大前元紀
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | ゲンキ | ||||||
| カタカナ | オオマエ ゲンキ | ||||||
| ラテン文字 | OMAE Genki | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||
| 生年月日 | 1989年12月10日(22歳) | ||||||
| 出身地 | 神奈川県横浜市 | ||||||
| 身長 | 166cm | ||||||
| 体重 | 67kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | 清水エスパルス | ||||||
| ポジション | FW | ||||||
| 背番号 | 11 | ||||||
| 利き足 | 右 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年1月21日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||
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大前 元紀(おおまえ げんき、1989年12月10日 - )は、神奈川県横浜市出身のサッカー選手。ポジションはフォワード。2008年よりJリーグディビジョン1 (J1)、清水エスパルスに所属する。
目次 |
来歴
中学3年時に帝京高等学校、桐蔭学園高等学校などのサッカー部のセレクションを受けたが、不合格になり、卒業後は、流通経済大学付属柏高等学校に進学した。 流通経済大学付属柏高等学校3年時の2007年に同校のエースストライカーとして高円宮杯全日本ユース選手権、全国高校選手権の2冠達成に大きく貢献。また大前自身は全国高校総体を加えた高校3大大会すべてにおいて得点王を獲得するという史上初の快挙を成し遂げた。 高校の同級生には、比嘉祐介と中里崇宏が、一学年後輩には、田口泰士、久場光がいる。
2008年、J1・清水エスパルスに入団し、一年目は途中交代で二試合に出場した[1]。
2009年6月13日ヤマザキナビスコカップ予選リーグ第7節のFC東京戦で、右サイドからの市川大祐のクロスにダイビングヘッドで合わせプロ初ゴールを記録した。
2010年、3月6日の開幕戦・サンフレッチェ広島戦でロスタイムに藤本淳吾のフリーキックにヘッドで合わせJリーグ初ゴールを決めた。この年から清水は4-3-3にシステム変更しており3トップの左ウイングとしてまずまずの出場機会を得た。監督および選手が大幅に入れ替わった2011年シーズンからは前シーズンとは逆サイドの3トップの右ウィングとしてレギュラーとして起用されている。高精度のクロスからアシストを量産、また今シーズンからプレイスキッカーも努めており、第7節の福岡戦と14節のガンバ戦(キックの瞬間に軸足を滑らせミスキックとなるも、これが結果的に名手藤ヶ谷陽介の裏をかくことになった。)では直接フリーキックを決めた。
所属クラブ
- しらとり台FC
- 町田JFC
- 2005年-2007年 流通経済大学付属柏高等学校
- 2008年-現 在 清水エスパルス
個人成績
利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |2008||清水||22||J1||2||0||3||0||1||0||6||0 |- |2009||清水||22||J1||0||0||2||1||0||0||2||1 |- |2010||清水||22||J1||13||3||6||0||6||1||25||4 |- |2011||清水||11||J1|||||||||||||||| 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始15||3||11||1||7||1||33||5 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終15||3||11||1||7||1||33||5 |}
- 公式戦初出場 - 2008年5月25日 ナビスコカップ第4節 vsジュビロ磐田 (日本平)
- 公式戦初得点 - 2009年6月13日 ナビスコカップ第7節 vsFC東京 (駒沢)
- J1初得点 - 2010年3月6日 J1第1節 vsサンフレッチェ広島 (広島ビッグアーチ)
代表歴
- 2008年
- U-19日本代表
- カタールU-19国際親善トーナメント
- 日本高校選抜
- 第68回ベリンツォーナ国際ユース大会(4試合フル出場、6得点でトップタイ)
関連項目
参照
外部リンク
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