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副島孔太

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

副島 孔太
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 東京都大田区
生年月日 1974年5月17日(38歳)
身長
体重
186cm
88kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手一塁手三塁手
プロ入り 1996年 ドラフト5位
初出場 1997年6月14日
最終出場 2004年7月23日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴
  • 茨城ゴールデンゴールズ (2005 - 2006)
  • フェデックス (2007 - 2009)

副島 孔太(そえじま こうた、1974年5月17日 - )は、東京都出身の元プロ野球選手外野手内野手)。

目次

来歴・人物

少年野球(シニアリーグ)の時代から、日本代表に選ばれるなど、アマチュア野球界ではエリートコースを歩んでいる。

桐蔭学園高校では、1年生にしてレギュラーに定着。2年、3年の1991年1992年には夏の甲子園に連続出場。1991年は3年生に高木大成、1年生に高橋由伸を擁して旋風を起こし、3回戦まで進出。自身は3回戦でラッキーゾーンへの本塁打を放っている。

3年時のチームは打線に厚みが増し、優勝候補筆頭と目されたが、まさかの初戦(甲子園開幕戦)サヨナラ負けを喫する。この試合では延長戦であわやバックスクリーン直撃となる大飛球の二塁打を放っている。

法政大学時代は、スラッガーとして活躍(大学通算11本塁打)。1996年全日本大学選手権では東北福祉大学を破って学生王者となり、同年のドラフト会議でヤクルトから5位指名された。背番号25。当時のヤクルト野村監督は、沙知代夫人の所有する少年野球チーム(シニアリーグ)の関係から副島の実力を昔から熟知しており、その影響があっての指名といわれている。

1997年のヤクルト入団後は、打撃は優秀だったが、守備に難があったことなどから代打やサブ的な起用が多かった。それでも、2001年の日本シリーズ第4戦では決勝本塁打を放ち、チームの4年ぶりの日本一に貢献するが、2002年シーズン途中に戎信行投手との交換トレードでオリックスに移籍した。

オリックスでは背番号1を背負い、長距離砲として期待されるが、レギュラー争いに結果的に敗れ、2004年オリックスに分配ドラフト前に自由契約となる。この時点で複数の球団から誘いがあったが、これらを固辞(本人談。テレビ番組「おしゃれカンケイ」出演時告白)し、萩本欽一が率いる茨城ゴールデンゴールズに兼任コーチとして入団、2年間プレーした。

2007年からは東京都内で飲食店に勤務する傍ら、桐蔭学園高校時代の同級生(萩島賢)が監督を務めるフェデックスに移籍、2008年にはTDK千曲川の補強選手として都市対抗野球に初出場を果たしている。2010年から鉄腕硬式野球倶楽部に在籍し、2011年からは監督を兼任している。

エピソード

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1997 ヤクルト 1018160301051000010140.188.235.313.548
1998 1073373013280122812038216127125710.266.329.399.728
1999 365653391001021001200190.170.196.189.385
2000 922502214571144101233163322301493.321.385.557.942
2001 69766641420222101100911160.212.316.333.649
2002 31423815100640000400110.132.214.158.372
オリックス 371131019263013261021910153.257.315.317.632
'02計 681551391031401381010211310263.223.288.273.561
2003 6010388619410251202011400231.216.320.284.604
2004 21373116300920100600131.194.324.290.614
通算:8年 463103291510123340821352106118116953520718.255.325.385.710

背番号

  • 25 (1997 - 2002年途中)
  • 1 (2002年途中 - 2003年)
  • 44 (2004年)

関連項目