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ビリー・ジョー・アームストロング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ビリー・ジョー・アームストロング
ファイル:Billie Joe Armstrong at mic in Cardiff.png
基本情報
出生名 ビリー・ジョー・アームストロング
Billie Joe Armstrong
出生 1972年2月17日(40歳)
アメリカ合衆国カリフォルニア州 オークランド
職業 ミュージシャン
担当楽器 ヴォーカル, ギター, ピアノ
ハーモニカ, マンドリン
ドラム, サックス
活動期間 1989年~ 現在
共同作業者 グリーン・デイ
The Network
Pinhead Gunpowder
Foxboro Hot Tubs

ビリー・ジョー・アームストロング (Billie Joe Armstrong) はアメリカ合衆国カリフォルニア州オークランド出身。ロックバンドグリーン・デイ」のヴォーカリスト、ギタリスト。ザ・クラッシュジョー・ストラマーを尊敬していると公言している。2児の父。

人物・来歴

1972年2月17日、アメリカ・カリフォルニア州オークランドに6人兄弟の末っ子として生まれる。 父アンディーはジャズ・ミュージシャン兼トラック・ドライバー、母はレストランウエイトレスであった。 1983年9月10日、ビリーが11歳の時、父が食道癌で亡くなる。「ウェイク・ミー・アップ・ホウェン・セプテンバー・エンズ」は彼の父親の思い出について書いた曲である。母は6人の子供を養うためウエイトレスの仕事を続ける。ビリーとマイク・ダーントはその後そこで初めてのライヴをしている。父の死から2年後、母は再婚するが、ビリーとその兄弟は彼のことをひどく嫌っていた。

ビリーは5歳の頃、小学校の先生の勧めで歌を始め、病院に行き、患者のために歌ったりしていた。 「ルック・フォー・ラヴ」という曲を地元レーベルでレコーディングしている(インターナショナル・スーパーヒッツのマリアの冒頭部分に当時のレコーディングの一部が使われている)。11歳の時、父からブルーと名づけられた青色のストラトキャスターを貰う。現在でもブルーのレプリカがライブなどに登場している。

12歳になり、ビリーは地元のミドルスクールに進学し、後にバンドを組むことになるマイク・ダーントと出会う。10代の頃のビリーは他の同世代の子供と同じくメタルやハードロックを好んで聴いていたが、セックスピストルズの「ホリデー・イン・ザ・サン」を聞いて以降パンクに傾倒して行く事となる。そして、地元の高校へと進学し、1990年2月の18歳の誕生日を目前に音楽の道を追求するため同高校を退学し、マイク・ダーントと共にグリーンデイ前身のバンドとなるスウィート・チルドレンを結成、家出をし一緒に自活するようになるのである。

1990年初期グリーンデイのミネソタ州でのコンサートで妻となるアドリエナ・ネッサーと出会い、1994年7月2日に結婚している。2児の父である。

ビリーはアドヴォケイト誌のインタビューで、「同性にも性的興味はある」と述べた。ただし、同性との性的経験はないとも発言しており、純粋なバイセクシャルという意味ではない。かつてのミック・ジャガーデヴィッド・ボウイのような反体制的な意味合いを込めての発言と推測される。

2003年1月飲酒運転で警察に捕まっている。スピード違反で捕まり、そのとき吸気アルコール度数がカルフォルニア州基準の0.08%を越える0.18%であった。

[1]

使用楽器

また、ギブソンからレスポールジュニアのシグネイチャーモデルが発売されている。

外部リンク