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パンチDEデート

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

パンチDEデート
ファイル:New asahi bld02 1920.jpg
1984年3月まで番組の公開収録が行われていたSABホール(後のリサイタルホール)が入居していた新朝日ビル大阪市北区中之島。写真は2006年のもの)
ジャンル 恋愛バラエティ番組
放送時間 放送日時を参照(30分)
放送期間 1973年10月7日 - 1985年3月30日
放送国 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
制作局 関西テレビ
プロデューサー 栂井丈治、高崎貞夫
出演者 桂三枝
西川きよし
他、一般男女2組
音声 モノラル

特記事項:
1972年10月、深夜のローカル番組『ナイトパンチ』の1コーナーとしてスタート。翌年10月に30分のローカル番組として独立後、1974年10月からフジテレビ系列での全国ネット番組になった。
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パンチDEデート』(パンチでデート)は、関西テレビが制作した視聴者参加の爆笑お見合いバラエティ番組である。1973年10月7日から1985年3月30日まで放送された(フジテレビ系列での全国ネット開始は1974年10月6日から)。

もともとは、1972年10月、深夜のローカル枠『ナイトパンチ』木曜日版の1コーナーとして企画されたが、若者風俗をうまく取り込んだことから人気が上昇し、翌年10月、30分のローカル番組として独立。さらに1年後の1974年10月、フジテレビ系列の全国ネット番組に昇格した。

司会者は、落語家桂三枝と、漫才師タレントでのちに参議院議員も務めた西川きよし

目次

オープニング

オープニングは三枝ときよしが漫才を披露した後、番組のキャッチフレーズ(エンディングでも叫ばれる)「ひと目会ったその日から」「恋の花咲くこともある」「見知らぬ貴女(あなた)と」「見知らぬ貴男(あなた、初期は見知らぬ君)に」「デートを取り持つ」「パンチDEデート!」と叫ぶ。

ローテーションは、きよし→三枝→きよし→三枝→きよし→三枝・きよし。

番組テーマ曲は三枝ときよしが歌ったこともある。

放送日時(30分番組になってから)

  1. 日曜12:45 - 13:15(- 1974年9月29日
  2. 日曜22:30 - 23:00(1974年10月6日 - 1983年9月25日
  3. 土曜19:00 - 19:30(フジテレビと一部の系列局)、日曜22:30 - 23:00(東海テレビ)、日曜23:00 - 23:30(関西テレビ)(1983年10月1日 / 2日 - 1984年3月24日 / 25日
  4. 新・パンチDEデート」土曜23:00 - 23:30(MIZUNO提供、1984年4月7日 - 最終回)

ルール、進行

舞台の左右の袖から、男と女が登場、中央の椅子に座る。このとき、三枝ときよしが「こちら、久々の○○という感じ」と、男女双方の第一印象を伝える。二人の間は、カーテンで仕切られていて、互いの姿を見ることはできない。男性側にきよしが、女性側に三枝が介添え人として付く。

それぞれに、仕事や趣味、理想の異性像、タレントなどをインタビューし、声の調子や会場の反応をからめ、姿の見えない相手のイメージを膨らませていく。好きなタレントを質問した後、三枝ときよしが、カーテンの中央にあるのぞき穴越しに相手を見ながら、「誰々(タレントの名前)というよりも、何々という感じ」と寸評する。特に三枝が首を傾けながら放つ「オヨヨ」や「グー」「アリィ?」などのギャグは、流行語にもなった。

その上で、三枝ときよしの「せぇ〜の〜、ごた〜いめ〜ん!」の掛け声で、いよいよ、カーテンが上がりご対面。約1、2分間、二人だけで会話する。客席に向き戻った二人が、それぞれスイッチを持って、背後に廻す。「目をつぶって上を向いて…、スイッチ・オン!」。気に入る(交際したい)なら、スイッチ・オン、逆ならノー・タッチ。その結果は、背後の大きなハート型の電光掲示板の点滅で判明する。ハートの左半分が、女性の意思表示、右側が男性。ハート全体が見事に点滅すれば、お見合い成功、という仕掛けである。

なお、1984年4月7日からの放送では、お見合い成功後、男性が女性に対し「愛の抱き上げ(現在で言う、“お姫様だっこ”)」を行って締めくくった。

テーマ曲から、出場者の登場曲、スイッチ・オン時の曲に至るまで、音楽は大半がエレクトーンの生演奏で行われていた。

ハート型の電光掲示板(セット)の変遷

初代(ローカル放送時代 - 1976年9月)
丸い半透明のボードの中に埋め込まれていた。
2代目(1976年10月 - 1984年3月。大まかに四期に分かれている)
リアルなハート型になり、外周を赤いガラスケースで囲み、その凹凸に豆電球が取り付けられる。また、ガラスケースは左右の袖にも取り付けられ、お見合い成功の場合は全部点滅した。
3代目(MIZUNO提供時代) 
ハートの部分のみ、外周には派手にランプが点滅していた。両サイドにはオーロラの模様の羽があり、その上に「PUNCH」(女性側)「DE DATE」(男性側)のタイトルロゴ。袖には小さな階段と3段の電照パネルのオブジェがあり、一番上にはMIZUNOの「M」のロゴマークが印刷されている。ホリゾントは、最初の2回は水色で、それ以降は薄い桃色。椅子とカーテンも最初の2回とそれ以降で変更されている(カーテンは模様入りになった)。第1回目のオープニングで、きよしいわく「ラスベガスみたいですな」。三枝「前回(2代目)よりも豆電球が100個多いんですよ」。
なお、初代と2代目の第一期(1977年9月まで)は、どちらかが拒絶した(振った=点滅しなかった)場合、ランプはまっすぐに裂けていた。2代目の第二期から(1977年10月以降)、ジグザグ状に裂けるようになる。
また、仕切りのカーテンは、2代目までは巻き取り式。ご対面で、舞台裏に隠れているスタッフが引っ張っていた。3代目は電動式で、のぞき穴はなかった。
2代目以降、スイッチ・オン時には舞台が暗転し、双方にスポットライトが当たる演出が施された。
3代目では、スイッチは椅子の後ろにビニールテープで止められていた。

特別企画

1976年から1984年にかけて(1982年は除く)、毎年正月に1時間のスペシャルが放送された。タレント同士が、姿だけでなく奇妙な声で見合いしてしまう(このため、タレントはボイスチェンジャーに接続されたコード付のハンドマイクを持っていた)「奇声DEデート」、奇抜な扮装で見合いする「変装DEデート」、父親がタレントという子息・子女同士が見合いする「ちびっ子DEデート」、お見合い成功したカップルから5、6組を招いてその後の相性を探る「パンチ同窓会」などで構成された。

番組の終焉

1983年10月に近畿・中京広域圏以外で放送日時が移動した頃から番組がマンネリ化し人気に陰りが見え始める。フジテレビや一部の系列局(特に関西テレビと同時ネットを受けていた局)では土曜19時に移動したが、前番組の『クイズ!知ッテレQ』が視聴率低迷で打ち切られたのに伴うつなぎ番組だった(また直接の裏番組である『まんが日本昔ばなし』(MBS制作・TBS系列)にも引き離されてしまう)。半年後の1984年4月、今度は土曜23時に移動し『・パンチDEデート』としてリニューアルしたが、『今夜は最高!』(日本テレビ系列)には歯が立たず、さらには急激な恋愛事情の変化もあり、結局1985年3月30日に番組は終了。『ナイトパンチ』内包コーナー時代を含めて12年半の歴史に幕を下ろした。

この間、結婚に至ったカップルは、番組スタッフが確認した限りではわずか4組しかいなかった。

また、当番組の終了4日前には、同じく関西ローカル出身の恋愛バラエティ番組プロポーズ大作戦』(ABC制作。こちらもきよしが司会を務めた)も終了している。

終了後

  • 1987年、フジテレビのスペシャル番組『ぼくら冒険王』で復刻された。司会は山田邦子渡辺徹。男性側はマグマ大使、女性側は沢口靖子映画竹取物語』の宣伝も兼ねて)が出演。マグマ大使は好きなタレントに沢口と答え、当の沢口との対面では半ば緊張していたが、見事にカップル誕生。
  • 1990年TBSいきなり!クライマックス』の1コーナー「いきなり復刻版」で二度放送された。このときはちびっ子版で、1回目は両者とも興味なし(点滅せず)、2回目は女の子の方が点滅しただけ。
  • 番組終了から10年後の1995年、特別番組『帰ってきたパンチDEデート』が関西ローカルで放送された(一部系列局でも番組販売で放送)。

収録場所について

ファイル:デジタルエイトビル.JPG
番組末期に公開収録の会場として使用された関西テレビ旧社屋(大阪市北区西天満。現在のデジタルエイトビル)

原則として、毎月2回、大阪市内にあるSABホール(後のリサイタルホール、2009年2月で閉鎖)で2週分収録して、一般観覧客を招いて行われた。SABホールがほかの興行やメンテナンスで使用できない場合は、近畿地方のほかの公会堂を使用していた。

また、年に3、4回は、地方で公開録画も行われた。ハワイグアムサイパン香港など、外国人や現地の日系人が出場した海外ロケ版も制作された。

なお、1984年4月7日放送分からは、関西テレビのスタジオ(当時の西天満、現在のデジタルエイトビル)を使用していた。

補足

ファイル:Stubico.svg この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています
  • 日曜の衆参選挙開票速報放送時は、三枝ときよしも出演し、その時はレギュラーを休止して、タイトルも「パンチDEせんきょ」となっていた。(これは放送当時にFNNの選挙開票特番の番組タイトルとして当日の新聞のテレビ欄に書かれていた。詳細はFNN報道特別番組の項よりさらにリンクしている記事を参照のこと。1970年代の総選挙で採用されていた。)
  • 土曜移動後にエンディングテーマが採用され流れた。(そのタイトル、歌っていた歌手の情報をお待ちしています。)
  • 系列外の青森テレビ岩手放送(現・IBC岩手放送)、それから当時は系列局だったテレビ山口(現在はTBS系だが1987年9月までFNSにも加盟のクロスネット局)でも放送していた。なおTYSは日曜の23時から放送していた。
  • また、相互乗り入れ前の香川地区では、瀬戸内海放送で放送された。
  • オレたちひょうきん族」でオープニングを明石家さんまが三枝に、島田紳助がきよしに扮して真似した。

 なお、さんま・紳助は三枝・きよしに続く2代目司会コンビとして実際にも検討されたそうだが、「(さんま・紳助では)将来性が無い」というスタッフによる判断(後にさんま自身が語っていた)で結果的には幻の司会コンビとなってしまった。

  • 深夜移行後は、オープニングで視聴者から寄せられたデートにまつわるエピソードを紹介した後に三枝が「それでは、パンチDEデート!」とコールしてCMに入っていた。

 また、CM前のオープニングのタイトルバックでは、本番前に観覧客がいろんなゲームをする映像が流れた。そのときに司会(兼前説)を務めたのは、三枝の弟子の桂三歩である。

  • とんねるずのみなさんのおかげです」のパロディコント「新畑任三郎」で犯人役に三枝が出演した際、オープニングシーンだけであるが再現され、三枝本人ときよしに扮した木梨憲武が番組のキャッチフレーズをコールしていた。

スタッフ

  • 構成:竹本浩三、木皿泉(末期のみ)
  • 音楽(エレクトーン演奏):鳥取令子
  • プロデューサー:栂井丈治、高崎貞夫
  • 制作著作:関西テレビ

関連書籍

  • 『パンチDEデート』(桂三枝・西川きよし編、協力:関西テレビ) サラ・ブックス(二見書房)、1975年9月
  • 『きよし・三枝のパンチDEデート 〜ごたいめ〜ん〜』(関西テレビ編) シュバル、1981年9月 ISBN 4915524000

ボードゲーム

関連項目

(共にABC。『パンチ〜』と同様、関西ローカルから全国ネットに進出した恋愛バラエティ番組
(関西テレビ。『パンチ〜』の精神を継承した集団見合い番組)
いずれもコンピュータを駆使した恋愛バラエティ番組。『ウェディングベル』は特に離婚歴のある男女が主だった。
(フジテレビ。世界中をワゴン車で回り、意中の異性に告白する恋愛バラエティ番組)
日本テレビ。高校生をターゲットにした恋愛バラエティ番組)
CBC中京ローカルで放送された恋愛バラエティ番組)
(双方とも日本テレビ。滑り台に変型する椅子を使った恋愛バラエティ番組)
MBS。三枝ときよしが司会を務めたトークバラエティ番組)

外部リンク

関西テレビ 日曜12:45 - 13:15枠(1973.10.7 - 1974.9.29)
前番組 番組名 次番組
サンデー洋画劇場
フジテレビ制作)
※12:00 - 13:30
パンチDEデート
※自社制作
?
フジテレビ系 日曜22時台後半
(ここから関西テレビの制作枠。一部地域を除く。1974.10.6 - 1983.9.25)
お茶の間エコノミー
(ここまでフジテレビ制作)
パンチDEデート
三枝の爆笑美女対談
(木曜22時台前半から移行)
フジテレビ系 土曜19時台前半(ローカル枠。1983.10.1 - 1984.3.24)
クイズ!知ッテレQ
(ここまでフジテレビ制作枠)
パンチDEデート
(関西テレビ制作)
クイズ地球どんぶり!
※19:00 - 19:54
(ここから再びフジテレビ制作枠)
関西テレビ 日曜23時台前半(1983.10.2 - 1984.3.25)
唄子・啓助のおもろい夫婦
(フジテレビ制作・
月曜19時台前半へ移行)
パンチDEデート
※自社制作・30分繰り下げ
ミュージックフェア'84
(フジテレビ制作・
土曜19時台前半から移行)
フジテレビ系 土曜23時台前半
(関西テレビ制作MIZUNO提供枠。一部地域を除く。1984.4.7 - 1985.3.30)
クイズDEデート
(→ローカル枠降格)
新・パンチDEデート