中村晃 (野球)
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| 福岡ソフトバンクホークス #60 | |
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ファイル:SH-Akira-Nakamura.jpg 2008年7月10日 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 出身地 | 埼玉県朝霞市 |
| 生年月日 | 1989年11月5日(22歳) |
| 身長 体重 |
176cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2007年 高校生ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2011年5月3日 |
| 年俸 | 570万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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中村 晃(なかむら あきら、1989年11月5日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
来歴・人物
小学校2年生で野球を始めた。当時は内野手兼投手だったが、同級生に大田阿斗里(横浜)や垣ヶ原達也(青学大)といった好投手がおり、投手としての自分に限界を感じて野手を志したという。
帝京高等学校入学後1年夏からベンチ入りすると、2年夏から4番に座り、3季連続で甲子園に出場。松井秀喜に並ぶ高校通算60本塁打を記録した。甲子園でも2本塁打(2年夏と3年春)を放っている。
2007年の高校生ドラフトで福岡ソフトバンクホークスの3巡目指名を受け、同年10月22日に契約金5000万円、年俸600万円(いずれも推定)で仮契約した。
帝京高監督の前田三夫の方針により一塁を守っていたが、強肩・俊足であり、本人の意向でプロ入りに際し外野手に転向した。目標の選手として、チームメイトで同じ左打の外野手である柴原洋と大村直之(のちオリックス)の名前を挙げている。
2010年、台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選ばれた。
2011年は長谷川勇也の不調やホセ・オーティズ、松中信彦の故障でチャンスがめぐってくる。5月3日に1軍に初召集されると即日に代走で初出場。10日には8番左翼で初スタメン出場し、寺原隼人から初安打、初打点。さらに同じ回に3盗を決め初盗塁。、川﨑宗則の安打で初得点、さらにはその後も2安打を放ち初の猛打賞と「初」つくしの鮮烈なデビューとなった。
詳細情報
年度別打撃成績
| 年 度 | 球 団 | 試 合 | 打 席 | 打 数 | 得 点 | 安 打 | 二 塁 打 | 三 塁 打 | 本 塁 打 | 塁 打 | 打 点 | 盗 塁 | 盗 塁 死 | 犠 打 | 犠 飛 | 四 球 | 敬 遠 | 死 球 | 三 振 | 併 殺 打 | 打 率 | 出 塁 率 | 長 打 率 | O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | ソフトバンク | 33 | 52 | 48 | 6 | 8 | 1 | 0 | 0 | 9 | 2 | 4 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 11 | 0 | .167 | .167 | .188 | .354 |
| 通算:1年 | 33 | 52 | 48 | 6 | 8 | 1 | 0 | 0 | 9 | 2 | 4 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 11 | 0 | .167 | .167 | .188 | .354 | |
記録
- 初出場:2011年5月3日、対東北楽天ゴールデンイーグルス4回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、8回裏に小久保裕紀の代走で出場
- 初打席:2011年5月7日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦(札幌ドーム)、6回表にボビー・ケッペルから投ゴロ
- 初先発出場:2011年5月10日、対オリックス・バファローズ4回戦(福岡Yahoo!JAPANドーム)、8番・左翼手として先発出場
- 初安打・初打点:同上、2回裏に寺原隼人から左前適時打
- 初盗塁:同上、2回裏に三盗(投手:寺原隼人、捕手:前田大輔)
- 初得点:同上、川﨑宗則の左前適時打で生還
背番号
- 60 (2008年 - )
関連項目
外部リンク
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