1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

ノーヒットノーラン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ノーヒットノーランとは、野球ソフトボール試合における記録のひとつで、投手が相手チームに安打得点を与えず完封勝利することを指す。以下の項では、主として野球におけるノーヒットノーランについて記述する。

目次

概説

野球・ソフトボールの試合において、投手が相手チームに安打を許さずに完封勝利することを言う。「ノーヒットノーラン」は和製英語で、「ノー」は「無」、「ヒット」は「安打」、「ラン」は「得点」を意味し、日本語では無安打無得点試合(むあんだむとくてんじあい)または無安打無失点試合(むあんだむしってんじあい)と言う。但し、no-hits no-runsと言えば、アメリカでも通じ、ここから、no-noという表現が生まれている。「ノーラン」の「ラン」はランナーのラン、もしくはホームランのランと勘違いされやすい。

安打はおろか一人のランナーすらも出させずに完封勝利を挙げた場合は完全試合(パーフェクトゲーム)となる。「ノーヒットノーラン」という場合は四球死球失策野手選択振り逃げのいずれかによる出塁を許したことを含意する。

日米ともに、完全試合の回数を含めてカウントされる。なお、コールドゲーム、あるいは延長戦引き分け試合でノーヒットノーランを達成した場合、参考記録として扱われる。また日本においては継投(複数の投手が登板してその記録を継続する)による場合も公式な記録とは見なされない。この記録を達成した投手のことを「ノーヒッター」と呼ぶことがある。

英語では「no-hitter」という言い方が一般的だが、これはno-hit gameのことを指すため正確には日本と意味が異なる。狭義では日本で言うノーヒットノーランと同義であるが、広義では継投によるもの、また四死球ボーク失策犠打犠牲フライ野手選択打撃妨害捕手の後逸暴投などで得点を許したが相手を無安打に抑えた試合も含む。この際にはチームの勝敗も問わない(ただし9回以上を無安打に抑えた場合に限る)。

アメリカメジャーリーグ

アメリカメジャーリーグでは完全試合20回を含んで264回達成されている。上記の通り、この中には相手チームを無安打に抑えたが得点を許した例、継投による達成例(全9例)も含まれる。

達成者の詳細についてはノーヒットノーラン達成者一覧#アメリカメジャーリーグを参照。

無安打試合にまつわる記録

最初の無安打試合
メジャーリーグ最初の無安打試合は、1876年7月15日セントルイス・ブラウンストッキングスジョージ・ブラッドリーが達成。
アメリカンリーグ初の無安打試合は、1902年9月20日に、シカゴ・ホワイトソックスのニクシー・キャラハンが達成した。
達成回数・連続達成記録
達成回数の最も多いのはノーラン・ライアンの計7回。3回以上の達成者は2012年現在で5人。
(ノーラン・ライアン、サンディ・コーファックスサイ・ヤングボブ・フェラーラリー・コーコラン
サンディ・コーファックスは、4年連続達成の記録を持つ。
ノーラン・ライアンは3年連続で達成している。そのうち最初の年度は2回達成。
ジョニー・ヴァンダー・ミーアは、1938年6月11日6月15日、先発2試合連続のノーヒットノーランを達成した。メジャーリーグでは唯一の例である。
両リーグでの達成
ナ・リーグア・リーグそれぞれで達成した投手は過去5人(サイ・ヤングジム・バニングノーラン・ライアン野茂英雄ランディ・ジョンソン)。野茂は1996年(ドジャーズ)と2001年(レッドソックス)に記録している。
6投手の継投による達成
2003年6月11日のインターリーグの試合で、ヒューストン・アストロズロイ・オズワルト-ピーター・マンロー-カーク・サールース-ブラッド・リッジオクタビオ・ドーテルビリー・ワグナーの6投手を継投してニューヨーク・ヤンキースをノーヒットノーランに抑えた。
解釈変更による完全試合→継投ノーヒットノーランへの変更
有名な試合として、1917年6月23日に、当時ボストン・レッドソックスの投手だったベーブ・ルースが、対ワシントン・セネターズ 戦に先発した試合がある。この試合、ルースは先頭打者を四球で歩かせた後、審判と口論になって捕手ともども退場させられてしまう。急遽登板したアーニー・ショア投手は、ルースが出したランナーが盗塁を失敗した後、9回まで一人のランナーも出さずに投げ抜いてしまった。公式記録上はルース-ショアの継投によるノーヒットノーランである(1991年の記録見直しまではショアによる完全試合という扱いであった)。
無安打試合を達成しながら敗北
  • 1964年4月23日:ヒューストン・コルト45's(現:アストロズ)0-1 シンシナティ・レッズ。ヒューストンのケン・ジョンソン投手が無安打試合を達成も敗戦。
  • 1967年4月30日:ボルチモア・オリオールズ 1-2 デトロイト・タイガース。ボルチモアはスティーブ・バーバー-ステュ・ミラーの継投で無安打試合を達成。
このほか、1990年7月1日、ニューヨーク・ヤンキースのアンディ・ホーキンスがシカゴ・ホワイトソックスを8回無安打に抑えながら、0-4で敗戦した試合がある。ホームのホワイトソックスが勝利し9回裏がない試合だったため、公式の無安打試合となっていない。なおこの試合のホワイトソックスの4得点は、無安打チームが挙げた得点としてはMLB最多である。

日本野球

プロ野球

日本プロ野球では完全試合15人を含む73人が計84回達成している。

達成者の詳細についてはノーヒットノーラン達成者一覧#日本プロ野球を参照。

また継投によるノーヒットノーランは通算4回達成されており、うち公式戦で3回、日本シリーズで1回(完全試合)が記録されている。ただし継投によるノーヒットノーランは参考記録扱いとなり、達成人数には含めない。

達成日投手所属スコア対戦相手球場備考
1941年6月22日中河美芳
石原繁三
黒鷲2-0名古屋後楽園 
1941年8月2日江田孝
森弘太郎
阪急2-0名古屋西宮 
2006年4月15日八木智哉
武田久
MICHEAL
日本ハム1-0ソフトバンクヤフードーム延長12回。八木は10回無安打無失点のまま降板。
2007年11月1日山井大介
岩瀬仁紀
中日1-0日本ハムナゴヤドーム日本シリーズ第5戦
完全試合、シリーズ優勝決定

投手に投球回数の制限があり必ず継投になるオールスターゲームでも1回達成されている。

達成日投手所属スコア対戦相手球場備考
1971年7月17日江夏豊(阪神)
渡辺秀武(巨人)
高橋一三(巨人)
水谷寿伸(中日)
小谷正勝(大洋)
全セ5-0全パ西宮第1戦
江夏が9連続奪三振

二軍のイースタン・リーグウエスタン・リーグでも完投・継投を含め複数回達成されているが、このうち1試合だけ「両チーム無安打試合」が記録されている。これは日本プロ野球では唯一のケースである(2011年シーズン終了時点)。

達成日投手所属スコア対戦相手球場備考
1994年4月26日山部太ヤクルト1-0西武大宮市営

西武先発竹下潤も無安打で完投
(失点1は、失策による走者を犠打で生還させたもの)

参考

9回を無安打無失点に抑えながら延長で初安打を許した例
達成日投手所属スコア対戦相手球場備考
1940年7月9日福士勇ライオン1-1名古屋金鯱後楽園11回2死佐々木常助に初安打
1943年10月1日真田重蔵朝日3-0南海西宮10回2死中野正雄に初安打
1949年10月1日杉下茂
服部受弘
中日0-1東急中日10回無死大下弘に本塁打
1954年8月19日宅和本司南海0-1毎日大阪10回2死呉昌征に初安打
1955年5月24日荒巻淳毎日0-4大映後楽園11回1死増田卓に初安打
1958年5月18日布施勝巳東映0-1南海大阪10回無死広瀬叔功に初安打
1958年10月9日児玉泰中日1-1広島中日11回2死拝藤宣雄に初安打
1967年4月25日坂井勝二東京0-2東映東京球場10回無死種茂雅之に三塁打
1990年5月9日渡辺久信西武2-0日本ハム東京ドーム11回1死小川浩一に初安打
2005年8月27日西口文也西武1-0楽天西武ドーム10回無死沖原佳典に初安打
9回終了までパーフェクト
相手チームを無安打に抑えながら四球・失策・盗塁・犠打・進塁打で得点を許した例
達成日投手所属スコア対戦相手球場備考
1939年5月6日宮口美吉
平野正太郎
南海1-2阪急甲子園日本プロ野球公式戦唯一の被安打0敗戦
1939年8月3日亀田忠イーグルス2-1名古屋金鯱西宮 
1959年5月21日村山実阪神3-2巨人甲子園 
1964年5月13日牧野伸
山本重政
近鉄3-1南海日生 

社会人野球

都市対抗野球

都市対抗野球大会では、これまでに完全試合2人を含む4人が達成している。

開催年 大会 投手 チーム 試合 スコア 相手 球場 備考
1940年第14回市田夏生大阪市・中山製鋼1回戦2-0京都市・京都協会後楽園球場
1954年第25回岡本教平川崎市・トキコ2回戦1-0高砂町・鐘淵化学後楽園球場
1957年第28回村上峻介二瀬町・日鉄二瀬1回戦1-0高砂市・鐘化カネカロン後楽園球場完全試合
2011年第82回森内壽春仙台市・JR東日本東北1回戦4-0横浜市・三菱重工横浜京セラドーム大阪完全試合

なお、1971年の第42回大会で、大阪市・電電近畿が大阪市・日本生命戦で、無安打勝利をしている。スコアは1-0だった。

日本選手権

社会人野球日本選手権大会では、これまでに1人が達成している。

開催年 大会 投手 チーム 試合 スコア 相手 球場 備考
2009年第36回木林敏郎三菱重工神戸1回戦1-0鷺宮製作所京セラドーム大阪

大学野球

全日本大学野球選手権

全日本大学野球選手権大会ではこれまでに完全試合4人を含む6人が達成している。

開催年 大会 投手 大学 試合 スコア 相手校 球場 備考
1965年第14回芝池博明専修大学東都準決勝6-0東海大学首都神宮球場完全試合
1969年第18回久保田美郎関西大学関西1回戦5-0千葉商科大学千葉神宮球場完全試合
1976年第25回森繁和駒澤大学(東都)1回戦2-0近大工学部(広島六神宮球場完全試合
1988年第37回葛西稔法政大学東京六1回戦4-0近大工学部(広島六)神宮球場 
2004年第53回一場靖弘明治大学(東京六)2回戦2-0広島経済大学(広島六)神宮球場完全試合
2011年第60回久保田高弘近大工学部(広島六)1回戦3-0名桜大学九州地区東京ドーム 

東京六大学野球

東京六大学野球では完全試合2人を含む21人で計22回達成している。

シーズン投手大学スコア相手校備考
1925年湯浅禎夫明治大学9-0立教大学 
1925年秋湯浅禎夫明治大学1-0東京帝国大学 
1926年安田義信明治大学7-0法政大学 
1927年春東武雄東京帝国大学1-0立教大学 
1928年秋中村峰雄明治大学2-0法政大学 
1929年鬼塚格三郎明治大学7-0法政大学 
1941年高塚誠治慶應義塾大学5-0東京帝国大学 
1942年藤本英雄明治大学3-0立教大学 
1948年平古場昭二慶應義塾大学6-0東京大学 
1949年加藤雄司慶應義塾大学6-0法政大学 
1954年藤田元司慶應義塾大学7-0東京大学 
1955年春東実立教大学6-0東京大学 
1957年秋杉浦忠立教大学8-0早稲田大学 
1964年渡辺泰輔慶應義塾大学1-0立教大学完全試合
1966年星野仙一明治大学5-0立教大学 
1970年春横山忠夫立教大学10-0東京大学 
1989年若松幸司慶應義塾大学14-0東京大学 
1998年秋福山龍太郎法政大学7-0立教大学 
1999年秋木塚敦志明治大学11-0東京大学 
2000年上重聡立教大学7-0東京大学完全試合
2004年春日野泰彰立教大学7-0早稲田大学 
2010年春竹内大助慶應義塾大学7-0東京大学 

また継投によるノーヒットノーランも2回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

シーズン投手大学スコア相手校
1951年春井上安男
畑間正夫
明治大学8-0東京大学
1970年春工藤真
長谷部優
慶應義塾大学3-0東京大学

※1942年までの大学は全て旧制。

東都大学野球

東都大学野球1部では、完全試合2人を含む10人で計10回達成している。また、2部において完全試合を2人2回、3部において完全試合を2人2回、1部と2部の入れ替え戦において2人が2回、2部と3部の入れ替え戦において1人が1回達成している。

シーズン投手大学リーグ相手校備考
1941年一言多十専修大学1部國學院大學 
1941年石原秀夫中央大学1部東京農業大学 
1953年河内忠吾日本大学1部駒澤大学完全試合
1954年島津四郎日本大学1部東京農業大学 
1954年不明伊藤芳明中央大学1部東京農業大学 
1955年島津四郎日本大学1部駒澤大学完全試合
1955年林茂青山学院大学3部不明完全試合
1957年高林康治日本大学1部駒澤大学 
1958年若生照元中央大学1部東京農業大学 
1961年大石泰章亜細亜大学3部不明完全試合
1965年渡辺一雄東京農業大学2部不明完全試合
1979年香坂英典中央大学1部東洋大学 
1990年和田孝志東洋大学1部亜細亜大学 
1994年綱島好太大正大学2部3部入れ替え戦拓殖大学 
1996年倉則彦東洋大学1部2部入れ替え戦国士舘大学 
2002年梅津智弘國學院大學2部拓殖大学完全試合
2004年山木正博亜細亜大学1部東洋大学 
2008年渡辺洋平中央大学1部2部入れ替え戦駒澤大学 

また継投によるノーヒットノーランも1部で2回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

シーズン投手大学リーグ相手校
1947年田宮謙次郎
児玉光彦
日本大学1部中央大学
1955年秋宮本進
草刈廣
学習院大学1部日本大学

※1942年までの大学は全て旧制。

高校野球全国大会

選抜高等学校野球大会

選抜高等学校野球大会(センバツ・春の甲子園)では完全試合2人を含む12人が達成している。

開催年大会投手学校試合スコア相手校備考
1931年第8回灰山元治広島商広島2回戦4-0坂出商香川 
1933年第10回河合信雄一宮中愛知1回戦3-0松山商愛媛 
1933年第10回森田俊男海草中和歌山1回戦3-0桐生中群馬 
1938年第15回野口二郎中京商(愛知)準々決勝4-0海草中(和歌山) 
1951年第23回野武貞次鳴尾兵庫1回戦5-0静岡城内静岡 
1955年第27回今泉喜一郎桐生(群馬)準々決勝12-0明星大阪 
1967年第39回野上俊夫市立和歌山商(和歌山)2回戦5-0三重三重 
1976年第48回戸田秀明鉾田一茨城1回戦1-0糸魚川商工新潟 
1978年第50回松本稔前橋(群馬)1回戦1-0比叡山滋賀完全試合
1991年第63回和田友貴彦大阪桐蔭(大阪)1回戦10-0仙台育英宮城 
1994年第66回中野真博金沢石川1回戦3-0江の川島根完全試合
2004年第76回ダルビッシュ有東北(宮城)1回戦2-0熊本工熊本 

また継投によるノーヒットノーランも1回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

開催年大会投手学校試合スコア相手校
1955年第27回谷本隆路
広島尚保
浪華商(大阪)1回戦6-0立教東京

※1938年までの学校は全て旧制。

全国高等学校野球選手権大会

全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)では22人で計23回達成している。完全試合は達成されていない。

開催年大会投手学校試合スコア相手校備考
1916年第2回松本終吉市岡中(大阪)準々決勝8-0一関中岩手 
1927年第13回八十川胖広陵中(広島)2回戦8-0敦賀商福井 
1928年第14回伊藤次郎平安中京都準決勝6-0北海中北海道 
1932年第18回楠本保明石中(兵庫)1回戦4-0北海中(北海道) 
1932年第18回水澤清長野商長野2回戦6-0遠野中(岩手) 
1932年第18回岡本敏夫熊本工(熊本)準々決勝3-0石川師範(石川) 
1933年第19回吉田正男中京商(愛知)1回戦11-0善隣商朝鮮 
1934年第20回長谷川治海南中(和歌山)2回戦5-0神戸一中(兵庫) 
1936年第22回小林悟桜和歌山商(和歌山)2回戦10-0福井商(福井) 
1938年第24回浦野隆夫大分商大分1回戦4-0台北一中台湾 
1939年第25回嶋清一海草中(和歌山)準決勝8-0島田商(静岡) 
1939年第25回嶋清一海草中(和歌山)決勝5-0下関商山口2試合連続で達成、決勝では初
1951年第33回服部茂次熊谷埼玉準決勝4-0和歌山商(和歌山) 
1957年第39回清沢忠彦岐阜商岐阜1回戦7-0津島商工(愛知) 
1957年第39回王貞治早稲田実(東京)2回戦1-0寝屋川高(大阪)延長11回(延長戦での達成は初)
1958年第40回森光正吉高知商高知2回戦5-0松阪商(三重) 
1969年第51回降旗英行松商学園(長野)1回戦14-0三笠(北海道) 
1973年第55回有田二三男北陽(大阪)3回戦1-0高鍋宮崎 
1981年第63回工藤公康名古屋電気(愛知)2回戦4-0長崎西長崎 
1982年第64回新谷博佐賀商佐賀1回戦7-0木造青森9回二死から死球を与えて、史上初の完全試合を逃す
1987年第69回芝草宇宙帝京(東京)2回戦3-0東北(宮城) 
1998年第80回杉内俊哉鹿児島実鹿児島1回戦4-0八戸工大一(青森) 
1998年第80回松坂大輔横浜神奈川決勝3-0京都成章(京都)決勝では59年ぶり2回目

また継投によるノーヒットノーランも1回達成されている(ただしこれは参考記録扱いで、達成人数には含めない)。

開催年大会投手学校試合スコア相手校
1933年第19回楠本保
中田武雄
明石中(兵庫)2回戦10-0水戸商(茨城)

※1939年までの学校は全て旧制中学。

関連項目