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全日本空輸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

全日本空輸
All Nippon Airways
IATA
NH
ICAO
ANA
コールサイン
All Nippon
ファイル:All Nippon Airways Logo.svg
設立日 1952年12月27日
マイレージサービス ANA Mileage Club
会員ラウンジ signet Lounge
ANA Lounge
CLUB ANA LOUNGE
同盟 スターアライアンス
保有機材数 約209機
就航地 77都市
本拠地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本 東京都港区東新橋一丁目5番2号
代表者 伊東 信一郎(代表取締役社長)
外部リンク http://www.ana.co.jp
全日本空輸株式会社
All Nippon Airways Co., Ltd.
ファイル:Shiodome City Center (2007.09.11).jpg
種類 株式会社
市場情報
東証1部 9202 1975年7月21日上場
大証1部 9202 1975年7月21日上場
LSE ANA 1991年10月上場
略称 全日空
ANA(エー・エヌ・エー)
本社所在地 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
〒105-7133
東京都港区東新橋一丁目5番2号
汐留シティセンター
設立 1920年(大正9年)2月9日(注)
業種 空運業
事業内容 航空運送事業
旅行事業
代表者 伊東信一郎(代表取締役社長)
資本金 2,313億8,178万4,228円(2010年3月31日現在)
発行済株式総数 25億2,495万9,257株(2010年3月31日現在)
売上高 連結:1兆3,925億81百万円
単独:1兆2,486億47百万円
(2009年3月期)
純利益 連結:-42億60百万円
単独:-18億32百万円
(2009年3月期)
純資産 連結:3,257億97百万円
単独:2,963億76百万円
(2009年3月31日現在)
総資産 連結:1兆7,610億65百万円
単独:1兆6,971億88百万円
(2009年3月31日現在)
従業員数 連結:33,045人 単独:14,179人
(2009年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 2.96%
名古屋鉄道株式会社 2.85%
(2010年3月31日現在)
主要子会社 ANAセールス(株) 97.5%
エアーニッポン(株) 100%
ANAウイングス 100%
エアージャパン 100%
オールニッポンヘリコプター75%
全日空商事(株) 80.2%(間接所有も含めると100%)
他(2009年3月31日現在)
関係する人物 普勝清治橋本登美三郎
外部リンク www.ana.co.jp
特記事項: 株式額面変更のため、1975年(昭和50年)4月1日に(旧)全日本空輸株式会社を吸収合併し、旧会社は消滅した。旧会社の設立日は1952年(昭和27年)12月27日である。
経営数値および会社基礎情報はEDINET全日本空輸有価証券報告書から。
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全日本空輸株式会社(ぜんにっぽんくうゆ[1]英称All Nippon Airways Co., Ltd.略称全日空(ぜんにっくう)、ANA)は、日本航空会社である。

目次

概要

国内線では最大の路線網を持ち、国内線乗客数では日本最大級の航空会社である[2]。国際線ではアジア諸国とヨーロッパ諸国、アメリカ合衆国に運航している。航空会社連合スターアライアンス」のメンバー。東証一部上場企業。コーポレートカラーはトリトンブルー。2レターコード"NH"は、元の社名「日本ヘリコプター輸送 (Nippon Helicopter) 」に由来する。本社所在地は東京都港区東新橋 汐留シティセンター

歴史

前身

全日本空輸の前身は日本ヘリコプター輸送株式会社と極東航空株式会社である。第二次世界大戦後、連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) の命令により、全ての日本国籍の航空機の運航を停止していたが、1952年(昭和27年)に運航禁止期間の解除の決定が下されたことを受けて同年に両社は設立された。

日本ヘリコプター輸送株式会社は、1952年12月27日に、東京を拠点にヘリコプターでの宣伝活動を目的として設立された会社で、通称は「日ペリ」、「日ペリ航空」であった。当初はヘリコプターによる宣伝事業のみを行っていたが、航空機による事業にも参入し、1953年12月15日に貨物航空事業を開始し、1954年2月1日には旅客航空事業も開始した。

極東航空株式会社は、日ペリより1日早い1952年12月26日に、第二次世界大戦前に関西で航空事業を行っていた関係者により大阪で設立。大阪を拠点として、大阪 - 四国・大阪 - 九州といった西日本方面の航空路線を運営していた。

全日本空輸の成立

その後国内航空輸送を一本化するという運輸省の方針などにより、両社は合併に向けて協議を開始する。合併比率でもめたものの、日本商工会議所会頭藤山愛一郎日本航空協会会長郷古潔日本航空社長柳田誠二郎らの斡旋により、合併手続きは進み、1958年(昭和33年)3月1日、合併登記が完了した。初代社長には、元朝日新聞社常務取締役で日本ヘリコプター創設者の美土路昌一が就任した。この合併により全日空は、ダグラスDC-3型機9機、デ・ハビランド DH.114 ヘロン3機、デ・ハビランド DH.104 ダブ4機、ベル47D-1ヘリコプター4機など、合計26機をもって、北は北海道から南は鹿児島までの日本全国19都市を結ぶ、日本国内最大のネットワークを誇る航空会社となった[3]

下田沖墜落事故と航空行政の転換

統合完了直後の1958年8月、下田沖でダグラスDC-3の墜落事故が発生し、これによる旅客離れにより1958年度には資本金の約3分の1にあたる2億287万円もの損失を計上した。また、この事故の約2週間後の8月27日に同社のDC-3型機がエンジン不調による緊急着陸を行ったため、当局より臨時検査を受けることとなったが、2日後にはDC-3型機の安全性が確認され運行を再開した[4]

DC-3は大戦をはさみ2万機以上が製造された大ヒット機であり、ライセンス生産も各国で行われたため、操縦席の計器類の配置、操作方法、整備作業手順や一部の部品などの仕様が統一されていなかった。この仕様不統一が事故の誘因となったという見方もあり、1960年(昭和35年)春までに仕様統一作業が行われた[5]。これにかかる費用は合併直後の全日空には重い負担となったが、この事故を契機に設立された航空安全対策懇談会の答申に基づき、国内航空に対しても国家的助成を行うべく、政府より助成された5,000万円により賄われた[6]

日本航空との業務提携

下田沖事故を契機とした航空行政の転換に伴い、全日空は日本航空と業務提携を行うこととなり、まずは1958年(昭和33年)11月に「整備士査察業務等援助協定」を締結し、次いで1959年(昭和34年)4月には全日空の増資分のうち2億円を日本航空が引き受けることとし、日本航空からの役員の受け入れなどの業務提携を続けてゆくことになる[7]。なお、日本航空はもとより日本ヘリコプター輸送の創業当時から第2位の株主であり、1974年(昭和49年)まで株式保有率10位以内の大株主であった。

高度経済成長と発展

全日空は1959年(昭和34年)4月1日に東京 - 大阪直行便(毎日2便 DC-3)を開設したのに続き、10月10日には東京 - 札幌直行便を開設し、国内幹線への進出を果たす。

また、1960年(昭和35年)12月、韓国学生文化使節団一行の帰国便をコンベア440によりソウルへ運航し、国際チャーター便も開始した。1961年(昭和36年)9月23日には、当時まだ米軍施政下にあった沖縄への定期便、鹿児島 - 沖縄線の第一便がフォッカー F27により運航を開始した。この路線は1972年(昭和47年)の沖縄返還まで全日空で唯一の国際定期便であった。

高度経済成長に伴う航空需要拡大を受けて、機材も大型化し、当時日本航空のDC-4より1,2割高速だった[8]コンベア440や、フォッカー F27、ヴィッカース・バイカウントシリーズ、ボーイング727型機などの当時の最新鋭機を精力的に導入していった。

また、航空行政方針に従い、中小航空会社の合併・事業継承も行った。1964年(昭和39年)11月1日、藤田航空を吸収合併し、1965年(昭和40年)2月1日、中日本航空の定期航空部門を吸収、さらには1967年(昭和42年)12月1日、長崎航空の定期航空部門を継承した。

これらにより、1968年(昭和43年)には、世界民間航空旅客輸送実績ランキングで、日本航空を抜き第19位に浮上し、1979年(昭和54年)にはアメリカン航空に次ぐ、世界第6位の航空会社となった。

国際定期便への進出

設立当初より国内線が主軸であったが、当時の運輸省の指導により日本航空は国際線と国内線幹線を、全日空は国内線幹線とローカル線・国際線チャーターに、東亜国内航空は国内ローカル線の運航を担当し将来的には幹線に参入する、というように運航を制限された「45-47体制」の崩壊を契機に、1986年(昭和61年)3月3日より国際線定期便の運航を開始した。最初の路線はL-1011トライスター機の運航による成田 - グアム線だった(その後撤退)。

同年にアメリカ本土への路線として成田 - ロサンゼルス線と成田 - ワシントンDC線をボーイング747-200B型機で就航させた。翌1987年(昭和62年)は中華人民共和国への路線として成田 - 北京線と成田 - 大連線、当時イギリス植民地であった成田 - 香港線を開設、同年10月には成田 - シドニー線を開設した(その後撤退)。1988年(昭和63年)には韓国への路線として成田 - ソウル線を開設し、1989年(平成元年)には初のヨーロッパ進出となる成田 - ロンドン線を開設した。1990年11月には国際線のネットワーク拡張に合わせてボーイング747-400を導入した。

国際線の拡大と縮小

1994年の関西国際空港開港後は、中華人民共和国や北東アジア線だけでなく、デンパサールヤンゴンムンバイホノルルバンクーバーブリスベンローマなど関西国際空港からの中・長距離の路線の開設を積極的に行った。同時期には名古屋からホノルルへの路線や福岡からバンコク上海、大連等への路線も開設していた。さらにアメリカ線の強化で成田からのシカゴサンフランシスコ線を開設したほか、ジャカルタ、デンパサール、ムンバイ線を毎日運航で就航させたものの、その後の航空不況により撤退した路線もある。

その後1999年10月に、航空連合の一つであるスターアライアンスに加盟し、国際線路線網の少なさをリカバーする方向性に転換するとともに、日本国外での知名度も向上させるなど、航空連合に加盟することで自社の弱点を補うという戦略への転換を図ることとなる。なお加盟後は機体に「STAR ALLIANCE」のマークとロゴタイプを追加している。

政府の援助による経営再建

2001年9月に発生したアメリカ同時多発テロ事件による世界規模での航空需要の落ち込みを受けて業績が低迷し、国土交通省の助けを受けて日本航空や日本エアシステムとともに政府系金融機関日本政策投資銀行から無利子融資を受け、経営の再建を図ることとなった[9]。しかし、2003年度と2004年度にもSARS渦などにより再度世界規模での航空需要の落ち込みが起きたことで業績が低迷し、リストラを行うことを条件に日本政策投資銀行から合計500億円に上る無利子融資を受けた[10]。この結果2003年度は黒字を計上。悲願であった復配も達成した。併せて2004年4月26日にはボーイング社が開発しているボーイング787(開発名称7E7)を50機発注[11][12]し、会社発足後初のローンチカスタマーとなった。

呼称変更

2003年に、公式の呼称を慣れ親しまれてきた「全日空」から「ANAエー・エヌ・エー)」へ変更・統一してイメージ転換を図り、ロゴも「全日空」や「All Nippon Airways」から「ANA」に変更し、グループ航空会社運航機を含めて機体塗装もロゴ部分を変更している(一部の機材を除く)。しかし、一般的には引き続き「全日空」もしくは「アナ」と呼ばれることが多く、日本のマスメディア各社の報道などでも「全日空」の呼称が使われることが多い。また、同時期にグループ航空会社での運航便を「ANA」便名へ変更している。

現在

ファイル:All Nippon Airways Boeing 787 Dreamliner two.jpg
ANA塗装のボーイング787原型2号機 (ZA002)

2007年10月11日には、ボーイング787の開発スケジュールの遅れが発表され、初飛行は2008年第1四半期末、引渡しも当初の予定から6か月ほど遅れるとした[13]が、さらに2008年第4四半期へと初飛行の延期、引き渡しは2009年第3四半期への遅延が発表された[14]。ANAでは2008年6月に国内線に投入、同年8月の北京オリンピック開催時には羽田 - 北京間のチャーター便に使用すると発表していた[15]が、就航計画の変更を余儀なくされ、北京線のオリンピック開催に合わせた就航は不可能となった。その後もさらに開発遅延が重なり、結局2011年10月に営業運航開始となった(後述)。この2007年には、『エアー・トランスポート・ワールド』 (ATW) 誌上で「エアライン・オブ・ザ・イヤー」に初めて選ばれた。なお、日本の航空会社として選ばれたのは日本航空に次いで2社目となる[16]

機材

運航機材

ANAの機材は以下の航空機で構成される。なお、この中にはグループ共用、グループ会社向け機材を含む。

(2011年5月末現在)

なお、全日本空輸が発注したボーイング製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は81で、航空機の型式名は747-481、767-381ER、777-281ERなどとなる。737-500の新造機は全日本空輸を通さずにエアーニッポンが直接ボーイングに発注したため、型式名は同社のカスタマーコードである4Kをつけた737-54Kとなる。

ボーイング777-200ER  
ボーイング777-300ER  
ボーイング747-400D  
ボーイング767-300  

新規導入予定機材

退役済機材

国際線

就航地

現在の路線

2011年1月7日現在。コードシェア便は含まない。


機内クラス

ファーストクラス
ファイル:ANA F class seat1.jpg
New First Classシート
国際線就航時から長距離便を中心に設定されており、新しいコンセプトのファーストクラスは、ボーイング777-200ERのCLUB ANA「スーパースタイル」と同時に導入され、炊き立てのご飯を提供するサービスや「ザ・快食」(好きなときに好きな食事をとれるア・ラ・カルトサービス)、フルフラットシートの導入が開始されたのもこの頃である。
2002年には「New Style, CLUB ANA」実施と同時に導入された「New First Class」が採用され、ボーイング747-400とボーイング777-300ERに装備され、全席ソロシート、フルフラットシートとなっている。大型の羽毛布団・ベッドパッドが用意され、快適な睡眠を行えるよう配慮されている。


ビジネスクラス
ファイル:ANA C class seat1.jpg
ANA BUSINESS (747-400) キャビン
ビジネスクラス導入時には、他社がボーイング747-200で横7列、もしくは8列が標準であった中で、世界的にも数少ない横6列で運航を始めたが、1991年に導入した本格的なビジネスクラス「CLUB ANA」では、ボーイング747-200/-400で横7列と競合他社と同じものに戻した。同時に50インチシートピッチや、AVOD(オーディオ・ビデオ・オン・デマンド)対応のシートテレビ、ビジネスコーナーの設置などサービス拡充を進めた。
2002年には「New Style, CLUB ANA」を導入、電動ライフラットシートや一皿一皿サーブするコーススタイルの機内食を採用し、これを機に、機内食の食器を全て一新し、プラスチック製ではなくレストラン料亭でみられるような陶器とされた。
詳細はCLUB ANAを参照。


プレミアムエコノミー
ファイル:ANA Premium Economy seat1.jpg
プレミアムエコノミーキャビン
2002年に「New Style」のサービスと同時に導入された。世界でもプレミアムエコノミーの導入例が少ない中での導入だった。2011年現在では、ボーイング777-300ER・ボーイング777-200ER(一部)・ボーイング737-700・ボーイング737-700ER(1機)型機に24 - 36席設置されている。主に、エコノミークラス普通運賃利用者や、マイレージ上級会員が対象となる。機内食はエコノミークラスと同様だが、空港では優先チェックインラウンジ利用、機内ではパソコン電源付きの大型シートやアメニティグッズのサービスが行われている。


エコノミークラス
キャセイパシフィック航空やシンガポール航空と同様に、1990年後半からエコノミークラスにもシートテレビを設置するようになった。2011年現在ではボーイング777-200ER・ボーイング777-300ERと、ボーイング767-300ER等の国際線機材には全席シートテレビが搭載されている。さらに2009年以降に新造機で受領したボーイング777-300ERやボーイング767-300ERにはシートテレビ (AVOD) だけでなく、パソコン電源・iPod接続端子・USB接続端子が全席に設置されている[要出典]

国内線

座席

プレミアムクラス

  • 2008年4月に導入された上位クラス。同年3月までの『スーパーシートプレミアム』およびそれ以前に存在した『スーパーシート』と同等クラス。2011年11月現在はボーイング747-400に23席、ボーイング777-200/300に21席、ボーイング767-300に10席、ボーイング737-700/800に8席、ボーイング787-8には12席設定されている。また、一部便によっては国際線仕様のエアバスA320のビジネスクラス部分が割り当てられることもある。シートピッチは50インチ(ボーイング747-400のみ45インチ、ボーイング787-8のみ57インチ)である。座席タイプは、ボーイング747-400とボーイング767-300のものと、先代のスーパーシートプレミアムと同様の(座席表地の色はほかのプレミアムクラスと同一)ボーイング777、座席にAC電源および読書灯が内蔵されているボーイング737、暫定的に国際線ビジネスクラス用座席を装備するボーイング787の4タイプが存在する。羽田・伊丹・新千歳・福岡の各空港発の便では優先保安検査場があるほか各空港にあるANAのラウンジを無料で利用できる。また、日本全国のプレミアムクラスで運行する便が発着する空港では機内預かりの荷物は40kgまで無料で、搭乗時・返却時にも優先的に案内される。
  • 運行時間帯に応じた機内食が実施されており、朝9時までに出発の便では朝食、9時から11時30分まで出発の便ではANAオリジナルのビーフコンソメスープをアレンジしたスープとパンやサラダのセット『スープブランチ』、11時30分から13時まで出発の便では昼食、13時から17時まで出発の便ではお茶請け菓子と限定ドリンクが提供される『マグカフェ』、17時以降出発の便では夕食が提供される。なお、羽田・伊丹・新千歳・福岡発の便における昼食・夕食は、日本各地の料亭やレストランとコラボレーションした『匠味』が提供される。
  • 運賃は『プレミアム運賃』として通常の運賃より高めに設定されているほか、特割のプレミアムクラス用設定の『プレミアム特割』も存在する。また仮に、普通席を予約していても当日空席がある場合は、カウンター等で追加料金7,000円を負担することでアップグレードが可能である。

普通席

  • 普通席は2005年以降ボーイング747-400、エアバスA320、ボーイング737-500(一部リース機は除く)、ターボプロップ機以外で従来より背もたれ部を薄くした座席に取り換えられている。ただ、一部機材ではまだ取り換えが済んでいないものも存在するので、まれに旧シート機材が充当される場合もある[21]。ボーイング737-800は座席表地の色がほかの機材と異なっているほか、ヘッド部分のクッションがないという相違点がある[22])。これまで一般的にシート下部にあったシートポケットを背面テーブルと同じ位置に移動させたため、従来のものよりも足元のスペースが広くなった。また、旧型座席にはかつて喫煙席を設定していた名残から肘掛けに灰皿を装備していたが、1990年代後半以降機内は全席禁煙になったため、新型シートには灰皿は存在しない。
  • プレミアムクラスでの機内サービス拡充の一方、普通席では2011年現在無料で提供されるドリンクは、水・緑茶(冷・温)・アップルジュースの3種類のみである。一方「ANA My Choice」サービスの開始以降、有料だはあるがワンランク上のドリンクが提供されるほか、プレミアムクラス運航便では普通席でプレミアムクラスの昼食・夕食も有料で提供される。
  • その他ヘッドホンについては、2010年3月まで各シートポケットに備え付けてあったが、同年4月以降は申告制になっている。ただし、端子は一般的な3.5mmステレオ端子なので、その端子に対応する持参したイヤホン・ヘッドホンを使用することは可能。先述のプレミアムクラスには引き続き備え付けてある。また、同時期に普通席での新聞サービスも廃止されている。
  • ボーイング787-8においてはシートモニターが標準装備されている。

SKiPサービス

ボーイング787の導入

ローンチカスタマーとして発注したボーイング787を、2011年に世界で最初に導入した[23]。ボーイング767-300/300ERの後継に位置づけられる機種だが、230席 - 250席規模で767より航続距離が長いので、2011年時点でボーイング767-300ERを投入しているアジアへ向けた路線だけでなく、ボーイング767-300ERでは航続距離が足りない欧米線を787で新たに開設したり、777-200ER/300ERと平行して運用することでダブルデイリー化を進める見込みがある。 このうちボーイング787-3は元々国内線向け[24]であり、航続距離が5,000km以上あるため、国内線および短・中距離国際線の兼用になる公算が大きかったが、度重なる納入延期で開発も遅滞が続き、ANA・日本航空の両社ともにボーイング787-8に発注を変更し、キャンセルとなった[要出典]。 また、2010年9月には発注済み787-8(55機)のうち15機を787-9に変更[25]した。 そして、2011年10月26日に国際線の成田 - 香港線で、同年10月30日からの運航ダイヤにおいて11月1日から羽田 - 岡山、および羽田 - 広島の2路線において日本における国内線にそれぞれ初就航した[26]。この国内外の3路線が、世界初の定期路線におけるボーイング787の運用となる。当面は国際線用のボーイング767-300ERにおいて使用されている、ビジネス・エコノミークラスの座席を流用したキャビンが使用され、ビジネスクラス部分をプレミアムクラスとして設定している。さらに2012年1月21日からは長距離国際線仕様の機材が羽田 - フランクフルト線に就航することが決まっている。

貨物・郵便

ANAカーゴ (ANA Cargo) はANAグループの航空貨物サービスのブランドである。2007年6月現在、旅客便のベリースペース(床下貨物室)と6機の貨物専用機を合わせて、国内線は135路線に1日あたり937便を運航する(エアーセントラルは貨物搭載を行わない)[27]。国際線は28都市に週あたり704便を運航する[28]。貨物専用機はボーイング767-300ERFを4機保有し[29]ABX Air社のボーイング767-200を2機ウェットリース利用している[30]

全日本空輸 (ANA) グループ企業

業務提携航空会社

外部コードシェア便提携先航空会社

国内線

国際線

スターアライアンスに加盟している会社が多い。以下、※印はスターアライアンスメンバー


過去に共同運航をしていた会社

事件・事故・トラブル関連

全日空関連の事故・事件は以下の通り。

映画・ドラマ

  • ハッピーフライト - 2008年秋公開の映画。実際の航空機の貸し出し等の映画制作に全面協力・協賛。
  • 花より男子F・ファイナル - 特別協賛。出演者全国行脚の際にはANAの航空機をチャーター。
  • 戦後最大の疑獄事件 ロッキード事件〜その真実とは〜 - 2003年に、当時ロッキード事件の取材に当たった毎日新聞記者の目線からこの事件を描いたドキュメンタリードラマとして日本テレビにより制作され、同年12月29日に放送される予定だった。しかし、「編成戦略上の理由」として放送延期となり、それ以後2011年現在に至るまで未放送となっている。
  • GOOD LUCK!! - ANAのパイロットと整備員の恋愛を中心にしたTBSテレビドラマ
  • ルビコンの決断 - 2010年8月19日に「日本の空を取り戻せ! 〜全日空創業 “民”の力を信じた飛行機野郎たち〜」としてドキュメンタリードラマを放送。

脚注

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  1. ^ 読み方は、公式Webサイトの会社概要にも、『会社四季報』にも、「ぜんにっぽんくうゆ」と記載されている。
  2. ^ 国際航空運送協会 (IATA) 発表の2007年の国内線の旅客キロ数では世界第10位 (Scheduled Passenger - Kilometres Flown)
  3. ^ 限りなく大空へ pp105
  4. ^ 限りなく大空へ pp115
  5. ^ 限りなく大空へ pp120
  6. ^ 第38回国会 決算委員会議事録 第20号 航空局長今井榮文:「全日空に対しましては、昭和三十四年度におきまして約五千万円、これは、現在国内線に使っておりますDC-3の機器の統一のために補助金を出しました。」
  7. ^ 限りなく大空へ pp131
  8. ^ 限りなく大空へ pp137
  9. ^ 「国内大手2社 日本政策投資銀行が緊急融資を実行」2003年10月6日 読売新聞
  10. ^ 「日航と全日空に緊急融資、リストラ条件に…政策投資銀」2004年3月31日 読売新聞
  11. ^ ボーイング787のロールアウトセレモニーでANA社長が挨拶 ANAプレスリリース・2007年7月9日
  12. ^ ボーイング787ドリームライナー〜  ANA向け初号機の最終組み立てを開始 〜 ボーイング・ANA共同プレスリリース・2009年6月18日
  13. ^ Boeing Reschedules Initial 787 Deliveries and First Flight
  14. ^ Boeing Revises 787 First Flight and Delivery Plans; Adds Schedule Margin to Reduce Risk of Further Delays
  15. ^ “米ボーイング新中型旅客機「B787」 ANA、来年6月路線投入へ”. フジサンケイビジネスアイ. (2007-07-09). http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200707090015a.nwc 
  16. ^ Airline of the Year - Winners ATWOnline
  17. ^ 787納入機を初公開 全日空向け最新鋭型”. 産経新聞 (2011-08-07). 2011-08-12閲覧。
  18. ^ 全日空:MRJ90型機15機発注を決議、約692億円-受領は13-17年度”. ブルームバーグ (2010-06-21). 2011-08-12閲覧。
  19. ^ a b c d e f g h i エアーニッポン (ANK) の機材・乗務員で運航。
  20. ^ a b c エアージャパンの機材・乗務員で運航。
  21. ^ 新型シートの画像のあるページ(スーパーシートおよびスーパーシートプレミアムの画像などもあり)
  22. ^ B737-800のシート画像
  23. ^ ボーイング787、日本初飛来が決定 ボーイング・ANA共同プレスリリース・2011年5月26日
  24. ^ 世界でもANAと日本航空のみが発注[要出典]しており、事実上日本国内線専用モデルとされていた。
  25. ^ ボーイング787-9へのモデル変更について ANAプレスリリース・2010年9月30日
  26. ^ ボーイング787が国内線に就航 - ANA公式サイト
  27. ^ http://www.ana.co.jp/cargo/index.html, 2007年1月13日閲覧。
  28. ^ 2006年度には、国内線の貨物は30,574百万円、郵便は8,936百万円、国際線の貨物は62,915百万円、郵便3,438百万円の実績を残した
  29. ^ http://www.ana.co.jp/cp/index.html, 2009-01-13閲覧。
  30. ^ 月刊ANA Cargo 2007年10月号 (PDF) 2009年1月13日閲覧。
  31. ^ ANAとコンチネンタル航空がコードシェアを開始 ANAプレスリリース・2010年3月16日
  32. ^ ANAとUSエアウェイズのコードシェア開始について ANAプレスリリース・2009年8月5日
  33. ^ ANAとスカンジナビア航空が、コードシェアを開始 ANAプレスリリース・2011年4月27日
  34. ^ ANAとエジプト航空がコードシェアを開始 ANAプレスリリース・2010年12月13日
  35. ^ ANAとヴァージンアトランティック航空コードシェア提携〜2009年8月より、東京・ロンドン間のコードシェア運航開始〜 ANAプレスリリース・2009年6月2日
  36. ^ ANAとニュージーランド航空コードシェア運航に向けた基本合意を締結 ANA、ニュージーランド航空共同プレスリリース・2011年12月15日
  37. ^ ANA公式サイト・ANA歴史年表

参考文献

  • 全日空30年史編集委員会 『限りなく大空へ 全日空の30年』 全日本空輸株式会社、1983年。
  • 全日空30年史編集委員会 『限りなく大空へ 全日空の30年 資料編』 全日本空輸株式会社、1983年。

関連項目

外部リンク