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ブリュッセル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ブリュッセル
Bruxelles / Brussel
ファイル:TE-Collage Brussels.png
ファイル:Flag Belgium brussels.svg ファイル:Greater Coat of Arms of Brussels.svg
市旗 市章
愛称 : 欧州の首都
位置
ファイル:Brussels in Belgium and the European Union.svg
ブリュッセルの位置
座標 : 北緯50度50分37秒 東経4度21分27秒 / 北緯50.84361度 東経4.3575度 / 50.84361; 4.3575
歴史
成立 1989年6月18日
行政
ファイル:Flag of Belgium.svg ベルギー
 地域 ブリュッセル首都圏地域
 市 ブリュッセル
地理
面積  
  市域 161.4km2
標高 13m
人口
人口 (2008年1月1日現在)
  市域 1,048,491人
    人口密度   6,496人/km2
  都市圏 2,676,701人
その他
等時帯 中央ヨーロッパ時間UTC+1
夏時間 中央ヨーロッパ夏時間UTC+2
郵便番号 1000、1020、1050、1120、1130
市外局番 02
公式ウェブサイト : http://www.brussels.irisnet.be/

ブリュッセルBruxellesBrusselBrussels)は、ベルギーの首都である。名称は「湿地(bruoc、bruc、broek)」、「(sella、zele)」という単語から来ている。

人口103万人(2007年)。欧州有数の世界都市であり、欧州連合の主要機関が置かれるなど、欧州の政治の一拠点ともなっている。

目次

概要

ベルギーの連邦構成主体の一つであるブリュッセル首都圏地域は19の行政区から構成され、その一つがブリュッセル=ヴィル(Bruxelles-ville)である。これを狭義のブリュッセルと表現することもある。北緯50度50分37秒、東経4度21分27秒。

市街は美しく世界遺産にも登録され、「小パリ」とも呼ばれている。2010年、アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーにより、ブリュッセルは第11位の世界都市に選ばれている[1]。欧州ではロンドンパリに次ぐ第3位。

ブリュッセルはフランス語オランダ語の2言語地域で、市民はフランス語話者とオランダ語話者に分かれるため、街中にある看板、標識、駅名などは、フランス語、オランダ語の二ヶ国語表示が義務付けられている。市民の8割はフランス語話者である。市民は話す言語によって通う学校などが異なり、フランス語、オランダ語話者に対する文教、言語政策についてはそれぞれフランス語共同体政府とフランデレン政府が担当する。ブリュッセルはフランデレン地域の首都でもあり、フランデレン地域の政府と議会が置かれている。近年はアフリカアジア中近東などからのイスラム系の移民が非常に増加し、移民系の住民が過半数を占めると言われる。近年生まれた男子に最も多く付けられた名前は、イスラム系の「ムハンマド」である。

歴史

都市名は、オランダ語で「沼の村」を意味するブルークゼーレに由来するといわれ、新石器時代の紀元前2250年ごろから農耕民族が住んでいた。やがてローマ文化をうけいれたガリア人が、センヌ渓谷の沼沢地に定住てローマ帝国の属領とし、紀元前1世紀から2世紀にかけて荘園を増やしていった。

12世紀には、地理的な利点を最大限に活かし、交易と交通の中継点として商業や手工業で栄え、職人や貿易商たちは事業を確立していき、貴族たちは要塞や城を築いて土地の所有権を宣言した。1312年1356年にはブラバント公の特許状を得ることで、ブリュッセルの交易や産業はさらに発展した。

1383年ブラバント公国の宮廷がルーヴァンからこの地に移され、その後4世紀間にわたって変転するヨーロッパの政治の中心地として繁栄した。1430年ブルゴーニュ公国の支配下に置かれ、ついで1477年以降はハプスブルク家の領地となった。

1555年にハプスブルク家の神聖ローマ皇帝スペインカール5世が退位し、息子のフェリペ2世に統治を譲る。ブリュッセルの市民は、スペインに住むこの新しい君主に、宗教、文化、階級の違いからことごとく反発し、暴動を起こした。次第に信奉者が増えていくプロテスタントに対して、カトリックを信奉するスペイン・ハプスブルク家は厳しい弾圧をもってのぞんだ。この宗教的対立は、聖像破壊運動を経てついにプロテスタントの反乱、宗教改革となった。1567年この地域へ派遣されたスペインのネーデルラント総督アルバ公フェルナンド・アルバレス・デ・トレドは、ブリュッセルに司令部をおいて反乱を鎮圧した。彼の恐怖政治によって、エフモント伯ラモラールホールネ伯らがここで処刑された。

1576年ブリュッセルはスペインの支配を脱し、勝利をおさめたネーデルラント連邦共和国に入ったが、1585年にはアレッサンドロ・ファルネーゼが指揮するスペイン軍に攻略され、再びスペイン領ネーデルラントに加えられる。1792年にはフランス革命軍によって占拠され、ナポレオン戦争が終結する1815年までフランスの支配下にあった。1815年ウィーン議定書によって、現在のベルギーとオランダを含むネーデルラント連合王国の都市となった。

ベルギー独立革命に際しては、ブリュッセルはその中心地となり、1831年ベルギー王国の首都となった。第二次世界大戦後の1958年には盛大な万国博覧会を開催し、北大西洋条約機構欧州委員会の本部をブリュッセルへと誘致した。

気候

ケッペンの気候区分では海洋性気候に属する。(Cfb)。過去100年平均で、年間で200日は降雨がある。

ブリュッセルの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 ℃ (°F) 5.6
(42.1)
6.4
(43.5)
9.9
(49.8)
13.1
(55.6)
17.7
(63.9)
20.0
(68)
22.4
(72.3)
22.5
(72.5)
18.7
(65.7)
14.4
(57.9)
9.1
(48.4)
6.5
(43.7)
13.9
(57)
平均最低気温 ℃ (°F) 0.7
(33.3)
0.6
(33.1)
2.9
(37.2)
4.8
(40.6)
8.9
(48)
11.5
(52.7)
13.6
(56.5)
13.4
(56.1)
10.8
(51.4)
7.6
(45.7)
3.7
(38.7)
1.9
(35.4)
6.7
(44.1)
降水量 mm (inches) 71
(2.8)
53
(2.09)
73
(2.87)
54
(2.13)
70
(2.76)
78
(3.07)
69
(2.72)
64
(2.52)
63
(2.48)
68
(2.68)
79
(3.11)
79
(3.11)
821
(32.32)
平均降水日数 13 10 13 11 11 11 10 9 10 10 13 13 134
出典: World Weather Information Service 2008-01-06

ブリュッセルにある主な機関

経済

欧州連合の主要な機関が多く置かれていることからサービス業に大きく偏頗している。多国籍企業の多くが本店・支店を構える一方で、Cantillon Brewery のような地場産業もある。

2010年新華社ダウ・ジョーンズが発表した国際金融センターランキングにおいて、世界第23位に選ばれており、欧州では第9位、ベルギーでは第1位である[2]

見所

ファイル:Bruxelles Manneken Pis.jpg
市庁舎(Hotel de Ville

交通

市から南50kmのシャルルロワには、ブリュッセル・サウスシャルルロワ空港もある。こちらはライアンエアーなどが発着し、近年、新ターミナルもオープンした。

  • 市内では、2003年にはカーシェアのサービスが、2006年には自転車シェア(自転車レンタル)のシステムが導入された。

ブリュッセル出身の人物

脚注

関連項目

姉妹都市

外部リンク

公式

観光