1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

ミスマガジン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ミスマガジン
Miss Magazine
受賞対象 グラビアアイドル
主催 講談社ミスマガジン選考事務局
週刊ヤングマガジン編集部内)
ファイル:Flag of Japan.svg 日本
初回 1982年昭和57年)
最新回 2011年平成23年)
最新受賞者 衛藤美彩(グランプリ)
公式サイト http://www.miss-magazine.com/

ミスマガジンMiss Magazine)は、漫画雑誌週刊少年マガジン』(講談社)で行われる、読者投稿形式のグラビアミス・コンテストである。1982年昭和57年)から毎年一回行われ、数年間の中断を経た後1996年平成8年)に『週刊ヤングマガジン』誌上で復活、2001年平成13年)以降は両誌編集部の共催によって行われている。

目次

歴史

1982年に講談社が発行する『週刊少年マガジン』のグラビアオーディション企画として写真家・野村誠一の全面協力を経て創設。第1回目のグランプリを伊藤麻衣子(後のいとうまい子)が受賞した。その後年1回の開催が恒例化する。その後、斉藤由貴相楽晴子細川ふみえ高岡早紀と次々と有名アイドル女優歌手を輩出した。

9年間続いた後一時中断したが、1996年に主催を青年漫画誌の『週刊ヤングマガジン』に移し「ミスヤングマガジン」として復活。グランプリ1名と準グランプリ数名という選出方式に変更される。なお第1回ミスヤングマガジンはグランプリ受賞者が2名という異例の事態が起こっている。主な受賞者として山田まりや浅田好未(パイレーツ)、山川恵里佳杏さゆりなどを輩出。後に恋のから騒ぎ14期MVPとなり、放送作家に転身した塩村文夏もミスヤングマガジンの一人である。

2001年以降は『週刊少年マガジン』・『週刊ヤングマガジン』両誌共催のミスコンテストに拡大。これに伴ない名称も「ミスマガジン」に戻し、受賞者もグランプリ、ミス少年マガジン、ミスヤングマガジン、審査員特別賞、読者特別賞と主要5部門で1人ずつ選出するようになり現在に至る。同年からはTBS(東京放送、現・東京放送ホールディングス)も後援企業としてこのミスコンイベントに参加している。

2003年以降から、グランプリ受賞者はTBSテレビ開運音楽堂」(土曜早朝放送、関東ローカル)のアシスタントMCとしてレギュラー出演が与えられ、この番組でTV初レギュラーをまず一年間経験するパターンが定番化している。ミスマガジン2003メンバーで2004年8月に、BMGファンハウス(現在の実質後継社はアリオラジャパン)からCD「ユウキ」(「バーチャファイター サイバージェネレーション」主題歌)も発売された。

2005年は、審査員としてプロデューサーのつんく♂が加わり主要5部門の他に「つんく♂賞」が設けられ、時東ぁみが受賞(このためファイナリストの数は例年より1名多い6名だった)。グラビアだけでなく、かつてのような歌手活動中心のアイドルとして活動している。つんく♂は2006年以降も審査員としてセミファイナルで全出場者に対するコメントを発表していたが、その後はつんく♂賞該当者なしの状態が続き、2008年度を最後に撤退している。

「フットサル」「GyaO賞」は、ファイナルに残れなかった応募者の中から選出されていた。近年では野口綾子七海れんといったコンテスト未出場者がフットサル賞に選出されるケースが続いていたが、フットサルチームは2011年3月をもって活動休止が発表されており、GyaO賞も2009年以降設定されていない。

2007年5月より放送の資生堂「uno」CM(デオドラント用品)に、主要歴代受賞者が出演していた(2002…和希沙也・安田美沙子、2003…岩佐真悠子・瀬戸早妃、2004…山崎真実、2005…加藤理恵、2006…倉科カナ)。

2009年、2006グランプリの倉科カナが、2001年以降のミスマガジン受賞者としては初となるNHK連続テレビ小説のヒロインに選出された(旧ミスマガ時代を含めると、斉藤由貴以来となる)。

2002年度以降、前年12月に募集開始→3月末(4月上旬)にセミファイナル16名→5月末(6月上旬)にファイナリスト5名→7月にグランプリ発表というパターンが続いていたが、2011年度は2月募集開始→5月ファイナリスト16名発表→7月グランプリ発表と例年より2ヵ月ほど短縮されている。

歴代受賞者

ミスマガジン(少年マガジン主催)

回数 年度 グランプリ 準グランプリ その他
第1回 1982年 伊藤麻衣子(いとうまい子 森尾由美は、コンテスト外で選ばれたマガジンメイト
第2回 1983年 加藤香子 白石さおり
第3回 1984年 斉藤由貴 田中美奈子
第4回 1985年 八木小織(八木小緒里 南野陽子は、コンテスト外で選ばれたマガジンメイト
第5回 1986年 高岡早紀 松本亜紀
第6回 1987年 相楽晴子(相楽ハル子) 仲地さより 審査員特別賞:吉田真里子
第7回 1988年 日原麻貴 さとう珠緒
第8回 1989年 江崎まり 中村通代
第9回 1990年 細川ふみえ 秋山久美

ミスヤングマガジン

第1回(1996年)

※現在に至る「ミスマガジン」の原点。記念すべき初代はグランプリ、準グランプリがそれぞれ2名ずつという結果だった。

第2回(1997年)

※2年連続でイエローキャブ所属者(当時)がグランプリを受賞。準グランプリだった谷川は後に「桃樹明日香」と改名しタレント活動を続けていた。

第3回(1998年)

  • グランプリ・柴田あさみ
  • 特別賞・山川恵里佳
  • 準グランプリ・塩村文夏(恋のから騒ぎ14期生MVP、現:放送作家)、綾瀬のぞみ(現:小清水希)、雑部いづみ

アバンギャルド所属者(当時)が主要2部門を受賞した年。

第4回(1999年)

オスカープロモーション所属者が栄冠を獲得した唯一の年。

第5回(2000年)

  • グランプリ・川村亜紀
  • 準グランプリ(2位)・山田愛子
  • 準グランプリ(3位)・姫嶋菜穂子
  • 準グランプリ(4位)・杏さゆり
  • 準グランプリ(5位)・島田秋奈

※投票制で上位5人を選出。現在のミスマガの基盤を作った。特にグランプリの川村は後にフジテレビビジュアルクイーンにも選ばれた。

ミスマガジン(少年マガジン・ヤングマガジン共催)

ミスマガジン2001

※2月にセミファイナル16人を発表し、3月31日に決戦大会を開催。この5ヵ月後に会場となったワイルドブルーヨコハマは閉園。

ミスマガジン2002

ホリプロ所属者がグランプリを獲得した年。ミス少年マガジンの中川は後に歌手としても活動し、2007年には第58回NHK紅白歌合戦に出場した。

ミスマガジン2003

※この年からサンシャイン噴水広場でお披露目イベントを開催。スターダストプロモーション所属者が2年連続で審査員特別賞を受賞した。

ミスマガジン2004

※小阪と山崎がサークルKサンクスのCMに出演。ちなみに小阪は歴代で一番背が高い(168cm)グランプリである。なお、この年よりオフィシャル映像作品のビデオカセット発売が打ち切られ、DVDのみの発売となっている。

ミスマガジン2005

※つんく♂が審査員として初参加。メガネキャラの時東を発掘した。この年から高校ラグビーとのタイアップも開始。中村がイメージキャラクターとなった。平成生まれがグランプリを受賞した最初の年でもある。

ミスマガジン2006

※前年に審査員特別賞を受賞した中村優の事務所の後輩が、グランプリに選出された。

ミスマガジン2007

※2年連続で九州出身者がグランプリに選ばれた。この年から「Gyao賞」が制定され、落選者の中から小林が選ばれた。

ミスマガジン2008

※3年連続で九州出身者がグランプリに選ばれた。その鹿児島県出身の桜庭はBS-i(現:BS-TBS)のオムニバスドラマ「東京少女」(2008年6月放送の「東京少女 桜庭ななみ」)に主演。これ以降も女優として活躍の場を広げている。

ミスマガジン2009

※大本命と言われた荒井、菊里を抑え、関西出身者として小林が7年ぶりにグランプリに選ばれた。各賞受賞者が全員1990年代生まれとなった最初の年でもある。

ミスマガジン2010

※この年はそれまでのサンシャインシティに代わり赤坂サカスでお披露目イベントを開催。同年7月25日にグランプリ他各賞が発表された。

ミスマガジン2011

※それまでより募集が2ヵ月ほど短縮されたこの年は、ソニー・ミュージックアーティスツ所属者が5年ぶりにグランプリを獲得。お披露目イベントは東京ジョイポリスで開催された。

フットサルチーム

芸能人女子フットサルチーム「ミスマガジン」は2005年6月に結成され、スフィアリーグに参加していた。2005年10月の「第2回すかいらーくグループCUP〜炎のサバイバルトーナメント〜」では準優勝に輝いている(この時の優勝はGatas Brilhantes H.P.)。チームユニフォームはピンクでゴレイロ(GK)はイエロー。

監督はJリーグ浦和レッズベガルタ仙台でプレーをした福永泰。コーチはジェフユナイテッド市原(当時)でプレーした碓氷幸一と、フットサル日本女子代表のゴレイロでFリーグバルドラール浦安の女子チーム「ラス・ボニータス」に所属する本多さかえが務めた。

6年間続いたフットサルチームであったが、2011年5月8日に開催された「サポーター感謝の会」をもって活動休止となった。

メンバー

2010年現在

退団

公式戦戦績

  • 2005年7月「すかいらーくグループCUP」:予選グループA 3位 予選敗退
  • 2005年8月「すかいらーくグループ冒険王リーグ」:予選グループB 3位 予選敗退
  • 2005年10月「第2回すかいらーくグループCUP」:準優勝
  • 2005年12月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ1stステージ」:5位
  • 2006年2月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ2ndステージ」:3位
  • 2006年4月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ3rdステージ」:3位
  • 2006年5月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ4thステージ」:5位
  • 2006年7月「スフィアリーグ 第1回グッドウィルカップ」:グループB 0勝2敗 予選敗退
  • 2006年8月22日「すかいらーくグループリーグ in お台場冒険王“真夏の女王”決定戦」(グループD) - 1勝2敗 予選敗退
  • 2006年10月「SPHERE LEAGUE すかいらーくグループシリーズ5thステージ」:リザーブ落ち
  • 2007年5月4日「すかいらーくグループCUP」予選グループA 予選敗退
  • 2007年7月21日「すかいらーくグループCUP in ザ・冒険王2007」グループB 0勝1敗3分 予選敗退
  • 2007年8月5日「すかいらーくグループCUP in ザ・冒険王2007」グループC 1勝3敗 予選敗退
  • 2008年6月15日「2008メルシートゥフェスタ2ndステージ」:予選敗退
  • 2008年8月1日「冒険王リーグFINAL」グループA 2勝2敗 予選敗退
  • 2008年8月18日「冒険王リーグFINAL」グループE 1勝1敗2分 予選敗退
  • 2008年8月25日「冒険王リーグFINAL」グループH 2勝1敗1分 決勝大会進出
  • 2008年8月26日「冒険王リーグFINAL」決勝大会 1回戦敗退
  • 2008年9月7日「2008メルシートゥフェスタ3rdステージ」:準優勝
  • 2008年12月7日「2008メルシートゥフェスタFinalステージ」:予選敗退
  • 2009年3月15日「2009メルシートゥフェスタ in MARCH」:予選敗退

セゾンカップ

公式戦ではないが、2006年5月5日、6日にかけて日比谷公園で開催された「FOOTBALL FESTA2006 女子フットサル・セゾンカップ」でミスマガジンが優勝した。この優勝カップと記念集合写真は、講談社一階の受付前に展示されている。

その試合結果の詳細は以下の通り(ミスマガジン、carezza南葛YJシューターズによる2回戦総当たり制)。

  • 初日(5月5日)
    • ミスマガジン 1-0 南葛YJシューターズ
      • 得点 : ミスマガジン・溝口麻衣
    • carezza 1-0 南葛YJシューターズ
    • ミスマガジン 1-1 carezza
      • 得点 : ミスマガジン・溝口麻衣、carezza・小島くるみ
  • 2日目(5月6日)
    • carezza 2-0 南葛YJシューターズ
      • 得点 : carezza・小島くるみ、carezza・長谷川桃
    • ミスマガジン 2-1 carezza
      • 得点 : ミスマガジン・溝口麻衣×2、carezza・長谷川桃
    • ミスマガジン 3-0 南葛YJシューターズ
      • 得点 : オウンゴール、ミスマガジン・西田美歩、ミスマガジン・溝口麻衣
  • 総合結果
    • 優勝・ミスマガジン 3勝1分0敗 得点7 失点2 得失点差+5
    • 準優勝・carezza 2勝1分1敗 得点5 失点3 得失点差+2
    • 3位・南葛YJシューターズ 0勝0分4敗 得点0 失点7 得失点差-7
  • 得点ランキング
    • ミスマガジン・溝口麻衣 5点
    • carezza・小島くるみ 3点
    • carezza・長谷川桃 2点
    • ミスマガジン・西田美歩 1点

補足

  • 森尾由美南野陽子は、時にミスマガジン出身と思われがちだが、実際にはミスマガジンの流れを汲んだグラビア専門誌『DELUXEマガジン』にて大きく取り上げられ、その高い人気からミスマガジンと同格に扱われるようになった、という経緯があり、正式なミスマガジン選出者ではない。

関連項目

外部リンク