1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

メフィスト賞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

メフィスト賞(メフィストしょう)とは、講談社発行の小説雑誌『メフィスト』から生まれた賞である。新人作家に与えられる。

目次

概要

公募を経て、未発表の作品に与えられる賞である。応募期間が設けられていないこと、枚数の上限が設定されていないこと、『メフィスト』の編集者が下読みを介さず直接作品を読んだ上で受賞者の選考を行うこと、などがそれまでの公募文学賞とは異なっていた。いわば「持ち込み」を制度化したような賞といえる。

賞金はないが、受賞することがそのまま作品の出版につながるため、それによる印税が賞金代わりとなる。受賞作は講談社ノベルスで出版されることが多いが、ハードカバーで出版されることもある。受賞者にはトロフィーの代わりとしてシャーロック・ホームズの像が進呈される[1]

「究極のエンターテインメント」というフレーズから明らかなように、面白ければ何でもありをこの賞の売り文句にして作品を募集しており、従来の推理小説サイエンス・フィクションにはおさまりきらない個性的な作品が集まっている。事実、この賞でデビューした小説家は「メフィスト賞作家」と呼ばれることがあり、それぞれ「一作家一ジャンル」といってもよいほど個性的な作品を書いている。第1回受賞者である森博嗣の『すべてがFになる』が、理工学系の研究者ら活躍する本格ミステリであったのに対し、続く第2回受賞者清涼院流水の受賞作『コズミック 世紀末探偵神話』が、既存のジャンルに分類できない非常に奇抜な作品、次の第3回受賞者蘇部健一の受賞作『六枚のとんかつ』は下ネタオンパレードのバカミス、などが代表的な例である。しかしその後も、殊能将之古処誠二 など、本格ミステリの書き手が多く受賞しており、ミステリ系作品の新人賞という一面は続いている。

最年少受賞者は浦賀和宏の19歳。20歳で受賞した佐藤友哉西尾維新岡崎隼人らが続いている。他には21歳で受賞した清涼院流水や、22歳で受賞した北山猛邦高里椎奈がいる。逆に最高年齢は石黒耀の50歳、また森博嗣や高田崇史は40歳でのデビューなど、比較的遅咲きの作家も多い。他にも職を持っている人間[2]や、地方都市在住者[3]も多いのが特徴の一つでもある。

賞の略歴

(座談会の後ろの年月は、該当の座談会が収録された『メフィスト』の刊行年月)

1994年
この賞の創設には、持ち込みによってデビューした京極夏彦(1994年5月に原稿持ち込み、同年9月デビュー)の存在が大きい[4]
1995年-1996年
1995年8月、最初は誌上での単なる「原稿募集」として開始された。第2回座談会(1995年12月)までに3作品が集まったが、そのうちの1編が森博嗣の『冷たい密室と博士たち』に相当する作品だった。編集部は第3回座談会(1996年4月)で既に執筆されていた作品をデビュー作として決定[5]、誌面で森のデビューが発表された。またその際に「メフィスト賞」という賞名が決定した。
1996年4月、綾辻行人我孫子武丸法月綸太郎有栖川有栖の推薦文が付された、第1回メフィスト賞受賞作『すべてがFになる』が講談社ノベルスから刊行された。
同じ第3回座談会(1996年4月)では、『1200年密室伝説』が取り上げられており、同年9月、『コズミック 世紀末探偵神話』(清涼院流水)と改題され、第2回受賞作として刊行された。
1997年-1998年
その後1年ほど間があくが、第7回座談会(1997年8月)で『FILE DARK L』が取り上げられ、翌月には『六枚のとんかつ』(蘇部健一)に改題の上、第3回受賞作として刊行された。また、同座談会で乾くるみ『Jの神話』(応募時『失楽園J』)の受賞も確定した。
この第7回座談会で、メフィスト賞の方針転換が発表された。森博嗣清涼院流水という最初の受賞者がメフィスト賞をうまく軌道に乗せたため、それに続く才能として、執筆ペースなども含めてどうか、受賞させたとして、次の作品はどうなるのか、と編集部の間に悩みがあったが、第7回座談会で、「でも、あと書けなくても、この作品がいま目の前にあることだけでいいのではないか。だから、これから続々メフィスト賞は誕生していきます」とされた。この後、1998年から2002年までの5年間は、年に4〜6作品の受賞作が刊行されることになる。
1998年2月には、第4回受賞作乾くるみ『Jの神話』、第5回受賞作浦賀和宏『記憶の果て』、第6回受賞作積木鏡介『歪んだ創世記』が同時刊行された。
1999年-2000年
元々ミステリーに限った賞ではなかったが、1999年7月の第12回受賞作霧舎巧ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』以来、第13回殊能将之、第14回古処誠二、第15回氷川透、第16回黒田研二、第17回古泉迦十、第18回石崎幸二と連続して本格ミステリの書き手が受賞した。
第13回受賞作『ハサミ男』(殊能将之)と第17回受賞作『火蛾』(古泉迦十)は、「本格ミステリ・ベスト10」の該当年度でそれぞれ2位となり、古処誠二、黒田研二も2作目以降がベスト10に入るなど活躍した。
2001年-2010年
この時期には、のちに三島由紀夫賞を受賞する舞城王太郎佐藤友哉や、受賞作を含むシリーズが「このライトノベルがすごい!」で1位を獲得した西尾維新など、ミステリーの形式を借りてそれ以外の作品を書こうとする書き手が受賞した。この3人は、2003年創刊の『ファウスト』の中心執筆者となり、これ以降メフィスト賞でも、本格ミステリや実験的な作品以外にも、ライトノベル系の作品が増えている。
2011年-

歴代受賞者一覧

※ ()内は投稿時の題名

1990年代

2000年代前半

2000年代後半

2010年代前半

  • 2010年
    • 第43回 - 天祢涼 - 『キョウカンカク』
    • 第44回 - 丸山天寿 - 『琅邪の鬼』
    • 第45回 - 高田大介 - 『図書館の魔女』

関連書籍・作家

受賞には至らなかったが、講談社から刊行された作品

  • 立原伸行 - 『事件記者が死んだ夜』(1997年10月)

別の出版社から刊行された作品

メフィスト賞に投稿歴のある作家

  • 山口芳宏 - のちに『雲上都市の大冒険』(2007年10月)で第17回鮎川哲也賞を受賞した。
  • 詠坂雄二 - メフィストが休刊(2006年~、1年間)になったため別の賞に目標を変え、2007年8月、『リロ・グラ・シスタ』で光文社KAPPA-ONEからデビュー[6]

脚注

  1. ^ 森博嗣の書籍化された日記によると、ロンドンにあるシャーロック・ホームズ博物館の土産物であるという。現在は不明
  2. ^ 石崎幸二は化学メーカー勤務、石黒耀は現役の医師、森博嗣は大学の教員(デビュー当時)
  3. ^ 森博嗣は名古屋、丸山天寿は北九州市、小路幸也は江別市など
  4. ^ このため、しばしば京極夏彦を「第0回メフィスト賞受賞者」とすることがある
  5. ^ 続編の『すべてがFになる日』が『孤島もの』というだけで、原稿を一切見ずに電話で決定されたという。詳細は森の書籍化された日記に詳しい。
  6. ^ 早川書房『ミステリマガジン』2010年1月号のインタビュー参照

関連項目

編集者が応募作を審査するという共通点を持つ新人賞

外部リンク