大竹洋平
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | ヨーヘイ | ||||||
| カタカナ | オオタケ ヨウヘイ | ||||||
| ラテン文字 | OTAKE Yohei | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||
| 生年月日 | 1989年5月2日(23歳) | ||||||
| 出身地 | 埼玉県八潮市 | ||||||
| 身長 | 166cm | ||||||
| 体重 | 62kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | セレッソ大阪 | ||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 背番号 | 7 | ||||||
| 利き足 | 左足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年8月9日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||
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大竹 洋平(おおたけ ようへい、1989年5月2日 - )は、埼玉県八潮市出身のサッカー選手。Jリーグのセレッソ大阪に所属。ポジションはMF。
目次 |
人物
FC東京の下部組織からの生え抜き選手。左足を活かした鋭いドリブル突破や、スルーパスで攻撃をリードする姿から関係者には「東京のメッシ」とも呼ばれている[1]。2009年に背番号を「30」から「19」に替えたのもメッシにちなんでのものである[2][注 1]。
来歴
小学生の頃から中村俊輔に憧れ、そのプレーを研究したといい[3]、同選手に似たプレースタイルやキックフォームを見せるようになる[注 2]。関東FC東京U-15、および同U-18に入り、当時は全てのPKを任されていた。2007年の第15回Jリーグユース選手権大会では5得点を挙げ、攻撃の起点としてチームの優勝に貢献した。
2008年、椋原健太、廣永遼太郎と共にトップチームに昇格[注 3]。同年3月8日、開幕戦神戸戦(自身の高校卒業式当日)でプロデビュー。同年4月19日のJ1第7節川崎戦においてプロ初ゴールをループシュートで決めると、4月21日、U-23日本代表候補に追加招集され、反町康治オリンピック代表監督から「ゲームの流れを変えられる選手。たぐいまれな個性がある」と評される[5]など注目を集めた。これ以後、オフ・ザ・ボールの動きを試行錯誤し苦しんだものの[6]、J1第24節大宮戦でフリーキックでのゴールを決めるなど、チーム3位タイの4得点を挙げ存在感を示した[注 4]。
2009年は城福浩監督から「かなり(相手に)研究されている。さらなる成長がないと、この壁は越えられない」[7]と厳しい評価を下され、出場機会が激減した。得点も3月29日のナビスコカップ予選リーグ第2節・神戸戦での1ゴールにとどまった。また、この年からJリーグ選手協会の副支部長を務めている[8]。
2010年、5月22日のナビスコカップ予選リーグ第3節新潟戦で14か月ぶりとなるゴールを決める。相手GKのタイミングをずらしてのシュートに、城福監督から「指導者が指導できない発想で点を取ってくれた」[9]と称えられた。同年第24節からは城福に替わり大熊清監督が指揮を執ったが、怪我人の復帰に伴うメンバー再編や、FWのリカルジーニョが大竹と同じ攻撃的MFにポジションを変えたことなどから、大熊就任以降のリーグ戦での出場機会は3試合にとどまった[10]。しかし、控え組主体[11]で臨んだ天皇杯4回戦千葉戦では2ゴールの活躍。「最後まで(フル出場しても)運動量が落ちなかった」「自分に自信をもってプレーできている」と成長を実感したそうだ[11][12]。大熊監督は2011年の指揮を執るにあたって「狭いところでパスを出せる田邉草民と大竹洋平をホントに鍛え、戦力にしたい」と名指して期待を示した[13]。
所属クラブ
- ユース経歴
- 1996年 - 2001年 八潮中央サッカースポーツ少年団
- 2002年 - 2004年 FC東京U-15深川
- 2005年 - 2007年 FC東京U-18 (埼玉県立八潮高等学校)
- プロ経歴
個人成績
利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |2008||FC東京||30||J1||23||4||4||0||0||0||27||4 |- |2009||FC東京||19||J1||13||0||6||1||1||0||20||1 |- |2010||FC東京||19||J1||14||2||6||1||5||2||25||5 |- |rowspan=2|2011||FC東京||19||J2||11||1||colspan=2|-||colspan=2|-||11||1 |- |C大阪||7||J1|||||||||||||||| 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始50||6||16||2||6||2||72||10 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算行11||1||colspan=2|-||0||0||11||1 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終61||7||16||2||6||2||83||11 |}
- プロ初出場:2008年3月8日 - J1リーグ 1stステージ第1節 vsヴィッセル神戸 (味の素)
- プロ初得点:2008年4月19日 - J1リーグ 1stステージ第7節 vs川崎フロンターレ (味の素)
その他の国際公式戦
- 2010年
- スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点
利用者:Bcjp/t/fbp国際表 top
利用者:Bcjp/t/fbp国際表 th
|2011||C大阪||7||||
|-
!通算!!colspan="2"|AFC
|||
|}
代表歴
タイトル
脚注
- 注釈
- 出典
- ^ 18歳が歴史を変えた!「FC東京のメッシ」大竹洋平がアウエー・磐田戦初勝利を呼び込む先制アシスト スポーツ報知、2008.03.24
- ^ 東京中日スポーツ 2009年2月19日 紙面
- ^ 【ユース選手紹介 大竹洋平】 東京中日スポーツ
- ^ FC東京、MF大竹で俊輔封じ! サンケイスポーツ、2010.11.14
- ^ B組突破へ 大竹をサプライズ招集 スポーツニッポン、2008年4月22日
- ^ 【Jリーグ注目選手スペシャルインタビュー】Vol.16:大竹洋平選手 J's GOAL、2008年10月21日
- ^ 大竹「反撃の夏」左ひざ痛から19日ぶり練習復帰 東京中日スポーツ、2009年7月9日
- ^ Jリーグ選手協会 JPFA 役員名簿(2009)、同(2010)
- ^ 【ヤマザキナビスコカップ FC東京vs新潟】城福浩監督記者会見コメント J's GOAL、2010年5月22日
- ^ 選手出場記録 FC東京 2010 Jリーグ ディビジョン1 Jリーグ公式サイト
- ^ a b FC東京 大竹が2ゴールで快勝 スポーツニッポン、2010年11月17日
- ^ [FC東京]「ベンチ外れてからのこういう試合が自分の中で大切だと思っていた」(大竹選手) エル・ゴラッソweb版 BLOGOLA、2010年11月28日
- ^ 12月9日・大熊清監督続投決定による囲み取材 (後藤勝) サッカーを読む! Jマガ、2010.12.11
- ^ 【11/08/09】大竹洋平選手 加入のお知らせ セレッソ大阪公式サイト 2011年8月9日
関連項目
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