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トレイ・ムーア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

トレイ・ムーア
Trey Moore
基本情報
国籍 ファイル:Flag of the United States.svg アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ヒューストン
生年月日 1972年10月2日(39歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9cm
190 lb =約86.2kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 MLBドラフト2巡目
初出場 MLB / 1998年4月5日
NPB / 2002年3月30日
最終出場 MLB / 2001年7月15日
NPB / 2004年
経歴(括弧内は在籍年)

トレイ・ムーアWarren Neal "Trey" Moore III[1], 1972年10月2日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州出身の元プロ野球選手投手)。

目次

経歴

テキサスA&M大学時代は投手だけでなく一塁手としても出場することがあった。1994年MLBドラフト2巡目(全体の48番目)でシアトル・マリナーズに指名され契約。1998年モントリオール・エクスポズメジャー初昇格。2001年アトランタ・ブレーブスに移籍。

2002年阪神タイガースに入団。先発ローテーションの一角として2年連続で10勝を挙げたものの、夏場以降にスタミナ不足で調子を落とすのが難点であり、また葛西稔二軍投手コーチとの確執もあって、2003年オフに阪神を退団した。

2004年、2年連続二桁勝利の実績を買われ、投手陣が弱点だったオリックス・ブルーウェーブに移籍。この年6勝を挙げたが防御率は6点台と不振で、同年限りで解雇された。

現役引退後は地元テキサスで野球教室のコーチとしてピッチングとバッティングを教えている。

プレースタイル

日本では打撃が非常にいい投手として注目されており、当時評論家だった田尾安志は「フォームにムダがない」と褒めた程。自身も「ピッチングは教えられないがバッティングなら教えられる」と豪語していた。実際に、ムーアの前を打つ8番打者の藤本敦士犠牲バントで走者を進めた後にタイムリーヒットを放ったり、投手では珍しい三塁打も記録するなど打撃でも活躍した。2アウトで走者がいた際でも、8番打者の藤本や秀太が敬遠されることはなかった。また試合中盤でリードされている場面でも、そのまま打席に入り、直後の回の頭から投手交代したこともある。しかし元々打席数が少ない上、本拠地が広い阪神甲子園球場であったこともあり、本塁打を打つことはなかった。

2003年のオールスターゲームのファン投票では一塁手代表として多くの票が集まり、一塁手部門3位に入った。ただし、これに関して当時の星野仙一監督は「本来の一塁手に対して失礼だ」と述べている。

2003年5月17日の対読売ジャイアンツ戦(甲子園)では、木佐貫洋から唯一の得点となる決勝適時打を三遊間に放っている。同年の福岡ダイエーホークスとの日本シリーズ第3戦では、和田毅からチーム初安打を打った。またヘッドスライディングをするなど、走塁面でも注目された。

オリックス時代は打撃を生かすために野手として出場するという案も出されたが、伊原春樹監督曰く「野手に失礼」ということで見送られた。

本来の投手としてはオーバースロースリークォーターサイドスローと投球ごとに腕の角度が変わる投法で相手打者を混乱させ、決め球のスライダーはSSS(スーパー・シークレット・スライダー)と呼ばれた。

人物

ヘルメットには当て字で「夢亜」と書かれており、他の投手が打席に立つ際に、安打や犠打を決めたい時はゲン担ぎでムーアのヘルメットを被ることがあった。2003年5月6日の対中日ドラゴンズ戦で井川慶スクイズプレイを決めた時も、ムーアのヘルメットを被っていた。なお、「夢亜」というのは星野監督がサインを書く際に「夢」と書き添えるのを知り、この字の意味を尋ねたところ「Dream」であることを聞いて気に入り、使用するようになったものである。後に自らもサインに書くようになった。

ヒーローインタビューでお立ち台に上がったとき、かつてトーマス・オマリーが語っていた「阪神ファンハ、一番ヤーッ!!」を引用し、「タイガースファンハ、一番ヤーッ!!」と、ファンに向って雄叫びをしていた。

阪神時代は独特のスキンヘッドが印象的な選手として知られ、トラッキーがムーアのヒーローインタビュー時に付け髭をつけて登場したこともあった。オリックス移籍後の2004年に髭を剃った。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1998 MON 1311000250--.28627761.07851731352037345.021.56
2000 880001500.16717835.15572114241131266.622.15
2001 ATL 200000000----214.0702001105511.252.25
2002 阪神 272742010110--.476760181.11651960271167076673.331.24
2003 21201101060--.625493111.212273915943059544.351.44
2004 オリックス 1616100660--.50040983.2105125718634068586.241.94
MLB:3年 231900031000.231476100.1140124045604173655.831.79
NPB:3年 646363026230--.5311662376.2392381564202731402031794.281.45

通算打撃成績

MLB
NPB
※試合数は打席に立たなかったオリックス時代を除く

記録

NPB投手記録
NPB打撃記録
  • 初打席・初安打:2002年3月30日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、3回表に工藤公康から右前安打
  • 初打点:2002年4月20日、対読売ジャイアンツ4回戦(阪神甲子園球場)、6回裏に西山一宇から右前適時打
NPBその他の記録

背番号

  • 29 (1998年)
  • 50 (2001年)
  • 17 (2002年 - 2003年)
  • 49 (2004年)

脚注

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関連項目

外部リンク