大岩剛
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | ゴウさん | ||||||
| カタカナ | オオイワ ゴウ | ||||||
| ラテン文字 | OIWA Go | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||
| 生年月日 | 1972年6月23日(39歳) | ||||||
| 出身地 | 静岡県静岡市清水区 | ||||||
| 身長 | 180cm | ||||||
| 体重 | 75kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | 鹿島アントラーズ | ||||||
| ポジション | DF | ||||||
| 背番号 | 4 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月31日現在。 2. 2007年9月11日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||
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大岩 剛(おおいわ ごう、1972年6月23日 - )は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身の元サッカー選手。サッカー指導者。ポジションはディフェンダー(センターバック)。Jリーグの鹿島アントラーズのコーチを務めている。元日本代表選手。
目次 |
人物・経歴
1995年に筑波大学から名古屋グランパスに入団し初年度からレギュラーを獲得する。2000年にはA代表にも選ばれ順調なスタートを切ったに思えたが、シーズン途中に主力の平野孝と望月重良と共に突然解雇される。その後、ジュビロ磐田に移籍し、N-BOXのシステムの中心メンバーとして2ステージ完全優勝を達成する。2003年に当時の磐田の最大のライバルと言える鹿島アントラーズに移籍。年齢もあり徐々に試合出場は減ったが、経験を生かした貴重なバックアップのメンバーとしてJリーグ初の3連覇も経験した。2011年、天皇杯優勝と共に現役を引退。花道を飾った。
- 学校は違ったが、近所には同学年の野々村芳和が住んでいた。野々村によると、大岩との初対戦は小学1年の頃。
- プロ入りまでは左サイドバックとしてプレーしていた。
- オールシーズン半袖であるが、これは競り合いで袖を捕まれないようにという配慮から。寒くなってくると防寒具として手袋だけはつけている。
- 鹿島での岩政大樹とのコンビは名前に引っ掛けて「二枚岩」とよばれ、強固な壁を築き敵の攻撃を文字通りはじき返したが、ドリブラーなどには脆さを見せることもあった。
- 目標とする選手は、名古屋グランパス所属時にセンターバックでコンビを組んでいたトーレス。
- 2009年ACL予選の水原三星戦後、名将オリヴェイラ監督に「選手、人間として大岩と一緒に仕事できることは名誉だと感じている」と最大限の敬意を評される。
- 2010年のJ1では最年長選手となっていた。
- 2011年元日の天皇杯決勝はリザーブ止まりで現役最後の試合出場はならなかったが、表彰式では、天皇杯を受け取ったキャプテンの小笠原満男から譲られる形で、ロイヤルボックスにて天皇杯を掲げた。
所属クラブ
- ユース経歴
- 1979年 - 1984年 三保第二小学校 (静岡県)
- 1985年 - 1987年 清水第五中学校
- 1988年 - 1990年 清水市立商業高等学校
- 1991年 - 1994年 筑波大学体育専門学群
- プロ経歴
- 1995年 - 2000年8月 名古屋グランパスエイト
- 2000年9月 - 2002年 ジュビロ磐田
- 2003年 - 2010年 鹿島アントラーズ
経歴
- リーグ戦デビュー (名古屋) - 1995年3月18日 ガンバ大阪戦
- リーグ戦初得点 (名古屋) - 1996年11月2日 ジェフユナイテッド市原戦
- 国際Aマッチデビュー - 2000年2月5日 メキシコ戦
個人成績
利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |1995||名古屋||-||J||38||0||colspan="2"|-||4||0||42||0 |- |1996||名古屋||-||J||27||1||12||0||1||0||40||1 |- |1997||名古屋||3||J||32||1||7||0||0||0||39||1 |- |1998||名古屋||3||J||32||2||4||0||1||0||37||2 |- |1999||名古屋||3||J1||26||2||4||0||5||0||35||2 |- |rowspan="2"|2000||名古屋||5||J1||17||0||0||0||colspan="2"|-||17||0 |- |磐田||3||J1||1||0||1||0||0||0||2||0 |- |2001||磐田||3||J1||28||2||7||0||1||1||36||3 |- |2002||磐田||3||J1||20||0||6||0||0||0||26||0 |- |2003||鹿島||4||J1||29||1||5||0||4||0||38||1 |- |2004||鹿島||4||J1||29||0||6||1||3||0||38||1 |- |2005||鹿島||4||J1||30||0||5||0||3||0||38||0 |- |2006||鹿島||4||J1||27||1||7||0||1||0||35||1 |- |2007||鹿島||4||J1||20||0||6||1||5||0||31||1 |- |2008||鹿島||4||J1||18||0||0||0||0||0||18||0 |- |2009||鹿島||4||J1||6||0||0||0||2||0||8||0 |- |2010||鹿島||4||J1||6||0||1||0||5||0||12||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始386||10||71||2||35||1||492||13 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終386||10||71||2||35||1||492||13 |} その他の公式戦
- 2001年
- Jリーグチャンピオンシップ 2試合0得点
- 2008年
- スーパーカップ 1試合0得点
利用者:Bcjp/t/fbp国際表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国際表 th |2002-03||鹿島||4||3||0 |- |2008||鹿島||4||8||0 |- |2009||鹿島||4||2||1 |- |2010||鹿島||4||0||0 |- !通算!!colspan="2"|AFC |13||1 |} その他の国際公式戦
- 2003年
- A3チャンピオンズカップ 3試合0得点
個人タイトル
- 2001年 - ベストイレブン
代表歴
出場大会など
- 1991年ワールドユース予選
- 2000年2月5日のメキシコ戦でA代表デビュー
試合数
- 国際Aマッチ 3試合 0得点 (2000年)
| 日本代表 | 国際Aマッチ | |
|---|---|---|
| 年 | 出場 | 得点 |
| 2000 | 3 | 0 |
| 通算 | 3 | 0 |
関連項目
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