吉永小百合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| よしなが さゆり 吉永 小百合 | |||||||||||||||
| 本名 | 岡田 小百合 | ||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 生年月日 | 1945年3月13日(67歳) | ||||||||||||||
| 出生地 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本・東京都渋谷区 | ||||||||||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||||||||||
| 民族 | 日本人 | ||||||||||||||
| 身長 | 157cm | ||||||||||||||
| 職業 | 女優・歌手 | ||||||||||||||
| ジャンル | 映画・テレビドラマ・CM | ||||||||||||||
| 活動期間 | 1957年 - | ||||||||||||||
| 配偶者 | 岡田太郎 | ||||||||||||||
| |||||||||||||||
吉永 小百合(よしなが さゆり、1945年3月13日 - )は、日本の女優である。本名、岡田 小百合(おかだ さゆり)。
東京都渋谷区代々木西原町(当時)出身。そのファンは、「サユリスト」と呼称される。吉田正(作曲家)の門下生として、数多くのレコードを世に送り出している。
早稲田大学第二文学部西洋史学専修卒業、学位は学士(文学)(早稲田大学)。
目次 |
経歴
- 1957年(昭和32年) - 渋谷区立西原小学校6年生の時、ラジオ東京(現 TBSラジオ)の連続ラジオドラマ『山犬少年』と『赤胴鈴之助』でデビュー。10月、ラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』でテレビデビュー。
- 1959年(昭和34年) - 『朝を呼ぶ口笛』で映画デビュー。
- 1960年(昭和35年) - 渋谷区立代々木中学校卒業、都立の名門校東京都立駒場高等学校普通科入学。
- 1961年(昭和36年) - 私立精華学園女子高等学校(現在の 東海大学付属望洋高等学校)転入学。
- 1962年(昭和37年) - 高校在学中、『キューポラのある街』(浦山桐郎監督)にヒロイン役で出演。ビクターから『寒い朝』でレコードデビューし20万枚のヒット。橋幸夫とのデュエットで30万枚の大ヒットとなった『いつでも夢を』で「第4回日本レコード大賞」受賞。この頃から日活の清純派女優として浜田光夫とコンビを組む。同年3月31日からイタリアのミラノで開かれた「ミラノ国際見本市」の中で、4月15日から4月19日まで開催された『ミラノ日本映画見本市』のため、4月10日、清水雅(東宝社長)を団長として、川喜多長政、奥山融、そして、他の映画会社各社代表女優の佐久間良子(東映)、星由里子(東宝)らと共に日活代表女優としてイタリアへ出発。岸惠子が日本からではなく現地参加でミラノで合流している。吉永は星と共に同国のヴェネツィアも訪れている。4月25日、帰国。当時はまだ海外渡航自由化の前で、貴重なイタリア訪問となった。
- 1965年(昭和40年) - 大学入学資格検定に全科目合格は出来なかったが早稲田大学に高卒と同等以上の学力があると認められ早稲田大学第二文学部西洋史学専修に入学(俳優業多忙のため、精華学園女子高校は中退していた)。
- 1969年(昭和44年) - 多忙な中、早稲田大学第二文学部西洋史学専修を正規の4年間、しかも次席で卒業。日活と契約更新(特記事項を参照)。
- 1973年(昭和48年) - フジテレビの岡田太郎ディレクター(のち、共同テレビ社長、会長、取締役相談役を歴任)と結婚。15歳差だった。
- 1985年(昭和60年) - 『おはん』、『天国の駅』の演技で、「日本アカデミー賞最優秀主演女優賞」初受賞。以降、1989年(平成元年)、2001年(平成13年)、2006年(平成18年)と、最優秀主演女優賞を計4度受賞(歴代1位)している。
- 1988年(昭和63年) - 『つる』(市川崑監督)に主演し、映画出演は通算100作品となる。
- 1997年(平成9年) - 朗読CD『第二楽章』で「第39回日本レコード大賞企画賞」受賞。
- 2002年(平成14年) - 平和記念資料館(広島市)に導入された音声ガイドのナレーションをボランティアで担当。
- 2003年(平成15年) - 上記ナレーションや、同じくボランティアである原爆詩の朗読などの平和活動が評価され、「第15回谷本清平和賞」受賞。
- 2005年(平成17年) - 第56回NHK紅白歌合戦では、山梨県からの中継で原爆詩を朗読した。
- 2006年(平成18年) - 紫綬褒章、受章
- 2008年(平成20年) - 2月に主演映画『母べえ』がベルリン国際映画祭出品のためベルリンへ往く。
- 2010年(平成22年) - 文化功労者。
- 2011年(平成23年) - 7月31日に広島国際会議場の原爆詩朗読会で「世の中から核兵器、原子力発電所がなくなってほしい」と訴えた。朗読会は日本母親大会の特別企画[1]。
人物
- 父の吉永芳之(鹿児島県出身)は、九州耐火煉瓦、外務省嘱託をへて、出版社「シネ・ロマンス社」を経営。飯島正、双葉十三郎らと映画ファン雑誌「シネ・ロマンス」を刊行するも、事業に失敗している。
- 母方の祖父に、英文出版社の大観社社長の川田友之。叔母に『婦人画報』編集長、「アムネスティ・インターナショナル日本支部」の創設メンバーの川田泰代が名前を連ねるなど、執筆の世界とも所縁が深い。
- 遠縁に歌手の佐良直美がいる(佐良直美の母方の大伯父である山口彰夫の妻と、吉永小百合の母が姉妹同士)[2]。また山本直純の妻の山本正美も遠縁にあたる(山本正美の妹の夫の母が、吉永小百合の母のいとこの妻と姉妹同士)[2]。
- 「日活の看板女優」として、浜田光夫と共に1960年代の日本映画界に一大旋風を巻き起こした。従来の男性アクション映画路線がマンネリ化していた当時の日活にとって、吉永・浜田コンビの純愛&青春映画路線は、新たな日活映画ファンの獲得と支持を集めた。特に、『キューポラのある街』、ベストセラーを映画化した『愛と死をみつめて』などは世間から熱い注目を集めた。
- ブロマイドがあまりの売れ行きに店頭から姿を消すなど、爆発的に売り上げを伸ばした。1964年(昭和39年)、1968年(昭和43年)、1969年(昭和44年)と、年間売上実績で女性部門1位に光輝いた。彼女と共に青春時代を歩んだ世代に「サユリスト」と呼称されるファンも多い。有名人のファンではタモリ、野坂昭如らが有名である。
- 吉永主演映画の原作者でもある川端康成、石坂洋次郎といった大作家にも寵愛され、川端は吉永に会いたいために山奥の伊豆の踊子のロケ現場を突然訪ね、石坂は吉永が演じることを想定して作品を綴り上げた。
- 日本映画の衰退期と重なったこともあるが、結婚相手が15歳も年上の業界関係者で役柄のイメージに合わず、結婚に反対する両親との仲違いも報道されたりもした。1973年当時の邦画界には、ヌードも辞さず大胆に現代女性を演じる若手女優が多数登場しており、吉永が1960年代に演じ続けた「清純なお嬢さん」像は類型的で過去の遺物のような印象になってしまっていた。子役出身の俳優にしばしば見られるように、娘役から大人の女性への脱皮がスムーズに行かなかったともいえる。1975年(昭和50年)、『青春の門』を皮切りに「清純なお嬢さん」を脱する演技を披露した。
- デビュー時代以外はテレビドラマには縁の無い印象であるが、映画出演の減り始めた時期に、「東芝日曜劇場」やNHK大河ドラマにも出演している。1981年(昭和56年)の『夢千代日記』(NHK)では、大人の女性としての内的情感を豊かに表現し、この時期から、評論家に演技力に難をつけられながらも、大女優の風格をもつ女優という好意的な評価を受け始めた。「サユリスト」復権も同時期であり、邦画冬の時代にも定期的に出演作が製作され、現在に至る。
- 広島を舞台にした『愛と死の記録』の出演や、『夢千代日記』(NHK)で原爆症に苦しむ主人公を演じたことをきっかけに、1986年(昭和61年)からボランティアで原爆詩の朗読会をスタートさせている。現在では女優としての活動のほか、反戦・反核運動をライフワークとして力点を置いている。
- 最近のテレビ出演はほぼCMのみであり、映画を中心に活動している。
- 確定申告手続で各社の取材を受けた際、同席していた当時の大蔵大臣に「この税金は戦闘機を買う費用に使ったりせず、もっと国民のためになることに使って欲しい」と釘を刺した。
- 西武ライオンズと早稲田大学ラグビー部のファンとして有名である。前者については、1996年オフの清原和博の読売ジャイアンツ移籍について、「あの時(1987年の対ジャイアンツ戦で日本一を決めた、日本シリーズ第6戦のこと)の涙は何だったの」とコメントしていた。この結果、清原ファンをやめている(西武ファンは継続)。また、清原も吉永のファンである。
- 夫から教わった将棋も趣味の一つとしており、将棋棋士の大内延介と交遊があった。また、1976年の「将棋会館」建設にあたって多額の寄付をしている。
- 『吉永小百合 街ものがたり』(TBSラジオ)の中で、鉄道ファンであることも告白した。
- 2005年、西武鉄道グループ(西武ライオンズを含む)の当時のオーナーであり、吉永のファンでもあった堤義明から軽井沢の別荘を格安で買ったと報じられた(週刊文春2005年3月10日号)。吉永は「通常の売買契約に基づき行っております」と弁明している。
- 健康維持のために水泳を永年に渡り、継続している。また、常に水着を持ち歩き、プールがあればどこでも泳いでいる。
- 「ガラスの中の少女」の水中に浮かぶ遺体のシーンでは、実際に失神している。
特記事項
- 吉永が歌い上げた『奈良の春日野』(「♪フンフンフーン 黒豆や♪」の歌詞が特徴的)は、元々1965年(昭和40年)に発売されたシングル『天満橋から』(第16回NHK紅白歌合戦出場曲)のB面曲であったが、1987年(昭和62年)に明石家さんまがギャグとして取り上げたことから、レコードも再発売(A面を『奈良の春日野』に変更)されヒットした。
- 1963年にはナイフとピストルを持ったファンに自宅で襲撃されている[3]。また、同年には合計7通の脅迫状が吉永の自宅に届いている(吉永小百合脅迫事件)。
- 1969年には年2本以上の日活作品に出演する代わりに他社の作品や自主制作映画は日活側の諒解[4]を得れば自由に出演が出来る条件で再契約する、しかし当時はヤクザ映画が全盛で吉永向けの作品を制作するのは既に困難であった[5]。
- 1970年(昭和45年)封切の松竹『青春大全集』では初のキスシーンを松橋登と演じた。しかし吉永自身は『徹子の部屋』出演時に、初のキスシーンの相手は三木のり平だったと発言している。
- 三波春夫の曲と思われがちの『世界の国からこんにちは』のレコードを、日本万国博覧会当時に出している(全部で7種類の歌い手による競作であった)。同博覧会開催の数年前に、この歌が初めてマスコミに発表された時も三波春夫ではなく吉永がその場で歌っている。また、松下電器産業が博覧会を記念して制作したタイムカプセルには、吉永が歌い上げたレコードが納められた。
- 早稲田大学第二文学部での卒業論文のテーマは「アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』におけるアテネ(アテナイ)の民主制について」であった。
- 和田アキ子と旅行した時に互いに写真を写し合いした際、和田の顔を眺めて吉永は「和田さんって。私と似てますね。」と言ったという。和田はそのことを他人に自慢しても信じてくれないと自虐ネタにすることがある。
- 水島新司の漫画『あぶさん』にも、1993年シーズンの開幕戦に西武球場に観戦に来るなど登場する。
サユリスト
吉永のファンは「サユリスト」(『小百合』に『…主義者』や『人』を意味する英語の接尾辞『-ist』をつけた造語)と言われるが、「サユリスト」を自認する者は邦画ファンや一般大衆はもとより、芸能人や著名人にも幅広く存在している。内藤陳は、呼び捨てをふくむこと自体がとんでもないとして「サユリサマスト」と呼ぶよう提唱しているが、ほとんど世間には浸透していない。
- 「サユリスト」を自認するタモリは、同じく「サユリスト」として知られる野坂昭如を指して「あの人は一時、山口百恵に走ったが、俺は小百合サマ一筋」と述べたことがある。タモリと吉永は早稲田大学第二文学部に在学していた時期が重なっており、学生食堂で吉永が食事しているのを偶然に発見した際、吉永の食べ残しを食べようか迷った末、思いとどまったというエピソードがある。ちなみに、タモリが30年近く司会を務める『森田一義アワー 笑っていいとも!』の、通算6700回を超える人気コーナー「テレフォンショッキング」には、2010年現在において吉永はまだ一度も生出演したことがない。
- 早稲田大学の女子学生をさす、バンカラで、男まさりで、活動的な「早稲女(わせじょ)」の代表的O.G.としてしばしば名があげられる。
- やはり、早稲田大学の後輩である小宮山悟も「サユリスト」の一人である。
- 漫談家の綾小路きみまろも「サユリスト」を自認する人物の一人。また、吉永も綾小路のファンであり、吉永の主演映画『まぼろしの邪馬台国』では、吉永の希望によって綾小路に出演依頼を行い、綾小路は「サユリストの1人としてぜひ」と快諾。なお、綾小路にとってはこれが実質的な俳優としてのデビュー作である。
映画
※太字の題名はキネマ旬報ベストテンにランクインした作品
デビュー作
- 朝を呼ぶ口笛(1959年、松竹大船)
主演(日活)
- ガラスの中の少女(1960年)
- 花と娘と白い道(1961年)
- 青い芽の素顔(1961年)
- 草を刈る娘(1961年)
- 赤い蕾と白い花(1962年)
- あすの花嫁(1962年)
- ひとりぼっちの二人だが(1962年)
- 若い人(1962年)
- キューポラのある街(1962年、東野英治郎主演)
- 伊豆の踊子(1963年、高橋英樹主演)
- 泥だらけの純情(1963年)
- 1977年、山口百恵と三浦友和でリメイクされる。詳細は『泥だらけの純情_(1977年の映画)』を参照
- 青い山脈(1963年)
- 雨の中に消えて(1963年)
- 若い東京の屋根の下(1963年)
- 美しい暦(1963年)
- 波浮の港(1963年)
- 光る海(1963年)
- 愛と死をみつめて(1964年、浜田光夫主演)
- こんにちわ20才(1964年)
- こんにちは赤ちゃん(1964年)
- 潮騒(1964年)
- 風と樹と空と(1964年)
- うず潮(1964年)
- 悲しき別れの歌(1965年)
- 未成年 続・キューポラのある街(1965年)
- 青春のお通り(1965年)
- 明日は咲こう花咲こう(1965年)
- 父と娘の歌(1965年)
- 大空に乾杯(1966年)
- 青春のお通り 愛して泣いて突っ走れ(1966年)
- 風車のある街(1966年)
- 私、違っているかしら(1966年)
- 愛と死の記録(1966年)
- 青春の海(1967年)
- 恋のハイウェイ(1967年)
- 君が青春のとき(1967年)
- 斜陽のおもかげ(1967年)
- 花の恋人たち(1968年)
- 青春の風(1968年)
- だれの椅子?(1968年)
- あゝひめゆりの塔(1968年)
- 花ひらく娘たち(1969年)
主演(日活卒業後)
- 幕末(1970年、中村プロ、お良役)
- 風の慕情(1970年、松竹大船)
- 青春大全集(1970年、松竹大船)
- 戦争と人間 第二部・愛と悲しみの山河(1971年、日活)
- 男はつらいよ 柴又慕情(1972年、松竹大船、渥美清主演)
- 戦争と人間 完結篇(1973年、日活)
- 男はつらいよ 寅次郎恋やつれ(1974年、松竹大船、渥美清主演)
- 青春の門(1975年、東宝) - 伊吹タエ 役
- 皇帝のいない八月(1978年、松竹)
- 衝動殺人 息子よ(1979年、松竹) - 柴田保子 役
- 動乱(1980年、東映、高倉健主演) - 溝口薫 役
- 海峡(1982年、東宝、高倉健主演) - 牧村多恵 役
- 細雪(1983年、東宝) - 蒔岡雪子 役
- 天国の駅 HEAVEN STATION(1984年、東映) - 主演・林葉かよ 役
- おはん(1984年、東宝) - 主演・おはん 役
- 夢千代日記(1985年、東映) - 主演・夢千代(永井幸子) 役
- 玄海つれづれ節(1986年、東映) - 主演・山岡ゆき 役
- 映画女優(1987年、東宝) - 主演・田中絹代 役
- つる -鶴-(1988年、東宝) - 主演・つる 役
- 華の乱(1988年、東映) - 主演・与謝野晶子 役
- 外科室(1992年、東映) - 主演・貴船伯爵夫人 役
- 天国の大罪(1992年、東映) - 主演・衣畑遼子 役
- 夢の女(1993年、松竹) - 主演・お浪(花魁楓) 役
- 女ざかり(1994年、松竹) - 主演・南弓子 役
- 霧の子午線(1996年、東映) - 主演・ 沢田八重 役
- 時雨の記(1998年、東映) - 主演・ 堀川多江 役
- 長崎ぶらぶら節(2000年、東映) - 主演・愛八(松尾サダ) 役
- 千年の恋 ひかる源氏物語(2002年、東映) - 主演・紫式部 役
- 北の零年(2005年、東映) - 主演・小松原志乃 役
- 母べえ(2008年、松竹) - 主演・野上佳代 役
- まぼろしの邪馬台国(2008年、東映) - 主演・宮崎和子・卑弥呼役
- おとうと(2010年、松竹) - 主演・高野吟子 役
- 北のカナリアたち(2012年秋以降公開、東映) - 主演・川島はる 役
その他
- まぼろし探偵 地底人襲来(1960年、新東宝 吉野さくら役)
- 龍の子太郎(1979年、東映動画 龍役)
- 手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく- (ナレーション/チャプラの母)
テレビ
ドラマ
- 赤胴鈴之助(1957年 - 1959年、KRテレビ)
- まぼろし探偵(1959年 - 1960年、KRテレビ)
- 映像が現存し、DVDも発売されている。
- SOSパリ(1959年 - 1960年、日本テレビ)
- わが心のかもめ(1966年、NHK)
- シオノギテレビ劇場(フジテレビ)
- また逢う日まで(1966年)
- その時、私は…(1967年)
- 愛情について 最終回「葉桜」(1967年)
- はだしの太陽(1967年、NHK)
- ナショナル劇場(TBS)
- 娘たちはいま(1967年 - 1968年)
- はーいただいま(1968年)
- 日産スター劇場(日本テレビ)
- 夏みかんのような娘(1968年)
- 風の中を吹く(1969年、日本テレビ)
- 東芝日曜劇場(TBS)
- 愛ある限り(1969年、フジテレビ)
- 銀河ドラマ(NHK)
- 混戦模様(1969年)
- 樅ノ木は残った(1970年、NHK)
- 春の雪(1970年、フジテレビ)
- 花は花よめ(1971年 - 1973年、日本テレビ・第1・第2シリーズ)
- 女人平家(1971年 - 1972年、朝日放送)
- はーいただいま(1972年、TBS)
- 国境のない伝記 クーデンホーフ家の人びと(1973年、NHK)
- 愛をください(1974年、TBS)
- 寿の日(1975年、TBS) TBS開局20周年記念番組 若尾文子・浅丘ルリ子・中村勘三郎・尾上松録と共演
- 風と雲と虹と(1976年、NHK)
- 新・座頭市 第14話「雪の別れ路」(1977年、フジテレビ)
- 海は甦える(1977年、TBS)
- 南十字星 コルネリアお雪異聞 わたしの山田長政(1978年、朝日放送)
- 鮎のうた(1979年 - 1980年、NHK)
- 夢千代日記(1981年 - 1984年、NHK)
- 一死、大罪を謝す(1981年、フジテレビ)
- 茜色の坂(1981年、朝日放送)
- 吉田茂(1983年、関西テレビ)
- 春までの祭(1989年、フジテレビ)
その他
- スター千一夜(フジテレビ) - 司会、ゲスト
- NHK紅白歌合戦(※下記参照)
- 日本レコード大賞10周年記念音楽会(1968年12月28日、TBS)
- 日本歌謡大賞(フジテレビ) -1972年度司会
- FNS歌謡祭(フジテレビ) - 司会
- 吉永小百合ショー(1966年、日本テレビ)
- きみはヒロシマを見たか~広島原爆資料館(1982年8月6日、NHK総合)- 語り
- この人・吉永小百合ショー(1985年6月6日、NHK)
- 夢を駈ける女~馬のない名騎手・井上喜久子 (1987年1月2日、NTV)- 語り
- ミツコ 二つの世紀末(1987年、NHK)
- 未来からの贈りもの~この星を旅する物語 (1995年3月`日、TBS)- 語り
- ヒロシマ・ガールズ・50年目の夏 (1995年8月7日、フジテレビ)- 語り
- 祈るように語り続けたい(1997年・1999年・2000年、NHK-BS2)
- NNNドキュメント「チンチン電車と女学生 2003・夏・ヒロシマ」(2003年、広島テレビ) - 語り
- 特別対談番組「吉永小百合 石井ふく子 34年の絆」〜山本周五郎生誕100年記念によせて〜(2003年、TBSチャンネル)
- 森光子「放浪記」大いなる旅路(2005年5月22日、NHK総合)- 語り
- 戦後60年特別企画「ヒロシマ」(2005年8月5日、TBS) - 朗読
- 吉永小百合 言葉で平和を紡ぎたい(2007年8月9日、NHK総合)
- 絶景・人情列島”寅さん”が旅したニッポン(2008年8月13日、テレビ東京) - 語り
- 吉永小百合 被爆65年の広島・長崎(2010年8月6日、NHK総合)
- 証言 八十年目の真実 ~長島 そして ノルウェー~(2010年11月28日、山陽放送) - 語り
- NHKスペシャル「復活~山田洋次・SLを撮る~」(2011年7月16日、NHK総合)- 語り
ラジオ
ドラマ
- 山犬少年(1957年1月 - 2月、ラジオ東京)
- 赤胴鈴之助(1957年1月 - 1959年2月、ラジオ東京)
- まぼろし探偵(1959年2月 - 1960年10月、ラジオ東京)
- 人の知らない花(1962年8月 - 9月、TBSラジオ)
- お父さん!大好き(1962年9月 - 1964年3月、ニッポン放送)
- 小百合は大学一年生(1964年4月 - 1965年1月、ニッポン放送)
- 白鷺の飛ぶ日に…(1965年4月、NHK第1)
- 二十歳(1966年1月、NHK第1)
- 斜陽のおもかげ(1967年、文化放送)
- 銀のしずく降る降る(1983年6月、NHK第1)
- マディソン郡の橋(1993年12月、ニッポン放送)
その他
- お早う吉永小百合です(1967年 - 不明、文化放送)
- 吉永小百合 街ものがたり(1997年4月 - 2004年3月、TBSラジオ)
- 今晩は 吉永小百合です(2005年10月 - 、TBSラジオ)
CM
- 桃谷順天館 「明色アストリンゼン」
- カルピス
- トヨタ自動車 「トヨタ・クラウン」(1973年 - 1983年)
- リコー 「マイツール」
- 日本生命
- 公共広告機構(現:ACジャパン)
- シャープ 「AQUOS」(液晶テレビ、ブルーレイディスクレコーダー)、太陽光発電システム (2000年 - )
- 三井ホーム(1983年 - 1998年、2003年 - 2004年、2010年 - )※1995年にはシングル「しあわせは少し遠くに」がCMに使われた
- JR東日本
- カゴメ
- 植物性乳酸菌「ラブレ」(2005年 - 2009年)
- 「野菜生活100」(2008年 - 2009年)※雪印時代から出演ほか
- 郵便事業『年賀状』(2008年)
音楽CD
- 吉永小百合ヒットソング(1962年)
- 小百合ちゃんの夢のピアノ・アルバム(1965年)
- 吉永小百合リサイタル〜詩人〜(1966年)
- 吉永小百合ベストヒット 愛の世界(1967年)
- 吉永小百合とともに(1967年)※ライブ・アルバム
- ふるさとのおもちゃの唄(2007年)
- 吉永小百合映画歌謡曲(日活編)(2008年)※日活映画に残した歌声を映画音源から収録(全67曲)。
NHK紅白歌合戦出場歴(歌手として)
- 第13回 (1962年12月31日、東京宝塚劇場)…『寒い朝』
- 第14回 (1963年12月31日、東京宝塚劇場)…『伊豆の踊子』
- 第15回 (1964年12月31日、東京宝塚劇場)…『瀬戸のうず潮』
- 第16回 (1965年12月31日、東京宝塚劇場)…『天満橋から』
- 第17回 (1966年12月31日、東京宝塚劇場)…『勇気あるもの』
朗読CD
- 第二楽章(1997年) - 広島の原爆詩を朗読
- 第二楽章・長崎から(1999年)
- 第二楽章・沖縄から「ウミガメと少年」(2006年) - 野坂昭如の戦争童話集を朗読
書籍
著書
- 『夢の続き』(世界文化社、2007年)
- 『Sayuri 吉永小百合アルバム』(マガジンハウス、2004年)
- 『吉永小百合街ものがたり』(講談社、1999年 / 講談社+α文庫、2003年)
- 『旅に夢みる』(講談社、2003年)※紀行エッセイ
- 『夢一途』(主婦と生活社、1988年 / 集英社文庫、1993年)※自伝
- 新版「人間の記録122」(日本図書センター、2000年)
共著
- 『憲法を変えて戦争に行こう - という世の中にしないための18人の発言』(岩波ブックレット:岩波書店 2005年、ISBN 4000093576)
伝記ほか
論文
脚注
外部リンク
| |||||||||||||||||||||||
FNS歌謡祭歴代司会
| |||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | 男性司会者 | 女性司会者 | |||||||||||||||||
| 1974年,1975年 | 小川宏 | 吉永小百合 | |||||||||||||||||
| 1976年 | 浅茅陽子 | ||||||||||||||||||
| 1977年 | 関口宏 | 芳村真理 | |||||||||||||||||
| 1978年-1986年 | 露木茂 | ||||||||||||||||||
| 1987年-1989年 | 露木茂、古舘伊知郎 | - | |||||||||||||||||
| 1990年-1995年 | 露木茂 | 楠田枝里子 | |||||||||||||||||
| 1996年-2004年 | 川端健嗣 | ||||||||||||||||||
| 2005年-2007年 | 草彅剛 | 黒木瞳 | |||||||||||||||||
| 2008年 | - | ||||||||||||||||||
| 2009年 | 草彅剛 | ||||||||||||||||||
| 2010年 | - | ||||||||||||||||||
| 2011年 | 高島彩 | ||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||
| ||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||
カテゴリ: 日本の俳優 | 日本の歌手 | 日本の子役 | 日本のアイドル | 文化功労者 | 紫綬褒章受章者 | ビクターエンタテインメントのアーティスト | NHK紅白歌合戦出演者 | 日本レコード大賞受賞者 | 埼玉西武ライオンズ関連人物 | 日活の人物 | 東京都出身の人物 | 反戦運動 | 反核兵器運動 | 1945年生 | 存命人物




