのニュース番組もここから放送されることとなり、顔出しブースは廃止された。

横浜メディア・ビジネスセンター (Yokohama MBC)

ヨコハマNEWSハーバー(1F、HD、180坪)
ありがとッ![HD]。1台の小型固定カメラとハンディカメラ(1〜2台、状況に応じて脚をつけて固定カメラとして使用する)、計2〜3台のカメラで運用。以前は「1230アッと!!ハマランチョ」「tvk NEWSハーバー」「新車情報」などでも使用されていた。サブは番組に応じて1サブもしくは2サブを使用する。同所専用のサブは存在しない。
同所はあくまでスタジオではなく、正面玄関及びロビーを兼ねたフリースペース(自由通路)である。これは本社ビルが容積率緩和措置を受けるために設けられたものでもあり、スペースの半分はオープンレストランとして営業されていることから、スタジオとしての使い勝手は非常に悪いといわれている。スタジオが2階以上に設置されているのも、これらと関係がある。
第1スタジオ(2F~中3F、HD)
saku saku[HD]、カルチャーSHOwQ~21世紀テレビ検定~[HD]、オンガクのDNA[HD]、Hi!横濱編集局[HD]、コンシェルジュ神奈川[HD]、Just Japan[HD]、岡崎五朗のクルマでいこう![HD]、KICK OFF F・Marinos[HD]などさまざまな番組を収録するメインスタジオ。サブ、カメラなどはすべて新規購入(マルチフォーマット対応)。カメラは3台(「カルチャーSHOwQ」はハンディカメラを含めて4カメから5カメで収録)。
このようにメインスタジオが2階にあるが、他局の新社屋のように大規模エレベータ[29]や搬入路[30]が存在しない。そのため、例えば「新車情報」のように自動車をスタジオに搬入したり、大規模大道具が搬入できないなどの問題[31]がある。しかし、そのような番組の収録については1階のヨコハマNEWSハーバーで行えば良いと判断し、あえて設置しなかった経緯があるものの、その1階も(あくまでスタジオではないことから)大規模搬入口はない。
第1スタジオ副調整室(サブ、3F)
第2スタジオ(2F、HD)
tvk NEWSハーバー[HD]、ニュース930[HD]。2スタは当初減価償却の問題もあり、山下町の2サブ及び2スタ・SEAスタジオの設備を移設(カメラに設置されていたプロンプターも山下町社屋で使用されていたものを移設)して運用していたが、2007年5月末からHD対応機器への更新工事のため一旦閉鎖し、同作業完了後の2007年7月30日よりHD対応スタジオ・サブとして使用を再開した。
スタジオ内には3台のカメラがあり、すべてプロンプター(HD画角)装着の無人カメラ(2サブからリモートコントロールにて駆動)である。
第2スタジオ副調整室(サブ、2F。第2スタジオに隣接)
第3スタジオ(2F、SD)※仮設のため現存せず
2スタ及び2サブ工事のため、2007年7月にスタジオロビーに仮設されていた。セットは2スタに設置してあったものを移設して対応。tvk NEWSハーバー高校野球ニュース2007で使用された。サブはマスターサブ(一部番組では1サブ)を使用。
主調整室(マスタールーム、3階)
第4スタジオ(4F、HD)
報道制作・編成フロア内にあるオープンスタジオ。実質的に報道専用の顔出しブースである。名称の由来は4階にあるので4スタと呼ばれているに過ぎない。サブはマスターサブ(HD対応)を使用するが、4スタを実質的に駆動しているサブは4スタのデスク横に設置されている簡易送出設備(SD、2011年9月まで。後述)である[32]
稼働以来、山下町旧社屋の機材を移設して対応していたため、SD画質・画角4:3での放送となり、報道のHD取材映像も強制的にSD4:3にダウンコンバートされていたが、2011年9月24日から設備の更新工事に入り、同年10月3日よりHD機材に更新した上で運用を再開した[33]
tvkニュース、tvkスポットニュースなどで使用。

これら通常のスタジオ及びスタジオに準じる設備で制作・放送されていた番組がある一方で、「LOVE CHR」(終了)、「YOKOHAMA MUSIC EXPLORER」(終了)など、第1会議室で収録している番組もあった。

関連施設

  • ヨコハマNEWSハーバー(横浜メディア・ビジネスセンター1F)
  • 関内ホール(横浜市からの管理業務委託)

その他の神奈川県の放送局

備考

[ヘルプ]
  1. ^ 以前のドメイン名は「tvk42.co.jp」であった。なお現在は、「tvk42.co.jp」(旧ドメイン)は使用されていない。 ちなみに「tvk.co.jp」は大阪府ケーブルテレビ局「テレビ岸和田」に先に取られたため使えなかった。
  2. ^ エリア世帯数は1996年11月1日現在。以降神奈川県を含む首都圏の人口増大や地上デジタル放送開始の影響などにより、現在のエリア世帯数は異なる。
  3. ^ エリア図によると、アナログデジタルともに伊豆半島東部沿岸及び駿東郡小山町、御殿場市などで視聴可能とされている。
  4. ^ 直接受信可能地域以外の沼津市、富士市、富士宮市のほか、中部である静岡市清水区の旧庵原郡蒲原・由比町域
  5. ^ 新聞テレビ欄表記も「TVKテレビ」から「tvk」に変更されたが、毎日新聞のテレビ欄では「tvk」に改称後もしばらくの間は「tvkテレビ」として表記されていた。また、放送では余り紹介されないが、本社移転後、ウェブサイト、あるいは横浜スタジアム日産スタジアム等々力陸上競技場でのJリーグの試合での広告看板には「tvkテレビ神奈川」という正式局名が表示されることもある
  6. ^ 茨城県にはこの当時も現在も独立UHF放送局が存在しない。アントラーズ戦主催試合の中継は1995年ごろまであったが、茨城県では南西部などの一部を除いて直接受信は困難でケーブルテレビでの再配信(地上波・または当時実施されたCS利用)を利用する以外に視聴法がなかった。ディレクTVの廃止によるサービス終了=2000年9月以後、茨城県でのケーブルテレビでの配信はリバーシティ・ケーブルテレビの1局のみとなるも、2004年を持って配信を廃止。事実上茨城県の南西部のごく一部を除いて視聴不可能となった。またこのころ、ひたちなか市民球場横浜ベイスターズの主管試合が行われてそれが中継されたこともあった
  7. ^ 独立UHF局では、放送する番組がない早朝や午後の時間帯を「放送休止時間帯」として、カラーバーのみ(無音状態のままであったり、レコードなどをBGMとしてかける)や完全に停波して所謂「砂嵐」状態とするところが多かったが、TVKはそれをせず、「放送休止時間帯」をプロモーションフィルムやプロポーションビデオなどを放送する時間帯とした。
  8. ^ この番組は、キー局系列に属している全国の地方局からも注目を浴び、一部の地域では番組購入によってネットされていた。
  9. ^ 開始当初の番組名は「電リクワイド・ファンキートマト」。後に番組が月曜に移動になり、スタジオがTVK第1スタジオから、東京・数寄屋橋銀座)のソニービル(内のイベントスペース「ソミド」)へ移動した頃には、番組名も「ファンキートマト'8X(放送されていた年の西暦下2桁)」へと変化していった。
  10. ^ 当時は、日本テレビ系列で全国展開していた各種のイベント(日本民謡大賞など。高校サッカーも含まれるが、これは現在も継続)に対して、各県大会の主催・協力局として名を連ねていた。
  11. ^ ただし、旧本社のみ本社移転まで残っていた。
  12. ^ 現本社であるこのビルをもってtvkはテナントビルに入居したと評されることもあるが、土地は神奈川新聞社所有、建設は神奈川新聞社とtvk、横浜産業振興公社との共同事業体なので、テナントビル入居というのは誤りである。
  13. ^ 東京MXテレビはキー局と同時、サンテレビはtvkと同時スタートであったが、tvk以外はどちらも簡易マスターでの完全アップコンバート放送でのスタートであり、両局の自社制作のハイビジョン番組の供給は2006年になってからであるので、tvkが初の本格スタートといえる。
  14. ^ しかし、2007年度に東京MXテレビに再び抜かれている。地デジによる都内での可聴世帯の増加、認知度の増加が影響していると思われる。
  15. ^ 週刊ダイヤモンド 2007年6月2日号、tvkについては2009年改編に伴う最新の数字。また2008年度よりTOKYO MXは本格的マルチ編成開始に伴い現状自社制作率は大幅にアップしている。
  16. ^ 関東では他に、フジテレビ、放送大学が東芝製マスターを使用しているが、他の関東の放送局はすべてNEC製。
  17. ^ tvkではUHFアンテナが2本必要になる場合があるとの文言を表示していた。この文言は千葉テレビやテレビ埼玉でも表示されている。
  18. ^ これを機に大部分の4:3制作番組もレターボックスを付けた状態での放送に移行した。また、従来通り4:3全画面表示を行う番組も、右上にアナログロゴのルミナンススーパーは常時表示を行う形になった。
  19. ^ 長らくとちぎテレビも同様であったが、2010年4月1日から、ウォーターマークの表示を開始した。
  20. ^ 代わりにアナログ放送では、上記のとおりアナログロゴを透過ではなく、ルミナンススーパーにおいて常時表示している。2010年9月4日までは、各番組開始時や、最初のCM明けなどに1分間表示していた。これは、スポンサー等の都合により、常時表示が難しいと局で判断したためであった。
    なお、民放連などの「技術基準」でウォーターマークの表示が各局への努力目標とされているが、テレビ神奈川においては主調整室に「局名」及び「アナログ」表示を表示するために必要なDSK(ダウン・ストリーム・キーヤ…スーパーをキー信号付きで表示する装置)が設置されていないという「技術的理由」も存在する。
  21. ^ このあとに、"Good night. sweet dreams,and see you tomorrow."とフレーズがあるためと思われる
  22. ^ テレビ神奈川本社スタジオのうち、スポットニュースを放送する第4スタジオ(報道部内の顔出しブース兼ミニスタジオ)に限っては機材のHD化更新が遅れ(山下町旧本社で使用していた機材を移設使用していたと言われている)、HD取材映像も4スタ出しの場合は強制的にサイドカットされSD4:3画像となるなどしていたが、2011年9月24日より改修工事が行われ、同年10月3日から機材がHD対応のものへと更新された。これにより、テレビ神奈川本社すべてのスタジオがHD化されたこととなり、同時に報道番組の送出においても完全HD化となった。
  23. ^ 横浜スタジアムでのベイスターズ戦中継については、ベイスターズの関連会社経由でTBSテレビが制作した映像を購入した上で、テレビ神奈川が独自でアナウンサー及び解説者を用意する他、ユニ(独自)カメラを球場内に入れることで放送している。
  24. ^ 現状、テレビ神奈川ではHDによるスポーツなど中〜大規模中継番組の制作時には外部技術会社からHD中継車や機材をレンタルしている
  25. ^ テロッパーは山下町社屋末期に更新したものを移設して長らく使用していたが、2011年4月からHD対応の機材に更新。なお、気象情報を表示するための端末も山下町末期に更新したものが移設され長らく使用されてきたが、2010年6月からHD対応の最新機種へと更新されている。
  26. ^ 2010年5月時点で、三崎幸恵がテレビ神奈川アナウンサーの中で唯一かつ最後のプロパー社員となる。他のアナウンサーは全員、他系列の地方局からテレビ神奈川へ移籍している。
  27. ^ 通常なら本社からの遠隔操作であるから、定休日でも使用は可能であると思われるが、そごう屋上に設置されていた時期には定休日に限り使用不可であった。このことを指して「お天気カメラの操作端末がTVK本社ではなく、そごうスタジオのサブに置かれていたのではないか」という推測がされたこともある。
    また同様にそごう店内に設置されていた2つのサテライトスタジオにも出入りが出来なかったため(こちらは当然であるが)、平日正午の帯番組「カフェシティヨコハマ」も火曜日を含むそごうの定休日には放送休止(VTRによる事前収録もなく、完全休止)であった。
  28. ^ スカイタワーのお天気カメラがHD化されたのと同時期に、デジタルFPUの運用と第2スタジオのHD運用が開始されている。このことから同時期にHD対応の設備投資が集中して行われたであろう事が伺える。
  29. ^ ここで言う「大規模エレベータ」とは、4トントラック程度が収容・積載できる程度のもの。在京・在阪局で1階など外の道路に面さないスタジオを持つ局には設置されているようであるが、テレビ神奈川の現社屋には設置されていないという。
    とはいえ、それより小さい規模の貨物エレベータは設置されているそうで、美術セットの搬入はそちらを利用しているというものの、特に大道具はかなり細かくした上でスタジオに搬入し、スタジオ及び美術倉庫でそれらを組み立てる手間がかかると言われている。
  30. ^ 具体例をあげると、フジテレビの本社がそれにあたる。フジテレビはスタジオが本社3階に設置されているため、併設の美術倉庫も3階にあることから、そこへトラックなどの運搬車両が直接乗り入れられるような搬入路が設置されている。なお、フジテレビの場合はそれらの運搬車両の退出をスムーズに行えるよう、美術倉庫内に転回用のターンテーブルも設置されている。
  31. ^ ただし、スタジオで大規模美術セットを使用する場合には、外部の美術会社作業場などで、予め搬入しやすい大きさで製作し、美術倉庫もしくはスタジオ内でつなぎ合わせてセッティングを行うことで、搬入は可能である。
  32. ^ これにより、SD機材での送出時には、スポットニュースの冒頭とエンディングに映し出されるベイブリッジカメラの映像のみがHD送出されるという異質な送出形態となっていた。
  33. ^ 更新工事の開始日及び更新後の運用開始日については、テレビ神奈川報道部の公式ツイッターによる。

関連項目

外部リンク