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今夜は最高!

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

今夜は最高!
〜WHAT A FANTASTIC NIGHT!〜
ジャンル バラエティ番組
放送国 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
制作局 日本テレビ
製作総指揮 原薫太郎
演出 矢野義幸、須沼望、棚次隆
監修 和田誠タイトルアドバイザー)
プロデューサー 五歩一勇(前期 - 中期)
棚次隆(後期)
出演者 タモリ
九十九一
久本雅美
柴田理恵
渡辺信子
鈴木“コルゲン”宏昌
中村誠一
ほか
音声 文字多重放送
字幕 ステレオ放送
エンディング 星に願いを
(When You Wish upon a Star)
第1期
放送時間 土曜日 23:00 - 23:30(30分)
放送期間 1981年4月4日 - 1982年4月3日
第2期
放送時間 土曜日 23:00 - 23:30(30分)
放送期間 1982年9月4日 - 1989年10月7日
(全413回)

特記事項:
スポンサーパイオニア一社提供
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今夜は最高!』(こんやはさいこう! / 副題:〜WHAT A FANTASTIC NIGHT!〜)は、1981年4月4日から1982年4月3日(第1期)、1982年9月4日から1989年10月7日(第2期)の毎週土曜日 23:00 - 23:30(JST)に日本テレビ系列で製作・放送されていた、タモリ司会によるバラエティ番組トーク番組コント番組である。文字多重放送ステレオ放送が実施されていた。スポンサーパイオニア一社提供

目次

概要

タモリ司会で毎回、多彩な豪華ゲストタレントはもちろんのこと、お笑い芸人俳優・女優作家作詞家小説家ミュージシャン演歌歌手政治家)1名とそのゲストに関するパートナーゲスト1〜2名を呼び、当番組の司会者であるタモリとトークコントミュージカル等を織り交ぜた30分間のバラエティショーである。番組最終回までに出演したゲスト総数は302人、パートナー総数が173人が出演した。 

オープニング・コントからトーク・コーナー、後半のコントを経てのクライマックスでは、タモリ自らがトランペットフルートで伴奏(「コルゲン」鈴木宏昌率いるザ・プレイヤーズの演奏が主体)に加わってゲストが歌うコーナーがあり、歌い終えた後に女性ゲストの「ところで○○さん、今のご気分は?」を受けて、ゲストが「今夜は最高!」と答えるのを例とした。

愛染恭子が出た際には、ヌードで全身金粉の姿で出演し、ダンスなどを披露した。また、タモリの名キャラクターのひとつ“大魔神子”はこの番組から生まれ、これを気に入った中村吉右衛門がゲスト出演の際に自ら大魔神子に扮して持ち歌『恋の大魔神』を歌うといったサプライズもあった。

1982年4月10日から8月28日の半年間は中断[1]。その間は、穴埋め番組として、女優の桃井かおりコーラス・グループダークダックスによる同趣向の番組『日曜はダメ!!』を放送していた。のちに土曜23時枠は『夜も一生けんめい。』→『恋のから騒ぎ』→『心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU』へと引き継がれた。

構成は高平哲郎が担当。タモリ以外のレギュラー出演者には、九十九一や番組後半期から参加した久本雅美柴田理恵渡辺信子らのWAHAHA本舗メンバーがいる。中村誠一をはじめ、伴奏の担当ミュージシャンもコントのコーナーに多数登場した(バンマスの鈴木宏昌はもちろん、スタジオミュージシャンとして有名な松木恒秀、岡沢章、渡嘉敷祐一がコントをするという、普通では見られない姿が当たり前の様に流れていた)。

女性ゲスト(テロップでは「パートナー」の表記<形式上はメイン司会者であるタモリの週替わりパートナーという位置付けであったためであり、トークコーナーの部分では男性ゲストを真ん中に挟み両端を、タモリとパートナーの女性ゲストが座ってコーナーを展開していくという体裁が採られていた>)は2週続けて出演、男性ゲスト(テロップでは「ゲスト」の表記)は毎回変更する形式だったが、名前だけで男性と勘違いされた戸川純が男性ゲストの代わりに呼ばれ、女性ゲストが2人になった回が一度だけある。各回の収録は木曜日から土曜日までの最低三日間はかかっていて、タモリによると週四日かかっていた事も多かったとのこと。

タモリのサングラスをとった姿はこの番組では珍しくなかった。女装モノマネでは、素顔、普通のメガネ顔、かつてのアイパッチ姿の名残のある片方のみのサングラスメガネなど、サングラスなしの顔がひんぱんに見られた。

斎藤晴彦和田アキ子がゲストの1985年2月9日放送の「オペラ昭和任侠伝」が、同年の民間放送連盟賞のテレビ娯楽番組部門最優秀賞を受賞した。

この番組には芸能人だけではなく、当時タモリのマネージャーをしていた前田猛などタレントマネージャーフジテレビの社員である横澤彪(当時)・三宅恵介小林豊いいとも!の当時の番組スタッフ)も度々番組にゲスト参加していた。

こうした内容が大人の視聴者層から人気を呼び、全盛期の1986年には年間平均視聴率が14%台に達し、20%を超えることも度々あった[2]

スポンサー

この番組の提供スポンサー)はパイオニア一社提供ステレオ放送番組であり、山城新伍芳村真理司会を務めた『金曜娯楽館』放送終了を受けて、金曜22時台からのスポンサー枠移動の形でパイオニアは同番組のスポンサーを受け持つこととなった。提供の読み上げは松永二三男アナウンサーが担当していた(後期まで)。

出演者

司会

レギュラー

番組記録

出演回数が多かったゲスト

順位 ゲスト 出演回数  備考
第1位 所ジョージ男性最多出演) 17回出演
第2位 竹下景子女性最多出演) 14回出演 第1、2回のパートナーとしての出演者でもある。
第3位 たこ八郎斎藤晴彦 13回出演
第4位 谷啓 11回出演
第5位 小松政夫  10回出演

最年長・最年少ゲスト

性別 誕生年 ゲスト
男性 大正6年(1917年) トニー谷(最年長)
女性 昭和47年(1972年) 喜多嶋舞(最年少)

ひばりスペシャル

美空ひばりがパートナーとなった回(1987年4月11日・18日放送)には、坂上二郎団しん也斎藤晴彦所ジョージなど大勢の男性ゲストが出演する「ひばりスペシャル」として放送された(この回にも大魔神子が登場し、お約束のようにひばりの顰蹙を買い、タモリが恐縮していた)。

1989年6月24日放送は、美空ひばり急逝にともない、急遽「美空ひばり追悼」として、1987年4月11日・18日放送を編集したものを再放送した。

ひばりが普段バラエティには滅多に出ない為、この出演した回が後年貴重映像として取り上げられるようになり、日本テレビで美空ひばり特集が組まれると必ずと言っていいほどこの番組での姿が流れる。

番組の終焉

1987年にスタートした裏番組『ねるとん紅鯨団』(関西テレビ制作フジテレビ系)が爆発的な人気を呼んでから徐々に視聴率が低下、10%を切る回も出てきた。それでも23時台にしては視聴率的にまだ悪くはなく、タモリは「これからも続けていきたい」と抱負していたが、この番組のスポンサーであるパイオニアの一部社員や番組スタッフから「もうタモリだけじゃ(視聴率の)数字は稼げないだろう?」という発言が飛び出し、これを耳にしたタモリが激怒して「だったらこっちから願い下げだ!」と揉めてしまったため、8年半の歴史に幕を下ろした。と言う噂があったが、高平哲郎著「今夜は最高な日々」(新潮社刊)によると、その様な事実は一切ない。しかし、タモリの所属事務所である田辺エージェンシー側が打ち切り経緯に激怒し、「今後、タモリを日テレに出さない」と通告し当番組終了後、タモリの日テレへの出演はほとんどない。なお皮肉にも、番組末期の年には『ねるとん紅鯨団』司会のとんねるずが起用されたパイオニアのCM(LDプレーヤーCLD-100等)が番組内で流れていた。

以後、タモリが日本テレビ系列でレギュラー番組を持つことはなく、これが原因となって日本テレビとの関係に深い溝ができたとされる[3]

スタッフ

  • 構成:高平哲郎
  • タイトルアドバイザー:和田誠
  • 音楽:鈴木宏昌(末期は佐橋俊彦
  • 振付:土居甫
  • 協力:帆足敏
  • ヘアメイク:ヤックメイクアップアカデミー
  • スタイリスト:篠島範華
  • デザイン:田原英二
  • TD:伊藤邦雄
  • 美術:山浦俊夫、渡辺俊孝
  • オーディオ・コーディネーター:島飼弘昌
  • ボイス・ボーカル・トレーナー:古賀義弥
  • レコーディング・ミキサー:石野和男
  • スタイリスト:埴原良子、菅野由美子、矢野悦子(タモリ担当)
  • SW(スイッチャー):長谷部義夫、矢島敦
  • カメラ:佐藤公則、折原博樹、松村興
  • 音声:新開宏、原泰造、一ノ瀬健次
  • デザイン:田原英二、道勧英樹
  • 装置:石橋豊
  • 衣装:樋口唱平
  • 照明:渡辺一成
  • 調整:北村嘉明、斉藤智徳
  • 編集:小野寺博、吉森浩、曽根幸夫
  • 音楽音効:小川彦一
  • MA(マルチオーディオ):青木伸次、吉田秀明、東里聡、目黒達朗
  • 制作:中村公一、原薫太郎
  • 演出:矢野義幸、須沼望、棚次隆
  • ディレクター:棚次隆(末期はプロデューサー兼任)、矢野義幸、須沼望、佐藤健二郎、古野千秋
  • プロデューサー:五歩一勇
  • 音楽協力:CMCミュージックランド
  • 制作協力:田辺エージェンシー
  • 製作著作:日本テレビ

放送時間・ネット局

特別企画・姉妹番組

今夜は最低!

  • 1981年8月22日、タモリの36回目の誕生日でもあるこの日に『24時間テレビ』の深夜の1コーナーにて行われた企画。
  • 内容は上半身裸のタモリと赤塚不二夫によるショートコント集。”SMショー”を始め“ワニの生態”等の宴会芸の連続(タイトルを紹介する進行役は中原理恵)で、チャリティーをメインとした特別番組とはあまりに掛け離れた内容のためにこの1回限りとなった。
  • そしてこのコーナーを担当したプロデューサー「T」も以後本編の企画から外され、テープそのものも日本テレビに残っていないとしている。

今夜は営業中!

  • 番組終了から10年になる1999年9月18日にタモリが木村拓哉らと共演したスペシャルドラマ今夜は営業中!』が放送され、当日がかつての放送枠である土曜夜など当番組をかなり意識したような作りとなった。
  • 「今夜は最高!」の終了後、あまり日本テレビで見かけることがなくなったタモリが久々に顔出したことでも当時話題となった。
  • 劇中、タモリのトレードマークであるサングラスが落ちるシーンがあった。タモリはプロデューサー・森田一義(いちよし)役とタモリ本人(森田一義(かずよし))の二役を演じたが、このときかけていたサングラスは1991年から1996年まで『ミュージックステーション』、『ボキャ天』以外の番組で実際にかけていた茶色のもの。本人役のときは前記の2番組および1996年 - 2002年の全番組で使った黒いサングラスをかけている。
  • 木村にとって数少ない日本テレビでのドラマ出演となっている。

タモリ教授のハテナの殿堂?

関連商品

書籍

  • タモリ『今夜は最高!』(日本テレビ放送網、1982年。)
  • タモリ『今夜は最高! part 2』(日本テレビ放送網、1982年。)
  • タモリ『今夜は最高! part 3』(日本テレビ放送網、1982年。)
  • タモリ『新・今夜は最高!』、(日本テレビ放送網、1983年1月。)
  • タモリ『新・今夜は最高! part2』(ISBN 9-8334-2112-1)(日本テレビ放送網、1983年3月。)
  • タモリ『コレが、今夜は最高だ!?』(日本テレビ放送網、1983年4月)
  • タモリ『新・新今夜は最高!』(日本テレビ放送網、 1983年12月)
  • タモリ『新・新今夜は最高! part2』 (ISBN 9-8400-4392-7)(日本テレビ放送網、1984年2月)

脚注・出典

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  1. ^ テレビ朝日系列で1982年4月から開始した歌謡番組『夢のビッグスタジオ』の司会者として出演していたことによるもの。
  2. ^ 1989年9月1日読売新聞夕刊「バラエティー「オレたちひょうきん族」と「今夜は最高!」が消える」
  3. ^ ただし、後述のとおり、1999年9月に放送された特番ドラマ「今夜は営業中!」など単発番組には頻度は極めて少ないものの出演している
  4. ^ RAB・YBCは、該当時間にテレビ朝日系列の土曜ワイド劇場を放送。

外部リンク

日本テレビ系列 土曜23時台
前番組 番組名 次番組
今夜は最高!
(第1期)
※1981.4.4 - 1982.4.3
日曜はダメ!!
※1982.4.10 - 1982.8.28
日曜はダメ!!
※1982.4.10 - 1982.8.28
今夜は最高!
(第2期)
※1982.9.4 - 1989.10.7
爆風スランプのお店
※1989.10.14 - 1990.3.31