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フェリックス・ペルドモ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

フェリックス・ペルドモ
Felix Perdomo
基本情報
国籍 ファイル:Flag of the Dominican Republic.svg ドミニカ共和国
生年月日 1973年7月24日(38歳)
身長
体重
173cm
67kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手遊撃手投手
プロ入り 1992年
初出場 CPBL / 1995年4月11日
NPB / 1996年6月30日
最終出場 CPBL / 1995年8月14日
NPB / 1999年
経歴(括弧内は在籍年)

フェリックス・ペルドモFelix Perdomo , 1973年7月24日 - )は、ドミニカ共和国出身の元プロ野球選手内野手投手)。台湾球界での登録名は、飛力

目次

来歴・人物

アリロ・パウリノ高からカープアカデミーに入り、1992年広島東洋カープに入団するが、1年で退団。

1995年台湾時報イーグルスでプレー。

1996年に再び広島に入団し、当初は内野手としての活躍を期待された。打の方では全く活躍できなかったが、俊足強肩を生かして二遊間で堅実な守備をこなしていた。ただし、ウエスタン・リーグではダントツの首位打者を獲得している。

1997年に投手に転向。速球と変化球を織り交ぜた投球で中継ぎ投手として活躍を見せた。

1999年は内野手登録に戻し、投手・内野手の二刀流でプレー。投手の打順の所に代打で登場し、次の守備においてそのまま投手としてマウンドに登ることもあった。当時、外国人投手は2人までしか一軍に登録できなかったが、内野手登録のペルドモが投手として出場したため、事実上3人の外国人投手を登録していたことになる。

外国人枠で使う選手としては若干スケールが小さかったということもあり、1999年シーズン終了後に自由契約となり退団した。

投手としての球速は143km/hほどであった。

日本語が得意だった。インタビューに「それ、どういう意味~?」などと答えていた。ドミニカから広島に新しい選手がくると、通訳や世話役を務めていた。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1995 時報 1019182400040000010061.222.263.222.485
1996 広島 613121100010000010080.083.154.083.237
1997 17550000000000000000.000.000.000.000
1998 13110000000000000000.000.000.000.000
1999 354945393011540020101101.200.234.333.567
CPBL:1年 1019182400040000010061.222.263.222.485
NPB:4年 7168634103011640020201181.159.196.254.450

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1997 広島 170000220--.50012729.02621314183016134.031.34
1998 130000000------7417.11501101610884.151.50
1999 170000120--.33311525.22421001252013134.561.32
通算:3年 470000340--.42931672.06543416496037344.251.38

記録

NPB打撃記録
NPB投手記録
  • 初登板:1997年4月15日、対読売ジャイアンツ1回戦(広島市民球場)、9回表に救援登板・完了、1回2失点
  • 初奪三振:同上、9回表にバルビーノ・ガルベスから
  • 初勝利:1997年4月19日、対中日ドラゴンズ1回戦(長良川球場)、4回表に救援登板、4回無失点

背番号

  • 112 (1992年)
  • 71 (1996年)
  • 59 (1997年 - 1999年)

関連項目

外部リンク