メフィスト賞
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メフィスト賞(メフィストしょう)とは、講談社発行の小説雑誌『メフィスト』から生まれた賞である。新人の作家に与えられる。
目次 |
概要
公募を経て、未発表の作品に与えられる賞である。応募期間が設けられていないこと、枚数の上限が設定されていないこと、『メフィスト』の編集者が下読みを介さず直接作品を読んだ上で受賞者の選考を行うこと、などがそれまでの公募文学賞とは異なっていた。いわば「持ち込み」を制度化したような賞といえる。
賞金はないが、受賞することがそのまま作品の出版につながるため、それによる印税が賞金代わりとなる。受賞作は講談社ノベルスで出版されることが多いが、ハードカバーで出版されることもある。受賞者にはトロフィーの代わりとしてシャーロック・ホームズの像が進呈される[1]。
「究極のエンターテインメント」というフレーズから明らかなように、面白ければ何でもありをこの賞の売り文句にして作品を募集しており、従来の推理小説やサイエンス・フィクションにはおさまりきらない個性的な作品が集まっている。事実、この賞でデビューした小説家は「メフィスト賞作家」と呼ばれることがあり、それぞれ「一作家一ジャンル」といってもよいほど個性的な作品を書いている。第1回受賞者である森博嗣の『すべてがFになる』が、理工学系の研究者ら活躍する本格ミステリであったのに対し、続く第2回受賞者清涼院流水の受賞作『コズミック 世紀末探偵神話』が、既存のジャンルに分類できない非常に奇抜な作品、次の第3回受賞者蘇部健一の受賞作『六枚のとんかつ』は下ネタオンパレードのバカミス、などが代表的な例である。しかしその後も、殊能将之、古処誠二 など、本格ミステリの書き手が多く受賞しており、ミステリ系作品の新人賞という一面は続いている。
最年少受賞者は浦賀和宏の19歳。20歳で受賞した佐藤友哉、西尾維新、岡崎隼人らが続いている。他には21歳で受賞した清涼院流水や、22歳で受賞した北山猛邦、高里椎奈がいる。逆に最高年齢は石黒耀の50歳、また森博嗣や高田崇史は40歳でのデビューなど、比較的遅咲きの作家も多い。他にも職を持っている人間[2]や、地方都市在住者[3]も多いのが特徴の一つでもある。
賞の略歴
(座談会の後ろの年月は、該当の座談会が収録された『メフィスト』の刊行年月)
- 1994年
- この賞の創設には、持ち込みによってデビューした京極夏彦(1994年5月に原稿持ち込み、同年9月デビュー)の存在が大きい[4]。
- 1995年-1996年
- 1995年8月、最初は誌上での単なる「原稿募集」として開始された。第2回座談会(1995年12月)までに3作品が集まったが、そのうちの1編が森博嗣の『冷たい密室と博士たち』に相当する作品だった。編集部は第3回座談会(1996年4月)で既に執筆されていた作品をデビュー作として決定[5]、誌面で森のデビューが発表された。またその際に「メフィスト賞」という賞名が決定した。
- 1996年4月、綾辻行人・我孫子武丸・法月綸太郎・有栖川有栖の推薦文が付された、第1回メフィスト賞受賞作『すべてがFになる』が講談社ノベルスから刊行された。
- 同じ第3回座談会(1996年4月)では、『1200年密室伝説』が取り上げられており、同年9月、『コズミック 世紀末探偵神話』(清涼院流水)と改題され、第2回受賞作として刊行された。
- 1997年-1998年
- その後1年ほど間があくが、第7回座談会(1997年8月)で『FILE DARK L』が取り上げられ、翌月には『六枚のとんかつ』(蘇部健一)に改題の上、第3回受賞作として刊行された。また、同座談会で乾くるみ『Jの神話』(応募時『失楽園J』)の受賞も確定した。
- この第7回座談会で、メフィスト賞の方針転換が発表された。森博嗣、清涼院流水という最初の受賞者がメフィスト賞をうまく軌道に乗せたため、それに続く才能として、執筆ペースなども含めてどうか、受賞させたとして、次の作品はどうなるのか、と編集部の間に悩みがあったが、第7回座談会で、「でも、あと書けなくても、この作品がいま目の前にあることだけでいいのではないか。だから、これから続々メフィスト賞は誕生していきます」とされた。この後、1998年から2002年までの5年間は、年に4〜6作品の受賞作が刊行されることになる。
- 1998年2月には、第4回受賞作乾くるみ『Jの神話』、第5回受賞作浦賀和宏『記憶の果て』、第6回受賞作積木鏡介『歪んだ創世記』が同時刊行された。
- 1999年-2000年
- 元々ミステリーに限った賞ではなかったが、1999年7月の第12回受賞作霧舎巧『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』以来、第13回殊能将之、第14回古処誠二、第15回氷川透、第16回黒田研二、第17回古泉迦十、第18回石崎幸二と連続して本格ミステリの書き手が受賞した。
- 第13回受賞作『ハサミ男』(殊能将之)と第17回受賞作『火蛾』(古泉迦十)は、「本格ミステリ・ベスト10」の該当年度でそれぞれ2位となり、古処誠二、黒田研二も2作目以降がベスト10に入るなど活躍した。
- 2001年-2010年
- この時期には、のちに三島由紀夫賞を受賞する舞城王太郎・佐藤友哉や、受賞作を含むシリーズが「このライトノベルがすごい!」で1位を獲得した西尾維新など、ミステリーの形式を借りてそれ以外の作品を書こうとする書き手が受賞した。この3人は、2003年創刊の『ファウスト』の中心執筆者となり、これ以降メフィスト賞でも、本格ミステリや実験的な作品以外にも、ライトノベル系の作品が増えている。
- 2011年-
歴代受賞者一覧
※ ()内は投稿時の題名
1990年代
- 1996年
- 第1回 - 森博嗣 - 『すべてがFになる』
- 第2回 - 清涼院流水 - 『コズミック 世紀末探偵神話』(1200年密室伝説)
- 1997年
- 第3回 - 蘇部健一 - 『六枚のとんかつ』(FILE DARK L)
- 1998年
- 1999年
2000年代前半
- 2000年
- 2001年
- 第19回 - 舞城王太郎 - 『煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices』(煙か土か食い物か)
- 第20回 - 秋月涼介 - 『月長石の魔犬』
- 第21回 - 佐藤友哉 - 『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』
- 第22回 - 津村巧 - 『DOOMSDAY -審判の夜-』(SURVIVOR ——生存者)
- 2002年
- 第23回 - 西尾維新 - 『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言使い』(並んで歩く)
- 第24回 - 北山猛邦 - 『『クロック城』殺人事件』(失われたきみ)
- 第25回 - 日明恩 - 『それでも警官は微笑う』(迎日)
- 第26回 - 石黒耀 - 『死都日本』
- 2003年
- 2004年
- 第30回 - 矢野龍王 - 『極限推理コロシアム』
- 第31回 - 辻村深月 - 『冷たい校舎の時は止まる』
2000年代後半
- 2005年
- 2006年
- 第34回 - 岡崎隼人 - 『少女は踊る暗い腹の中踊る』
- 2007年
- 2008年
- 2009年
2010年代前半
関連書籍・作家
受賞には至らなかったが、講談社から刊行された作品
- 立原伸行 - 『事件記者が死んだ夜』(1997年10月)
別の出版社から刊行された作品
- 門前典之 - 『唖吼の輪廻』(『死の命題』に改題、新風舎、1997年9月) - 第7回鮎川哲也賞最終候補作を投稿。のちに別作品で第11回鮎川哲也賞受賞。
- 柄刀一 - 『サタンの僧院』(原書房、1999年4月)
メフィスト賞に投稿歴のある作家
- 山口芳宏 - のちに『雲上都市の大冒険』(2007年10月)で第17回鮎川哲也賞を受賞した。
- 詠坂雄二 - メフィストが休刊(2006年~、1年間)になったため別の賞に目標を変え、2007年8月、『リロ・グラ・シスタ』で光文社KAPPA-ONEからデビュー[6]。
脚注
関連項目
編集者が応募作を審査するという共通点を持つ新人賞
外部リンク
- 文芸書「メフィスト」(講談社BOOK倶楽部公式サイト)
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