ポートモレスビー
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| ポートモレスビー Port Moresby | |||
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| ファイル:Port Moresby Town Mschlauch.JPG ポートモレスビー | |||
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| 位置 | |||
| ファイル:Papua New Guinea map.png パプアニューギニア内のポートモレスビー(Port Moresby)の位置 | |||
| 座標 : 南緯9度28分 東経147度10分 / 南緯9.467度 東経147.167度 | |||
| 歴史 | |||
| 発見 | 1873年 | ||
| 行政 | |||
| 国 | ファイル:Flag of Papua New Guinea.svg パプアニューギニア | ||
| 地方 | パプア地方 | ||
| 州 | 首都区 | ||
| 市 | ポートモレスビー | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 240km2 | ||
| 標高 | 35m | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2000年現在) | ||
| 市域 | 254,158人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | UTC+10 (UTC+10) | ||
| 夏時間 | なし | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.ncdc.gov.pg/ | |||
ポートモレスビー(Port Moresby)は、パプアニューギニアの首都で、国内最大都市。人口約29万3,000人(1999年)。パプア湾に位置する港湾都市で、ゴム、金、コプラが主要な輸出品である。海岸部には堡礁が発達している。
目次 |
歴史
ポートモレスビーはイギリス人のジョン・モーズビー船長が1873年に発見。1883年にイギリスが占領。
植民化以前
ポートモレスビーに住んでいた原住民 (Motuan) は、壺を作って、サゴヤシその他の食料、カヌー用の丸太などと交換し、湾内の水上に高床式住宅を建設し、Hanuabada などの集落を作って暮らしていた。また、湾岸州の人々と通婚し、血縁と交易による強い結びつきを形成していた。
ヒリ貿易と呼ばれる商取引は大規模であった。20隻ほどのカヌーまたはlakatoiの船団には600人の乗組員が乗船し、航海の度に約20,000もの土器を運んだ。Motuans人にとって、ヒリは営利目的のビジネスであっただけでなく、その長く危険な航海の故、自らの種族としてのアイデンティティを確かめるものでもあった。 この航海は現代においては、エラ海岸で毎年9月に行われるヒリ・モトゥ祭りにおいてしのばれている。
植民地化
はじめてこの場所を識別したHMS Basiliskのジョン・モーズビー船長の時代までには、この地域は既に重要な貿易拠点であった。船長は、ニューギニア島の東端の珊瑚海を抜け、当時知られていなかった三つの島を発見した。1873年2月20日の朝10時、彼はその土地が英国領であるとし、彼の父フェアファックス・モーズビー卿にちなんで土地を名づけた。
ニューギニア島南東部が大英帝国に帰属した際、実際にヨーロッパ人による移住は10年後まで行われなかった。 英国領ニューギニアは、1906年に新しく設立したオーストラリアのコモンウェルスに引き渡され、パプアとして知られた。 その後1941年までポートモレスビーの街はゆっくり成長していった。 街の成長は主に港の施設や他の設備が徐々に改善されていった半島で起きた。 電気が1925年に導入され、水道管は1941年に敷設された。
第二次世界大戦
第二次世界大戦中は連合国の基地があった。1942年に日本軍は、海上からポートモレスビー攻略作戦を遂行しようとしたが、失敗に終わっている(珊瑚海海戦)。
パプアニューギニア独立国の首都
1975年、ポートモレスビーはパプアニューギニア独立国の首都となった。 近代的な建築技術と伝統的な設計が統合され、1984年に完成した国会議事堂を含めた、政府の部局が入る新しい政府の建物がWaiganiに建設された。 PNG自然博物館及び国民図書館も、Waiganiに位置している。
ポートモレスビーの人口は、独立後急激に増加した。 1980年の国勢調査では120,000人であった人口が、1990年までに195,000人に増加した。
住民が道路沿いあるいは低木地帯の脇で、数多くの野焼き、焼畑、焼却などをするため、街は煙のもやにしばしば覆われる。地域の消防部署による調停を受けずに、野焼き、焼畑等が依然行われている。
2004年、ポートモレスビーは、Economist Intelligence Unitの世界の130首都のランク中でワーストであった。 レイプ、盗難、殺人の頻発及び地元で「raskol」として知られる、ギャング団による大部分の地域エリアの支配などに起因する。2004年の「The Guardian」新聞の記事、失業率は60-90%、殺人率はモスクワの3倍、ロンドンの23倍と見積もられた。
行政区分
新首都はワイガニ地区に位置している。
以下の9地区に分かれる。
- タウン地区
- ボロコ地区
- ワイガニ地区
- ゴードン地区
- コキ地区
- ゲレフ地区
- ホホラ地区
- カウゲレ地区
- コロボセア地区
気候
サバナ気候に属し、12月から5月が雨季、残りが乾季である。年間降水量は約1000㎜。最高気温は28度Cから32度Cの間で、最低気温はほぼ24度Cである。
交通
ポートモレスビーには、同国最大の国際空港であり空軍基地であるジャクソン国際空港があり、ニューギニア航空とPNG航空の国内線、国際線が発着している。一方でパシフィック・ブルー航空は、ブリスベン行きの便を有している。 ジャクソン国際空港からは、ブリスベン、ケアンズ、シドニー、ホニアラ、ナンディ、マニラ、シンガポール、クアラルンプール、香港、東京行きの便が発着している。 高速道路が不備のため、ミニバスや地域の乗り物であるPMVsなどでたどり着くことのできない町に、多くの国内線が就航している。
姉妹都市
- ファイル:Flag of the People's Republic of China.svg 済南 - 中華人民共和国 (1988年9月28日 - )
- ファイル:Flag of Australia.svg タウンズビル - オーストラリア (1983年 - )
- ファイル:Flag of Indonesia.svg ジャヤプラ - インドネシア
外部リンク
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