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大友進

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大友 進
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 茨城県多賀郡十王町(現:日立市
生年月日 1974年6月18日(37歳)
身長
体重
181cm
76kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1995年 ドラフト2位
初出場 1996年6月14日
最終出場 2005年5月25日
経歴(括弧内は在籍年)

大友 進(おおとも すすむ、1974年6月18日 - )は、元プロ野球選手外野手)。

愛称は「ビッグフレンドリー」「パワーランナー」「ススムくん」など。現在はテレビ埼玉解説者を務める。

目次

来歴・人物

日立工高では双子の弟と共に1年夏からクリーンナップを任される。1年夏は中堅手投手を兼任し、2年秋には茨城県大会で準優勝して関東大会に進み、ベスト8で浦和学院に敗れた。3年夏の県大会でも準優勝に終わり、甲子園出場はならなかった。その後、東京ガスを経て1995年西武ライオンズドラフト2位指名される。

1996年、後半戦に東尾修監督に抜擢され、一軍昇格を果たすと62試合出場で打率.301の成績を残し、レギュラーの座を掴む。1997年は主に2番打者として活躍、優勝に貢献。1998年は春季キャンプではスイッチヒッターに挑戦したが結果が出ず、すぐに左打ちに戻す。この年からは1番打者として活躍。初のゴールデングラブ賞も受賞した。1999年1月には女優秋本祐希と結婚。オールスターゲーム第1戦でランニングホームランを達成。

しかし、2000年の公式戦で外野フライを追ってフェンスに激突してしまい、右肩を痛めシーズン終盤を棒に振る。その故障が尾を引き、翌年以降は精彩を欠き、更なる故障が続いたこともあり成績は年々下降。2003年はわずか14試合の出場に終わる。2004年はプロ入り初の一軍試合出場なしとなり、この年のオフ、正津英志宮越徹との交換トレード玉野宏昌と共に中日に移籍。

単身赴任生活が始まったが、これがきっかけで以前からあった妻とのすれ違いに拍車がかかり、翌年には性格の不一致という理由で7月に離婚するに至った。一方、選手としても移籍で捲土重来を期して臨んだシーズンだったが、守備力の高さを評価されシーズン序盤は出場機会があったものの、わずか18試合の出場にとどまり、打率も.185とかつての力は取り戻せずに終わり、この年オフに戦力外通告を受け現役引退。

その後、苦い思い出ばかりだった野球から離れたい一心でゴルフの指導者を目指していた時期もあったが[1]2006年、西武時代の先輩・大塚光二が率いる埼玉県の社会人野球クラブチーム・一球幸魂倶楽部の選手兼任コーチに就任したほか、古巣西武による球団主催の野球教室や日本プロ野球OBクラブ主催の野球教室などで講師を務めている。 また、2009年はNPB12球団ジュニアトーナメント西武ライオンズジュニアのコーチを務めた。 その他にも現在はコロナベースボールアカデミーの講師として、子供たちの野球指導にあたる。また三井浩二が主催する入間野球道場でも講師を務めている[2]

エピソード

高い守備力は投手陣からの信頼が厚く、豊田清が登板前にセンターから順に外野陣に帽子に手をやって挨拶するのは大友の守備に敬意を払っていたからだと言われている。

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1996 西武 622552263368123395191541211600313.301.346.420.766
1997 128550460711282175178453153125402615.278.355.387.742
1998 129480394391061052132311383045101503.269.351.335.686
1999 130510415521121444146261362616700418.270.371.352.722
2000 8228923847581002741942904002480.244.357.311.668
2001 35776461250120421001201142.188.325.313.637
2002 64169153153681149102270900310.235.278.320.598
2003 1431282320050000030051.107.194.179.372
2005 中日 1830272500051000030060.185.267.185.452
通算:9年 66223912005267528822018704155802811582550628722.263.347.351.698

年度別守備成績

年度外野
試合刺殺補殺失策併殺守備率
199657106110.991
1997128287932.990
1998128249642.985
1999129220330.987
200079136211.933
200125250001.000
200261670001.000
2003950001.000
20058111001.000
通算 624110622125.989

記録

  • 初出場・初安打:1996年6月14日、ダイエー戦(福岡D) 8番中堅で先発、武田から単打
  • 初打点・初盗塁:1996年6月16日、ダイエー戦(福岡D) 2回内野ゴロの間/同回二盗
  • 初本塁打:1996年8月9日、ダイエー戦(福岡D) 5回ヒデカズからソロ
  • オールスターゲーム出場:1回(1999年)

表彰

背番号

  • 37 (1996年 - 2004年)
  • 38 (2005年)

関連情報

現在の出演番組

脚注

  1. ^ 週刊ベースボール 2009年9月14日号『セカンドキャリアの「球人力」』より
  2. ^ 週刊ベースボール2011年10月31日号 セカンドキャリアの「球人力」P92

関連項目