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佐世保大空襲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ファイル:Sasebo after the 1945 air raid.JPG
空襲により焼け野原となった市街地

佐世保大空襲(させぼだいくうしゅう)は第二次世界大戦中のアメリカ軍による、1945年昭和20年)6月28日深夜11時50分から翌29日深夜2時頃までに行われた長崎県佐世保市に対する空襲戦略爆撃)。当夜はで「今日は来ないだろう」という市民の不意を突いたものであり、死者が1,200人以上に及んだ。

この日には同じように岡山県岡山市が空襲を受けている(岡山空襲[1]

佐世保市では毎年6月29日に空襲犠牲者の追悼式を行っている。

目次

概要

ファイル:Boeing B-29 Superfortress 2.jpeg
空爆を行ったB-29爆撃機

この空襲の前の1945年(昭和20年)3月9日13日にアメリカ軍の偵察機が来たり、4月8日5月24日には同軍の爆撃機ボーイングB29が来襲し佐世保市民100人余りが犠牲になったが、市民には詳しい状況は知らされていなかった。

そして、アメリカ軍側は6月29日に佐世保市の空襲実施を決定した。この日の佐世保市は梅雨の最中で雨が降っており、「今日は来ないだろう」という市民の不意をつく形での深夜空襲となった。

11時50分頃に141機のB29が佐世保市上空に飛来し焼夷弾投下を開始。推定1,200トンという大量の焼夷弾を2時間ほどの短時間の間に市街中心部一帯に投下し、市内は一部を除きほぼ壊滅状態となった。

佐世保市の被害

  • 罹災面積:約1,782,000平方km
  • 罹災戸数:12,037戸(全戸数の35%)
  • 罹災者数:約65,000人
    • 死者数:1,226人以上(佐世保空襲犠牲者遺族会調べ)

主な罹災地域と建造物

罹災を免れた建造物

関連項目

脚注

  1. ^ 6月29日には宮崎県延岡市福岡県門司市(現:北九州市門司区)などが空襲を受けている。