伊藤隼太
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| 阪神タイガース #51 | |
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ファイル:伊藤隼太.jpg 2010年8月28日(慶応義塾大学時代) | |
| 基本情報 | |
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 出身地 | 愛知県瀬戸市 |
| 生年月日 | 1989年5月8日(23歳) |
| 身長 体重 |
178cm 84kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2011年 ドラフト1位 |
| 年俸 | 1,500万円 (2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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伊藤 隼太(いとう はやた、1989年5月8日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(外野手)。
目次 |
経歴
小学1年時から野球を始め、投手、遊撃手としてプレー。中学時代から外野手を務めた。
中京大中京高進学後は1年秋からレギュラーに定着し、2年時の秋から4番を務めた。3年時の夏は、愛知県予選決勝で愛工大名電高に敗れ、甲子園出場には一歩届かなかった。高校通算29本塁打。
慶應義塾大学に進学後は1年春からリーグ戦に出場する。2年春に規定打席不足ながら打率.345をマークしレギュラーに定着。秋には4番に抜擢されリーグ5位の打率.326をマークした。3年春にはリーグトップの12打点をマークして11季ぶりのリーグ優勝に貢献。早稲田大学1回戦では斎藤佑樹から三塁打を放ち、2回戦では福井優也から本塁打を放った。夏には第5回世界大学野球選手権大会の日本代表に選出され、全試合で4番を務め3本塁打を放った。4年時から主将を務め、春は打率.405、4本塁打、17打点の好成績で優勝に貢献した。
2011年のドラフト会議では阪神タイガースから1位指名を受けた。11月22日に契約金1億円プラス出来高5000万円、年俸1500万円で仮契約。背番号は51となった[1]。
プレースタイル
鋭いスイングスピードと長打力[2]に加え、遠投110メートルの強肩に50メートル走6.0秒台、一塁到達4.0秒台の俊足を備える[3]。
高校時代は『走力のある巧打の外野手』という評価だったが、大学進学後に長打力を開花させた[4]。プロのスカウトからは「高橋由伸のタイプに近い、技術の高さが飛距離を生むタイプの打者」と評され[5]、大学時代の監督の江藤省三からは広島東洋カープから阪神タイガースへ移籍した当初の金本知憲に例えられた[3]。
打席での集中力に優れ、「毎打席無心でいること」を理想にしている[4]。特に「完全に集中していました。独特な雰囲気の中で冷静に球種を感じ取ることができた」という[3]大学3年秋のリーグ戦優勝決定戦のような打席を理想として挙げている[4]。
人物
高校時代には評定平均4.8を残すなど学業でも優秀な成績を修めた[3]。
脚注
- ^ “虎のイチロー誕生!伊藤隼、背番「51」”. SANSPO.COM (2011-11-23). 2011-11-24閲覧。
- ^ ドラフト候補プロフィール スポーツナビ
- ^ a b c d ドラフト候補&監督直撃インタビュー『野球小僧』2011年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、174-175頁。
- ^ a b c d 『アマチュア野球 vol.30』 日刊スポーツ出版社、2010年、18-19頁。ISBN 978-4-8172-5509-9。
- ^ 『野球小僧』2011年6月号、白夜書房、雑誌18801-6、59頁。
- ^ 『アマチュア野球 vol.31』 日刊スポーツ出版社、2011年、1100 -101頁。ISBN 978-4-8172-5513-6。
関連項目
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