1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

大衆小説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(大衆文学 から転送)

大衆小説(たいしゅうしょうせつ)、大衆文学(-ぶんがく)とは、純文学に対して、芸術性よりも娯楽性・商業性を重んじる小説の総称である。「娯楽小説」「娯楽文学」も同義語。「通俗小説」「通俗文学」とも呼ばれた。

目次

日本の大衆小説

時代背景

坪内逍遙の『小説神髄』における「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」という主張や、尾崎紅葉らの硯友社による文学の娯楽性の追求から、後の大衆小説の原型となる人情小説・風俗小説の流れが生まれた。また、19世紀後半に多く創刊された〈小新聞〉と呼ばれる大衆向けの新聞には、〈続き物〉と呼ばれたノンフィクションノベル(高橋お伝の生涯をモデルにしたものなど)が掲載された。

一方で明治初めから江戸時代の戯作文学の流れを汲む「髷物」が書かれており、撥鬢小説と呼ばれた村上浪六や、宮崎三昧、前田曙山、行友李風らの作家がいた。また講談の流れの上に、三遊亭円朝などによる速記講談、立川文庫などの書き講談、講談倶楽部による新講談などが人気を博し、1919年(大正8年)には堺利彦白柳秀湖らによって講談による大衆の思想善導を目指す、講談の改造運動が始まり、『改造』誌上では「新時代に適応すべき、形式上および思想上の改造講談[1]」とする社会講談が提唱された。

大衆文学の成立

1913年(大正2年)には中里介山が『都新聞』に『大菩薩峠』の連載を始め、ニヒルな主人公机竜之助など、従来の時代ものにはなかった独創性で1921年頃から爆発的な人気を獲得する。関東大震災の前後からはマスメディアの発達により、『キング』『週刊朝日』といった大衆雑誌が創刊されて人気を集めるなど、雑誌、新聞に連載する小説が求められるようになり、大佛次郎吉川英治村松梢風直木三十五など多くの大衆作家が登場する。当初はいわゆるチャンバラ小説が主だったが、読者、マスコミの要請によって現代もの(通俗小説)も多く書かれるようになり、探偵小説科学小説、ユーモア小説、股旅小説、実録小説なども大衆小説の範疇となっていく。

1924年(大正13年)に菊池寛は創作小説と講談の中間である「読物文芸」を提唱し、長谷川伸らの作品による「読物文芸叢書」を発刊する。またこの年から白井喬二が『富士に立つ影』連載を始め、これらの作品はマスコミから「大衆文芸」と呼ばれるようになる。白井は翌1925年に大衆作家による二十一日会を結成し、同人による月刊雑誌『大衆文芸』を1926年1月から翌年7月までを発行した。1927年には平凡社が円本『現代大衆文学全集』を出版開始し、白井も企画の中心として参加し[2]、第1回配本の白井喬二「新撰組」は初版だけで33万部というヒットとなった。白井の大衆文学観は、「ひろく一般民衆へ解放された文学」であり、「娯楽文芸」とは異なり、「「文芸至上主義」と合致する「本格文学」の境地」を目指す意識により[3]、「決して通俗文学ではない」(「正道大衆文学観」)というものだった。

大正中期に新聞、婦人雑誌、娯楽雑誌などの大量出版物に掲載された小説は、文芸雑誌に掲載される純文学作品とは作者、読者とも大きく分かれ、「通俗小説」と呼ばれた[4]。1918年に久米正雄『螢草』、1920年に菊池寛『真珠夫人』などが書かれて大衆の支持を受け、続いて純文学出身の中村武羅夫久米正雄加藤武雄や、吉屋信子小島政二郎などの通俗作家が輩出した。また徳田秋声の「『アンナ・カレーニナ』も通俗小説だ」という言葉のように、トルストイバルザックも私小説作家達からは同種のものと見なされていた。大正末から昭和初期にかけては、純文学系の佐藤春夫山本有三広津和郎岸田國士らが新聞小説を執筆するようになった。

通俗小説に新境地を見出した菊池寛は『文芸春秋』創刊などを通じて、文壇の大御所として後生の育成に努めることにより、大衆小説はその全盛期を迎える。その影響は広く、「文学の大衆化」を掲げたプロレタリア文学の陣営も、大衆小説の存在を強く意識し、徳永直貴司山治らは、「プロレタリア大衆小説」の創造を提唱した。

当時の主な大衆小説の書き手としては、

らが挙げられる。上では便宜上作家を分類しているが、大衆小説家は幾つかのジャンルにまたがって作品を執筆するのが普通であり、上の分類も大雑把なものに過ぎない。

1931年には谷崎潤一郎が推理小説誌『新青年』に「武州公秘話」を連載、『中央公論』で長谷川伸「一本刀土俵入」を掲載するなど、大衆文学が文壇においても注目されるようになり、純文学の危機論、文芸復興といった運動にも繋がっていく。

大衆小説の位置付け

「大衆」文学という語の初出は、博文館発行の『講談雑誌』(1924年春の号)に使われた、「見よ、大衆文学のこの偉観」という惹句とされている。この当時は、探偵小説、恋愛通俗小説はまだ「大衆小説」とは呼ばれておらず、主として「高等講談」と呼ばれた時代小説、歴史小説を指していた。この造語により、それまで人情小説・風俗小説と呼ばれていたジャンルが、大衆小説として統合されることになった。1935年頃からは通俗小説は大衆小説と一括りのものとなる。

一般に大衆小説の作家やその作品は、同時代の純文学作家とその作品に比べ、不当に低く評価されがちである。しかし、大衆小説の持つ大衆小説ゆえの文学性が、同時代、あるいは後代の文学者に評価される例も、決して少なくはない。

昭和後期以降は、自ら積極的に大衆小説作家を名乗る作家は多くない。しかし、それは大衆小説の衰亡を意味するのではない。時代小説や風俗小説を手掛ける作家自体は、現代でも数多く存在するし、探偵小説推理小説ミステリ科学小説SFに名前を変えてジャンルを存続させている。これらは現代ではエンターテインメント作品とか、個々のジャンルで括られることのほうが多く、ジャンル小説の名が大衆小説/エンターテインメント小説と同義に用いられることもある。嗜好の多様化によりかつての大衆像は崩壊しており、幅広い大衆に向けて読み捨て的な娯楽性のみを追及するといった意味での大衆小説は衰退しているが、かつての大衆小説のうち、時代経過に耐える質の高いものは現在でも広く読まれている。

前近代文学

中村真一郎は、江戸時代の洒落本黄表紙滑稽本などは通俗ものであり、たまたまその当時純文学らしいもの(当時の純文学は韻文である)がなかったため『日本古典文学全集』などに入っており、もし近代の作品を同じ基準で入れたなら、近代文学史は厖大な量の通俗小説で埋まってしまうだろうと書いている(『日本古典文学大系 狭衣物語』月報)。また平安朝物語の末流として、鎌倉時代物語、室町時代物語と総称される、亜流的物語は多数作られており、これらも大衆文学と言ってよいだろう。

西洋文学

純文学・大衆文学という区別は日本だけのものだとする発言を時おり見かけるが、西洋にはルネッサンス期から書かれ続けた厖大な大衆小説が存在する。中世ヨーロッパではロマンスと呼ばれる冒険物語や騎士道物語が広く読まれており、ケルト人の民間伝承だったアーサー王について12世紀以降に韻文、散文の物語として書かれて、広くヨーロッパに広まった。12世紀には(従来のラテン語でなく)フランス語で書かれた読み物も書かれ始め、筆写が盛んに行われて本が広まっていくようになる。13世紀には寓意的な「薔薇物語」が大流行し、動物叙事詩「狐物語」がヨーロッパ各地に広まり、ファブリオーと呼ばれるユーモラスな小話が多く書かれた。スペインで13世紀頃に成立した「アマディス・デ・ガウラ」は人気を呼び、類似の「英国のパルメラン」「ギリシャのベリアヌス」「森のパルテのペクス」などのロマンスが書かれた。

14世紀イタリアではノヴェッラ(新奇な物語)が生まれ、ボッカッチョデカメロン」がある。15世紀に印刷術が広まり、騎士道物語のパロディー的なラブレーガルガンチュワとパンタグリュエル」が広く読まれ、16世紀イタリアではピカレスク(悪漢小説)が読まれた。

19世紀には新聞連載小説(ロマン・フィユトン、Roman- feuilleton)で多くの大衆文学が書かれるようになり、アレクサンドル・デュマの作品が絶大な人気を得て、またフランソワ・ヴィドック『ヴィドック回想録』、ウージェーヌ・シュー『パリの秘密』など犯罪や探偵の要素が入り込んだ作品が後の探偵小説の発生に影響を与えた。1870年代にはフォルチュネ・デュ・ボアゴベイの歴史小説や探偵小説が人気を博する。それら通俗小説の一部は翻訳や翻案という形で日本の大衆小説にも影響を与えた。第一次世界大戦後のヨーロッパではミステリ小説ピカレスク小説、「外套と短剣(Cloak and Sward)」や恋愛小説がマスコミの発達とともに量産された。

主な日本の大衆文学賞

  1. ^ 『改造』1919年6月号掲載の広告
  2. ^ この『現代大衆文学全集』から「大衆文学」という言葉が一般化した
  3. ^ 尾崎秀樹「白井喬二論」(『大衆文学論』)
  4. ^ 『日本国語大辞典』では、里見弴『桐畑』(大正9年)で、主として若い女を泣かせるような薄幸の女を描く小説の意で「通俗小説」の語が使われている。

参考文献

日本の大衆文学

  • 中村光夫『風俗小説論』新潮社 1958年
  • 平野謙『昭和文学史』筑摩書房 1963年
  • 尾崎秀樹『大衆文学論』勁草書房 1965年
  • 『日本文学の歴史 12 現代の旗手たち』角川書店 1968年(保昌正夫「モダニズムの饗宴」)
  • 『大正の文学 近代文学史2』有斐閣 1972年(磯貝英夫「大衆文学の成立」)

西洋の大衆文学

  • V=L.ソーニエ『中世フランス文学』神沢英三、高田勇訳 白水社 1958年
  • 荒俣宏『別世界通信』筑摩書房 1987年
  • 長谷部史親『欧米推理小説翻訳史』本の雑誌社 1992年(双葉文庫 2007年)
  • ジョセフ・ギース、フランシス・ギース『中世ヨーロッパ都市の生活』青島淑子訳 講談社 2006年