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大田阿斗里

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

阿斗里 (大田 阿斗里)
横浜DeNAベイスターズ #58
ファイル:Atori in 2010.08.08.JPG
2010年8月8日(横浜スタジアム)
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 沖縄県中頭郡西原町
生年月日 1989年8月12日(22歳)
身長
体重
190cm
95kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 高校生ドラフト3巡目
初出場 2008年9月14日
年俸 750万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

阿斗里(あとり、本名:大田 阿斗里(おおた あとり)、1989年8月12日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手投手)。

目次

経歴

プロ入り前

3歳まで沖縄で暮らした後に東京へ転居する。小3で江戸川区軟式野球連盟・仲町ビックフィガースで外野手として軟式野球を始め、小5で投手に転向。小6時に江戸川区選抜として世界大会に出場する。

帝京高等学校へ進学し、1年夏からベンチ入りする。2年夏から3季連続で甲子園に出場する。2年夏8強、2007年春のセンバツでは小城打線を相手に大会史上2位タイとなる20奪三振の活躍、4強入りに貢献する。しかし、二回戦の市川戦でバントを試みた際に親指を負傷。痛みからフォームが崩れ、夏の都大会でも何度もノックアウトされた。酷い時には1アウトも取れない事もあった。最後の夏の甲子園ではこの不調が響き、エースナンバー背番号1は同僚の垣ヶ原達也に奪われ、背番号10を付けての出場となった(チームは8強進出)。この甲子園では2/3イニングしか投げられなかった。

高校3年夏の不調から、プロ入りがかなわなかった場合はアメリカへ行ってメジャーリーグを目指すかもしれない、と周囲に漏らしていた。

プロ入り後

2007年10月3日の高校生ドラフト横浜ベイスターズから3巡目指名を受ける。契約金5000万円、年俸500万円(推定)で契約した。

1年目の2008年はシーズン終盤に一軍で中継ぎとしてプロ初登板を果たし151キロを計測。その後先発でも起用されたが、目立った結果は残すことが出来なかった。

2009年は8月13日に一軍登録、その翌日にリリーフ登板したのが唯一の一軍登板となった。

2010年は先発・リリーフの併用で16試合に登板し0勝7敗に終わったものの契約更改では120万円増で契約した。

プレースタイル

恵まれた体格から投げ降ろされるMAX151キロのストレートスライダーカーブフォークが武器の本格派大型右腕。

人物

  • スズメ目アトリ科の小さな渡り鳥であるアトリが名前の由来であり、野鳥の撮影が趣味の父が名付けた。また姉が2人おり、姉たちの名前もそれぞれ鳥の名前からつけられている。
  • 愛称の「ハマのゴーヤー」は、背番号58にちなんで自ら命名。将来は58から40を引いた番号(エースナンバー18)を付けたいとも話している。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2008 横浜 510000200.0005812.117220390011118.031.54
2009 100000000----112.020200110114.502.00
2010 1670000700.00021447.056101614280037346.511.53
2011 300000100.000246.140200100222.840.95
通算:4年 25800001000.00030767.279122217391051486.381.49
  • 2011年度シーズン終了時

記録

背番号

  • 58 (2008年 - )

関連項目