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ナウル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

座標: 南緯0度32分 東経166度56分 / 南緯0.533度 東経166.933度 / -0.533; 166.933

ナウル共和国
Republik Naoero (ナウル語)
Republic of Nauru (英語)

ファイル:Flag of Nauru.svg ファイル:Coat of arms of nauru.png
国旗国章

国の標語: God's Will First
(英語: 神意を第一に)
国歌: ナウル我が祖国
ファイル:LocationNauru.png

公用語 英語ナウル語 ¹
首都 公式の首都無し(政庁所在地はヤレン地区²
最大の都市 都市なし(最大の居住地はデニゴムドゥ地区²
政府

大統領 スプレント・ダブウィード
首相 なし

面積

総計 21km2192位
水面積率 極僅か

人口

総計(2011年9,322人(192位
人口密度 610人/km2
GDP(自国通貨表示)

合計(Xxxx年xxx,xxxオーストラリア・ドル
GDPMER

合計(Xxxx年xxx,xxxドル(???位
GDPPPP

合計(2001年6,000万ドル(193位
1人あたり 5,000ドル
独立
 - 日付
信託統治から
1968年1月31日
通貨 オーストラリア・ドルAUD
時間帯 UTC +12(DST: なし)
ISO 3166-1 NR / NRU
ccTLD .nr
国際電話番号 674

注1 : 公用語に関する情報が錯綜しており、未確定。
注2 : 政庁所在地ヤレン、最大の居住地デニゴムドゥ地区のいずれも、「都市」ではなく「地区」であり、ナウルには公式の首都が存在しない。
ナウル共和国(ナウルきょうわこく)、通称ナウルは、太平洋南西部に浮かぶ珊瑚礁のナウル島からなる共和国で、イギリス連邦加盟国である。国土面積は21km²であり、バチカン市国モナコ公国に次いで面積が小さい。国内には都市が存在しないため、首都の概念がない(後述)。また人口も、国際連合経済社会局人口部の作成した『世界の人口推計 2010年版』によると10,210人であり、バチカン市国ツバルに次いで人口が少ない。

目次

概説

アホウドリを始めとする海鳥のの堆積によってできたリン鉱石の採掘によって栄えてきたが、20世紀末に鉱石が枯渇し、深刻な経済縮小に見舞われている。かつては国民は世界で最も高い生活水準を享受し、国は国民に対しを徴収せずに、無料の医療教育年金制度(老年年金ではなく全年齢層に対する給与としての支給)、手厚い社会福祉を提供していたが、今日ではそれらはすべて破綻し、基本的インフラを維持するのでさえ困難な状況にある。

国名

正式名称は、Republik Naoeroナウル語)。

公式の英語表記は、Republic of Nauru 。通称、Nauru

日本語による表記は、ナウル共和国。通称、ナウル。また、漢字では「瑙魯」と表記する。旧称はPleasant Island 。

歴史

  • 2001年 オーストラリアに向かったアフガニスタン難民を受け入れる。その見返りとして、オーストラリアから援助を引き出した。しかし、難民はオーストラリア入りを希望していたため、2003年末にはハンガーストライキによる抗議が始まる。結局、難民はオーストラリアに引き渡された。
  • 2002年 中華民国との国交を断絶し、中華人民共和国と国交樹立。中華人民共和国から1億3000万ドルの援助を引き出した。
  • 2003年 2月21日BBC放送が諸外国からナウルへの通信が途絶したとのニュースを配信。政変やクーデターが推測されたが、資金的な事情で通信設備が維持できなくなったことが後に判明。
  • 2004年 オーストラリアから1,700万ドルの無償資金供与を受ける。
  • 2005年 5月、中華民国と復交。同時に中華人民共和国と再び国交断絶した。
  • 2005年 8月、日本外務省はナウルに対して無償資金協力(ノンプロジェクト無償資金協力)を行うことを決定した。このノンプロジェクト無償資金協力は、ナウルの経済構造調整計画の実施を支援するもので、ナウル政府が経済構造改善の推進に必要な商品を輸入する代金の支払いのために使用される。
  • 2006年 4月、中華民国の援助でエア・ナウルボーイング737旅客機を購入。以前所有していた旅客機は財政危機によりオーストラリアで差し押さえられていた。
  • 2007年 12月、マーカス・スティーブン前海洋資源庁担当大臣兼通信大臣兼スポーツ大臣が新大統領に選出された。

地理

ファイル:Nauru satellite.jpg
ナウル島の衛星写真

ニューギニア島から東に2000kmの位置にある周囲19kmのナウル島からなる。赤道よりわずかに40km南に位置し、ミクロネシアに属する。周囲の島からは孤立している。例えば北東のギルバート諸島からは約500km、南西のソロモン諸島からは約1000km離れている。

面積は21km²。

ナウル島はサンゴ礁のうち発達の段階が進んでいない裾礁である。島の中央部は良質のリン鉱石グアノ)からなる台地であり、採鉱用の一時的な施設を除くほぼすべての建造物は海岸沿いに並んでいる。台地は島の面積の約80%を占めており、標高は約70mである。

リン鉱石は数百万年の間堆積した海鳥の糞に由来する。リン鉱石の掘削跡はリン鉱石の下層基岩の石灰岩が露出しており、90年に及ぶ風化と浸食によりカルスト地形を呈している。カルスト地形の進行は、ピナクルという柱状の岩を多数生みだし、島の中央部は耕作はおろか一切の車両が通行できないほど荒廃している。

気候

南緯0度32分 東経166度55分 にあり、ケッペンの気候区分では熱帯雨林気候(Af)に属しており、一年中気温、降水量ともに変化がない。ただし、年ごとの降水量の差は大きい。1月の平均気温は27.9℃、7月は27.8℃である。年間降水量は1994mm。

ナウル島には河川が存在しないため、飲料水などはすべて雨水に頼っていた。現在では、海水淡水化プラントを稼働させ、海水から淡水を得ている。

地方行政区分

ファイル:Nauru map.jpg
ナウルの地図 ほぼ赤道直下に位置する裾礁(サンゴ礁)。海岸沿いを除くほとんどの部分は台地(色の薄い部分)になっており、ほぼすべてがリン鉱石となっていた

ナウルは行政上、14の地区に分けられる。地区は以下の通り。

ヤレン地区に政庁があることから、一般にナウルの首都はヤレンとされる。ナウル政府はあくまでも公式に「首都」なるものの存在を公表しておらず、またヤレンは都市ではなく地区である。そもそもナウルに「都市」は存在しない。ヤレンの人口は2004年現在で1100人。

政治

内政

国会の定員は18人。国会議員は3年ごとに選出される。共和制を採り、国会議員の中から大統領を選出する。大統領が内閣を任命する。複数の政党が存在し、民主党とナウル党が主要政党である。

長年デ・ロバートが大統領と評議会議長を独占してきたが、1989年に行われた選挙で、ドウィヨゴが新大統領に就任した。その後2004年にはルドウィグ・スコティ大統領が選出されたが、2007年12月に、マーカス・スティーブン前海洋資源庁担当大臣兼通信大臣兼スポーツ大臣が新大統領に選出された。

外交

日本との関係

独立後直ちに承認し国交樹立。1971年、在東京ナウル領事館が設置されたが、1989年9月に、ナウルの財政上の理由により閉鎖。また駐ナウル日本大使館は存在せず、駐フィジー特命全権大使が兼任している。

1972年11月、フラッグ・キャリアエア・ナウルによる、鹿児島空港からグアム経由ナウル国際空港までの直行便が就航。その後那覇空港発着の直行便も就航されたが、いずれも1980年代に廃止されている。

2005年8月にスコティ大統領が来日し、小泉純一郎内閣総理大臣と首脳会談を行った。ナウルは国連改革でのG4(日本ドイツインドブラジル)の共同提案国となり、日本の国際連合安全保障理事会常任理事国入りを支持している。

軍事

軍隊は存在しない。

経済

通貨

オーストラリアドルを使用している。自国の通貨は存在しないため、通貨を発行する中央銀行も存在しない。

リンと対外援助

主な産業は鉱業。輸出品目はリンのみ。1995年時点の輸出金額は3000万ドル。2005年時点の値は不明。輸入品目は、80%以上が食料品。貿易相手国はオーストラリアが50%を占める。ナウルは現在、財政破綻によりインフラストラクチャーの維持が殆ど不可能であり、電力不足や燃料不足、飲料水不足が深刻化しており、主たる産業どころか大企業も存在しないことから、現在は諸外国からの援助が唯一の外貨獲得源となっている。

2002年時点でも5万5000トンのリンを採掘しており、99%以上を輸出している。農業は進んでおらず、ココナツ栽培と養豚がわずかに見られる。周辺を海に囲まれているにもかかわらず漁業はほとんど行われておらず、2002年時点の漁獲高はわずか20トンに過ぎない。

高い失業率

ファイル:Nauru Denigomodu-Nibok.jpg
デニゴムドゥとニボク地区

かつては漁業と農業で生計を立て貧しいながらも貧富の差もなく温和な生活を送っていた。しかしながらリン鉱石の輸出によりもたらさせる不労所得が生活や文化を大きく変えてしまった。20世紀初頭から末までは鉱石の輸出によって、オーストラリアとニュージーランドを除くオセアニア諸国のなかではもっとも経済的に繁栄し、世界で最も高い国民所得を誇っていた。無税で、医療教育制度は全て無料であり、全年齢層に年金が支給されていた。

当時はほぼすべての食料品と工業製品の調達はもちろん、政府職員を除くほぼすべての労働者も出稼ぎ外国人に依存しており、国民は働く必要がほとんどない状態だった。食事も中国人の経営するレストランで三食済ますといった生活であった。貿易依存度は輸出、輸入とも110%という値であった。

現在は島内の雇用については失業率が90%に達するとされ、2007年に日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』の取材班が訪れた際には、日中の街中を無為にうろつき回る多数の島民の姿が映し出されていた[1]。これは1世紀近くにわたりリン鉱石の採掘権のみで働かずに収入を得ていたため、ほとんどの国民が労働を知らず、勤労意欲もないためである。これに政府は歯止めをかけようと現在国内の小学校の高学年で働き方を教える授業を行い、将来の国を担う子供たちの労働意欲を確かにしようという対策がなされている。ただし企業そのものさえほとんど存在しない上、インフラストラクチャーが整備されておらず、外国企業の誘致さえままならないため、成人男性に関しては何の対策も施せない状況が続いている。

オーストラリア政府はナウル国民に市民権を付与する旨申し出たが、ナウル政府はそれを保留している。経済的には崩壊同然だが、本来楽観的な国民性故に平和な生活が続いている。

経済的奇策

1989年にリン鉱石の採掘量がはじめて減少し、21世紀に入ってリン鉱石がほぼ枯渇すると、政治的、経済的な奇策に走った。海外からの資金流入と国際金融業の参入を狙って、ほぼすべての規制を廃したが、マネーロンダリングの抜け穴になることを理由としてアメリカ合衆国から批判を浴び、頓挫した。対テロ戦争以降はアフガニスタンからオーストラリアに向かう難民を、外国政府による経済的支援の見返りに受け入れており、2005年時点ではイラク難民の比率が高い。

裕福だった時代から、グアムサイパンハワイオーストラリアなどの国外のリゾート地に、土地やホテルマンションを所有している。平時には現地の企業等に貸しているが、これらの物件を所有する第一の目的は、非常時にナウル国民を避難させるためである。

リン鉱石

最盛期には年間200万トンの鉱石を輸出していたナウルも資源の枯渇が進み、2002年時点で数万トン、2004年時点で数千トン規模にまで採掘量は減少した。枯渇した資源の回復は見込めないが、かつて掘削した岩滓を整理すれば、なお総量100万トン程度の資源量は確保できるという識者もいる。ただし、毎年のように続く政変、公務員への給料未払いなど混沌としたナウルの政治・経済情勢下では、長期的な視野を持って問題を整理、解決できる能力は全くないものと思われ、このまま閉山に向かうものと考えられる。

情報・通信

ナウルにおいて放送は国営ラジオ局があるほか、産業開発省管轄の国営テレビ局の「ナウルテレビ」がある。 インターネットにおいてはCenpacNetというプロバイダが主流である。 新聞は売店などでの販売が主流。

交通

ナウルの交通も参照

国内

自動車自転車スクーターが主な移動手段となっている。高速道路地下鉄などは存在していない。鉱石を運ぶための鉄道が運行されていたが、現在は運行されていない。

路線バスについては一日2便島の周りを運行しており、タクシーの乗車と同じ方式で、手を上げると止まり乗車できる。ただし便数が少ないため、旅行客が目にすることは滅多に無い。日本の民放が取材に行った際には偶然にも空港前を通っていた[2]

国外

フラッグ・キャリアアワー航空(旧称・エア・ナウル)がナウル国際空港をベースに国際線を運航する。オーストラリアなどの近隣諸国からも各国の航空会社が乗り入れている。

国民

詳細はナウルの国民を参照

人種構成

人口は10,131人で、住民は、ナウル人が58%、その他の太平洋の島の出身が26%、華人が8%、ヨーロッパ人が8%である。

言語

言語は、ナウル語が主に使われるが、英語も広く通用する。

宗教

宗教は、ほとんどがキリスト教。2/3がプロテスタントで、1/3がローマ・カトリックである。

健康

国民の30%以上が糖尿病を患っており、人口比の罹患率は世界一である。南太平洋のほかの諸国全般と同様、太った人(特に女性)が魅力的とみなされる国民性がある。これは、「豊満な女性のほうが健康的で、子供をたくさん産める丈夫な体を持っている」と思われていることによる。

文化

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 New Year's Day
1月31日 独立記念日 Independence Day 1968年のこの日に独立したことに由来
3月か4月 復活祭 Easter 変動祝日
5月17日 憲法記念日 Constitution Day 1968年のこの日に憲法が制定されたことに由来
10月26日 アンガム・デー Angam Day 第一次大戦後の人口調査で、民族の存続に必要な1500人を下回っていることが判明したナウルの人口が、1932年のこの日に1500人に達したことを記念
12月25・26日 クリスマス Christmas

脚注

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  1. ^ 世界の果てまでイッテQ! 2007年6月24日放送「Q:日本に一番人気のない国ってどんな国?」より
  2. ^ 世界の果てまでイッテQ! 2007年6月24日放送「Q:日本に一番人気のない国ってどんな国?」より

関連項目

  • ナウル関係記事の一覧

関連書籍

  • ユートピアの崩壊 ナウル共和国―世界一裕福な島国が最貧国に転落するまで

リュック・フォリエ (Luc Folliet) (著), 林 昌宏 (翻訳) 新泉社;(2011/1)

外部リンク

政府

日本政府

観光

その他


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