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ヴァルグ・ヴィーケネス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ヴァルグ・ヴィーケネス
Varg Vikernes
基本情報
出生名 クリスティアン・ラーション・ヴィーケネス
Kristian Larsson Vikernes
別名 カウント・グリシュナック
Count Grishnackh
Greven
出生 1973年2月11日(39歳)
出身地 ファイル:Flag of Norway.svg ノルウェー
ホルダラン県 ベルゲン
ジャンル ブラックメタル
アンビエント
職業 ボーカリスト
ギタリスト
ベーシスト
ドラマー
キーボーディスト
作曲家
作詞家
作家
担当楽器
ギター
ベース
キーボード
ドラムス
活動期間 1987年 - 2000年
2009年 -
共同作業者 バーズム
メイヘム
ダークスローン
オールド・フューネラル
URUK-HAI
Satanel
公式サイト www.burzum.org
ヴァルグ・ヴィーケネス
Varg Vikernes
誕生 Kristian Larsson Vikernes
1973年2月11日(39歳)
ファイル:Flag of Norway.svg ノルウェー
ホルダラン県 ベルゲン
職業 思想作家
作詞家
言語 ノルウェー語
英語
国籍 ファイル:Flag of Norway.svg ノルウェー
活動期間 1997年 -
ジャンル 思想
処女作 Vargsmål
公式サイト www.burzum.org
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ヴァルグ・ヴィーケネス
Varg Vikernes
生誕 Template:Safesubst:1973年2月11日(39歳) Template:Safesubst:ファイル:Flag of Norway.svg ノルウェー ホルダラン県 ベルゲン
死没 Template:Safesubst: Template:Safesubst:
別名 クリスティアン・ラーション・ヴィーケネス
(Kristian Larsson Vikernes)
カウント・グリシュナック
(Count Grishnackh)
動機 怨恨思想
罪名 殺人罪など
有罪判決 有罪確定
刑罰 懲役21年
現況 服役中
職業 ミュージシャン作家

ヴァルグ・ヴィーケネス (Varg Vikernes1973年2月11日 - )は、ノルウェーミュージシャン作家殺人犯受刑者。出生名は、クリスティアン・ラーション・ヴィーケネス (Kristian Larsson Vikernes)であり、後にVargに改名している。音楽活動では、カウント・グリシュナック (Count Grishnackh)と名乗っている。日本では、カウント・グリシュナックか、英語読みのヴァーグ・ヴァイカーネスと書かれる事が多い。

ブラックメタルプロジェクトバンドバーズムの活動および、ノルウェーのブラックメタルバンド、メイヘムギタリストユーロニモスを殺害した殺人犯として有名。

目次

略歴

ノルウェーホルダラン県の中心都市ベルゲンの郊外出身。両親離婚後、母親に引き取られ、母親からギターを買い与えられたことがきっかけで音楽家への道を歩みだす。1987年に、学校を中退しソロ・プロジェクト、URUK-HAIを立ち上げる。URUK-HAIというバンド名は、指輪物語の登場人物から採られている。1989年には、メイヘムギタリストØystein Aarseth(後にユーロニモスと名乗るようになる)と知り合う。この出会いがきっかけで、ノルウェーのアンダーグラウンドシーンに入っていくこととなる。1990年にオールド・フューネラルのOlve(イモータルのAbbath Doom Occulta)と元オールド・フューネラルのHarald(イモータルのDemonaz Doom Occulta)と共にSatanelを結成。Satanelは数週間で解散してしまったが、これをきっかけに、オールド・フューネラルにサポート・ギタリストを経て正式加入。1991年リリースの、7インチシングル『Devoured Carcass』に参加するが、その後脱退している。

オールド・フューネラル脱退後、前述のURUK-HAIBurzumに改名する。その後、2枚のデモをリリース。1stデモ『Demo I』では当時本名だったKristian Vikernes、2ndデモでは、Christian Vikernesと名乗っていた。その後、ユーロニモスが立ち上げたDeathlike Silence Productionsと契約。これから、Burzumの活動においては、カウント・グリシュナック(Count Grishnackh)と名乗るようになる。プロモCD『Burzum』をリリースした後、1992年に1stアルバム『Burzum』をリリースしデビューする。翌1993年には、EP『Aske』をリリース。『Aske』には、エンペラーギタリストサモスベーシストとして参加している。しかし、これらの活動と並行して、インナーサークルに参加し、教会等への放火のような様々な事件を起こす。1992年6月6日、ノルウェーオップラン県リレハンメルの有名な礼拝堂を放火、全焼させるという事件を起こす。すぐに逮捕されるが、証拠不十分として、後に釈放される。この逮捕を皮肉ってか、オリジナルの『Aske』にはライターがおまけとして付けられた。また、スウェーデンデスメタルバンド(当時)のセリオンの中心人物、クリストフェル・ユンソンの自宅に放火した疑いで逮捕もされている。こちらの事件では、関与を疑われたが、実行犯として当時18歳の少女が逮捕され、ヴァルグとの関係は立証されなかった。更には、別の事件の捜査の過程で自宅が捜索され、ダイナマイトが押収されたこともあった。

同年9月には、メイヘムにサポート・メンバーとして加入。1stアルバム『De Mysteriis Dom Sathanas』にベーシストとして参加した。しかし、この頃、既にユーロニモスとの人間関係は悪化していた。これは、ユーロニモスがヴァルグのバーズムの活動に難色を示していたことや、レコーディング費用の支払いの滞りなどの金銭問題が原因であった。そのため、『Aske』リリース後、Deathlike Silence Productionを離脱。自主レーベルCymophane Productionsを設立し、2ndアルバム『Det Som Engang Var』を1993年にリリース。

そして、1993年8月10日オスロのユーロニモスのアパートメントで、ユーロニモスを刺殺する。それからおよそ一週間が経過した8月19日にユーロニモス殺害容疑で逮捕される。その後、放火、窃盗爆弾テロの容疑で追加起訴された。翌1994年5月に、裁判で、懲役21年の判決を受けた。ヴァルグが刑務所に収監された後も、イギリス人女性、Tiziana Stupiaがバーズムの作品をリリースするために立ち上げた、Misanthropy Recordsから3rdアルバム『Hvis Lyset Tar Oss』が1994年に、4thアルバム『Filosofem』が1996年にリリースされた。これは、1993年の逮捕前にレコーディングされていた音源をアルバムにしたものである。更に、1995年には1stアルバム『Burzum』とEP『Aske』をカップリングしたアルバム『Burzum/Aske』もリリースされている。また、ヴァルグが刑務所に収監されてからは、刑務所にギターの持込が許可されず、小型のシンセサイザーしか持込を許可されなかったため、その後リリースされた5thアルバム『Dauđi Baldrs』、6thアルバム『Hliđskjálf』の2枚のアルバムは完全なアンビエントアルバムとなっている。そして、2000年にオフィシャルサイトを通じてBurzumの活動停止を宣言。

2003年、仮釈放中に逃走を図り再逮捕される。その後はノルウェー国内で最も厳重なセキュリティーを誇るトロンハイム刑務所に移送される。2006年中に再度仮釈放される可能性があったが、ノルウェー当局は仮釈放を2008年4月まで延期するとの声明を発表。ヴァルグはこの処置を、ノルウェー憲法及びEU人権条項に反するとして抗議したが、却下された。2008年6月、ノルウェー当局が仮釈放申請を再度拒否。これにより、出所時期はまったくの未定となったが、期限付きながら家族と自宅で過ごす権利を得ることには成功する(ただし、完全出所は2015年以降)。

2009年には、Burzumの活動が再開し、翌2010年に7thアルバム『Belus』をリリース。翌2011年には、8thアルバム『Fallen』をリリースした。

また、獄中で、作家としても活動を始め、1997年に『Vargsmål』でデビューしている。その後、合計4冊の本を出版している。これらの本の主な題材は、自身の思想についての本であり、ゲルマン民族選民思想や北欧神話信仰などが題材であるという。また、これらの思想を基に、ゲルマン民族至上主義団体も設立している。

思想

ヴァルグの思想は、一般に民族主義ナチズムに分類されることが多い。特に、1990年代前半には、インナーサークルなどでの活動において、悪魔主義の信奉も行っていたといわれる。また、1990年代後半はナチズムへの傾倒あり、一部極右ネオナチ団体との関係もあったという。このような人種差別主義的な視点から、ロックが黒人音楽にルーツを持つことから否定的な見解を示したこともある。

しかし、本人も年々思想は変化しているといっているように、近年はナチズムからは距離を置いており、一部の思想においては、意見を異にしている。しかし、思想には、一貫してペイガニズム(異教信仰)がベースにあるとされる。

これらのヴァルグの思想は、両親のネオナチ的思想も影響しているという。

ディスコグラフィ

バーズム (Burzum)

  • 1991年 Demo I (Demo)
  • 1991年 Demo II (Demo)
  • 1992年 Burzum (Promo)
  • 1992年 Burzum (1st Album)
  • 1993年 Aske (Mini Album)
  • 1993年 Det Som Engang Var (2nd Album) 〔トイズファクトリー盤:『涅槃宮』、輸入盤日本国内仕様:『無常の門』〕
  • 1994年 Hvis Lyset Tar Oss (3rd Album) 〔トイズファクトリー盤:『白昼夢』、輸入盤日本国内仕様:『虚無光』〕
  • 1995年 Burzum/Aske (Re-issued、1st Album/Mini Album) 〔輸入盤日本国内仕様:『欝なる黎明』〕
  • 1996年 Filosofem (4th Album) 〔輸入盤日本国内仕様:『絶望論』〕
  • 1997年 Dauđi Baldrs (5th Album)
  • 1999年 Hliđskjálf (6th Album)
  • 2010年 Belus (7th Album)〔輸入盤日本国内仕様:『ベリウス』〕
  • 2011年 Fallen (8th Album)〔輸入盤日本国内仕様:『フォールン』〕

メイヘム (Mayhem)

  • 1994年 De Mysteriis Dom Sathanas (ベーシストとしてサポート参加)

オールド・フューネラル (Old Funeral)

  • 1991年 Devoured Carcass

ダークスローン (Darkthrone)

  • 1994年 Transilvanian Hunger (作詞家として4曲に参加)
  • 1995年 Panzerfaust (作詞家として1曲に参加)

参考文献

  • 東條雅人 (1993年). "涅槃宮" [CDライナー]. バーズム

『Det Som Engang Var』のアルバム・ノーツ 日本東京都渋谷区: トイズファクトリー (TFCK 88746).

  • 北井康仁 (1994年). "白昼夢" [CDライナー]. バーズム

『Hvis Lyset Tar Oss』のアルバム・ノーツ 日本東京都渋谷区: トイズファクトリー (TFCK 88745).

  • 渡辺清之 (2010年). "ベリウス" [CDライナー]. バーズム

『Belus』のアルバム・ノーツ 日本東京都千代田区: ディスクユニオン (BYE001CD-OBI).

  • 田村直昭 (2011年). "フォールン" [CDライナー]. バーズム

『Fallen』のアルバム・ノーツ 日本東京都千代田区: ディスクユニオン (BYE008CDOBI).

外部リンク