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フォーミュラ・ニッポン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

フォーミュラ・ニッポン
開始年 1996
主催 日本レースプロモーション
参加チーム数 12
前回優勝 ファイル:Flag of Germany.svg アンドレ・ロッテラー
サイト フォーミュラ・ニッポン
テンプレートを表示
ファイル:Lola B0651.jpg
Lola B06/51 (FN06) (2007年 ミハエル・クルム

全日本選手権フォーミュラ・ニッポンJapanese Championship Formula Nippon)は、Template:Safesubst:から日本で開催されている自動車レースの1カテゴリーJAF略称は「FN」[1]2009年までは「JAF-F3000」)、レース格式は国際。フォーミュラカー(オープンホイール)を使用した四輪レースで、日本最高峰かつ独自のカテゴリーである。

日本一速い男 決定戦”とも呼ばれ、レース専門誌やファンの間では「Fポン(エフポン)」や「FN(エフエヌ)」などと略される。

目次

概要

日本レースプロモーション(JRP)を運営母体とし、日本自動車連盟(JAF)公認の下、全日本F3000選手権を引き継ぐ形で1996年にスタートした。

当時、国際F3000がレギュレーション変更によりワンメイク化されたのに対し、国内レース関係者はこれを良しとせず、発足当初は従来のF3000レギュレーションを継続。1999年より新しい国際F3000の安全基準のみを取り入れ、車両規則は独自のレギュレーションを規定した。

レース形態

2000年からレース途中のタイヤ4輪交換を義務付ける事で、レース中のエンターテイメント性を高め、チームとドライバーにはレース戦略の構築を求めるようになった。2003年からローラのワンメイクになるにあたり、レース距離は変えずに「再給油」を導入したが、レース途中で再給油せずにレースを走りきってしまう場合があったため、2004年からレース距離をそれまでの200kmから伸ばし、さらに2005年からはF1とほぼ同じ「300km」とした。これにより無給油でレースを走りきれないようになったはずだったが、実際には無給油で走りきってしまうチームが続出した。 また、ピット作業の人数を制限したこと、後にタイヤ4輪交換の義務を無くしたことで、前後いずれかのみ、または左右いずれかのみの2本を交換する事でピットインの時間を短くする戦略も生まれた。 2007年にはレース距離を最短230kmから最長300kmまで幅を持たせたり、ピットインの義務付けを無くしたりとレースにバラエティをもたせる試みがなされた。また第3戦ツインリンクもてぎではスペシャルステージ制の予選が行われた。

2008年は、第5戦(鈴鹿)と第6戦(もてぎ)と第7戦(富士)で2レース制を採用。2レース目のグリッドは第1レースの上位8台がリバースグリッド、9位以下は第1レースの着順のままとなる。また2レース制の導入によりポイントシステムが変更された。予選システムに関してはF1でも採用されているノックアウト方式の予選が採用された。

2009年は参戦コスト抑制を目的に大会日程を3日間から2日間に短縮。前年採用した2レース制やリバースグリッドは採用せず、レース距離も最長250kmに短縮された。なお、予選は前年同様ノックアウト方式であるが、エントリー数の減少もあって予選順位の配分が変更された。

海外での開催

2004年にはマレーシアセパンサーキット)で初の海外戦を行ったが、現地のオーガナイズに問題が多く、通常国際格式で行われるはずのレースがなぜか準国際格式で行われたほか、レースの賞金の支払を巡るトラブルも発生した。2005年もセパンでのレース開催を予定していたが、現地オーガナイザーとの交渉が決裂し開催は中止されている。2000年から2002年には、スカラシップとしてアジアのドライバーをシリーズに招き入れる[2]などの制度を実施していたが、その試みは3回のみで中断している。

マシン

発足当初は旧全日本F3000を受け継ぐ形で、レイナード、ローラ、童夢がシャシーを供給していたが、JRPがフォーミュラ・ニッポン専用マシンの供給を打診したところ、1999年より、ローラ、レイナード、Gフォース(現 パノス)の3メーカーが専用シャシーの供給を開始した。しかし、ローラとGフォースの戦闘力不足もあってレイナードの実質ワンメイク状態へと年を経るごとに変化した。
2002年にレイナードが倒産したため、2003年からローラのワンメイクとなり、3年毎にシャシーが更新されることになった。2006年はシャシー更新の年に当たり、引き続きローラ製の新型シャシー「B06/51(FN06)」が使われることになった。この「FN06」は、前年度まで使用されていた「B351」の正常進化形であり、モノコックについては変更部が認められないものの、新エンジンの搭載に伴う出力の増大と低重心化に対応して各ユニットを再設計している。
また、これまで変速にはシーケンシャルシフトが採用されていたが、「FN06」のステアリング操舵荷重が走行時は極端に重いことや、よりハイレベルな攻防を可能にするため、2009年に予定されていたパドルシフトザイテック社製)の導入を2008年に前倒した。
2009年からは後述の通り、スウィフト・エンジニアリング社製のシャシー「017.n(FN09)」が導入された。
「FN09」も導入当初よりステアリングの操舵荷重の重さが問題となっており、2010年よりパワーステアリングの装着が認められ、第5戦(菅生)より装着された。
ファイル:TOYOTA RV8J.jpg
TOYOTA RV8J(2006年仕様)
旧全日本F3000と同様に3,000cc V8エンジン(9,000rpmでリミッターが作動)がそのまま用いられ、無限(現 M-TEC)のMF308コスワースDFV(一時期ACも使用された)、ジャッドのKVなどが当初は使用された。しかし、コスワースとジャッドは2年足らずで淘汰されてしまい、その結果1999年から2005年までは無限MF308の事実上ワンメイクとなっていた。
しかし、その無限MF308も供給を続ける事が困難になってきたため、2006年からホンダトヨタが、インディ・レーシング・リーグ(IRL)用のエンジンをベースとした専用エンジンのホンダ・HF386E及びトヨタ・RV8J(3,000cc V8は変わらず、リミッターの設定は10,300rpmに引き上げられた)を供給することとなった。
2006年から2008年のエンジン使用勢力図は、日産系のIMPUL等がトヨタエンジンを選択したり、トヨタ系の新規参入チーム(TOM'SINGING 等)が増えた事もあって、トヨタエンジンを使用するチームが多数派を占めている。なお、各チームは3年間同一メーカーのエンジンを搭載することに決められている。成績面においては、2007年シーズン序盤までは特に燃費面でトヨタエンジンの優位が目立ち、結果として上位の成績をトヨタユーザーが独占する状態になっていたが、シーズン中盤からはホンダエンジンを搭載するNAKAJIMA RACINGの巻き返しが見られた。
2009年シーズンからは、SUPER GTのGT500クラスに使用するものと基本設計が同じ3,400cc V8エンジンのホンダ・HR09Eトヨタ・RV8Kが供給されている[3]。また、レブリミットを一時的に10,700rpmまで引き上げるオーバーテイクボタンが導入された。
初年度はブリヂストン横浜ゴムが供給していたが、レース費用低減を図るため翌1997年からのワンメイク化が決定。コンペティションの結果、ブリヂストンが独占供給することとなった。尚、現在はレギュレーションでタイヤメーカーは1メーカーのみと定められている。
土曜日の予選から日曜日決勝までに一人のドライバーが使えるタイヤはドライ、ウェット各4セットずつと定められている。ドライタイヤにはスタンダードコンパウンドとソフトコンパウンドの2種類があり、ツインリンクもてぎ以外ではスタンダードが供給される。なお、2007年シーズン途中に2008年スペックのタイヤが前倒しで供給され、耐久性、グリップともに向上したタイヤが用いられることとなった。
ウェットタイヤは1パターンのみであるが「ステルスパターン」と呼ばれる溝により、磨耗が進むと路面との接地面積が増え、インターミディエイト的な使用も可能となる。

チーム名

シリーズ発足に際し多くのファンに親しみを持ってもらうため、全エントラントは従来のエントラント名や車名(スポンサー+マシン)ではなく、野球サッカーで一般的な“チーム名”を使用することになった。これはレース界で初の試みである。

JRP中期計画

主催者のJRPでは、原則3年ごととなっているワンメイクシャシーの更新に合わせる形で中期計画の発表を行っている。

2009〜2011

ファイル:Swift 017n.jpg
FN09(Swift 017.n)
(シェークダウンテストにて)

JRPは、2007年8月26日に「2009〜2011 JRP中期計画報告会」を開催し、2009年以降の基本方針および新規導入車両を発表した。これはシリーズのさらなる活性化を目指して、新たな取り組みを開始するものである。

基本方針
  • 世界から目標とされるシリーズの構築
  • ファンの満足度アップとなる、最も面白いレースの提供
  • 新シャシー、新エンジンの導入
  • 新規レースの調査・研究(市街地レース、オーバルレース)
  • ハイブリッド、水素、バイオエタノールなどの環境に配慮したエンジンの研究
  • 大会数は最大で国内10戦・海外1戦とし、パシフィックエリア開催を目指す
車両(スウィフト・エンジニアリング社製)
  • 日本独自のカテゴリーとして、今までにない斬新なデザインの追求(先進性と変化)
  • よりスリリングなレース展開が可能な車両
  • 最低3年間使用可能な安全性と耐久性の確保
シャシー新旧比較
FN09(新型車両) FN06(旧型車両) 備考
全長 4,775mm 4,667.5mm
ホイールベース 3,000mm 3,000mm
車両最大幅 2,000mm 1,800mm 車両中心線からタイヤ外側まで実測で1,000mm以内
車体最大幅 1,600mm 1,450mm ウイングを除く、ボディワークの最大幅
フロントウイング幅 1,800mm 1,450mm
リヤウイング幅 1,220mm 1,000mm
車両重量 670kg 666kg ドライバー搭乗時
燃料タンク容量 115リットル 135リットル 車体サイドに設ける給油口から給油可能な最大値
ミッション リカルド社製6速 ヒューランド社製6速 共にパドルシフト
ブレーキ PFC社製6ピストン ブレンボ社製4ピストン
フロントタイヤ 235/55R13 235/55R13
リヤタイヤ 340/620R13 340/620R13
安全基準 2006年F1に基づく 2002年インターF3000に基づく
エンジン
  • より多くのエンジンメーカーが参加しやすいレギュレーションを確立する
  • 現状の音量規制を遵守し、且つ、より魅力のある音を追求する
  • 目標出力600hp以上
  • 3.4リッター、V型8気筒
  • 最低重量120kg
  • 3レースで使用できるエンジンは1基とする
  • オーバーテイクボタンの搭載
エンジン新旧比較
新型エンジン 現行エンジン 備考
排気量 3,400cc 3,000cc
出力 600/hp+α 550/hp
気筒数 V型8気筒 V型8気筒 バンク角90°
吸気 自然吸気 自然吸気
重量 120kg 127kg エアボックス、エアフィルター込み
回転数制限 10,700rpm 10,300rpm
回転数制限方式 ECU ECU

上記の2009年シャシー及びエンジンのスペックを見る限り、ハード面での大幅なパフォーマンスアップが期待される。また、エンジンに関しては2009年からのSUPER GTのGT500クラスと基本設計は同じものを使用する。

2012〜

本来であれば、FN09の導入から3年が経過する2012年は新型シャシーの導入時期となり、それに併せて新しい中期計画が発表されるのが通例なのだが、2011年のシーズン開幕前記者会見でJRP社長の白井裕は、新型シャシー導入について「昨今の経済情勢を踏まえると難しいだろう」と語り、非公式ながら当面の間従来のFN09をアップデートしながら継続使用する考えを示した[4]

ただ何も手を打たないわけではなく、2012年からは新たにハイブリッドシステム「System-E(仮称)」を導入する方針。当初はエネルギー回生を行わないシステムとなる予定だったが、2011年9月に行われたテストではF1における運動エネルギー回生システム(KERS)相当のシステムとなった[5]。基本システムは共通とするもののバッテリーについては自由競争とすることで、バッテリーメーカー間の開発競争が起きることを期待している[4]

それ以外に、2012年からはシンガポールでのレース(現在のシンガポール市街地コースではなく、新設するサーキットでのレースを予定)を行う方針で調整が進められていたが[4]、トラックデザインおよび全体レイアウトの変更に伴い(パドックを予定より拡張する必要が出たため)、建設が遅れており、開催は2013年以降に延期されることになった。[6][7]

歴代チャンピオン

ドライバーチャンピオン
(所属チーム)
チームチャンピオン ルーキー・オブ・ザ・イヤー
(2008年〜)
1996年 ファイル:Flag of Germany.svg ラルフ・シューマッハ
X-JAPAN Racing Team Le Mans
X-JAPAN Racing Team Le Mans
1997年 ファイル:Flag of Spain.svg ペドロ・デ・ラ・ロサ
SHIONOGI TEAM NOVA
SHIONOGI TEAM NOVA
1998年 ファイル:Flag of Japan.svg 本山哲
LEMONed Racing Team Le Mans)
LEMONed Racing Team Le Mans
1999年 ファイル:Flag of the Netherlands.svg トム・コロネル
PIAA NAKAJIMA RACING
PIAA NAKAJIMA RACING
2000年 ファイル:Flag of Japan.svg 高木虎之介
(PIAA NAKAJIMA RACING)
PIAA NAKAJIMA RACING
2001年 ファイル:Flag of Japan.svg 本山哲
excite TEAM IMPUL
TEAM 5ZIGEN
2002年 ファイル:Flag of Ireland.svg ラルフ・ファーマン
(PIAA NAKAJIMA RACING)
PIAA NAKAJIMA RACING
2003年 ファイル:Flag of Japan.svg 本山哲
(TEAM IMPUL)
TEAM IMPUL
2004年 ファイル:Ulster banner.svg リチャード・ライアン
DoCoMo TEAM DANDELION RACING
mobilecast TEAM IMPUL
2005年 ファイル:Flag of Japan.svg 本山哲
arting RACING TEAM with IMPUL)
mobilecast TEAM IMPUL
arting RACING TEAM with IMPUL
2006年 ファイル:Flag of France.svg ブノワ・トレルイエ
(mobilecast TEAM IMPUL)
mobilecast TEAM IMPUL
2007年 ファイル:Flag of Japan.svg 松田次生
(mobilecast TEAM IMPUL)
mobilecast TEAM IMPUL
2008年 ファイル:Flag of Japan.svg 松田次生
LAWSON TEAM IMPUL)
LAWSON TEAM IMPUL ファイル:Flag of Japan.svg 平手晃平
(TP Checker TEAM IMPUL)
2009年 ファイル:Flag of France.svg ロイック・デュバル
(NAKAJIMA RACING)
NAKAJIMA RACING ファイル:Flag of Japan.svg 塚越広大
HFDP RACING)
2010年 ファイル:Flag of Brazil.svg ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ
Mobile 1 TEAM IMPUL)
Mobile 1 TEAM IMPUL ファイル:Flag of Japan.svg 山本尚貴
(NAKAJIMA RACING)
2011年 ファイル:Flag of Germany.svg アンドレ・ロッテラー
PETRONAS TEAM TOM'S
PETRONAS TEAM TOM'S ファイル:Flag of Japan.svg 中嶋一貴
(PETRONAS TEAM TOM'S)

競技運営

日本レースプロモーション

株式会社日本レースプロモーション
Japan Race Promotion Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 〒102-0074
東京都千代田区九段南2-3-25
事業内容 自動車競技会の運営
代表者 白井裕(代表取締役)
外部リンク FORMULA NIPPON
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日本のトップフォーミュラであった全日本F3000選手権は、1990年代初頭のバブル景気崩壊以降 徐々に参加台数や観客動員数が減り続けた。それを新たなシリーズに転換し、プロスポーツとしての確立やビジネスとして構築するために日本レースプロモーション(JRP)が発足。JRPは、フジテレビを中心にチーム及びサーキットの関係者により組織され、設立以来 社長を派遣し「フォーミュラ・ニッポン事業本部」を置くフジテレビ主導でシリーズ運営を行ってきた[8]1987年以来F1全戦を放送してきたフジテレビを中心に新たなプロモーションが展開され、当初は参加台数や観客動員数が増加(参加台数:約18→26台、観客動員数:41,000→51,000人 それぞれ1995年と1996年の開幕戦での比較)したが、それも長続きはしなかった[9]

2004年7月31日に組織改革が発表され、NAKAJIMA RACING代表の中嶋悟が会長に、ツインリンクもてぎ取締役(当時)の野口幸生が社長にそれぞれ就任した。以後フジテレビは運営から徐々に退き、替わりに本田技研工業が運営に関与した。しかし、2008年の平均観客動員数は27,000人にまで減少しており[10]、観客数の長期低落傾向には依然歯止めがかけられなかった。 さらに、2008年後半の金融危機以降スポンサー減少の影響もあり、2009年は参加台数が13台まで減少した。合わせて、ホンダの関与も変化[11]したが、その後、国内の自動車メーカー3社(ホンダ・トヨタ日産)が間接的に出資し[12]、JRPの活動を支援した。2010年4月には、ホンダF1(第2期)のV10エンジンやSUPER GT用のホンダ・NSXなどの開発を手がけた白井裕が社長に就任した[13]

運営に関する論議

メディアからは「ドライバーやバトルは高レベル」と評されるものの、前述のように興行は現在に至るまで苦戦が続いている。さらには、地上波でのテレビ中継が2005年に打ち切られ(詳細は後述)、2008年以降の世界的な景気低迷等から高木虎之介、本山哲、松田次生、ブノワ・トレルイエといったチャンピオン経験者までもがシートを失う事態となっている。

これに対しJRPでは、前述の中期計画でSUPER GT・GT500クラスとのエンジン共通化を発表したり、2010年には1994年(旧全日本F3000時代)以来となるノンタイトル戦をSUPER GTとの合同開催で実施するなど、ここ数年はSUPER GTとの連携を強化する方向性を打ち出している。

フォーミュラ・ニッポンからF1デビューしたドライバー

数多くのF1ドライバーを輩出したが前述の通り、近年は海外を拠点に移してF1を目指す日本人ドライバーが多いことや、運営側もインディカー・シリーズのような独立カテゴリを目指していることもあり、スポンサーマネーを持つ外国人ドライバーが多い。

  • ラルフ・シューマッハ(1997年~2007年:ジョーダン~ウィリアムズ~トヨタ、96年シリーズチャンピオン。F1通算6勝。)
  • 中野信治(1997年~1998年:プロスト~ミナルディ)
  • 高木虎之介(1998年~1999年:ティレル~アロウズ、01年シリーズチャンピオン)
  • ペドロ・デ・ラ・ロサ(1999年~2010年:アロウズ~ジャガー~マクラーレン~ザウバー、97年シリーズチャンピオン)
  • ノルベルト・フォンタナ(1997年:ザウバー)
  • ラルフ・ファーマン(2003年:ジョーダン、02年シリーズチャンピオン)
  • アレックス・ユーン(2001年~2002年:ミナルディ)
  • ナレイン・カーティケヤン(2005年:ジョーダン、2011年~:ヒスパニア)
  • 井出有治(2006年:スーパーアグリ)
  • 山本左近(2006年~:スーパーアグリ~スパイカー~ヒスパニア~ヴァージン)

スポンサー

シリーズパートナー

シリーズを支援する企業を“シリーズパートナー”と呼び、初年度には6社が名を連ねた。しかし、経済状況の悪化やシリーズの人気低迷から企業数は減少。2010年から2社となっている。

  • ホンダ(1996年 - )
  • トヨタ(2008年 - )
過去のシリーズパートナー

シリーズサポーター

2005年より“シリーズサポーター”と呼ばれる企業が新たに支援に加わっている。

  • ブリヂストン(2010年 - ) - シリーズ発足以来シリーズパートナーを務めてきたが、2010年よりシリーズサポーターとして支援している。
過去のシリーズサポーター

プロモーションパートナー

2011年に新たなシリーズのパートナーとして開設された。

  • 人気酒造(2011年)- 2008年からシリーズサポーターを務めていたが、2011年よりプロモーションサポーターとなった。

冠スポンサー

1997年のシリーズ後半(第6 - 10戦)にプレイステーション冠スポンサーとなり、シリーズ名称が「全日本選手権プレイステーション フォーミュラ・ニッポン」となった。なお、シリーズが発足して以降、冠スポンサーが付いたのはこの時のみである。

過去の冠スポンサー

レース放送

地上波放送

1995年に全日本F3000の全戦放映権を得たフジテレビが、フォーミュラ・ニッポン移行後も引き続き全戦放映権を持ち、2005年まで同系列で決勝当日の深夜に録画中継を行っていた。しかし、視聴率の低迷からフジテレビとJRPは、地上波での全戦録画中継を2005年限りで打ち切ることで合意。代わりにモータースポーツに関する総合情報番組として『モタ・スポ!』を開始し、その中でフォーミュラ・ニッポンに関する情報を扱った。 2009年は、『激走!GT』(テレビ東京)で全戦の模様がダイジェストで放送されたが、同番組の終了に伴い、現在は放送されていない。

衛星放送

BS・CSスカパー!スカパー!e2)やケーブルテレビでは、J SPORTSによる決勝の生中継が行われ、2005年まではフジテレビの地上波テレビ中継用の実況音声が用いられていたほか予選も中継されていた。その後のフジテレビの中継打ち切りに伴い、2006年はサーキットの場内FM放送「Pit-FM」などの実況音声を用いる形に変更され、予選の中継も廃止(決勝生中継の冒頭に予選ダイジェストを放送)された。2007年からはJ SPORTSによる実況と解説での放送となっている。2009年は3戦が同日録画中継となった。

この他、フジテレビ739では2004年から2008年3月まで専門情報番組『フォーミュラ・ニッポンTV』、BSフジでは2007年から『Fナビ!』が放送されていた。2010年はBSフジで「フォーミュラ・ニッポン2010」が放送されている。

インターネット放送

2010年よりGyaO! (Yahoo! JAPAN他)が決勝レース映像をノーカットで配信している。 2011年からはUSTREAMにて有料での生放送が開始したが、わずか2レースで廃止されてしまった。

その他

イメージソング

様々なアーティストの楽曲が、シリーズ毎のイメージソングとしてテレビ中継で使用され、サーキットでミニライブが行われることもあった。2005年以降、イメージソングは制定されていなかったが、2011年より復活した。

イメージガール

1996年 (「フォーミュラ・ニッポン・ガールズ」と呼ばれた)

川嶋美代子、白川展子、萩原圭、渡辺由紀

1998年

VENUS(麻生奈未、北沢まりあ田中沙斗子、原田ゆうか)

2003年

佐藤愛

2004年

竹之内ゆりあ、丹治さやか、永井めぐみ、長谷川希

2005年

井本操

2011年

風香


脚注

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  1. ^ JAFモータースポーツニュース No.193
  2. ^ マレーシア出身のアレックス・ユーンやインド出身のナレイン・カーティケヤン。また、この二人はF1デビューも果たしている。
  3. ^ ホンダは、2009年のSUPER GTではこのエンジンを使用せず、2010年のSUPER GTからNSX-GTに代わり投入するHSV-010 GTにおいて初めて使用した。
  4. ^ a b c [Fニッポン2011]ハイブリッド導入、バッテリー開発は競争 - Response・2011年3月8日
  5. ^ システム Eの第1回テストが鈴鹿で行われる - フォーミュラ・ニッポン公式サイト 2011年9月14日
  6. ^ フォーミュラ・ニッポンのシンガポール開催延期について
  7. ^ シンガポール開催延期の背景(7/1更新)
  8. ^Racing On』(ニューズ出版)1995年9月29日号「いよいよ動き出したフォーミュラ・ニッポン」
  9. ^ 『Racing On』(ニューズ出版)2004年10月号「フォーミュラ・ニッポン構造改革への大いなる期待」及び11月号「フジテレビとFニッポンのこれから」
  10. ^ 『Racing On』(ニューズ出版)2008年12月号 p.97
  11. ^ JRPは2008年10月時点 ホンダの関連会社であった。「環境への取り組み」サイトの連携した環境負荷共通管理の推進の中で、国内連結グループ会社の1社として「(株)日本レースプロモーション」の名前が挙げられていた。しかし、2009年時点 関連会社のリストから名前が削除された。
  12. ^ 2009年に、GAZOO Racingの第1の提言:第2回 モータースポーツ組織の課題とあるべき姿において、NISMOスーパーバイザー 柿元邦彦が発言
  13. ^ フォーミュラ・ニッポン JRP 新社長…生粋の理系に期待 - response.jp・2010年4月17日

関連項目

外部リンク