1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

ミゲル・テハダ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ミゲル・テハダ
Miguel Tejada
ファイル:M Tejada - Orioles v Yanks 2007-07-29.jpg
基本情報
国籍 ファイル:Flag of the Dominican Republic.svg ドミニカ共和国
出身地 ファイル:Flag of the Dominican Republic.svg ペラビア州バニ
生年月日 1974年5月25日(38歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3cm
215 lb =約97.5kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 1993年 ドラフト外
初出場 1997年8月27日
年俸 $6,000,000(2010年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)
国際大会
代表チーム ファイル:Flag of the Dominican Republic.svg ドミニカ共和国
WBC 2006年2009年

ミゲル・オダリス・テハダ(Miguel Odalis Tejada, 1974年5月25日 - )は、ドミニカ共和国ペラビア州バニ出身のプロ野球選手遊撃手、右投右打。また、三塁手としてのプレー経験もある。11人兄弟の末っ子で、ハリケーン難民からメジャーリーガーへと成り上がった。

目次

経歴

オークランド・アスレチックス

1993年7月17日、オークランド・アスレチックスと契約金2,000ドルで入団する[2]

1997年8月27日、オークランド・アスレチックスからメジャーデビュー。26試合に出場して打率.202、2本塁打、10打点を記録した。1998年5月30日にメジャー昇格後105試合に出場して打率.233、11本塁打45打点を記録した。

1999年はチーム最多の159試合に出場して[3]、打率.251、21本塁打、84打点を記録。7月11日には遊撃手として史上10人目の1試合3本塁打を記録[4]2000年、メジャーの遊撃手としてはアレックス・ロドリゲスに次ぐ30本塁打、115打点を記録し、遊撃手としての球団を更新[5]。チームは8年ぶりの地区優勝でポストシーズンへ進出したがヤンキースに2勝3敗で敗退。

2001年は初めて全162試合に出場した年になった。31本塁打を放ち、昨年に続き遊撃手としての球団シーズン本塁打記録を更新。4月14日のレンジャーズ戦でケニー・ロジャースから球団通算10,000本塁打となる本塁打を放っている[6]。9月29日にマリナーズ戦でサイクル安打を達成[4]。昨年に続きワイルドカードでポストシーズンへ進出したがヤンキースに2勝3敗で敗退。

2002年、打率.308と初めて3割を超え、球団史上1938年のウォーリー・モーゼス以来となるシーズン200本安打を達成した[7]。34本塁打・131打点と自身が持つ遊撃手としての球団記録をさらに更新し、7月24日にはエディ・ジューストの遊撃手としての球団通算本塁打記録を更新[4]。7月9日に行われたオールスターに初めて選出されると、2004年からは3年連続で選出されるようになった。ルイス・カスティーヨの35試合に次いでシーズン2位となる24試合連続安打をオールスター終了後の7月11日から8月6日にかけて記録した[4]。シーズン終盤、チーム20連勝・逆転でのポストシーズン進出の原動力となり57本塁打・142打点でリーグ2冠のアレックス・ロドリゲスを抑え、MVPを獲得している[8]

2003年5月10日まで打率が1割台で推移したが、最終的に打率は.278で27本塁打106打点を記録した。連続試合出場を594まで伸ばし、球団記録となった。シーズン終了後の10月27日FA宣言をし、デトロイト・タイガースシアトル・マリナーズが獲得に動いたが、12月18日に6年総額7,200万ドルでボルチモア・オリオールズへ移籍[2]

ボルチモア・オリオールズ

ファイル:Tejada press.jpg
記者の取材に応えるテハダ

移籍1年目2004年には1922年にケン・ウィリアムズが記録した155打点に次ぐ150打点をたたき出し[9]、打点王とシルバースラッガー賞を受賞した。2005年7月12日のオールスターではジョン・スモルツブレーブス)から本塁打を放ちMVPを獲得した。打率.304、26本塁打、98打点と打撃3部門は前年より悪化したが、5月9日のツインズ戦で遊撃手として史上5人目となる通算200本塁打を達成した[10]。45二塁打を記録した松井秀喜らを抑えリーグ1位の50二塁打を記録した[11]

2004年、2005年テハダはシルバースラッガー賞を2年連続獲得するなどチームの中心選手として活躍したがチームは低迷。2006年シーズン開幕前には球団を批判し、トレード志願をした[12]。テハダはこの年打率が自己ベストの.330を記録し、1954年以降ではカル・リプケンを上回り球団史上最多の214本安打を記録した[13]

2000年6月から試合に出場し続け、2007年4月24日にはメジャー史上7人目の1100試合連続出場を達成。しかし6月20日のパドレス戦で左手首に死球を受け、22日に15日間の故障者リスト入り。これにより連続試合出場記録は1152試合(大リーグ史上5位)で途切れた[14]。8月に自己最多となる月間10本塁打を記録したが[14]、シーズンを通してでは18本塁打と9年ぶりに20の大台を下回った。12月12日にルーク・スコットマット・アルバースら若手5人との交換トレードでヒューストン・アストロズに移籍。

ヒューストン・アストロズ

2008年は4月終了時点の打率.345はチーム1位と好調なスタート。5月2日のブルワーズ戦の試合前には始球式に参加する筋ジストロフィーの少年に本塁打を約束[15]。6回に約束通りに本塁打を記録。オールスターにも2年ぶりに選出されたが、後半戦は打率.295、3本塁打、22打点、OPS.714と前半戦の半分以下の数字となった[16]

2009年は打率.329、7本塁打、OPS,830と好調で前半戦を折り返す。最終的に自身2度目の199安打を放ち、打率.313、14本塁打、86打点、OPS.795、リーグトップの46二塁打を放つ活躍を見せた。

再びボルティモア・オリオールズへ

2010年1月23日にボルチモア・オリオールズと1年契約を結ぶ。オリオールズでは97試合の出場で打率.269、9本塁打、39打点、OPS.679とやや低調な成績を残し、7月29日に優勝争いを繰り広げていたサンディエゴ・パドレスに移籍して59試合に出場。オリオールズ所属時と比べて約40試合ほど出場試合数が少ない中、打率.268、8本塁打、32打点、OPS.730と移籍前を上回る成績を残した。11月30日にサンフランシスコ・ジャイアンツと1年契約を結ぶ。

サンフランシスコ・ジャイアンツ

2011年8月まで91試合の出場で打率.239、4本塁打、OPS.596と低迷し、8月31日に40人枠から外れ、9月8日に解雇された。

選手としての特徴

打撃ではリストの強さを持ち味とし、広角に打球を放つ[17]。スイングが大きいため、打席から一塁までのスピードは4.2秒と平均的 [17]

守備では短い腕の振りから送球できる強肩を誇り、特に内野と外野との間に上がったフライに対する反応が速い[17]

年齢詐称

1976年にドミニカ共和国バニで生まれたとされていたが、実際には1974年生まれであると2008年4月17日に告白した。だますつもりは無かったが、契約を得るための唯一の手段だったと語った[18][19]

薬物問題

2005年にアメリカ連邦下院で薬物問題について否定的な証言をしたが、2009年2月に連邦大陪審によって偽証罪で起訴された。テハダは自身の有罪を認め、3月に1年間の保護観察処分と5000ドル(約50万円)の罰金と100時間の社会奉仕活動が科された。

獲得タイトル・表彰・記録

年度別打撃成績

















































O
P
S
1997 OAK 2610499102032233102000203223.202.240.333.573
1998 1054073655385201111404556432807868.233.298.384.682
1999 1596745939314933421253848795573109411.251.325.427.752
2000 160681607105167321302911156022666410215.275.349.479.828
2001 1626836221071663133129611311514435138914.267.326.476.802
2002 162715662108204300343361317204383118421.308.354.508.862
2003 16270363698177420273001061000853766512.278.336.472.808
2004 BAL 1627256531072034023434915041014486107324.311.360.534.894
2005 162704654891995052633798510340878326.304.349.515.864
2006 16270964899214370243231006206461097928.330.379.498.877
2007 1335685147215219118227812103419105522.296.357.442.799
2008 HOU 158666632921793831326266771324467232.283.314.415.729
2009 1586736358319946114289865208192114829.313.340.455.795
2010 BAL 9742840140108160714539000315393913.269.308.362.670
SD 5925323531631008973220101502283.268.317.413.730
'10計 1566816367117126015242712013303116716.269.312.381.692
2011 SF 913433222877160410526442412533510.239.270.326.596
通算:15年 21189036827812152362463233043783128284382070547721211054271.285.336.457.793
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ San Diego Padres 2010 Player Salaries and Team Payroll” (英語). ESPN.com. 2010年10月11日閲覧。
  2. ^ a b Miguel Tejada's biography” (英語). JockBio.com. 2008-01-19閲覧。
  3. ^ 1999 Oakland Athletics Statistics and Roster - Baseball-Reference.com 2008年1月19日閲覧.
  4. ^ a b c d Miguel Tejada from the Chronology” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年12月9日閲覧。
  5. ^ The Ballplayers - Miguel Tejada” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年12月9日閲覧。
  6. ^ Miguel Tejada 2001 Career Highlights” (英語). 2008年4月8日閲覧。
  7. ^ Miguel Tejada 2002 Career Highlights” (英語). 2008年4月8日閲覧。
  8. ^ Baseball Awards Voting for 2002 - Baseball-Reference.com 2008年1月19日閲覧.
  9. ^ Baltimore Orioles Batting Leaders - Baseball-Reference.com 2008年1月19日閲覧.
  10. ^ Miguel Tejada 2005 Career Highlights” (英語). 2008年4月8日閲覧。
  11. ^ 2005 American League Expanded Leaderboards - Baseball-Reference.com 2008年1月19日閲覧.
  12. ^ 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 89項. ISBN 978-4-331-51213-5
  13. ^ Miguel Tejada 2006 Career Highlights” (英語). 2008年4月8日閲覧。
  14. ^ a b Miguel Tejada 2007 Career Highlights” (英語). 2008年4月8日閲覧。
  15. ^ 石山修二 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 ヒューストン・アストロズ/HOU 少年との約束通り、テハダが予告ホームラン」『スラッガー』2008年7月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-7、84項
  16. ^ Miguel Tejada 2008 Batting Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年12月9日閲覧。
  17. ^ a b c スカウティング・レポート『月刊スラッガー』2003年2月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-2、26-29頁。
  18. ^ Astros star Tejada reveals he's two years older than listed” (英語). CBSSports.com (2008-04-17). 2008-04-18閲覧。
  19. ^ Tejada acknowledges age discrepancy Shortstop is actually two years older than previously believed” (英語). The Official Site of The Houston Astros. 2008-04-18閲覧。

外部リンク