京浜急行電鉄
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ファイル:Keikyuhonsha.jpg 本社(泉岳寺駅A1出入口) | |||
| 種類 | 株式会社 | ||
|---|---|---|---|
| 市場情報 |
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| 略称 | 京急、京急電鉄、京浜急行 | ||
| 本社所在地 |
ファイル:Flag of Japan.svg 日本 〒108-8625 東京都港区高輪二丁目20番20号 | ||
| 設立 | 1948年(昭和23年)6月1日(注1) | ||
| 業種 | 陸運業 | ||
| 事業内容 | 旅客鉄道事業 他 | ||
| 代表者 | 取締役社長 石渡恒夫 | ||
| 資本金 | 394億円(2008年3月31日現在) | ||
| 売上高 |
3,050億円(連結) 2010年度 | ||
| 従業員数 | 1,470人(2008年3月31日現在) | ||
| 決算期 | 3月末日 | ||
| 主要子会社 | 川崎鶴見臨港バス | ||
| 関係する人物 |
立川勇次郎 雨宮敬次郎 望月軍四郎 五島慶太 田中百畝 | ||
| 外部リンク | http://www.keikyu.co.jp/ | ||
| 特記事項:注1:当時の東京急行電鉄から分離する形で、新設の当社が陸上交通事業調整法による合併前の旧京浜線を引き継いだ。なお、当社鉄道事業を創業した会社の設立(創立)は1898年(明治31年)2月15日(大師電気鉄道株式会社)。 | |||
京浜急行電鉄株式会社(けいひんきゅうこうでんてつ、英: Keikyu Corporation)は、東京都港区に本社を置く大手私鉄である。
東証一部に上場し、芙蓉グループを構成する企業の一つで、京急グループの中核企業である。通称京浜急行(けいひんきゅうこう)または京急電鉄(けいきゅうでんてつ)、略称京急(けいきゅう)。グループ全体でのコーポレートスローガンは、「あんしんを羽ばたく力に」(2008年以降)。
目次 |
概要
京浜急行電鉄は、東京都港区から品川区、大田区、神奈川県川崎市、横浜市、さらに三浦半島へ至る鉄道路線を運営している。近年は羽田空港へのアクセス鉄道としても利用されている。また都営地下鉄浅草線、京成電鉄、北総鉄道北総線と相互乗り入れを実施しており(詳細は後述)、千葉県北部の千葉ニュータウンや成田空港まで乗り入れている。交通事業のほかに流通事業・サービス事業・不動産事業なども経営する。
過去の略称は京浜電気鉄道時代の「京浜」が使われており、1963年(昭和38年)には湘南電気鉄道時代の駅名であった「湘南-」を「京浜-」に改称し統一させた。しかし昭和30年代前半から子会社の名前などに「京急」を使うようになり、一時は「京浜」と「京急」の略称が混在していたが、次第に「京急」の方が定着していったことから1987年(昭和62年)6月1日には同年に民営化した東日本旅客鉄道(JR東日本)との差別化も意識し、コーポレートアイデンティティ (CI) の一環として、それまで「京浜-」としていた10駅の駅名冠称を「京急-」に改め、略称を「京急」に統一した。なお、2007年(平成19年)12月1日よりポスター・チラシ類などにおいて「京急電鉄」の名称および新ロゴマークを使用開始し、順次変更している。なお、「京急-」という名称は同社の登録商標になっている。
近畿日本鉄道、京阪電気鉄道、西日本鉄道などと共同で、空港アクセスPRなど相互の旅客誘致運動を推進している。
現在の京浜急行電鉄は列車の運行業務を主として行っており、土木設備は京急建設、電力設備は京急電機、車両整備は京急ファインテック、鉄道駅業務は都営地下鉄浅草線との共同使用駅であり、東京都交通局の管理駅である泉岳寺駅を除く全駅が京急ステーションサービスなどの自社100%出資の子会社にそれぞれ業務を委託している。また電鉄本体は現業職員の採用も行っておらず、総合職で採用した社員が転属する以外は運転士と車掌は京急ステーションサービスから試験を経て選抜された者が電鉄本体に移籍し、教習を受けて仕事に就くという形を取っている。
コーポレートスローガン
- 「めざす未来へ ふれあい京急」(1988年 - 1998年)
- 「新しい出会いに夢のせて」(1998年 - 2008年)
- 「あんしんを羽ばたく力に」(2008年 - )
歴史
ファイル:Keikyu kawasakidaisi.JPG 京浜急行発祥の地記念碑(川崎大師駅) ファイル:京急衛星画像050.jpg 京急全線ランドサット衛星写真 ファイル:京急衛星画像100北.jpg 川崎以北拡大 ファイル:京急衛星画像100中.jpg 川崎-金沢八景間拡大 ファイル:京急衛星画像100南.jpg 金沢八景以南拡大 |
現在の京浜急行電鉄の元となったのは、旧東海道川崎宿に近い六郷橋から川崎大師まで標準軌で開通した大師電気鉄道である。同社は日本で三番目、関東では最初の電気鉄道会社であった。創立時には安田財閥が人的・資金で援助したこともあり、そのため現在でも安田財閥の流れを組む芙蓉グループの一員となっている。
東京市電との相互乗り入れを目論み、軌間を開業時の標準軌から一旦は1372mmの馬車軌間へ改軌を行うが、後に子会社となる湘南電気鉄道による三浦半島方面の延伸線への乗り入れを行うために、再度標準軌に改軌された。
1942年には陸上交通事業調整法に基づく戦時統合により東京急行電鉄(いわゆる大東急)に併合されるが、1948年に京浜急行電鉄、小田急電鉄、京王帝都電鉄(現:京王電鉄)の3社に分離し、現在に至る。
年表
- 1898年(明治31年)2月15日 - 大師電気鉄道株式会社設立。
- 1899年(明治32年)1月21日 - 六郷橋 - 大師間 (2.0km) 営業開始。
- 開業式は1902年(明治35年)10月17日挙行。営業開始3年後となった開業式について、業務多忙により実施できなかったと推測されている[1]。「京浜急行百年史」「京浜電気鉄道沿革史」によれば、開業当初は日清戦争後で社会経済情勢が不安定だったこと、対立関係にあった人力車組合の影響を考慮して開業直後に行わなかったとの旨が記載されている。
- 1899年(明治32年)4月25日 - 京浜電気鉄道株式会社に社名変更。
- 1901年(明治34年)2月1日 - 大森停車場前(大森駅) - 八幡(現・大森海岸) - 六郷橋間開業。
- 1901年(明治34年)8月24日 - 発電所の余剰電力を利用した電燈電力供給事業開始。
- 1902年(明治35年)6月28日 - 蒲田(現・京急蒲田) - 穴守間開業。
- 1902年(明治35年)9月1日 - 六郷橋 - 川崎(現・京急川崎)間開業。
- 1904年(明治37年)3月1日 - 全線を標準軌から馬車軌間に改軌。
- 1904年(明治37年)5月8日 - 品川(現・北品川) - 八幡間開業。大森停車場前 - 八幡間が大森支線となる。
- 1905年(明治38年)12月24日 - 品川(現・北品川) - 神奈川間開通。
- 1913年(大正2年)12月31日 - (旧)穴守 - 穴守間開業。1914年には(旧)穴守駅付近に羽田駅(後の稲荷橋駅、現・穴守稲荷駅)が開業。
- 1923年(大正12年)5月1日 - 電燈電力供給事業を群馬電力(後に東京電力[2]と合併)に譲渡。
- 1925年(大正14年)3月11日 - 高輪 - 北品川間開業。
- 1927年(昭和2年)8月27日 - 自動車事業開始。
- 1930年(昭和5年)2月5日 - 高輪 - 横浜間開通。
- 1930年(昭和5年)4月1日 - 湘南電気鉄道の1路線として黄金町 - 浦賀間と金沢八景 - 湘南逗子間が標準軌(1435mm)にて開業。
- 1931年(昭和6年)7月4日 - 大船 - 片瀬間にて日本初の有料道路事業開始(京浜急行線)。
- 1931年(昭和6年)12月26日 - 日ノ出町駅まで延伸された湘南電気鉄道と横浜から野毛山をトンネルで抜け標準軌で敷設された京浜電気鉄道延長線が接続され、横浜 - 浦賀間で相互直通運転開始。
- 1933年(昭和8年)4月1日 - 高輪駅を廃止し品川駅へ乗り入れ。全線を標準軌に改軌。品川 - 浦賀間直通運転開始。
- 1937年(昭和12年)3月8日 - 大森支線、大森停車場前 - 大森海岸間を廃止。
- 1941年(昭和16年)11月1日 - 京浜電気鉄道と湘南電気鉄道・湘南半島自動車が合併し、この時に現在の路線網の骨格がほぼ完成した。
- 1942年(昭和17年)5月1日 - 小田急電鉄と共に東京横浜電鉄へ合併。東京急行電鉄(東急)が発足。
- 1942年(昭和17年)12月1日 - 久里浜線、横須賀堀ノ内 - 久里浜間が開業。
- 1945年(昭和20年)1月7日 - 大師線、桜本まで開通。
- 1948年(昭和23年)6月1日 - 東京急行電鉄の第3会社として京浜急行電鉄株式会社(当社)が設立。東京急行電鉄から現在の当社線を譲り受けて営業開始。
- 1949年(昭和24年) - 東京証券取引所に株式上場。
- 1952年(昭和27年)1月1日 - 大師線、塩浜 - 桜本間を川崎市交通部(現・川崎市交通局)に譲渡。
- 1956年(昭和31年)4月20日 - 穴守線、穴守稲荷 - (旧)羽田空港間開業。
- 1963年(昭和38年)11月1日 - 穴守線を空港線に改称。久里浜線に久里浜検車区および久里浜工場(当時)を開設させ、野比(当時)まで開通。
- 1966年(昭和41年)3月27日 - 久里浜線、津久井浜まで開通。
- 1966年(昭和41年)7月7日 - 久里浜線、三浦海岸まで開通。
- 1968年(昭和43年)6月21日 - 品川 - 泉岳寺間開業。都営浅草線と直通運転開始。
- 1974年(昭和49年)5月26日 - 横浜駅下り専用ホームを撤去し島式1面2線に(2006年7月22日に再設置)。
- 1975年(昭和50年)4月26日 - 久里浜線、三崎口まで開通。
- 1984年(昭和59年)7月1日 - 大船 - 片瀬間の有料道路事業廃止。
- 1985年(昭和60年)3月2日 - 逗子線、京浜逗子・逗子海岸両駅を統合し、新たに新逗子駅を開業。
- 1986年(昭和61年)12月26日 - 東京 - 弘前間に夜行高速バス「ノクターン号」運行開始。
- 1987年(昭和62年)6月1日 - 「京浜-」と名の付く10駅を「京急-」に改称。
- 1991年(平成3年)1月15日 - 空港線、穴守稲荷 - (旧)羽田空港間休止(1993年廃止)。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 空港線、穴守稲荷 - 羽田(現・天空橋)間開業。
- 1994年(平成6年)4月1日 - 「ルトランカード」によるストアードフェアシステム導入(パスネット普及に伴い2002年10月使用停止)。
- 1998年(平成10年)11月18日 - 空港線、天空橋 - 羽田空港(現・羽田空港国内線ターミナル)間が開業し、現在の路線がすべて開通。
- 2000年(平成12年)12月20日 - パスネット導入。
- 2003年(平成15年)10月1日 - 自動車事業を京浜急行バス株式会社に継承し、分割する。
- 2004年(平成16年)11月24日 - 西武鉄道の株式計260万株を同年中にホテル京急と共同で購入していたことが発表される(「西武鉄道#証券取引法違反事件」参照)。
- 2005年(平成17年)10月7日 - 久里浜線、三崎口 - 油壺(仮称)間の免許を廃止。
- 2006年(平成18年)11月14日 - 全駅への自動体外式除細動器 (AED) 設置を完了。
- 2007年(平成19年)3月18日 - PASMOを導入、Suicaとの相互利用開始(その後、在庫僅少により横須賀中央・上大岡・横浜・品川の各定期券センターを除き発売中止、同年10月1日より全駅で発売再開)。同時に首都圏の私鉄としては初めての試みとして全駅構内(売店、飲食店、自動販売機)でPASMO電子マネーを導入。
- 2008年(平成20年)2月25日 - 会社創立110周年の一環として、駅係員と乗務員の制服を一新。
- 2009年(平成21年)9月30日 - セブン-イレブン・ジャパンと業務提携を行い、京急ステーションコマースが運営する京急線各駅の売店すべてをセブン-イレブンに転換することを発表する[3]。
- 2010年(平成22年)5月16日 - 本線平和島駅 - 六郷土手駅間および空港線京急蒲田駅 - 大鳥居駅間の上り線高架線使用開始。
- 2010年(平成22年)10月21日 - 空港線羽田空港国際線ターミナル駅が開業。駅ナンバリングを導入。英文社名を「Keihin Electric Express Railway Co., Ltd.」から「Keikyu Corporation」に変更[4]。
- 2011年(平成23年)4月29日 - 前年9月末で営業終了させたホテルパシフィック東京の建物をテナントビルへ転換し、京急EXイン(ビジネスホテル)・結婚式場・会議場とショッピングモールを併設した複合商業施設「SHINAGAWA GOOS(シナガワグース)」として開業。
- 2011年6月(平成23年) - 東日本大震災に伴う発電所停止による電気不足の影響で、8両編成の弱冷房車を1両増加。4両・6両編成で弱冷房車を1両新設。
路線
前身の京浜電気鉄道や湘南電気鉄道などの路線も含む。
現有路線
総延長キロ数 : 87.0km
- 本線 : 泉岳寺駅 - 浦賀駅 56.7km
- 空港線 : 京急蒲田駅 - 羽田空港国内線ターミナル駅 6.5km
- 大師線 : 京急川崎駅 - 小島新田駅 4.5km
- 逗子線 : 金沢八景駅 - 新逗子駅 5.9km
- 久里浜線 : 堀ノ内駅 - 三崎口駅 13.4km
廃止路線・区間
- 大森支線 : 大森駅 - 大森海岸駅 0.7km
- 大師線 : 小島新田駅 - 桜本駅 3.5km : うち塩浜駅 - 桜本駅間は川崎市に譲渡され川崎市電の一部となる。
- 空港線 : 穴守稲荷駅 - 穴守駅 1.3km
未成線
- 武山線 : 衣笠駅付近(現在の衣笠十字路付近)- 林 : 着工後に終戦となり中止。
- 久里浜線 : 三崎口駅 - 油壺駅(仮称) - 三崎駅(仮称): 事業廃止。
- 三浦半島西部線(葉山線) : 逗子海岸駅 - 飯森駅(仮称) 14.5km
京浜急行電鉄の前身の一つである湘南電気鉄道にも「予定線」として多数の計画線が存在した。日ノ出町駅 - 桜木町駅間の建設予定地には、予定地に沿って道路や住宅が並んでいる。
駅長所在駅
駅長所在駅は品川・平和島・京急蒲田・羽田空港国内線ターミナル・京急川崎・川崎大師・神奈川新町・横浜・日ノ出町・上大岡・金沢文庫・追浜・横須賀中央・京急久里浜・三浦海岸の15駅。駅長所在駅ごとに管区が置かれ、泉岳寺駅とここに挙げた15駅以外の駅は、いずれかの駅長に属する被管理駅となっている。なお、駅長もその他の駅係員同様、京急ステーションサービスの社員である。
運行体制
都営地下鉄浅草線、京成電鉄押上線・本線・東成田線・成田スカイアクセス線、北総鉄道北総線と相互乗り入れを実施している。乗り入れ車両は8両編成のため、普通列車の停車駅の有効長の関係で普通としては運転されず、京急線内ではエアポート急行・特急・快特・エアポート快特として運転される。
京急各線は歴史的に京浜間・三浦半島への輸送をJR東日本の東海道線・京浜東北線・横須賀線、東京急行電鉄の東横線・目黒線と、また近年では空港連絡輸送で東京モノレールと競合していることもあり、料金不要の速達列車である快特・特急を中心としたダイヤを組んでおり、速達性を全面に出して列車を運行している。また、平日の夕ラッシュ時には本線と久里浜線でホームライナーに相当する有料列車「京急ウィング号」を設定している(詳しくは列車記事を参照)。
本線の品川 - 横浜間では、40億円を投じた線路施設改良工事によって、関東の私鉄では成田スカイアクセス線の160km/h、つくばエクスプレス線の130km/hに次ぐ最高120km/h運転を実現している(曲線区間が多い横浜以南は最高110km/h)。最も停車駅が少ない快特は泉岳寺 - 三崎口間の表定速度が約60km/h、通過運転を行う品川 - 堀ノ内間に限れば同じく約70km/hとなっている。これは構想時から高架を使い高速運転を目指したつくばエクスプレスの快速などと比較すれば劣るが、小田急電鉄の快速急行や東武鉄道の快速と並び首都圏の私鉄列車では速い部類に入る上、1時間に1本から3本ほどしか設定されていないそれら列車に比べて本数が多く(日中は10分に1本)、速達性を全面的に打ち出したダイヤになっている。
しかし歴史的に見て路面電車や地方鉄道を発祥とする路線であることから、高速運転を行うことを前提に計画されたものではなく、現在でも速度制限を受ける曲線が多数存在する。そのため、走行中に細かな加減速を繰り返し、可能な限り制限速度いっぱいで走ることで何とかダイヤ通りの運行を維持する必要がある。京急の車輌が起動加速のみならず高速域での加速性能に優れたのが多いのはこういう背景があり、普通列車も速達列車の運行を妨げないよう車両の走行性能いっぱいで走る場合が多い。また、以前は急行や特急の通過に必要な待避線設備のある駅が少なく、一旦客扱いを中止した後に引き上げ線や対向する本線に転線して待避し特急通過後に再度ホームへ戻ったり、一旦駅を出発した後に本線から後退して待避線に入り込むなど、変則的なダイヤ編成を強いられたりもした[5]。
このため、曲線部での高速走行や急な加減速の連続が影響し、他社の路線と比べ、よく揺れる印象があったが、重軌条化と新型車両の増備に伴い改善されている。また高速運転のため線路施設や車両をフル活用するダイヤを設定しており、京急蒲田駅空港線ホームからの全方向発着など珍しい運行を数多く行っている。
京急は大幅な遅延や運行見合わせが比較的少なく、JRなどに比べて定時運転に信頼を持たれている。そのため、振替輸送の対象になりやすい。京急と同じく東京と横浜を結ぶJR東海道線・JR横須賀線・JR湘南新宿ライン・JR京浜東北線・東急東横線・東急目黒線や、東京と羽田空港を結ぶ東京モノレールで遅延・運休が生じた場合、振替輸送受諾によって電車内や駅構内が混雑し、京急線や直通運転を行う都営地下鉄浅草線・京成線・北総鉄道北総線にも遅延が生じる場合がある。さらに混雑がひどくなると改札内への入場制限がかかる場合がある。
また、事故や故障などの障害が発生した際には規定ダイヤの回復よりも輸送力の確保を優先する傾向が強い。その際は状況に応じて列車種別や行先が随時変更されるため、通常通りの接続が行なわれなかったり車庫のある駅で突然運転が打ち切られることもある。
車両
京急の現有車両はすべて東急車輛製造および川崎重工業製で、ほぼ半々の割合で製造されている。2006年4月1日現在、758両を保有する(事業用車・緊急予備車・休止車両・保留車を除く)。各形式の詳細、使用線区、運用などについてはそれぞれの記事を参照されたい。
外観
経営・技術面など多方面から範としたアメリカのパシフィック電鉄の影響から、創業以来の伝統として車体広告車などの例外を除いて車体は赤く塗装されており、会社のイメージカラーにもなっている。塗色のパターンは幾度か変遷があり、現在では、窓下に白帯が入るもの、窓周りが白く塗られているもの(800形で初めて採用され、現在では600形・2100形・新1000形で採用している)がある。2007年3月に登場した京急初のステンレス車両・新1000形6次車以降では車体幕板と腰板に赤色のラッピングを施し、さらに窓下に白帯を入れアクセントとした。
車両設計についても長らく役員を務めた日野原保の下で独自の哲学を持ち、他の大手私鉄では1970年代には両開き式側扉、前面下部2灯の前照灯が主流となっていた中、1980年代まで通勤形電車に片開き式側扉や前面上部1灯の前照灯を採用していた。このほか、前面下部にアンチクライマー(乗り上げ止め)を遅くまで採用、長らく非塗装ステンレス車を採用せず、アルミ製車体であっても普通鋼製車体と同様の塗装を施すといった特徴が見られる。また、車外の灯具にはLEDを使用していたが、当初導入したLED灯具の経年輝度低下が問題になったことから交換コストや簡便性を検討し、現在では順次電球に戻している。しかし、経年輝度低下問題が解決したことから新1000形8次車の車側灯でLEDが再び採用された。 さらに急曲線が各所に存在するため、旋回特性で不利なボルスタレス台車は導入していない。(現在、空港線への乗り入れ運用に充当される、東京都交通局浅草線・京成電鉄・北総鉄道の3社の車両に於いてもボルスタレス台車が採用されていない)
種別・行先表示
視認性の問題から行先表示に3色LED表示器は導入しなかったが、フルカラー・白色LEDが実用化され視認性に特に問題なかったこと、多くの色を表現でき種別案内が色で可能になったこと、行先の増加や運転系統の変化に伴い幕交換が多数発生している現状を踏まえ、2005年(平成17年)以降製造車両から本格採用した。また、2010年3月ごろより東急5000系列に類似したフルカラー・白色LED行先表示(日本語・英語を交互表示)が搭載されるようになり、LED装備車全車の表示内容を収めたROM変更が完了している。
相互直通運転を行っている京成電鉄とは異なり、駅名の「京急」は省略しない(「京急川崎」など)。
方向幕搭載車は、以前は黒地に白抜き文字の表示(更にそれ以前は白地のローマ字無し)であったが、現在では白地のローマ字入り幕に交換が進んでいる[6]。かつては行先板を使用していた名残りから「新町(神奈川新町)」「文庫(金沢文庫)」など省略駅名を表示していたが、現在は大半の車両が正式な駅名を表示するようになっている。
特殊な表示形態として以下のものがある。
- エアポート快特と快特を区別するため、エアポート快特には「快特」の文字の前に飛行機のマークを表示する(他社の車両も同様)。京成線内から羽田空港国内線ターミナルへ向かうアクセス特急や快速、または京急線内のエアポート急行についても同様に「(飛行機マーク)アクセス特急」「(飛行機マーク)快速」「(飛行機マーク)急行」の表示を行う。ただし、「エアポート急行」の表示機能のない車両は「急行」の表示を行う。
- 羽田空港国内線ターミナル行は「羽田空港」と表示する。
- 泉岳寺行上り快特は品川まで「品川方面泉岳寺」と表示する(搭載車に限る)。その場合は、品川駅到着前に「泉岳寺」単体表示に変更する。
- 「京急ウィング号」の種別表示「Wing 」は横幅の広い行先表示箇所に表示され、行先が種別表示箇所に表示されるのが2000形の時からの京急ウィング号ならではの特徴であった。現在は新種別幕の追加及び全車両共通幕化改造により、他の列車種別と同様に種別が種別幕に、行き先が方向幕に表示されるのみとなった。
- 京成線への直通列車では、駅名の「京成」を省略する(「京成成田」は「成田」と表示)。
- 京成線への直通列車のうち、京成佐倉で成田空港行に接続する列車は京急線内で「成田空港方面 佐倉」と表示する。基本的に品川駅到着前に「佐倉」の単体表示になるが、稀に都営浅草線・京成線内でも表示することがある。
- 北総線への直通列車は品川まで「品川・日本橋方面 印西牧の原」もしくは「品川・日本橋方面 印旛日本医大」と2行に分けて乗り入れ先を強調した行先を表示する。なお、新1000形のLED車は前面は「品川方面 印西牧の原」もしくは「品川方面 印旛日本医大」と2行に分けて行先を強調した表示がなされ、側面は1行で同じように表示する。どちらも品川駅到着前に「印西牧の原」「印旛日本医大」の単体表示に変更する。
- 大師線で運用される列車は「京急川崎⇔小島新田」と表示する。但し、京急川崎駅から折り返さない列車については「京急川崎」と表示する。
Keikyu600 LtdExp for Misakiguchi(Black).JPG
600形の黒地方向幕(快特三崎口行) |
Keikyu1500 LtdExp for Imba-Nihon-idai.JPG
行先が2行表示された |
KeikyuNew1000 LtdExp for Misakiguchi(LED).JPG
新1000形のLED方向幕(快特三崎口行・旧仕様) |
KeikyuNew1000 LtdExp for Uraga(LED Japanese).JPG
新1000形のLED方向幕 |
KeikyuNew1000 LtdExp for Uraga(LED English).JPG
新1000形のLED方向幕 |
Keikyu Airport Express.JPG
エアポート急行の種別・行先表示(エアポート急行羽田空港国内線ターミナル行) |
Keikyu600 Access express.JPG
600形 |
種別色
仕様
都営地下鉄線に乗り入れる列車は、片側3扉で、貫通扉を備え、火災などの非常時に運転室正面から脱出可能な編成に限定される。現在、この条件を満たすのは1500形・600形・新1000形である。なお2100形も構造上は乗り入れることが出来るが、2扉オールクロスシートという内装およびドア数を嫌う東京都交通局が乗り入れを認めず、泉岳寺以南の自社線運用となっている。
形式呼称は、京成電鉄や東京都交通局と同様に「…系」ではなく「…形」を使用し、形式番号が乗り入れている3社・局と重複しないように2000番台より若い数字を用いる(ちなみに大東急時代は5000番台が振られていたが、分離独立時に5000を引いて一斉に改番した)。また、京急では必ずしも編成を固定しておらず、1500形を中心に現在でも編成替えが多く行われていることから編成を表す「…F」(「編成」を意味する英単語Formationの頭文字)などの呼称は用いない。また京急部内では車両形式と編成を表す記号も使用されており、一例を挙げると、2代目1000形の8両編成では「8V」などと呼称されている(出典:「京急ダイヤ100年史」)。
先頭車両(制御車)は一部の事業用車を除きすべて電動車となっており、他社局からの乗り入れ車両についても先頭台車は重量の重く安定している電動台車に限定している。これは国鉄三河島事故、鶴見事故以降、京急線内では脱線事故などの際に転覆事故へと被害を拡大させないこと、軌道回路の正確な検知を行うことで素早く確実な分岐器の転換・信号の開通・踏切の動作が求められているためである。過去には京成の3500形や旧3000系列(3200形・3300形)などの先頭付随台車(6M車)の車両(改造前に、主に夏季の海水浴や正月の初詣臨時列車で使用された)や、当時先頭車が電動車でなかった北総7000形(北総・公団線(現・北総線)の2期線開通直後の一時期)が例外的に入線した時期もあったが、現在は一切の例外を認めていない。
また、ボルスタレス台車は走行安定性の観点から現在に至るまで採用されておらず、軸受支持についても600形で一旦軸梁式が採用されたものの、2100形以降は走行安定性確保から円筒案内式へと戻され、現在では新幹線以外の新車で同方式を採用する国内唯一の事業者となっている。
一見保守的ともいえる一方で、ドイツの電気機器メーカ「シーメンス」社製主制御器やノルウェー製座席、スウェーデン製座席カバーを使用するなど、諸外国の技術導入も積極的である。また、起動加速度は全車両で3.0 - 3.5km/h/s と高めに設定されている一方、直流モーターを使用する車両は弱め界磁制御の領域を広く取るなどして高速性能も確保している。現有車両は800形と1500形の初期車を除いて営業最高速度120km/h運転を実施しており、高加減速性能と高速性能を高次元で両立していることが言える。
かつて運行していた週末座席指定特急では禁煙プレートに号車札を差し込み、灰皿を置いて喫煙可能にしていた名残で、現在の600形まで独特の形をしていた禁煙プレートを採用していた。
現役車両
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600形(3代) |
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800形 |
Keikyun1000-kzb-kzh.jpg
1000形(2代) |
Keikyu 1000gata naritayugawa.JPG
1000形(2代)ステンレス車 |
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1500形 |
Keikyu2400-kzb-kzh.jpg
2000形 |
Keikyu2165.jpg
2100形 |
過去の車両
京浜急行電鉄分離独立後に在籍した過去の車両は以下の通り。いずれも廃車時の形式。東急統合時と1965年、1966年に改番が実施され、製造時とは形式名が変更されている車両が多い。
Keikyu-de51.JPG
51形(140形) |
Keikyu268.JPG
230形 |
Keikyu501 Hakkei 1986.JPG
500形 |
Keikyu 616 kaitoku.jpg
600形(2代) |
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700形(2代) |
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1000形(初代) |
開業期から京浜急行電鉄成立以前までに下記3形式の木造車両が在籍した。形式はいずれも製造時のもの。一部は京急分離独立後にも在籍していた。このほか、大師電気鉄道開業時から大正時代まで木造2軸電車が在籍していた。
廃車後の地方私鉄への譲渡先は、東京急行電鉄や西武鉄道と比べると多くないが、特筆すべき譲渡先としては高松琴平電気鉄道が挙げられ、木造車時代から平成に入って引退した車両まで、多くが譲渡されている。特に近年の琴電琴平線はほとんどが元京急車である。
設備
運転保安装置は全線で乗り入れ先各線と共通の1号型ATSを採用していたが、2009年(平成21年)2月14日よりC-ATSに更新した。検車区は久里浜の車両管理区を中心に金沢検車区と新町検車区を加え計3か所を有する。
土木設備
路線はかつての軌道線や地方鉄道に由来するため地上を走行する区間が多かったが、各地で立体交差化が進んでいる。近年は弘明寺 - 上大岡間の高架化や空港線の一部地下化が行われた。しかしながら、関東南部の大手民鉄では珍しく東京都区内においても主要道路に踏切が存在する。特に京急蒲田周辺では第一京浜や環状八号線に跨るため慢性的な交通渋滞の要因となっており、2017年(平成29年)の完成を予定して連続立体交差化工事が行われている。
旅客案内施設
大規模な駅には発車時刻や行先などを表示するLED式表示装置、液晶式表示装置や反転フラップ式案内表示機が導入され、品川駅や横浜駅などでは自動放送装置も導入されている。ドア数や車両数の違いや分割・併合の多さ、先着などの案内が複雑なため主要駅への自動放送装置導入には消極的だったが、詳細なアナウンスができるシステムが構築され、駅員によるアナウンスと遜色のない細やかな情報が提供されることが特徴である。
その他、接近する列車の種別が表示される簡易案内装置が多くの駅で導入されている。あくまで接近列車の種別を示すもので、JRのATOSのように次発列車の時刻・種別を案内するものではない。当初は機械式だったが、現在はLED式となっている。また、併せて列車接近自動放送(通過・停車別)が導入されている駅も多い。品川駅と京急蒲田駅では発着の多い羽田空港国内線ターミナル行の列車について羽田空港国内線ターミナル駅での出口案内も合わせて行う。
また、2008年(平成20年)11月18日より「京急駅メロディ大募集」として同年7月に一般公募により決定したご当地ソングが京急線内主要17駅(品川・青物横丁・立会川・平和島・京急蒲田・羽田空港(現在の羽田空港国内線ターミナル)・京急川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・新逗子・横須賀中央・堀ノ内・浦賀・京急久里浜・三崎口)で、列車接近案内音(駅メロディ)として使用が開始されている(後に生麦・羽田空港国際線ターミナルでも採用された。それぞれの駅の採用曲は「発車メロディ#接近メロディ」の項目を参照)。メロディ使用開始と合わせて青物横丁・立会川・平和島の各駅ではLED式・液晶式の2種類の表示装置が導入された。なお、ご当地ソングを鉄道事業者が採用している例はこれが初めてではなく、既に西日本鉄道で行っているが、西鉄では列車車内でのメロディでの採用に対して京急では駅の案内で使用している点が異なる。
ホームで駅員が監視業務をしていない駅では車掌がワイヤレスマイクを通じて駅ホームスピーカーを使い(一部の京成車は車外スピーカーで直接)、種別、行先、ドア閉めの告知をしており、笛や発車ブザーによる発車案内は主要駅を除き省略されている。通過待ちをする列車の乗務員はホームに立ち通過監視を行うのが慣習になっているほか、車掌による発車時のホーム監視は8両編成以下の場合乗務員室扉を開けて行う(ホームドアのある羽田空港国際線ターミナル駅を除く)。また監視に集中することから、車掌と駅員の間での敬礼は行われない。
また、車両は羽田空港国内線ターミナル・浦賀・新逗子・三崎口寄りを1号車とし、品川寄りを大きい数字(12両編成の場合12号車、8両編成の場合8号車)としている。
駅務施設
自動券売機は現在すべてがタッチパネル式多機能券売機となっているが、PASMOの導入に合わせてPASMO対応への改造が行われた。一部には定期券発行機能(新規含む)が搭載され、利便性向上を図っている。2010年7月下旬から品川駅を皮切りに、自動券売機が順次更新されている。1994年(平成6年)4月1日には独自のストアードフェアシステムを導入し、対応するルトランカードの販売・利用が開始された。一方でパスネットの利用開始は機器更新が間に合わず、2000年(平成12年)10月14日のサービス開始時には導入せず2001年(平成13年)以降の予定としていたが、羽田空港駅(現・羽田空港国内線ターミナル駅)開業に伴う乗客増加に対応すべく、2000年12月20日に前倒しで導入した(ただし導入当時は対応自動改札機が限定されていた)。
その他の駅の設備
2007年5月より全駅で公衆無線LAN(Mzoneとフレッツ・スポット)が利用可能となっている。
運賃
大人普通旅客運賃(小児半額・10円未満切り上げ)。2010年10月21日現在。
キロ程 運賃(円) 初乗り3km 130 4 - 6 150 7 - 10 190 11 - 15 230 16 - 20 270 21 - 25 300 26 - 30 350 31 - 35 410 36 - 40 470 41 - 45 550 46 - 50 620 51 - 55 690 56 - 60 760 61 - 65 830 66 - 67 900
- 特定運賃
- JR線との競合のため、品川 - 横浜で290円、品川 - 京急川崎、京急川崎 - 横浜で220円の特定運賃を設定。
- これに伴い、品川 - 神奈川・仲木戸、北品川・新馬場 - 横浜などの区間でも特定運賃を適用。
- 加算運賃
- 羽田空港国際線ターミナル・羽田空港国内線ターミナル発着の運賃は170円を加算。
- 天空橋 - 羽田空港国内線ターミナル間内のみの利用は加算運賃なし。
- 京急蒲田・糀谷 - 羽田空港国際線ターミナルは290円、大鳥居・穴守稲荷 - 羽田空港国際線ターミナルは280円の特定運賃。
- 京急蒲田 - 羽田空港国内線ターミナルは330円、糀谷・大鳥居・穴守稲荷 - 羽田空港国内線ターミナルは300円の特定運賃。
- 加算運賃減額区間があるため、下に挙げる割引運賃適用区間以外への運賃は天空橋駅で乗車区間を分割した方が安くなる。
- 割引運賃
- 羽田空港国内線ターミナル - 都営線各駅、都営線経由で他社線までの運賃は、大人60円・小児30円の割引。
- 都営線を経由して東京メトロ線各駅との運賃は、都営線・東京メトロ線間の連絡特殊割引(大人70円)を適用[1]。
- 羽田空港国内線ターミナル - 京成線空港第2ビル・成田空港の運賃は、大人90円・小児50円の割引。京成本線経由、成田スカイアクセス線経由両方とも適用される。
- 品川 - 新馬場の各駅と泉岳寺を経由して都営浅草線大門 - 五反田、泉岳寺・三田を経由して都営三田線白金高輪 - 芝公園の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。
- 子安 - 日ノ出町の各駅(横浜を除く)とみなとみらい線新高島 - 馬車道の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。
この他にも有人改札口で硬券による入場券および初乗り運賃の乗車券を発売している。なお、改札口ではICカード乗車券の対応がなされていないため、Suica/PASMOによる支払いはできない。また、ダッチングマシン(日付を入れる機械)が常備されていないため、日付はゴム印で印字される。
割引乗車券
京急線は、沿線に三浦半島、横浜といった有名観光地や羽田空港を擁し、観光客を始めとする利用者に向けて様々な割引乗車券を発売している。
なお、ここでは「羽田空港駅」と記した場合、羽田空港国際線ターミナル駅と羽田空港国内線ターミナル駅両方が含まれる。
- 三浦半島1DAYきっぷ/三浦半島2DAYきっぷ
- 京急本線金沢文庫駅 - 浦賀駅、逗子線・久里浜線全線及び三浦半島エリアの京浜急行バス指定区間が乗降自由、三浦半島の各種施設の優待特典が付く。各々1日ないし2日間有効。以前は横須賀市内エリアをフリー区間に収めたものも発売していた。
- みさきまぐろきっぷ
- 京急線乗車駅 - 三崎口駅の往復乗車券と、三崎エリアの京浜急行バスが乗り降り自由、マグロ料理の食事券、レジャー施設利用券が付く。1日間有効
- 東京1DAYきっぷ
- 京急線乗車駅 - 品川駅の往復乗車券と、フリー区間となる京急線泉岳寺駅 - 品川駅及び東京都交通局(都営地下鉄・都営バス・都電・日暮里・舎人ライナー)が乗降自由。泉岳寺駅を除く京急線各駅で販売している。1日間有効。以前は「TOKYO探索きっぷ」の名称で発売していた。
- 横浜1DAYきっぷ
- 京急線横浜駅 - 上大岡駅及び横浜市営地下鉄ブルーライン横浜駅 - 上大岡駅(ただし阪東橋 - 弘明寺では途中乗降不可)、みなとみらい線全線、横浜市営バス(横浜都心部の一部区間)が乗降自由。1日間有効。「みなとぶらりチケット」に京急線横浜駅 - 上大岡駅間とみなとみらい線を追加したものといっても良い。
- 平和島温泉クアハウスきっぷ
- 乗車駅 - 平和島駅の往復乗車券と「平和島温泉クアハウス」の入場割引券。2日間有効。2011年6月現在、発売終了。
- 弘明寺みうら湯きっぷ
- 乗車駅 - 弘明寺駅の往復乗車券と「みうら湯弘明寺店」の入場割引券。2日間有効。
- 東京湾フェリー往復きっぷ
- 京急線乗車駅 - 京急久里浜駅及び京急久里浜駅 - 久里浜港の京急バスと、久里浜港 - 金谷港の東京湾フェリー往復乗車券。4日間有効。
- 京急羽田・ちか鉄共通パス
- 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営・東京地下鉄共通一日乗車券。羽田空港国内線ターミナル駅と羽田空港国際線ターミナル駅で発売。
- 東京トラベル1DAYパス/東京トラベル2DAYパス
- 京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅(品川駅でも乗降可能)の片道乗車券と都営地下鉄一日乗車券(ワンデーパスと同等の効力)。羽田空港国内線ターミナル駅と羽田空港国際線ターミナル駅で発売。
- 空の旅おでかけキップ
- 京急線羽田空港駅 - 押上駅または浅草駅経由 - 東武本線各駅(一部除く)の割引乗車券。1日間有効。羽田空港国内線ターミナル駅と羽田空港国際線ターミナル駅で発売。
- 羽得キップ
- 関東地区を除く近畿日本ツーリスト窓口のみ発売。京急線羽田空港駅 - 泉岳寺または横浜駅の往復割引乗車券。9日間有効。
- よこすかグルメきっぷ
- 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間電車バス乗車券および選べる食事券(ヨコスカネイビーバーガーまたはよこすか海軍カレー)。当日限り有効。
- 大田江戸前きっぷ
- 京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間および江戸前食事券(指定された10店舗の中から1品選ぶ)、商店街おみやげ券 または レトロ喫茶券。当日限り有効。
- 記念艦三笠きっぷ
- 2012年3月31日までの期間限定発売。京急線乗車駅 - 往復乗車券、フリー区間および記念艦「三笠」の入場引換券、Z旗のハンカチが付く。なお、中学生の場合は記念品がプレゼントされる。また、小人用の設定はない[2]。1日間有効。
広報誌
- 京急のまちマガジン なぎさ(偶数月の1日発行)
- 京急線 普通電車の旅(Web版も公開 奇数月更新)
協賛番組
いずれも過去のもので、東京ローカル限定の提供だった。
- クイズ・チェック!NOW(NETテレビ)
- 京急ミュージック・トレイン(ラジオ関東→ラジオ日本)
空港線の羽田空港延長後は、地方からの羽田空港到着便利用者を対象として、京急沿線とつながりのない遠隔地の放送局の番組に複数社提供社として名を連ねたり、スポットCMを出稿した例がある[3]。
関連会社
「京急グループ」を参照
脚注
関連文献
- 『京浜急行八十年史』 京浜急行電鉄 社史編集班 編、京浜急行電鉄、1980年3月15日。
- 『京浜急行百年史』 京浜急行電鉄 編、京浜急行電鉄、1999年3月。
- 『京浜電気鉄道沿革史』 京浜急行電鉄 編、京浜急行電鉄、1949年5月。
関連項目
外部リンク
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