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中村恭平 (野球)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

中村 恭平
広島東洋カープ #22
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 福岡県福岡市博多区
生年月日 1989年3月22日(23歳)
身長
体重
186cm
74kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト2位
初出場 2011年6月26日
経歴(括弧内は在籍年)

中村 恭平(なかむら きょうへい、1989年3月22日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手投手)。福岡県福岡市出身。

目次

来歴

福岡市にて出生。小学校4年時に横浜市のあざみ野ビーバーズで野球を始める。野球を始めたきっかけは、小学校の時に友達から「練習来ればお菓子もらえるよ」と誘われたこと[1]。緑東リトル時代に全国大会に出場。中学では横浜青葉ボーイズに所属し、投手として活躍。

島根県立正大淞南高に進学。1年秋からベンチ入りしたが、の故障のため、本格的に投げ始めたのは3年時のみ。3年夏は梶谷隆幸横浜ベイスターズ)のいた開星高校に敗れ、県8強。高校では3年間で身長が22cm伸びた[2]。背が伸びた理由は、煮干を食べ続けたからとのこと。入学時は身長158cmっだったが、180cm超えになり現在の187cmにまで成長した。

富士大では1年春からベンチ入り。3年春の大学選手権、近大戦で2番手としてリリーフ登板し全国デビュー。自己最速更新の149m/hをマークし、ほぼストレートのみで3回を無失点に抑える投球で注目された。7月の東北王座決定戦、東北福祉大戦では最速153km/hをマーク。北東北大学リーグ通算成績は5勝3敗、防御率1.78[3]

大学卒業後の進路はプロ志望だったが、社会人野球の名門・トヨタ自動車からも内定を貰っており、同社の意向でドラフト3位以下なら入社することになっていた[4]が、2010年10月28日のプロ野球ドラフト会議広島東洋カープから2位指名を受けた。

同年11月10日、契約金7000万円・年俸1000万円(金額は推定)で仮契約[5]背番号は同年引退した高橋建22[6]

2011年6月26日の中日ドラゴンズ戦でプロ入り初登板・初先発を果たし、5回1/3を無失点に抑えている[7]

人物・プレースタイル

最速153km/hのストレートに加えスライダーカーブを投げ分ける[1]。打者の内角を突く速球が持ち味で、本人もストレートには強いこだわりを持っている[6]

立正大淞南高時代は変化球を主体とした投球スタイルだったが、高校時代に急に身長が伸びすぎたため変化球の制球が定まらなくなった。代わりに球速が向上したため、大学野球ではストレートを主体とした投球をするようになった[2]。憧れの選手は中日ドラゴンズで同じサウスポーチェン・ウェイン[8]

大学時代、新宿歌舞伎町を歩いていたところ、ホストスカウトを受けた経験がある[9]。大学2年時に実家のある神奈川に帰省した時のことだという。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2011 広島 330000200.0005713.1120700421664.051.43
通算:1年 330000200.0005713.1120700421664.051.43
  • 2011年度シーズン終了時

記録

背番号

  • 22 (2011年 - )

脚注

  1. ^ a b 運命の日を前に ドラフト候補インタビュー『アマチュア野球』第29号、日刊スポーツ出版社、2010年、雑誌66835-98、86-87項。
  2. ^ a b 中村(富士大)上位指名待つ 28日にドラフト会議 岩手日報、2010年10月26日。
  3. ^ 広島2位・中村“160”キロ超え左腕目指す 産経スポーツ
  4. ^ 富士大・中村がプロ志望表明 日刊スポーツ、2010年10月4日。
  5. ^ 2位指名の富士大・中村、建さんのように世界へ! スポーツ報知、2010年11月11日付け記事
  6. ^ a b 鯉ドラ2・中村、破壊王襲名じゃ! デイリースポーツ
  7. ^ ドラ2の中村恭 プロ初登板初先発で力投! スポーツニッポン 2011年6月26日付記事
  8. ^ 広島2位中村がホストからスカウトの過去 日刊スポーツ、2010年12月9日紙面
  9. ^ イケメン中村に「早婚のススメ」…広島 スポーツ報知大阪版、2010年12月9日配信

関連項目

外部リンク