大分県立津久見高等学校
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| 大分県立津久見高等学校 | |
|---|---|
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 大分県 |
| 設立年月日 | 1939年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 設置学科 |
普通科 機械科 電気科 |
| 学科内専門コース |
(普通科) 進学コース 情報経理コース |
| 高校コード | 44128H |
| 所在地 | 〒879-2421 |
|
大分県津久見市大字津久見3485番地1 | |
| 外部リンク | 公式サイト |
| ファイル:Portal.svg ウィキポータル 教育 ファイル:Project.svg ウィキプロジェクト 学校 | |
大分県立津久見高等学校(おおいたけんりつ つくみこうとうがっこう)は、大分県津久見市にある公立の高等学校。九州で唯一選抜高等学校野球大会と全国高等学校野球選手権大会の両大会を制した野球部が有名。
目次 |
歴史
- 1939年5月10日 - 津久見町立工業学校として創立(機械科、電気科設置)。
- 1939年6月14日 - 第二本科電気科併置認可。
- 1940年6月28日 - 第二本科機械科併置認可。
- 1944年4月1日 - 県立移管により大分県立津久見工業学校となる。
- 1945年4月1日 - 第二本科(機械、電気科)を廃止、新たに4年制第二種機械科設置。
- 1948年4月1日 - 大分県立津久見高等学校となり、第二種機械科を廃止、工業科(機械、電気)、普通科を併置、併置中学校設置。
- 1949年2月1日 - 定時制高校開設、女子被服課程設置。
- 1949年3月31日 - 併置中学廃止。
- 1950年4月1日 - 別科制定、定時制を別科に切替える。
- 1958年4月1日 - 工業化学科設置。
- 1962年4月1日 - 工業化学科を化学工学科に転換、機械科1学級増設。
- 1962年3月31日 - 別科廃止。
- 1963年4月1日 - 電気科(電子コース)増設。
- 1964年4月1日 - 電気科(電子コース)を電子科に切替える。
- 1967年4月7日 - 第39回選抜高等学校野球大会優勝。
- 1972年4月1日 - 普通科商業学コースを設置。
- 1972年8月23日 - 第54回全国高等学校野球選手権大会優勝。
- 1993年4月1日 - 普通科商業学コースを普通科情報経理コースに改名。
- 1996年3月31日 - 電子科募集停止。
- 2005年3月31日 - 化学工学科募集停止。
学科
- 普通科
- 進学コース
- 情報経理コース
- 機械科
- 電気科
卒業生
- 田中喜八郎(元プロ野球選手)
- 中村武敏(元プロ野球選手)
- 近藤隆正(元プロ野球選手)
- 仲野重勝(元プロ野球選手)
- 高橋直樹(元プロ野球選手)
- 池田重喜(元プロ野球選手)
- 中村国昭(元プロ野球選手)
- 岩崎忠義(元プロ野球選手)
- 吉良修一(元プロ野球選手)
- 大田卓司(元プロ野球選手)
- 山口久仁男(元プロ野球選手)
- 浜浦徹(元プロ野球選手)
- 橘健治(元プロ野球選手)
- 岩井隆之(元プロ野球選手)
- 水江正臣(元プロ野球選手)
- 中川信秀(元プロ野球選手)
- 谷崎浩二(元プロ野球選手)
- 日野善朗(元プロ野球選手)
- 川崎憲次郎(元プロ野球選手)
- 佐藤裕幸(元プロ野球選手)
- 鉄平(プロ野球選手)
- 岩尾利弘(プロ野球選手)
- EIJI(ディスクジョッキー)
- 徳丸勝治(アデランス社長)
- 佐藤俊明(放送作家)
- 高橋勝(映画監督)
- 近藤 六(アッチャンズ)(タレント)
高校再編
2012年4月に、本校と臼杵商業高校、海洋科学高校とを統合し、新たな高校が本校の敷地に設けられる予定である(ただし、海洋科学高校は分校として存続する)[1]。統合後の新設校の校名は、大分県立津久見高等学校となる予定[2]。
脚注
- ^ 県教委 後期高校再編素案を発表 - 大分合同新聞、2008年1月10日
- ^ 統合校「津久見高」に - 大分合同新聞、2011年7月27日
関連項目
リンク
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