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レッツゴーヤング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

レッツゴーヤング
 ファイル:NHK-Hall.jpg
番組収録が行われたNHKホール
ジャンル 音楽番組
放送時間 日曜日 18:00-18:40(40分)
放送期間 1974年4月7日1986年4月13日
放送国 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
制作局 NHK
出演者 出演者を参照
音声 ステレオ放送(1978年~)
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レッツゴーヤング』(Let's Go Young)とは1974年4月7日から1986年4月13日にかけて、NHK総合テレビジョンにて毎週日曜日 18:00 - 18:40に放送されていた若者向け音楽番組である。略称「レッツヤン」。

目次

概要・歴史

人気番組だった『ステージ101』の後番組として、1974年4月7日に放送開始。

毎週、当時の人気アイドル歌手が大挙出演し歌やトークを繰り広げた。出演したアイドルが当時のヒット曲以外にも、自身のアルバム収録曲などを披露したりするのがこの番組の魅力だった(CM曲が歌えず、B面やアルバム曲を歌ったケースもある)。またジャパンベイ・シティ・ローラーズのような海外からのゲストが出演したこともあった。

収録はNHKホールやCT-101スタジオで行われた。

ダンサーのスタイル

前番組『ステージ101』専属の「ヤング101」からの継承として都倉俊一司会時代の1977年以後、番組内のコーナーで歌やダンスを披露するオリジナル・グループとして「サンデーズ」を結成。この手法は、初期の「ポップジャム'93・'94」に登場し安室奈美恵スーパーモンキーズらがいた「PJG(ポップジャム・ガールズ)」へも継承された。

なお振付は西条満が担当し、ダンス指導は三浦亨が担当していた。

競合した裏番組

レッツゴーヤングの放送当時、裏番組にはテレビ朝日こちらデスク」(1978~1982年)、TBS報道特集」(1982年時間帯移動~2008年3月)などといった報道番組のほかに「ヤングおー!おー!」(MBS、~1982年3月)やフジテレビの「てんとう虫の歌」(1974~1976年)、「科学忍者隊ガッチャマンF」(1979~1980年)、「とんでも戦士ムテキング」(1980~1981年)等のタツノコプロ製作のアニメ枠があった。

番組の終了とその後

1986年4月13日をもって、レッツゴーヤングは12年の歴史に幕を下ろす。最終回前の1回(4月6日)は「思い出の名場面集」と題してピンクレディーキャンディーズなど、12年間に出演した歌手の名場面を厳選して放送した。なお最終回のゲストは田原俊彦中森明菜小泉今日子が出演した。

番組終了の翌週4月20日より後番組として『ヤングスタジオ101』が放送開始(これを機にNHKホールでの公開収録からスタジオでの非公開収録へ移行)。

その後、NHKにおける若者向け音楽番組の路線は『ジャストポップアップ』等の番組を経て『ポップジャム』(当時は単発番組)、BS2サンデーヤングミュージック』枠の『アイドルオンステージ』『ザ少年倶楽部』、総合テレビで現在放送中の『MUSIC JAPAN』等の番組に受け継がれている。

1998年に単発番組として『アイドル☆スーパーステージ~レッツゴーヤング98』が放送されKinKi KidsSPEEDらが出演した(司会は榊原郁恵滝沢秀明)。

2006年からCS放送第一興商スターカラオケ」で再放送されているほか、BS2『蔵出し劇場』枠でも過去のレッツゴーヤングの放送回が放送された(1981~1984年放送のなかから厳選)。

なお、1974年から1976年前半のVTR映像は現存していない回が多い。

出演者

歴代メイン司会

レギュラー・司会

ほか

サンデーズ

ずうとるびが降板した1977年度以降、番組のオリジナル・グループとして結成され、以降1〜2年ごとの代替わりを繰り返しながら、グループとしては番組終了まで存続した。「ヤングヒットソング」のコーナー(後出)などでは、個々のメンバーが持ち歌を披露するステージを、他のメンバーがバックのコーラスやダンスなどで盛り上げる場面も見られた。第31回NHK紅白歌合戦1980年)では当時司会だった石野真子の「ハートで勝負」のバックダンサーをサンデーズのメンバーが務めている。

メンバーからは田原俊彦松田聖子の2大スターを始めとして、後年人気声優となった日高のり子佐久間レイ、今日でいうバラドルの趨りともいえる「がけっぷちトリオ」の坂上とし恵浜田朱里(および日高)など、幅広い分野の人気タレントを生み出した点に特徴がある。サンデーズに最も長く在籍したのは(卒業後も司会として番組に出演し続けた太川陽介を除けば)結成時の1977年度から1982年度前半期に至る5年半の間メンバーとして出演した川﨑麻世であり、1978年度から1980年度までの3年間出演した渋谷哲平倉田まり子がそれに次ぐ。

1977年度〜1978年度
この期の最初は男性5組(6人)のグループとして出発し、キャンディーズが降板した1977年度後半期以降は女性3人が参加して男女混成となった。「ヤングヒットソング」としてメンバーが自分の新曲を披露するコーナーも作られた(〜1982年度前半期まで)。結成時以来のメンバーだった太川は、1978年度限りでサンデーズを卒業した後も司会→メイン司会として番組終了時まで出演し、「レッツゴーヤング」を代表する顔となった。
1979年度〜1980年度
川﨑・渋谷・倉田の3名が前の期から継続して出演した。田原・松田の2大スターを生み出した時期でもある。
1981年度〜1982年度前半期
川﨑以外のメンバーが総入れ替えとなり、結成以来のメンバーとしてただ一人残った川﨑は「リーダー」としてサンデーズを率いる存在になった。
1982年度後半期〜1983年度
川﨑の卒業などメンバーは総入れ替えになり、ほぼ無名の新人(当時)のみで構成されるメンバーとなった。この期から「ヤングヒットソング」は個々のメンバーの新曲ではなく、メンバー全員による番組のオリジナルソングを披露するコーナーとなった。またサンデーズの育成企画として小林亜星が講師を務める「亜星音楽教室」というコーナーが存在した(1983年春まで)。
1984-1985年度

演奏(一週でも担当したことがある)

  • 宮間利之とニューハード
  • 岡本章生とゲイスターズ
  • 高橋達也と東京ユニオン
  • 小野満とスイング・ビーバーズ
  • 豊岡豊とスイング・フェイス
  • ダン池田とニューブリード

テーマ曲

  • タイトル不明(1974年度-1976年度オープニングテーマ…作詞・作曲:浜口庫之助
  • 「まぶしい季節」(1977年度オープニングテーマ…作詞:藤公之介、作曲:サム・クラート)
  • 「メッセージ」(1977年度-1978年度エンディングテーマ…作詞:阿久悠、作曲・歌:都倉俊一)※ITMSで復刻、配信されている。
  • 「愛の宇宙船」(1978年度オープニングテーマ…作詞:藤公之介、作曲:サム・クラート)
  • 「ムーンライト・カーニバル」(1979年度-1985年度オープニングテーマ…作詞:森雪之丞、作曲:平尾昌晃)

関連項目

外部リンク

  1. ^ 1982年度前半期は石川(6月)・倉田まり子松原みき(9月)らが月代わりで司会を担当した。
NHK総合テレビ 日曜日18時枠
前番組 番組名 次番組
レッツゴーヤング
ヤングスタジオ101
※ここまで音楽番組枠