太陽にほえろ!
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|---|
| ドラマ |
| 太陽にほえろ! | |
|---|---|
| ジャンル | テレビドラマ |
| 放送国 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 |
| 制作局 | 日本テレビ系列 |
| 監督 | 竹林進、山本迪夫ほか |
| 原作 | 魔久平 |
| 脚本 | 小川英、長野洋ほか |
| プロデューサー | 岡田晋吉、梅浦洋一ほか |
| 出演者 | 石原裕次郎ほか |
| 太陽にほえろ! | |
| 放送時間 | 金曜日午後8時(54分) |
| 放送期間 | 1972年7月21日 - 1986年11月14日(718回) |
| オープニング |
太陽にほえろ!メインテーマ 太陽にほえろ!メインテーマ'79 太陽にほえろ!メインテーマ'86 |
| 太陽にほえろ! PART2 | |
| 放送時間 | 金曜日午後8時(54分) |
| 放送期間 | 1986年11月28日 - 1987年2月20日(12回) |
| オープニング | 太陽にほえろ!メインテーマ'86 |
『太陽にほえろ!』(たいようにほえろ)は、東宝テレビ部が制作した刑事ドラマ。
1972年(昭和47年)7月21日から1986年(昭和61年)11月14日まで、全718回。日本テレビ系列で金曜日20時から1時間枠で放送された。
続いて続編にあたる『太陽にほえろ!PART2』が1986年(昭和61年)11月28日から[1]1987年(昭和62年)2月20日まで、全12回放送。この項ではPART2についてもあわせて述べる。
目次 |
内容
藤堂係長(石原裕次郎)以下、ニックネームで呼び合う警視庁七曲署(東京・新宿)刑事課捜査第一係(強行犯係)の刑事たちの活躍を描いた番組。日本の刑事ドラマを代表する作品である。
PART2は係長を篁(奈良岡朋子)に変えて描く。
概要
それまでの刑事ドラマは事件と犯人が中心で描かれており、レギュラーの刑事達(主に本庁の捜査一課所属)は狂言回しに過ぎなかった。しかし本作は、所轄署の捜査一係に勤務する刑事の一人一人にフルネームと性格設定を与え、「青春アクションドラマ」と銘打って刑事を主役にした物語を展開した。「走る」刑事ドラマとしても有名で、勝野洋、宮内淳が走った延距離は地球半周分とも言われる[誰によって?]。
サツ、デカ、ホシ、タレコミといった警察用語を世に広めたが、取り調べの際の出前など実際の警察とは異なる描写も多い。
当初の構想では、主人公・マカロニ刑事こと早見淳の成長物語として展開していく予定であった。しかし、早見役の萩原健一が降板を熱望し「劇中で死にたい」という萩原本人の申し出を製作側が受け入れ、早見は通り魔強盗に刺し殺されるという形で姿を消す。だが主役級の降板という事態にもかかわらず番組を終了させることはなく、無名の松田優作を萩原の後任に起用してさらなる成功を収めた。これに端を発し、新人や無名俳優を主演の新米刑事として出演させてその人間的に成長する姿を描き、やがて彼らが「殉職」[2]することで番組を卒業していくというパターンが定着。勝野洋、渡辺徹などといったスターが生み出された。やがて、番組の路線が安定してくると沖雅也、三田村邦彦、世良公則など芸能界で実績のある俳優が起用されるケースも出てきた。また露口茂、竜雷太、小野寺昭、下川辰平らベテランおよび中堅のメンバーにも主演作が用意されるようになり、新米刑事の青春物語から群像劇としての魅力を加えていった。
本作はレギュラー出演者のスケジュール調整には大変注意が払われていた。実際に警察官は「非番」という形で交代制で休みを取る[3]のでこれに準じて、番組1年目は萩原(40話、42話、44話)・小野寺(5話、10話、11話、14話、36話、37話、45話)・下川(10話、18話、31話〜33話、36話、48話、49話)の欠場があった。2年目以降はごく一部の例外(81年の石原裕次郎・沖雅也の病欠)を除き、一係メンバーは毎回必ず顔を揃えていた(岡田晋吉プロデューサーによれば「関根恵子はセミレギュラー扱いだった」)。裕次郎は86年にも再入院し代役として渡哲也が配されたが、最終回で復帰。番組のテーマともいえる「生命の尊さ」を訴え、シリーズ通しての主役として物語をしめくくった。
登場人物
人物名、()に読みとニックネーム、出演者の順に表記。●は「殉職」した刑事
七曲署捜査第一係の刑事たち
- 藤堂俊介(とうどう しゅんすけ/ボス)
- 石原裕次郎(1話〜458話、489話〜699話、718話)
- 東京都出身。1934年(昭和9年)8月1日生まれ。捜査第一係長。警部。威厳と包容力を併せ持った、理想的な上司。本庁で指揮が執れるほどの実力を持ちながら、捜査に妥協を許さない性格からエリートコースを外され、所轄の一係長に留まる。七曲署赴任前は城南署、さらにその前には城北署に勤務していた。
- 両親とはすでに死別。独身で分譲マンションに一人暮らしをしており、一係の部下を家族のように思っている。以前に婚約者がいたが彼が警察官の道を選んだことで自ら解消したという過去を持つ。
- シリーズ初期には自ら現場に赴くこともあったが、中期以降はデスクで指揮を執ることが多くなった。
- 1981年(昭和56年)5月(現実では1981年4月)に入院、心臓に関わる大手術を経て同年クリスマスに復帰する。しかし、その5年後に再び入院し、再度一係から離れることになる。だが最終回では澤村の危機で復帰し、PART2にて警視庁に栄転する。
- ●山村精一(やまむら せいいち/山さん)
- 露口茂(1話〜691話、715話回想)
- 新潟県出身。1932年(昭和7年)生まれ。赴任前は城北署に勤務。通称「落としの山さん」。捜査第一係主任クラス。警部補。初期は勤務中に賭け麻雀に興じるアウトロー的なキャラクターだったが、次第にその推理力をベースにした常に沈着冷静なキャラクターへと変化し、ボスを補佐する司令塔的なポジションにシフトする。長い人生経験により、相手の心の襞までも読み取る洞察力を持つ。その並外れた推理能力、取調べの技術は数多くの難事件を解決へと導いた。若手刑事からの信頼も厚く、藤堂不在時には代理をしっかり務め上げた。
- 妻の高子とは死別し、高子の遠縁の子である隆を養子として育てていたが、刑事である自らの身上を考慮し、実の父親が海外出張から帰国したことを機に返すことを決意。拳銃密輸事件を解決し、千代田署捜査第一係長への栄転が決まった直後、報復に出た暴力団組員に夜道で撃たれ絶命(その際、もみ合っているうちに組員自らも被弾し死亡している。1986年(昭和61年)4月11日に殉職。)。なお山村は父親が8歳の時に(第109話「俺の血をとれ!」にて永井久美の口から語られる)、母親が中学生の時に癌で死別(第166話「噂」にて自ら語る)している。
- ●石塚誠(いしづか まこと/ゴリさん)
- 竜雷太(1話〜525話、617話回想)
- 1942年(昭和17年)生まれ。赴任前は港署に勤務。食欲旺盛で豪快な九州男児。射撃の腕は警視庁刑事の中でも3本の指に入るほどの実力で、緊迫した状況下におけるライフル銃での狙撃もたびたび任される。しかし、できるだけ人を傷つけたくないという思いから、普段は拳銃に弾丸を装填していない。最初期はマカロニや殿下などと同じ若手刑事という位置づけだったが、のちに新人刑事の教育係として長らく若手を引っ張るリーダーとして活躍、ベテランの野崎・山村と若手のパイプ役も務めた。あだ名の由来は、その押しの強いキャラクターから「ゴリ押しのゴリさん」だが、新人刑事にゴリラと誤解されて激昂する場面もよく見られた。後にろう者の麻生晴子(水沢アキ)と出会い婚約するが、戸川組との銃撃戦の直後、覚醒剤中毒者の凶弾に倒れてしまう(1982年(昭和57年)10月1日に殉職)。
- 基本的に藤堂からは「ゴリ」、山村からは「ゴリさん」と呼ばれるが、初期の頃はそれが逆転していたこともあった。
- 他の刑事からは基本的に(赴任直後でニックネームで呼びにくい時に名字で呼ばれる以外は)「ゴリさん」と呼ばれるが、赴任したばかりの西條はしばらく「ゴローさん」と間違えて呼んでいた。
- ●島公之(しま きみゆき/殿下)
- 小野寺昭(1話〜414話、425話回想)
- 1946年(昭和21年)4月2日生まれ。赴任前は港北署勤務。甘いマスクの貴公子然とした風貌から「殿下」と呼ばれる。女性によくもてるが、恋愛運は悪く常に不幸な結末をたどる。初期は捜査をさぼってゴルフの練習に興じたり、夜の女性たちへの聞き込みを専門にするなど遊び人的キャラクターだったり、(後のスコッチのベースともいえるような)容姿に合わぬ冷酷なキャラクターになったりとポジションが安定しなかったが、のちに刑事としては優しすぎる人柄がクローズアップされて良心的なキャラへとシフト、石塚に次いで若手のナンバーツーとして長らく活躍した。
- アメリカから帰国する婚約者の三好恵子(香野百合子)を車(T100系コロナ)で迎えに行く途中、暴走するトラックを避けようとして崖から転落、爆発炎上した(よって正確には「殉職」ではなく、交通事故死である。1980年(昭和55年)7月11日に交通事故死)。本人の弁によると、父親は検事であり人格者であるとのこと。初期数話では”殿下”ではなく”島”と苗字で呼ばれ、以降も後輩刑事からは「島さん」と苗字で呼ばれている[4]。
- 野崎太郎(のざき たろう/長さん)
- 下川辰平(1話〜520話、562話、665話、PART2全12話)
- 1929年(昭和4年)生まれ。巡査部長の「長さん」。交番勤務からたたき上げた苦労人で、警官歴は藤堂よりも長い。山村同様に一係の主任格であるが、捜査会議などには山村にかわって出席しているなど、山村より早い時期に一係へ赴任したと思わせるふしがある[5]。赴任前は北署に勤務していた。
- 妻と一女一男の4人で団地に暮らしており、一係メンバーの中では家庭でのエピソードが最も多い。その面倒見のいい人柄ゆえの人情味あふれる捜査が身上。学生時代はラグビー部に所属していたため、犯人との格闘ではタックルを見舞う場面も多く見られた。岩城の殉職に際し、彼のような優秀な刑事を一人でも多く育てたいという思いから、志願して警察学校の教官に転属する。(1982年(昭和57年)8月27日付けで転勤)PART2では再び一係の現場に復帰した。
- 第520話冒頭ではナレーターとして、岩城が殉職した経緯を説明している。
- 専ら背広姿であるが、マカロニ編に一時期だけノーネクタイで上下白のスーツ姿だったことがあった。
- ●早見淳(はやみ じゅん/マカロニ)
- 萩原健一(1話〜39話、41話、43話、45話〜52話、65話と116話回想)
- 1949年(昭和24年)生まれ。1972年(昭和47年)7月21日付けで本富士署[6]から七曲署捜査一係に転属。長髪にノーネクタイ、当時流行のファッションスーツ(キャンティ1Fのベビードールで誂えた。赤いネクタイに黒のスーツ姿など、特に後半ではネクタイを締めることが多くなっていった)に身を固めた風貌に銃を提げた姿が「マカロニ・ウェスタン風」と島にからかわれ、そのままニックネームに。家族はなく、タバコ屋の二階に下宿している。警察官としての職務よりも、やむにやまれぬ思いを抱えて犯罪に走ってしまう若者たちの方に共感してしまう性格。やること為すこと全て型破りで、その暴走ぶりは先輩たちの頭を悩ませた。負傷した石塚の見舞いの帰り、立ち小便の直後に小銭狙いの通り魔に刺されて死亡(よって正確には「殉職」ではない。1973年(昭和48年)7月13日に死亡。)。
- 内田伸子(うちだ しんこ[7]/シンコ)
- 関根恵子(1話〜111話のうち、不定期に51回登場)
- 初登場時は少年係婦警。しかし、本人は少年事件よりも殺人や強盗などの強行犯捜査に興味があるようで、いつも一係に入り浸っている。第38話においてようやくその夢が叶い、1973年(昭和48年)4月に一係配属となった。父親はかつての藤堂の同僚で現在は小料理屋を営んでおり、勤務がない時はその店の手伝いもする。そのためか「おしんこ」と時折からかわれることがある。1974年(昭和49年)8月の第111話で柴田と結婚するため退職。
- ●柴田純(しばた じゅん/ジーパン)
- 松田優作(53話〜111話、116話回想)
- 1949年(昭和24年)生まれ。殉職した早見の後任(赴任前は七曲署管内の交番勤務)。看護婦の母と実家で暮らしている。配属当日(1973年(昭和48年)7月18日)に無銭飲食で捕まり、留置場から初出勤した。空手の有段者で、それを武器に一張羅のジーパン姿で暴れまわる。父は派出所勤務の制服警官だったが犯人に銃撃され死亡。その際、拳銃を携帯していなかったことが理由で殉職扱いにはならなかった。それが元で彼も拳銃に対してコンプレックスを持つようになる。一係配属後も拳銃携帯を拒否していたが、ある事件の捜査中に傍にいた伸子が銃撃され重傷を負ったことから、殺傷能力の低く、命中精度の高い拳銃を選択し携帯するようになった。のちに伸子と恋仲になり婚約するが、その矢先、自分が身を挺して守った男に撃たれ殉職(1974年(昭和49年)8月30日)。
- 基本的に青のジーパン姿だったが、殉職時は上下白になっていた。また第60話で一度だけ背広姿で登場したがその直後に地震が起こってしまい、自分が背広を着たせいで天変地異を起こしたかとショックを受けたのか、すぐにジーパン姿に戻ってしまったことがある。
- ●三上順(みかみ じゅん/テキサス)
- 勝野洋(112話〜216話、220話新録で声の出演)
- 1949年(昭和24年)生まれ。殉職した柴田の後任として、1974年(昭和49年)9月に矢追町派出所から転属。犯人をおびき出すため、目立つようにテンガロンハットをかぶった姿がニックネームの由来。
- 九州出身の一本気な性格で、正義感の強さは誰にも負けない。拳銃は左利きで柔道四段。空手を心得た殺し屋や凶悪犯と単身対決することも多かった。
- その一方、純粋で心優しい一面もあり、その優しさは警察犬ジュン2号など動物相手にも通じるほどだった。
- その功績が認められて本庁に栄転が決まっていたが、正義感ゆえの焦りから単身で拳銃密造グループの取引現場に乗り込んでしまい、激しい銃撃戦の末に若い命を散らす。(1976年(昭和51年)9月3日)家族は「両親が熊本在住」と放送終了後に発刊された「スターツブックス」には記載されているが、父親については不明だが、第665話の歴代殉職者に絡んだ事件の際の山村の報告で母親が57年に病死していることが判明。
- ●田口良(たぐち りょう/ボン)
- 宮内淳(168話〜363話、364話新撮による回想)
- 1951年(昭和26年)生まれ。姉7人に囲まれて育った大阪府生まれの「ぼんぼん」。お人好しで慌てん坊だが、そのぶん面倒見がよく若者の心を理解することに長けている。
- もとは城南署の刑事だったが、ある殺人事件の犯人として三上を逮捕したことから一係との縁が生まれる。三上が証拠不十分で釈放されたのちも執拗に追い続け、(結局三上は犯人でないことが証明されたものの)三上を始めとする一係との協力の末に真犯人を逮捕。その後自身の希望と七曲署の欠員補充要望とが合致して一係赴任となった(1975年(昭和50年)10月)。
- 赴任当初は甘ったれで不安な面も多々見られたが、岩城の赴任後(1977年(昭和52年)6月)は頼もしい先輩刑事に成長した[8]。またこの頃、荒んだ生活を送っていた五代がヤクザに絡まれていたのを助け、新品のスニーカーを贈っている[9]。登場当初は叔母と二人暮らしをしていたが、後に叔母が帰阪し、アパートで一人暮らしをするようになる。岩城の赴任後は、ある事件をきっかけに岩城と同居するようになる[10]。事件の関係者である女性(根岸季衣)を庇って被弾。一係への電話連絡中、藤堂の声を聞きながら絶命する。(1979年(昭和54年)7月13日)
- 捜査時は専ら私服姿で背広を着ることはなかったが、第354話で交番への潜入捜査のため、岩城とともに制服姿で職務に就いたことがある。
- ●滝隆一(たき りゅういち/スコッチ)
- 沖雅也(217話〜244話、274話、300話、399話〜456話、463話〜476話、491話〜493話)
- 1949年(昭和24年)生まれ。殉職した三上の後任。(1976年(昭和51年)9月に城北署から一係に転属)スーツ、飲み物(紅茶でありコーヒーではない)、タバコなど、何でも英国製を通すダンディな刑事。あまりの気障ぶりに石塚が思わず発した「スコッチ野郎!」がそのままニックネームとなる。赴任1年前[11]に先輩刑事と共に犯人を追いつめた際、一瞬発砲を躊躇ったことで先輩刑事が逆に射殺されるという経験をしており、それ以来「優しすぎるほど気持ちの優しい[12]」性格だったのが冷酷非情へと急変貌し、チームワークを嫌って上司の命令を無視して常に単独行動をとる一匹狼になっていた。それが前任地で問題視され藤堂が七曲署へ引き取らなければ滝は警官を免職になっていた[13]。しかし、その捜査手腕は確かで、射撃も石塚が認めるほどの腕前。かつての恋人(夏純子)の死を経て人としての温かみを取り戻し、1977年(昭和52年)3月に山田署に転勤する。
- その後も1977年10月に山田署管内での暴力団員殺害事件の捜査で七曲署管内を再訪、一係との合同捜査において岩城の拳銃恐怖症克服に貢献したり、1978年4月には藤堂狙撃の一報を聞きつけて捜査協力に駆けつけたりした。その間山田署では彼の一匹狼ぶりが持て余され厄介者扱いされていたようで、3年後の1980年(昭和55年)3月に沖縄での命令を無視しての単独捜査で頂点に達するが、藤堂の配慮もあって沖縄の件は七曲署一係への出向扱いにされ、無事解決ののち正式に七曲署一係に復帰する。
- その頃には非情な面が残るものの、藤堂を尊敬し、一係の仲間たちと信頼し合えるほどに成長した彼の姿があった。島の殉職後は石塚に次ぐ中堅組のナンバーツー、そして岩城、五代、西條、竹本ら若手を引っ張るリーダー格となった。
- しかし、過去に胸を撃たれた際の傷が原因で抱えることになった持病の再発もあって、たびたび現場を離れることが多くなり、そのたびに病をおして現場に復帰したがついに治療不能の状態に陥る。その頃発生した大がかりな拳銃密造事件にかつて逮捕した犯人(逮捕の際、共犯だった弟が滝に射殺されている)が関わっていることを知り、自身の死期も近いことを悟ったが故に自ら囮となってその男をおびき出し、ロシアンルーレットにより脅すなど法律すれすれの方法でようやく拳銃密造ルートを聞き出した直後に喀血、搬送先の病院で石塚と山村(藤堂も駆けつけるはずだったが間に合わず、署を出ようとした直前に電話で訃報を知らされた)に看取られ死亡する(1982年(昭和57年)1月29日)。
- 最終回で病をおして復帰した藤堂が、囚われの身となっていた澤村の居場所を聞き出すべく犯人の妹を訊問した際、“命の尊さ”を訴えるために滝の殉職時のエピソードを持ち出しているが、細部が事実と異なっている[14]。
- ●岩城創(いわき はじめ/ロッキー)
- 木之元亮(256話〜519話、520話回想)
- 1977年(昭和52年)6月に警視庁機動救助隊から一係に配属。ロッキー山脈登頂を夢見る山男。自然と動物を愛する心優しい刑事。レスキュー隊員時代の経験を活かしたロッククライミングアクションが得意。当初は住む家がなく宿直という形で署内に泊まり込んで生活していたが、ある事件をきっかけに田口のアパートで一緒に暮らすことになり、田口の殉職後も引き続いてそのアパートに住んでいる[15]。無類のニンニク好きで、田口をも巻き込んでニンニクの臭いをプンプンさせながら捜査に赴いたことも。レスキュー隊配属前は三の輪署の刑事だったが、赴任して3日目に拳銃を構えた犯人に丸腰で説得にあたろうとした結果撃たれてしまい、それ以来拳銃を向けられるとまるで何もできないほどの拳銃恐怖症となってしまう。一係でのチームワークに助けられ一旦は克服しかけるものの、1977年(昭和52年)10月にある事件で狙撃により負傷したことで再発してしまう。しかしその事件の合同捜査で山田署から応援に来ていた滝のおかげで完全克服を果たす。
- その後交通課の婦警だった早瀬令子と2年にわたる交際の末、1980年(昭和55年)8月に結婚し、双子の父親になる。刑事としてひとつの壁を乗り越え、念願のロッキー登山に旅立つが、偶然にも容疑者を追ってカナダ入りした一係の捜査に参加のため断念。大追跡の末ロッキー山脈で容疑者を追い詰めるも、動植物を庇ったところを撃たれて殉職。(1982年(昭和57年)8月20日)令子の希望で彼の遺骨はロッキー山脈に風葬された。なお父親は元漁師で既に故人、母親は釧路に在住。さらに東京には兄夫婦がいる。
- 捜査時は専ら私服姿で背広を着ることはなかったが、第354話で交番への潜入捜査のため、田口とともに制服姿で職務に就いたことがある。
- 五代潤(ごだい じゅん/スニーカー)
- 山下真司(364話〜476話、489話)
- 沖縄県出身。上京して間もない頃、自暴自棄になっていたところを田口に助けられ、彼に憧れて刑事に(直前の勤務先は城南署)。その際にもらったスニーカーをずっと愛用していたことから、このニックネームがつく。殉職した田口の仇を討つために休暇を取って他管轄の単独捜査を行った際に一係のメンバーと遭遇。捜査に加わることになり、事件解決後に正式に配属される(1979年(昭和54年)7月20日)。ナイーブな性格で、ことあるごとに失敗を犯しては刑事の職に対する自信を失いかけて、何度も退職騒ぎを起こしたことがある。
- 両親は幼い頃、米軍車輌に轢き殺され亡くなっており、以後は妹と二人で必死に生きてきた。その妹がバスジャック事件の巻き添えとなって射殺され、彼女の「沖縄に海の牧場を作りたい」という遺志を実現させるために退職、帰郷する(1981年(昭和56年)9月18日)。
- その若さと真っすぐな性格から、滝の復帰前後は彼に強い不信感を抱いて激しく対立したこともあった[16]が、のちに和解した(その後も幾度か軽く反発している)。
- 退職の際、前出のスニーカーの代替にと買い置きしていた新品のスニーカーを石塚に託し、自身の後任である竹本に贈っている[17]。
- その後、藤堂が心臓の手術から復帰した際(1981年(昭和56年)12月)に偶然自身の上京が重なり、岩城からの連絡で一係に顔を見せ、竹本とも対面を果たした。
- 西條昭(さいじょう あきら/ドック)
- 神田正輝(415話〜最終話、PART2全12話)
- 事故死した島の後任(1980年(昭和55年)7月に警視庁捜査第一課から自らの希望で七曲署一係に転属)。医大を中退後、たまたま「警察官募集」のポスターを見て警官になった変わり種。拳銃は回転式ではなく半自動式を携帯し、足を使わず車に乗って捜査に臨む合理主義者。当初は自ら「ドックって呼んでくれよ」とニックネームを名乗り、捜査会議中にダジャレを連発するなど軽いキャラクターで、新世代の旗頭として一係のムードメーカー的な役割を担っていたが、相次ぐ先輩刑事との別れや後輩刑事たちの加入から次第に若手のリーダー格に成長、石塚の殉職後は彼にかわってそのポジションを引き継いだ。スキーはプロ並みの腕前で、テニスもうまくスポーツ万能。
- 医学部出身ながら、初登場時に自身の推理と解剖所見がまるで食い違う結果になってしまったことから石塚に「ヤブ」というニックネームを別につけられてしまい、石塚、滝、山村および藤堂からしばらくはその名前で呼ばれていた[18]が、成長とともに「ドック」と呼ばれるようになった。
- 後輩刑事からの呼ばれ方は大きく二つに分かれており、岩城から令子までは「ドック」、澤村以降は「ドックさん」と呼んでいる(本来「ドック」という言葉自体が敬称なので、さん付けしない方が正しい)。
- 医学部出身だけに、常に健康にも気を使っており、捜査時もビタミン剤を服用している。
- 第598話冒頭ではナレーターとして、春日部が殺害された経緯を説明している。
- 若手時代は私服姿だったが、中堅になって以降はストーリーによって私服だったり背広だったりと、服装がなかなか安定しなかった。
- 初登場時は各刑事のニックネームを間違って覚えていた。(スニーカー>スパイク、ロッキー>アルプス、スコッチ>ブランデー、ゴリさん>ゴローさんなど)とくにスニーカー刑事のことは、何度もスパイクと呼びかけていた。
- ●竹本淳二(たけもと じゅんじ/ラガー)
- 渡辺徹(476話〜658話)
- 退職した五代の後任。(1981年(昭和56年)9月に城南署から一係に配属)父親も刑事で野崎の同僚だったが殉職している。高校時代にラグビーをやっていたことがニックネームの由来だが、西條からは「ラッキョ」とからかわれることも。事件があった時、すぐ署に駆けつけられるようにと、七曲署近くのアパートを借りて一人暮らしをしている。やんちゃで明るい性格だが、正義感は人一倍強く頑固でもある。見かけによらず大食漢なため体重が増えてしまい、カナダロケに於いては皆での食事中に西條(ドック)からからかわれていた。1985年(昭和60年)、骨肉腫に侵され入院を余儀なくされるも持ち前のガッツで回復する。が、つくば万博行きバスジャック事件の捜査中に再発。バスを狙撃し、ある事件の証人を他の乗客もろとも抹殺しようとした犯人と相打ちになり殉職(1985年(昭和60年)8月2日)[19]。
- 他の若手刑事同様、主にジーンズにジャンパーといった私服姿で長らく勤務していたが、春日部の殉職および水木の加入があった頃から背広姿で職務にあたることが多くなり、殉職時も背広姿であった。
- 原昌之(はら まさゆき/ジプシー)
- 三田村邦彦(494話〜545話、593話)
- 病死した滝の後任(1982年(昭和57年)2月に三田署から一係に配属。その前には城西署、北富士署に勤務)。一匹狼的な性格のために行く先々で疎まれ、所轄署を渡り歩くことからジプシーというニックネームに。右胸心という特異体質と、発砲音で使用銃を特定する特技の持ち主。そのクールさの裏には、幼い頃の悲しい思い出を心の奥底にしまい、これ以上の凶悪犯罪が起こらぬようにという願いが隠されていた。七曲署での活躍が次第に認められ、その辣腕ぶりを見込んだ西多摩署への転属を内示され悩んだ末に晴れて栄転(1983年(昭和58年)2月25日)。春日部とは、警察学校40期の同期生。両親は幼い頃、事件に巻き込まれて死亡しており、守田という女性に養われた過去がある。
- 初期の頃は革ジャン姿であったが、岩城の殉職以降は背広姿になった。
- ●春日部一(かすかべ はじめ/ボギー)
- 世良公則(521話〜597話、598話回想)
- 殉職した岩城の後任。(1982年(昭和57年)9月に大神島署から一係に配属) ハンフリー・ボガートに心酔し、自らボギーと呼んでほしいと頼み込むが、藤堂からはゴルフのボギーの方だと釘をさされ、西條からは「イチ」または「いっちゃん」と呼ばれていた[20]。猪突猛進の熱血漢だが情にもろい一面も。いざという時の為に警察無線の受信機を搭載した[21]自家用車ルノー16で捜査活動を行う。広島県出身で広島カープの大ファン。巨人ファンの西條とは野球談義で口論[22]に至る時もある。ある事件で、警察の枠では捌けない悪を滅ぼしたいという正義感から退職するが(しかし辞表が藤堂預かりのままだったので厳密には退職にはなっていない)、志叶わず、人混みの中で通りすがりを装った組織の男に刺殺されてしまったが、その際に事件解決につながるダイイングメッセージを仲間に遺した(1984年(昭和59年)4月6日)。なお、死後の第665話「殉職刑事たちよ、安らかに」では、自身の写真が藤堂への脅迫に利用されるが、その写真に入ったサインの跡(自身で引き伸ばしてサインを入れ、姉が勤める店に飾っていた)から犯人の特定につながっている。
- 故郷・広島に姉と甥がいる。
- 井川利三(いがわ としぞう/トシさん)
- 地井武男(526話〜最終話、PART2全12話)
- 殉職した石塚の後任[23]で巡査部長。(1982年(昭和57年)10月に河南署から一係に配属)食らいついたら離さない「スッポンのトシさん」の異名を持つ。上戸で「うわばみのトシさん」とも。台北に生まれ、戦後日本へ引き揚げて来る(その際の混乱で妹が栄養失調のため幼くして死亡)。父親も警察官。団地に妻・一女一男の4人で暮らしていたが、ある事件に長男を巻き込んだことが原因で妻とのすれ違いが続き、家族と別居の末に離婚。山村殉職後(1986年(昭和61年)4月)は一係のナンバーツー(主任クラス)として捜査を取り仕切り、藤堂を支える。藤堂の病気休暇(1986年(昭和61年)6月)〜橘警部着任(1986年(昭和61年)8月)までは事実上係長代理として捜査を指揮、橘着任後は補佐役として橘を支えた。
- 岩城(旧姓:早瀬)令子(いわき れいこ/マミー)
- 長谷直美(275話〜520話まで交通課巡査としてセミレギュラー)(546話〜最終話、PART2全12話)
- 登場初期は七曲署交通課婦警。ある事件を機に時折一係の捜査に協力するようになったが、当初は正義感の強いじゃじゃ馬な性格で、一係の刑事たちとも張り合ったり、衝突したりすることが多かった[24]。が、やがて次第に息の合った連携捜査が見られるようになり、第329話では犯人の要求に呼応し、陸送ドライバーに扮しての潜入捜査を買って出るなど、助っ人としても欠かせぬ存在になっていった。
- 1980年(昭和55年)8月の第420話で創と結婚、双子をもうける。が、1982年(昭和57年)8月に夫・創がカナダで殉職。以後は残された双子を抱え、失意の日々を送っていた。
- 転勤した原の後任であった女性刑事が2日で辞職したのを機に、夫・創が生涯を捧げた仕事をちゃんと理解したいという思いもあって一係転属を志願、認められて配属となった。(1983年(昭和58年)3月)
- 交通課時代は専ら「早瀬婦警」「早瀬君」、結婚後は「令子さん」「令子(創からのみ)」と呼ばれていたが、一係入りするにあたって2児の母親であることから「マミー」と、正式にニックネームを拝命した。
- 女性ならではの優しさや心配りと厳しさを併せ持つ。車の運転技術に長けており、A級ライセンスを保持する。一係では実質、3番目に長いキャリア(転属前に交通課婦警として一係の事件に関わった期間が約5年あり、それを含めると西條よりも長い)を持つこともあって、転属後は若手刑事の姉御的キャラクターとなっていった。
- 澤村誠(さわむら まこと/ブルース)
- 又野誠治(562話〜最終話、PART2全12話)
- 退職した直子と入れ替わりに配属。(1983年(昭和58年)7月)父がピアニストだった影響からブルースをこよなく愛する刑事で、着任前に学生結婚していた既婚者。西條からは「パイナップル頭」、「ブル」とも呼ばれており、彼と組む時は「ブルドックコンビ」とも。警察学校へ転任した野崎の教え子である。かつての柴田を思わせる野性味ある風貌とシャープな肉体が身上でボクシングを得意とする。面識はないが自分と同じ名前を持つ石塚を尊敬してやまない一面も覗かせた。後期になると饒舌になるなど軽いキャラクターとなり、終盤では無精髭まで生やすように。第700話(1986年(昭和61年)6月)で長男・望が誕生。
- 水木悠(みずき ゆう/マイコン)
- 石原良純(618話、623話〜最終話、PART2全12話)
- 1984年(昭和59年)10月に七曲署管内で発生したコンピューター犯罪捜査のため、本庁から助っ人として一係に派遣されたのち、11月に一係に正式配属。一係に三菱製パソコン(愛称“ホームズ3世”)を導入、その知識を生かす。当時のパソコンはマイコンとも呼ばれたことからニックネームが決定。登場時はブレザー姿にコンピューター至上主義という堅物で、やや冷ややかなインテリ刑事であったが、次第に人間味(優柔不断とも)を漂わせるようになる。澤村とコンビを組むことが多い。
- 島津公一(しまづ こういち/デューク)
- 金田賢一(660話〜715話、664話は出演せず)
- 殉職した竹本の後任。(1985年(昭和60年)8月に城南署から一係に配属)幼い頃の体験により、“人は概ね己の利益の為に生きる、その為に起こる凶悪事件も当然ありうる”というポリシーを持つに至った孤高かつ優秀な刑事。ニックネームは本名の「公」から公爵 (Duke) の連想。実家には亡父の趣味でビリヤードルームがあったことから、自身もビリヤードの達人。クールな性格で馴れ合いを嫌い、同僚をニックネームで呼ぶことはついになかった。家族に対しても継父とは折り合いが悪いため、実母とも距離を置いている。警視庁の海外研修生に選ばれ、山村の遺した未解決事件を解決後、本庁に籍を置く形で旅立っていった(1986年(昭和61年)10月)。
- 太宰準(だざい じゅん/DJ)
- 西山浩司(706話〜最終話、PART2全12話)
- 香川県出身。1986年(昭和61年)8月に葛飾柴又署交番勤務から一係に配属。足の速さや身の軽さにおいては歴代刑事の中でピカ一だがその分血の気の多さもピカ一。それゆえの問題行動も多く、赴任前日にたまたま爆弾事件の犯人と遭遇し、仲間になる振りをするいわば潜入捜査を独断で行った。いつ刑事をクビになってもいいようにとアルバイト情報誌を常に携帯している。最終回(1986年(昭和61年)11月)の藤堂復帰に喜ぶ一係の面々に対し、藤堂を知らず、また同時期に臨時赴任した橘が本庁へ帰ることへの寂しさから、ひとり複雑な心境を覗かせていた。イニシャルがそのままあだ名になっている(転勤前の所轄でも呼ばれていた)が、西條からは「ダサい準のDJ」と思われている。家族は高松市で讃岐うどん屋を営んでいる両親と兄がいる。
- 橘兵庫(たちばな ひょうご/警部)
- 渡哲也(706話〜最終話)
- 警視庁捜査第一課強行犯捜査三係の警部。藤堂の城北署時代の後輩。病気休暇中の藤堂が復帰するまでの間、係長代理として臨時に着任。(1986年(昭和61年)8月)一係室にこもることなく積極的に現場に出る姿が初期の藤堂を思わせた。彼もまた部下をニックネームで呼ぶことがなかったが、最終回、瀕死の危機に陥った澤村に「ブルース!」と呼びかけた。澤村殺人未遂の事件解決後に発生した銀行強盗事件の捜査後本庁に戻った。父親は国鉄職員だったが、事故により死亡。
- 篁朝子(たかむら あさこ/係長)
- 奈良岡朋子(PART2全12話)
- 警視庁に栄転した藤堂の後任係長。夫と息子がいたが家庭よりも仕事を優先したことが理由で離婚・別居、皮肉にもある事件で息子と再会することになる。奈良岡の起用は、石原裕次郎が当時もっとも尊敬する女優であったからだという。
- 喜多収(きた おさむ/オサムさん)
- 寺尾聰(PART2全12話)
- 飄々とした個人主義者。上司である篁を陰で「おばさん」と呼ぶなど奔放な性格。強引な捜査手法から一時期澤村と対立するが、良きパートナーとなる。「人生死ぬまでのヒマつぶし」が座右の銘。しかしその裏には「ヒマつぶしだからこそやるときは徹底的にやる。要するに俺の人生は俺の人生」という強固な信念が存在する。
捜査第一係の事務員
- 永井久美(ながい くみ/クミ)
- 青木英美(53話〜114話)
- 柴田と同じ日に一係に初出勤(配属)。推理小説を愛読し、ファッションなどにも敏感な現代っ子。捜査会議にもそれとなく参加し意見をつぶやき、藤堂から釘をさされるが、そのつぶやきをきっかけに山村がひらめいたこともある(第57話「蒸発」など)。石塚や島をからかうような親しさがあり、捜査に参加し柴田とともにアルバイトの大学生を演じたこともあった(第64話「子供の宝・大人の夢」)。
- 長山久子(ながやま ひさこ/チャコ)
- 明るくオープンな性格で、捜査について話している中でも割って入ってくる快活さで一係を和ませた。
- 矢島明子(やじま あきこ/アッコ)
- 木村理恵(173話〜322話)
- 明るく生真面目で心配性の3代目事務員。一係ひとりひとりの刑事たちに思い入れが深い。捜査に関わることは多くないが、事件に関わってしまった場合に自分を必要以上に責めてしまう。東京の実家で両親と暮らしていたが、伯母が松山で営む旅館を母親が継ぐことになり、それを手伝うため退職。
- 松原直子(まつばら なおこ/ナーコ)
- 友直子(325話〜527話、561話)
- 退職した明子の後任として配属。もともと刑事志望で芯の強さと正義感の強さを兼ね備え、かつズバリ、聞きにくいことを尋ねる度胸も持っている。母が倒れ、その介護のために退職。
セミレギュラー
「太陽にほえろ!のセミレギュラー一覧」を参照
スタッフ
- 製作・著作:東宝株式会社
- 制作:日本テレビ(PART2にてクレジットが初めて入る)
- プロデューサー(日本テレビ):津田昭[26]、岡田晋吉、清水欣也、山口剛、川口晴年、中村良男、酒井浩至、服部比佐夫
- プロデューサー(東宝):梅浦洋一、梶山仗佑、新野悟
- 企画・原作:魔久平(共同ペンネーム)
- 原案:小川英
- 企画協力:ジャックプロダクション
- 編集:神島帰美
- 音楽:大野克夫
- 演奏:井上尭之バンド、フリーウェイズ、大野克夫バンド
- 選曲:小林和夫
- 音響効果:沢田一郎(沢田効果)
- 擬斗:宇仁貫三
- 現像:東洋現像所
- 製作協力:国際放映、渡辺企画
- 予告ナレーター:小林恭治
- 脚本:小川英、長野洋、永原秀一、田波靖男、鴨井達比古、市川森一、峯尾基三、四十物光男、鎌田敏夫、杉村のぼる、桃井章、中村勝行、畑嶺明、塩田千種、柏原寛司、尾西兼一、古内一成、奥村俊雄、大川俊道、金子裕、蔵元三四郎、渡辺由自、大山のぶ代、小木曽豊斗・他
- 監督:竹林進、山本迪夫、高瀬昌弘、児玉進、木下亮、澤田幸弘、小沢啓一、斉藤光正、手銭弘喜、土屋統吾郎、鈴木一平、櫻井一孝・他
- 演出部
- 東宝テレビ部の竹林進、金谷稔を筆頭に、日活出身の澤田幸弘、小澤啓一、手銭弘喜らで開始。その後、東宝テレビ部の山本迪夫、児玉進、高瀬昌弘らに加え、東宝出身の木下亮(『俺たちは天使だ!』のメイン監督)、新東宝出身の土屋統吾郎(その後『傷だらけの天使』『俺たちは天使だ!』などを担当)、日活出身の斉藤光正(映画『戦国自衛隊』監督)らも参加。
- 日活出身の監督も参加したが、東宝の製作であるため、大半を東宝テレビ部の監督が務めた。竹林、山本両監督は岡本喜八監督の助監督出身で、児玉監督は山本嘉次郎監督、高瀬監督は稲垣浩監督の助監督出身。映画斜陽期に映画監督として活躍の場が与えられず、テレビ監督に転じた者がほとんどだったが、本作以外にも多くのテレビドラマを担当した。
- 竹林監督は本作と並行して『GOGO! チアガール』の監督も務める多忙ぶりだった。猛スピードで撮影を消化することから、現場に欠かせない存在だったことが伺える。1983年に病気で倒れてから現場を外れたが、その後、体力が回復し、さよならパーティに参加していた。竹本淳二の役名は竹林・山本両監督からの由来である。
- 斉藤監督は特異な演出が特色である。署内で乱闘した「蒸発」や島を銃撃する「島刑事よ安らかに」がその典型。
- 中期から後期に活躍した櫻井一孝監督や鈴木一平監督は、番組開始当時から助監督を努め、その後監督に昇進した。また、『誇りの報酬』でデビューした村田忍監督は本作B班の助監督だった。他の助監督OBに『あぶない刑事』の成田祐介監督、原隆仁監督らがいる。
- 撮影部
ネット局
時差ネット局、週遅れ放送局、一部ロケで制作協力に参加した局あり。☆印を付した局は、PART2も放送。系列は放送当時のもの。
| 放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | 日本テレビ | 日本テレビ系列 | キー局☆ |
| 北海道 | 札幌テレビ | ☆ | |
| 青森県 | 青森放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 | 1975年3月までは日本テレビ系単独加盟局☆ |
| 岩手県 | テレビ岩手 | 日本テレビ系列 | 1980年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局☆ |
| 宮城県 | ミヤギテレビ | 1975年9月まではNETテレビ系列とのクロスネット局☆ | |
| 秋田県 | 秋田放送 | ☆ | |
| 山形県 | 山形放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 | 1980年3月までは日本テレビ系単独加盟局☆ |
| 福島県 | 福島中央テレビ | 日本テレビ系列 | 1981年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局☆ |
| 山梨県 | 山梨放送 | ☆ | |
| 新潟県 | 新潟総合テレビ テレビ新潟 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 日本テレビ系列 | 1981年3月27日まで 1981年4月3日から☆ |
| 長野県 | 信越放送 テレビ信州 | TBS系列 テレビ朝日系列 日本テレビ系列 | 1984年3月まで 1984年4月から☆ |
| 静岡県 | 静岡放送 静岡第一テレビ | TBS系列 日本テレビ系列 | 1979年6月まで 1979年7月から☆ |
| 富山県 | 北日本放送 | 日本テレビ系列 | ☆ |
| 石川県 | 北陸放送 | TBS系列 | ☆ |
| 福井県 | 福井放送 | 日本テレビ系列 | ☆ |
| 中京広域圏 | 名古屋放送 中京テレビ | 日本テレビ系列 NETテレビ系列 日本テレビ系列 | 1973年3月まで 1973年4月から☆ |
| 近畿広域圏 | 読売テレビ | 日本テレビ系列 | ☆ |
| 鳥取県 →鳥取県・島根県 | 日本海テレビ | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 | 当初は鳥取県のみ 1972年9月から電波相互乗り入れで島根県でも放送☆ |
| 広島県 | 広島テレビ | 日本テレビ系列 | 1975年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局☆ |
| 山口県 | 山口放送 | 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 | 1978年9月までは日本テレビ系単独加盟局☆ |
| 徳島県 | 四国放送 | 日本テレビ系列 | ☆ |
| 香川県 →香川県・岡山県 | 西日本放送 | 当初は香川県のみ 1983年4月から電波相互乗り入れで岡山県でも放送☆ | |
| 愛媛県 | 南海放送 | ☆ | |
| 高知県 | 高知放送 | ☆ | |
| 福岡県 | 福岡放送 | ☆ | |
| 長崎県 | 長崎放送 テレビ長崎 | TBS系列 フジテレビ系列 日本テレビ系列 | 1984年3月まで 1984年4月から☆ |
| 熊本県 | 熊本放送 くまもと県民テレビ | TBS系列 日本テレビ系列 | 1982年3月まで 1982年4月から☆ |
| 大分県 | テレビ大分 | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 | ☆ |
| 宮崎県 | 宮崎放送 テレビ宮崎 | TBS系列 フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 | 1981年3月まで 1981年4月から☆ |
| 鹿児島県 | 南日本放送 鹿児島テレビ | TBS系列 フジテレビ系列 日本テレビ系列 | 1981年3月まで 1981年4月から☆ 1982年9月まではテレビ朝日系列とのトリプルネット局 |
| 沖縄県 | 琉球放送 沖縄テレビ | TBS系列 フジテレビ系列 | 1981年3月まで 1981年4月から☆ |
- このドラマは「-PART2」をふくめて全730話と非常に多いため、「日テレプラス」での放送では、テーマ別に集中放送をしている。以下一例。
- 太陽にほえろ!【ドック登場編】 - 事故死した殿下(小野寺昭)の後任として配属された、ドックが登場する第415話から、スニーカーが退職する第475話までを放送。
- 太陽にほえろ!【スニーカー登場編】 - ボンこと田口刑事が殉職、その後に配属された、「スニーカー」の登場話(第364話)から第414話、約1年の活躍を描いたシリーズを放送。
など
- 一部地域のネット局では、時差ネット若しくは週遅れ放送だったため、基本的にはスポンサードネットながら、CMは最新のものに差し替えて放送していた。
- また、JNN系列のネット局ではこの番組の同時ネットを優先し、1980年前後の裏番組であった『3年B組金八先生』を遅れネットにしたケースもあった。これはかつて『日本プロレス中継』を金曜20時台に同時ネットしていた名残。
シリーズの展開
黎明期(1972年(昭和47年)〜1974年(昭和49年))
七曲署捜査一係に早見淳(マカロニ)が着任するところからこのドラマは始まった。第1話に新任刑事が配属されるというパターンは、後発の作品では珍しくなくなっているが、当時は斬新なものであった。一係は藤堂係長(ボス)以下、山村(山さん)・石塚(ゴリさん)・島(殿下)・野崎(長さん)らのメンバーで、第38話より少年課から内田(シンコ)も加入する。第1話の犯人役には、当時若手実力派俳優として頭角を現してきた水谷豊(後に萩原とは『傷だらけの天使』で共演)が出演。山東昭子も新聞記者役としてセミレギュラーだった。その後も浜美枝、沖雅也(久保刑事役)、藤竜也、近藤正臣、宍戸錠などゲストが多数出演。特に沢田研二がゲスト出演した第20話「そして愛は終った」は、萩原と沢田のGSスターの共演で話題となり、当時のスタッフの証言によれば撮影所にファンが殺到したと伝えられる。番組開始当初は裏番組の『天下御免』『赤ひげ』(NHK総合)に押され、視聴率にかなりムラがあったものの、徐々に安定した人気を獲得するようになっていく。マカロニが退場するまでの一年間、平均視聴率は第一クール17.6%、第二クール16.0%、第三クール18.1%、第四クール18.7%であった(ビデオリサーチ関東地区調べ)。
後述のように、当初は実験的・反体制的なストーリーも多かったが、萩原が「リアルな犯罪を描くというのなら、性犯罪を取り上げないのはおかしい」と番組の方向性に疑問を投げかけたのに対して、制作サイドは金曜8時という放送時間や、それでなくても過激すぎるという声が多かったことから、萩原の提案を拒否。結局、萩原はその他の諸事情もあり降板を申し出ることとなった(萩原が構想していた、よりリアルな犯罪ドラマは、後日『傷だらけの天使』にて表現された[27])。萩原の降板の申し出から岡田チーフプロデューサーは、文学座研究生・松田優作に目をつけてテスト出演させ、松田を次期新人刑事に採用した。マカロニの犬死という衝撃的な展開が話題をまいた後、柴田純(ジーパン)が着任しドラマは新たなスタートを切った。松田の野性的な風貌と長身をフルに生かしたアクションで、第61話「別れは白いハンカチで」から常時20%以上をキープする人気番組に成長。ジーパンだけでなく個性的なベテラン刑事達の活躍も話題を集め、第87話「島刑事、その恋人の死」で28.4%を記録。第94話「裏切り」ではついに30%を突破した。
絶頂期(1974年(昭和49年)〜1979年(昭和54年))
柴田の死後、三代目新人として三上順(テキサス)が配属。番組の人気が上がったので、児童層への影響を考えて従来の破天荒で型破りな刑事ではなく、短髪で生真面目なスポーツマン刑事として設定された。結果、テキサス刑事の人気は急騰し、当初は従来どおり1年目での殉職が予定されていたがあまりの人気のため延期され、交代劇がままならないまま田口良(ボン)が欠員補充という形で配属された。この時代は高視聴率が安定し、新人刑事の成長物語から刑事らの群像劇へと番組の姿勢がシフトしていったほか、ストーリーもそれまでの若者の葛藤や青春を描いた話だけではなく、家族問題やコメディものまで娯楽性が強まった。
これによって一係の扱う事件も本来の殺人・放火事件などの強行犯専従から知能犯、暴力犯や防犯課(当時)案件の銃器や薬物なども扱う総合的なものにシフトした。
三上の殉職後、滝隆一(スコッチ)が配属。滝は先輩刑事を目の前で殺害された経緯から、姑息な手段を使う犯人には独断発砲も辞さない非情な刑事になった設定で、チームワークを身上とする藤堂班に波紋を起こすキャラクターとして投入された。田口も性格の異なる滝との対比で存在感を増すことにもなった。
滝は半年後に転属し、短期の「ボン単独編」となった。この時期は麻薬Gメン房江の最終ゲスト編や、誤って容疑者を死亡させて辞表を出すなど田口の成長に重点が置かれる。その後、岩城創(ロッキー)が欠員補充として配属し、以降は「ボン・ロッキー時代」としてタイトルバックも二年間不動のロングラン・シリーズとなった。宮内淳の人気急上昇で田口の殉職劇が延期を重ねた結果、次期新人候補の山下真司は半年以上浪人させられ、北海道ロケにカメオ出演した。その間新たに準レギュラーとして登場した交通課の早瀬令子編、島と三好恵子とのロマンス編、歴代の殉職刑事の追想とスコッチ、柴田たきの再登場で構成された300回記念編、初の海外ロケとなったオーストラリア編など数々のイベントが用意された。
激動期(1979年(昭和54年)〜1982年(昭和57年))
田口が殉職し、待機していた山下が五代潤(スニーカー)として登場。同時にオープニングテーマもアレンジを大きく変更した新バージョンに改められ、ドラマの方向性も転換を計った。これまでの新人刑事中心から群像劇へとシフトさせ、アクション中心からドラマ性に重きを置いたものまで幅広い作劇が模索された。しかしこの結果、主役的存在である五代の人気がのびず、作劇上も地味な印象を持たれることになった。また、1979年10月からスタートしたTBS『3年B組金八先生』の大ヒットで、当番組の視聴率は急激に低下していった。様々なテコ入れ策が検討され、その1つとして1980年3月、400回記念として山田署に転勤していた滝(スコッチ)を七曲署に復帰させたが、その復帰回である1980年3月28日放送分『スコッチ・イン・沖縄』の視聴率(18.5%)は『金八先生』の最終回(39.9%)の半分以下という結果に終わる。
初期から出演していた島刑事役の小野寺昭が降板を表明。島の後任として西條昭(ドック)が登場する。西條役の神田正輝自らの提案で、カジュアルな要素を注入した。神田のシリアスからコミカルまで幅広く演じるイメージとも相まって、作品のバリエーションはさらに拡大。娯楽性も増したことが時代とマッチングし人気を取り戻すことに成功した。しかし、10月に『金八先生』の第2シリーズがスタートし再び視聴率が低迷する。
さらに1981年に入り、滝役の沖が交通事故で入院し一時欠場、さらに藤堂役の石原が病気のため長期離脱する。またテレビ朝日の『ワールドプロレスリング』の視聴率が初代タイガーマスクの登場以降上昇し始める。9月に五代は辞職して故郷に帰るという形で降板(藤堂不在時の殉職を避ける形をとり、藤堂復帰の際に山下はゲスト出演)。後任として竹本淳二(ラガー)が登場する。演じる渡辺徹は当年20歳になる史上最年少の新米刑事であり、たのきんトリオに象徴される当時のアイドルブームと相まって女性人気の回復に貢献した。その直後に沖が健康不調から再び番組を欠場。藤堂は全快してクリスマスに復帰するが、滝は古傷が悪化した設定で病死という形で降板する。
第二の絶頂期(1982年(昭和57年)〜1984年(昭和59年))
原昌之(ジプシー)が登場する。原役の三田村は当時「必殺仕事人III」と掛け持ちだったため出番があまり多くなかったが、神田・渡辺を含めた3人はアイドル刑事チーム「ミワカントリオ」と呼ばれて番組の人気向上に貢献した。10周年記念のカナダロケで岩城は殉職し、野崎は警察学校への異動で番組を去った。さらに石塚も殉職で降板が決定していた。制作サイドは急激なメンバーチェンジによるファン離れを恐れ、テーマ曲を元の音源に戻して[28]「原点回帰」を図る。またこの時期「10周年記念ファンの集い」というイベントが行われ、マカロニ、ジーパン、シンコを除く歴代のレギュラー刑事が総出演した。そして新たに春日部一(ボギー)が登場。春日部は初代・早見淳を意識したキャラクターで、登場編も1話のリメイク的な作りとなった。世良の加入から「カワセミ時代」と呼ばれる黄金期を迎え、テレビ情報誌・芸能誌のグラビアを飾った。これ以降若手メンバーを軸に置いた路線へとシフトする。
石塚が番組初のスペシャル版(90分)を最後に殉職した後、井川利三(トシさん)が着任し、その後は中堅としてチームを支えた。三田村はNHK大阪制作の水曜時代劇「壬生の恋歌」への主演と「必殺仕事人IV」(ABC)への続投が決定したため、太陽を降板せざるを得なくなる(当初は「新・必殺仕事人」最終回をもって必殺シリーズを卒業し、太陽には長期出演となる予定だった)。その翌週は、原の後任として配属された女性刑事がすぐに辞職してしまうというストーリーであったが、その話のラストで亡き岩城の妻である令子(マミー)が交通課婦警から一係に転属することになり、シンコ以来10年ぶりの女性レギュラー刑事となった。
春日部の殉職後の後任として新たな新人刑事役・又野誠治が用意されたが、人気のあった春日部の半年延命が決まり、庶務担当だった松原直子(ナーコ)と入れ代わる形で澤村誠(ブルース)が登場する。春日部がマカロニを意識したキャラクターであったのに対し、澤村はジーパンを彷彿とさせるアクション型の荒削りなキャラクターであった(春日部の殉職後はそのキャラクターの一部を受け継ぎ、コメディリリーフ的な役割も演じるようになる)。
終盤〜PART2(1984年(昭和59年)〜1987年(昭和62年))
春日部の殉職後は欠員補充はなかったが、約半年後石原良純演じる水木悠(マイコン)が七曲署に赴任することになる。水木は一度、本庁の情報処理担当として一係に協力するという設定でゲスト出演しており、その後レギュラー入りした。捜査にパソコン(当時の呼び方で“マイコン”)を駆使する現代っ子として、猛者ぞろいの一係に新風を吹き込んだ。パソコンがまだ一般に普及する前の、時代を先取りする演出ではあったが、まだまだ情報処理に対する知識が浸透していなかったためか、現在の視点からすると珍妙な使い方をしている話も多い。
竹本の殉職後、後任として島津公一(デューク)が配属された。島津は「行方不明の父親を探している」という縦軸のストーリーが新たに加えられたが、効果的に盛り上がることのないまま父と再会する。
番組終了半年前には、第1話から14年間出演し続けていた山村も殉職でついに姿を消す。さらに2カ月後には裕次郎も再入院から番組を休演。奇しくも700回を迎えてのことであった。助っ人として橘兵庫(警部)が係長代理として着任、新人刑事太宰準(DJ)も加わる。メインテーマも大幅にアレンジされ、15年目心機一転のスタートを切ったのだが、裕次郎の良好な体調での復帰が絶望的とのスタッフの判断から、番組の打ち切りが決定する。
最終回直前には、島津が山村がやり残した事件を解決して、海外研修へ旅立った。最終回で藤堂が復帰し、有終の美を飾った。この最終回で、藤堂が取調室で部下への思いを語るセリフはアドリブであり、石原裕次郎のこの番組に対する思い入れを表わした言葉として語り草になっている。
翌々週からはPART2の放送が開始。係長・篁朝子と喜多収(オサム)が登場し、野崎が現場復帰した。放送回数が1クール12回と少ないため、しばしば打ち切りと誤解されることがあるが、実際は裕次郎復帰断念による急な最終回を迎えたため、後番組『ジャングル』製作準備の間、未映像化脚本の消化のために1クール12回だけの企画であった。新レギュラーの奈良岡も、舞台出演の予定から、当初から1クールの出演契約だったとされる。奈良岡の起用に関しては、石原裕次郎がもっとも尊敬していた女優だったことからと言われる。好評のため延長の話もあったが、奈良岡が固辞したことや、石原プロモーションが難色を示したことなどから、当初の予定通りの終了となった。
シナリオ草稿「野崎刑事復帰」では野崎が現場に復帰するエピソードが準備されたが、初回から復帰した設定となった。
企画など
太陽にほえろ! 誕生まで
『太陽にほえろ!』の企画は、日本プロレスのクーデターで打ち切りとなった『日本プロレス中継』の代替案として立案された。かねてから編成の核となる看板番組の制作を目指していた岡田プロデューサーは、刑事を主役とした「青春アクションドラマ」の構想を抱いていた。これに、物語に厚みを出すため黒澤明の『野良犬』にも影響を与えたセミ・ドキュメンタリー形式の刑事物の古典映画である『裸の町』をモデルとして、リアルな犯罪捜査を描くことを加えて、当初の企画は立てられた。
それまでの日本の刑事ドラマは『七人の刑事』 (TBS) や『特別機動捜査隊』(NETテレビ(現・テレビ朝日))などが主流の、大人向きで渋いイメージが強かった。他にも『キイハンター』や『ザ・ガードマン』などがあったが、これらの舞台は前者は警察とは言えど派手なアクションを駆使した全く架空の特殊チーム、後者は民間企業たる警備会社で、若年層向けとしては桜木健一主演『刑事くん』ぐらいしかなかった。それまでの「刑事物」は「事件物」と呼ばれて、親が子供に見せたくないドラマのひとつだった。
初期企画書の題名は「明日に燃えろ」で、NYPDで研修を受けたばかりのキャリア・藤堂英介を筆頭に、初めて刑事になった風間健一の活躍を描くドラマとして1972年2月に企画された。撮影の遅れを出さないために出演俳優を増員。撮影隊をA・B二班体制にし、同時に進行させていくシステムを採用。主人公が潜入捜査官では目立った活動もできず、拳銃携帯もできなかったことから、拳銃を携帯できる私服刑事と設定した。
さらに、当時流行していたアメリカの犯罪映画(『ダーティハリー』『ブリット』など)の要素も取り入れ、刑事のキャラクターを全面に押し出すことを主にし、犯罪者側の描写を控えた。初期段階から新人刑事の成長物語を主軸に描くことは決まっていたが、当初の性格設定は生真面目で規則一辺倒な若者だったので、メインライターの小川英はもっと今風な若者にしようと提案する。
当時の世相として高度成長・公害・蒸発が新聞紙面を賑わし、学生運動で学内は荒れ、内ゲバ(暴行事件)が頻発。街ではアングラやヒッピーが流行り、新しい価値観や文化が話題となった。海外ではベトナム戦争が交戦中で、少年誌で『あしたのジョー』が大ヒットしていた時節だった。これらの社会現象や風俗を作品の要素に取り入れた。2月にあさま山荘事件で連合赤軍と機動隊の死闘がテレビ中継され、実際に隊員が殉職するなど、警察がヒーローとして注目される風潮が出てきた。
主人公は、当時、刑事役としては異例の長髪で[29]、ファッショナブルな衣装の「NOWな若者」を主人公とするよう変更した。警察という組織にありながらも、反体制的で自己主張するキャラクターに変更。
10月の開始予定が7月に前倒しされ、急ピッチで製作が進められる。主役はザ・テンプターズのメンバーとして人気を博し、映画『約束』で注目された萩原健一に決定した(テンプターズ解散後、俳優への転向を摸索していた時期でもある)。野崎役は藤木悠(東京バイパス指令のレギュラー)の予定だったが、スケジュールが合わず下川辰平に決まった。
銀幕のスター・石原裕次郎はテレビという媒体への出演に懐疑的だったが、石原プロモーションの台所事情もあり、1クール契約で出演を承諾。他にも大映倒産後に東宝入りした関根恵子や、東宝所属の竜雷太などのキャストが集められた。 また石原の妻まき子が「裕さんと同年代の人は今頃皆、家庭を持ち、父親になっているころだよね。今回の役が息子を待つ父親みたいな役どころっていうのは裕さんにとっていいと思う」と渋る石原に対し太鼓判を出したと言われている。[30]。 『太陽にほえろ!』のタイトルで制作が決定。当初は主人公・早見淳は皆から「坊や」と呼ばれる予定だったが[31]、萩原が猛反発。衣装のイメージから「マカロニ」のニックネームが決まる。
新人刑事の活躍を斬新に描いた番組は当時の小中学生から一般視聴者層に受け入れられ、『水戸黄門』と並んで国民的人気番組と称せられるようになった。
「これからはテレビの時代です!」と、1クールで契約切れになった裕次郎の続投を本人に強く推したのは竜雷太だと伝えられる。
続編
1997年(平成9年)から2001年(平成13年)に4本の2時間ドラマスペシャルが制作・放映された。舘ひろしがボスを演じた。監督は村田忍。
番組プロデューサーの岡田晋吉が当時中京テレビの取締役であったことから中京テレビと日本テレビの共同制作となっている。
- 1997年『七曲署捜査一係'97』、1998年『七曲署捜査一係'98』、1999年『七曲署捜査一係'99』
- 2001年『太陽にほえろ!2001』 ※詳細は「七曲署捜査一係」の項目を参照。
脚本陣
- メインライターは小川英。長野洋によれば、脚本直しの手腕が天才的であったとされる。初期にはシリーズ構成というシステムがなく、設定の統一には厳密さがなかった。それゆえに独創性のある秀作・異色作が世に出たが、作品全体では辻褄が合わない短所もあった。
- 大映ドラマで有名な長野洋も主力として参加。銃器類をテーマとした展開が得意で、第14話「そして拳銃に弾を込めた」第82話「最後の標的」第173話「一発で射殺せよ!」第288話「射殺」第415話「ドクター刑事登場」第583話「三人の未亡人」などを執筆。他にも石塚の代表作の第118話「信じあう仲間」第122話「信念にかけろ!」第200話「すべてを賭けて」第310話「再会」第525話「石塚刑事殉職」、追悼作の第617話「ゴリさん、見ていてください」、他にも重要エピソード(交代劇・記念作)も多数執筆[32]。さらに初期ドック編や西條の父親像を作り上げたのも長野脚本である[33]。
- 東宝の若大将シリーズやクレージーキャッツものを手掛けた田波靖男も本作で多数執筆している。浜美枝扮する麻薬捜査官・村岡房江シリーズ[34]や警察犬シリーズ[35]、コミカル人情もの[36]といった独自のジャンルで新人刑事の魅力を引き出す一方、野崎刑事主演のエピソードを精力的に手掛けている[37]。本作降板後は、女性集団アクションドラマ『ザ・スーパーガール』のメインライターを担当している。
- 初期から参加していた鴨井達比古は、中断を挟みながらも5年にわたり執筆。スナイパーもの第27話「殺し屋の詩」第233話「狙撃」、犯人グループが全く正体不明のまま終わる第48話「影への挑戦」、ジーパン刑事の怒りと力を描いた第57話「蒸発」第60話「新宿に朝は来るけれど」、診療拒否問題に挑んだ第186話「復讐」、スコッチ編のサスペンス第242話「すれ違った女」、山村夫妻の絆を描いた第179話「親と子の条件」第206話「刑事の妻が死んだ日」など。本作以外にも加山雄三主演の『高校教師』や草刈正雄主演『華麗なる刑事』、『ザ・ハングマン』シリーズなどでメインライターを担当、そのアイデアと構成力が発揮された。
- 市川森一は第20話「そして、愛は終った」第102話「愛が終わった朝」などを執筆。「行き当たりばったりな、破天荒な性格」の鮫島刑事(後述)を生み出し、後々まで継承された。
- 『飛び出せ!青春』を終えた鎌田敏夫が、マカロニ編の後期から参加。ジーパン刑事の登場編をはじめ代表的なエピソードを執筆し、柴田のキャラクターを構築[38]。また、自身の裕次郎への強い思い入れにより、ボス主役編を数多く執筆している[39]。鎌田の脚本には、説得などまるで通じない狂気の犯罪者が登場するケースも多く、犯人を射殺する結末が多いのも特徴である[40]。テキサス編と併行して、松田優作主演の『俺たちの勲章』ではメインライターを担当。松田が以前より希望していたハードな刑事像(中野祐二)を、ジーパン刑事に続いて創りあげた[41]。
- 第79話「鶴が飛んだ日」は匿名の投稿脚本が採用された作品である。制作サイドから投稿者へ名乗りを求める広告が出されたが、報酬は求めず匿名を通したいという主旨の返信があったのみで、原案者は不明のままである。本放送では番組の終わりに視聴者からの投稿を採用しましたとテロップが流れている。
月刊「ドラマ」誌でもプロット募集が行われた。
- 『暗闇仕留人』『俺たちの勲章』『いろはの"い"』など、陰鬱な作風で知られる播磨幸治は、ジーパン末期からボン・ロッキーの初期まで参加。担当作は9本[42]に留まったものの、レギュラーメンバーをバランスよく主役に起用して濃密なストーリーを展開。第104話「葬送曲」は、松田優作が最も気にいっているエピソードである[43]。
- 後に『スケバン刑事』『特救指令ソルブレイン』を手掛ける杉村のぼるが、テキサス期の序盤より参入。杉村は月刊誌「シナリオ」で太陽のプロット募集に応募して入選。小川英の門下生として、実践形式でシナリオを学んでいた。最終作の第361話「殺人鬼」まで、担当作品は35本に及び、質量ともに太陽全盛期を支えた功労者といえる。第163話「逆転」第195話「ある殺人」をはじめとする山村刑事編[44]やボン成長の系譜[45]、苦い結末の殿下編[46]。そして本作の根底に流れるテーマを表現した第255話「本日多忙」。
- 必殺シリーズの中心ライターとして活躍[47]、後には『ザ・ハングマン』シリーズを支えることになる中村勝行が、第184話「アリバイ」から参加。第192話「2・8・5・6・3」第268話「偶然」第275話「迷路」第296話「ミスプリント」などのトリック犯罪ものから、第216話「テキサスは死なず!」第315話「ライバル」第365話「その一瞬‥‥・!」第408話「スコッチ誘拐」といったアクション路線も担当。
- 1970年代後期、尾西兼一・古内一成ら第二世代の新人作家が参加。硬派・峯尾基三・柏原寛司らのゲスト作も増えていく。
- 1981年、後に『スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説』を手掛ける土屋斗紀雄がデビューし、「引き金に指はかけない」を執筆。同年大川俊道もデビューし、後のカワセミ時代に繋がっていく。
- 女流作家も後期に多く参加して新風を吹き込んだ(亜搶文代・塩田千種など)。古くは、女優でありテレビアニメ『ドラえもん』のドラえもん役で知られる大山のぶ代も脚本家として参加し、第189話「人形の部屋」など5本を執筆した。また、第452話「山さんがボスを撃つ!?」は当時18歳の女性による作品である。
- 小川英が監修するようになって設定ミスが減り、全体の構成はまとまったが際立った作品や独創性が乏しくなり、平凡な脚本が並ぶ。さらに小川規則に反発し、多くの作家が番組から離れてしまう弊害もあった。一方、小川英は私塾「英(はなぶさ)塾」を主催し、若手の育成に努め、本番組が新人作家の登竜門として位置付けされていった。後期に活躍した蔵元三四郎(第665話「殉職刑事たちよ、やすらかに」など執筆)も塾生の一人。
- 淳二・一の登場から若手作家の力量が発揮され、第482話「ラッサ熱」(土屋)、第535話「ボギーのいちばん長い日」第551話「すご腕ボギー」(大川・小川)を執筆。古内はジプシー編・ボギー編の多くや、ドック編三部作の第432話「スリ学入門」第459話「サギ師入門」第670話「ドック潜入!泥棒株式会社」を共同執筆し、若手刑事の活躍を描いた。
- ブルース(澤村誠)登場から大川がアクション作第565話「正義に拳銃を向けた男」第622話「ブルースの賞金稼ぎ」第643話「走れブルース」などを執筆。古内も第578話「一係皆殺し!」第579話「鳩の舞う街」第592話「空白0.5秒」など硬派な作品を執筆。
- 80年代は大川・尾西・古内ラインがメイン脚本陣として番組を支え、最終回はベテラン峯尾の執筆で幕を閉じた。
新人のテスト出演
新人がレギュラー出演する前に演技のテストを兼ねてカメオ出演している。
- 松田優作 - 第35話「愛するものの叫び」で障害者施設の職員役。
- 勝野洋 - 第89話「地獄の再会」で若手刑事青木役。 ※この話は156話の伏線となった。
- 宮内淳 - 第148話「友情」で柔道部員役。
- 木之元亮 - 第245話「刑事犬対ギャング犬」で警察犬の調教師役。
- 山下真司 - 第324話「愛よさらば」で青年作業員役、341話「同期生」で若手刑事役。
- 渡辺徹 - 第460話「スニーカーよ、どこへゆく」で聞き込まれる会社員役。
- 又野誠治 - 第541話「からくり」で聞き込まれる麻雀屋の客役。
- 備考
- テスト出演ではないが、沖雅也も第10話「ハマッ子刑事の心意気」に若手刑事役でゲスト出演していた(#シリーズの展開を参照)。
- 第84話「人質」は、『われら青春!』(本作と同じく日本テレビ系列で放送)での本格デビューを間近に控えていた中村雅俊のテレビ初出演作品である。
命名
- 「七曲署」の命名は番組スタッフ大曲暎一から由来したと岡田プロデューサーは述べている。他に乙女署・花園署の案があった。矢追町は日本テレビの矢追純一ディレクタから命名したという説(長野洋は自らがつけたと発言していた)と、新宿区に実在する区域「矢来町(やらいちょう)」の「来る」を「追う」に掛けたのではないかという説もある。共同ペンネーム・魔久平(まくべい)はエド・マクベインに由来している[49]。
階級の設定について
本作の劇中において、レギュラーメンバーは全員「刑事」として表現されており、警察官としての階級については具体的な描写がほとんどない[50]。また、以下のような設定の混乱がある。
- 藤堂俊介(ボス)
- 近年の資料には警部補と記されているが、劇中のセリフ[51]、関連書籍の記述[52]などから警部ではないかと思われる理由がいくつか存在する。ただし、現実では所轄署係長の階級は基本的に警部補である。
- 山村精一(山さん)
- 一般的には藤堂と同じく警部補とする説明がほとんどで、裏付けとなるセリフもある[53]が、劇中降格処分を受けたエピソードがいくつか存在するにもかかわらず、再昇格したことを示す描写が全くないまま警部補に戻っているケースがほとんどである。
- 石塚誠(ゴリさん)
- 石塚は昇進試験を申請するエピソード(第83話「午前10時爆破予定」第190話「パズル」)があるが、捜査のために止むを得ず棄権、「万年ヒラ巡査」として描かれていた。第253話「生きがい」では警部補昇進試験を受験することになっているため、明らかに巡査部長に昇進しているのだが、劇中でそれに関するエピソードは存在していない。
- 滝隆一(スコッチ)
- 「刑事失格」の中で警部補と書かれている書類が画面に登場している。しかし、彼が警部補と考えた場合、石塚や島といった先輩刑事が巡査であることとの整合性がとれていない。
- ただし、滝については岡田プロデューサーが警部補説の誤りを認めており、正しくは巡査であることが唯一明らかになっている。
これらの混乱については、岡田晋吉プロデューサーが自著やDVD-BOXの解説書で警察組織を熟知していなかったことや、確認ミスの存在を語っている。
後番組『ジャングル』では中堅・ベテラン刑事を警部補や巡査部長に設定して調整した。
刑事達のその後
殉職した刑事
本来殉職とは勤務時間中などに職務上の理由で死亡したものを指す。中には判断が分かれるであろう件もあるが、本作では一括して殉職と扱われている。
- 早見 - 刺殺。新宿三井ビルディング建築現場・・・第52話「13日金曜日マカロニ死す」(1973年7月13日放送)
- 柴田 - 射殺。練馬区中村橋の廃工場[54]・・・第111話「ジーパン・シンコその愛と死」(1974年8月30日放送)
- 三上 - 射殺。立川市・米軍立川基地跡地倉庫・・・第216話「テキサスは死なず!」(1976年9月3日放送)
- 田口 - 射殺。厚木市・中津内陸工業団地・・・第363話「13日金曜日・ボン最期の日」(1979年7月13日放送)
- 島 - 交通事故死。小田原市内の旧国道135号(現:神奈川県道740号小田原湯河原線)石橋山古戦場付近の高台で・・・第414話「島刑事よ、永遠に」(1980年7月11日放送)
- 滝 - 病死。世田谷区・砧公園で喀血後、病院で・・・第493話「スコッチよ静かに眠れ」(1982年1月29日放送)
- 岩城 - 射殺。ロッキー山脈・ウィスラー山・・・第519話「岩城刑事ロッキーにて殉職」(1982年8月20日放送)
- 石塚 - 射殺。工事現場にて被弾後、新宿区の新宿副都心[55]を走行中の救急車内にて・・・第525話「石塚刑事殉職」(1982年10月1日放送)
- 春日部 - 刺殺。新宿区・花園神社・・・第597話「戦士よさらば・ボギー最後の日」(1984年4月6日放送)
- 竹本 - 射殺。ビルのエレベーター(首都高・浜崎橋JCT付近)・・・第658話「ラガーよ、俺たちはおまえがなぜ死んだか知っている」(1985年8月2日放送)
- 山村 - 射殺。西新宿、新宿中央公園東口付近・角筈橋・・・第691話「さらば!山村刑事」(1986年4月11日放送)
殉職した場所は一部現存する。
最後まで生存していた刑事
- 藤堂 - 病気により不在であったが犯人に腹を撃たれた澤村の危機で復帰。その後、警視庁に栄転。『七曲署捜査一係'97』では、既に故人であるとされている。
- 野崎 - 岩城創(ロッキー)殉職を期に「ロッキーのような優秀な刑事を育てたい」という希望で警察学校教官に転任。その後、教え子の澤村誠を七曲署捜査一係に推薦。第562話、第665話でゲスト出演。PART2より現場復帰した。定年退職後『七曲署捜査一係'97』では民生委員、『七曲署捜査一係'99』では保護司としてゲスト出演した。
- 伸子 - 『太陽にほえろ!2001』で復職して刑事課・鑑識係員として登場。
- 五代 - 無差別で殺された妹の遺志を継いで海の牧場を開くため退職し、沖縄に帰郷(第489話ゲスト出演)。
- 原 - 西多摩署に栄転(第593話ゲスト出演)。
- 島津 - 殉職した山村のやり残した事件の真相を解決させた後、警視庁に栄転になり同時に海外研修に。
- 橘 - 休職していた藤堂の復帰と共に警視庁に戻った。
美術など
BGM
- テーマ音楽は元スパイダースの大野克夫の作曲。演奏は大野も参加した井上堯之バンドであるが、初期は井上バンドの前身であり、萩原健一もヴォーカリストとして参加していたPYG。井上バンド解散後は、大野が率いる大野克夫バンドに受け継がれた。
- 大野を起用するように進言したのは、PYGで大野とバンドを組んでいた萩原健一。初期は音源が少ないため、青春シリーズや『東京バイパス指令』から流用していた。他にも国際放映制作の他局のドラマからも相互にBGMやブリッジを流用していた。
- 1972年6月23日に行われた第1回録音分のセッションでは、その後俳優として活動した岸部一徳(当時・岸部修三)がベースギターを担当、この後テキサス刑事登場までの音楽は岸部がベースを弾いている。ドラムスを担当したのは原田裕臣、サックスとフルートは市原宏祐。この最初のレコーディングセッションでは演奏メンバーの人数が足りず、岡田晋吉プロデューサーの上司で、初期のチーフプロデューサーでもある津田昭(元ジャズ・ミュージシャンで当時は日本テレビ芸能局長、後に日本テレビエンタープライズ初代社長に就任)がマリンバとビブラフォンの演奏で参加している。レコード用のステレオ音源には、新アレンジで録音されたもののほか本篇用のマルチトラック音源をステレオにミックスした音源が用意された。視聴者プレゼントとしてテーマ曲集を制作したことがきっかけで、百回放映記念盤を発売した。当初は東宝レコードとポリドールが併売し、東宝盤では第一弾シングル盤[56]に収録された4曲以外はアルバム・シングル盤ともに独自制作のカバー音源で補われた。以降はポリドールのみの発売となる。83年にベスト盤LP3枚組が計画されていた。偶然、そのことを知った高島幹雄はポリドール側にモノラル音源のレコード化を提言し、初の劇伴集[57]が実現した。後のミュージックファイルシリーズの原型となった。
- 番組開始に伴い、大野が番組側に持ち込んだ主題歌候補は二曲だった。一曲は主題歌として使用されたが、もう一曲の候補曲は、萩原の活躍シーンに使われる劇中曲となった。この「マカロニ刑事のテーマ」は、番組後期まで劇中曲として使用された。
- 「○○刑事のテーマ」と題されたBGMが多数あるが、その第1号は「スコッチ刑事のテーマ」[58]である。次に「ロッキー刑事のテーマ」リリース後に発表されたアルバム[59]において、既存BGMの中から「行動のテーマ」「青春のテーマ」「情熱のテーマ」「冒険のテーマ」がぞれぞれ「マカロニ刑事のテーマ」「ジーパン刑事のテーマ」「テキサス刑事のテーマ」「ボンボン刑事のテーマ」に改題され、その翌年には他のメインキャスト(ボス、長さん、山さん、ゴリさん、殿下)のテーマ曲も新たに作られた[60]。スコッチ以降に登場した新刑事たちのテーマ曲は本編での初登場に合わせてシングル盤で発売されたため、A面・B面の分を合わせて2~3曲のバリエーションがあることが多い。
- レコード発売初期には、カバーテイクながらポリドール盤よりも発表曲数が多かったために東宝盤独自でつけられた曲名が、ポリドールのみの発売となって以降は別曲名がつけられたケース[61]や、反対に東宝盤の曲名が後にポリドール盤で踏襲されたケース[62]も存在している。
協力会社
- 衣装はオンワード、一色、TAKA-Q、ベストハウス、イトーヨーカ堂などが協力していたが、俳優が自分の好みで選んでくる場合も多かった。スタイリストは一貫して京都衣装(現・東宝コスチューム)の檜山勇が担当。ステージガン協力は放映開始直後からMGC(モデルガンコーポレーション)、MGCボンドショップ(初期の劇中、家宅捜査のシーンで同ショップのポスターが確認できる回あり)、一部コクサイ(国際産業)、東京CMCの製品をステージガンにした物を使用。
- 電気製品は、初回から番組スポンサーである三菱電機の製品を使用していた。劇中に登場するテレビやステレオ(ダイヤトーン)、カーラジオなどでスリーダイヤのマークが確認できる。マイコンこと水木悠は、同社のパソコン「MULTI16」を使用。
車両(劇用車)
- 番組開始当初は鈴木自動車工業が番組スポンサーに入っていたが、冠スポンサーの三菱電機とは異なり劇中の小道具としての供給はほとんどなく、マカロニ刑事の愛車スズキ・ジムニーや、若者の乗るオートバイ程度にとどまっていた。それ以外の車両(パトロールカーなど)には、東宝所有の汎用劇用車が主に使用されたが、輸入車も捜査車両や犯人・容疑者の車両として頻繁に使われていた。
- スズキがスポンサーを降りてからのレギュラー捜査車両は主にトヨタ車になった[63]。刑事が乗る車はクラウン、セリカの2車種の新車を基本軸とし、エキストラ・レギュラーとしてスプリンターとコロナまたはカリーナを撮影時期やストーリー上で必要となる車両台数によって加え、3~4台体制を基本としていた。一方、犯人・容疑者および破壊用車両には他社(主に日産自動車など)の中古車が使用された[64]。
- 構成されるレギュラー車種が多彩になってきたのは1980年代に入ってからで、クレスタを皮切りにチェイサー、ソアラ、カムリ、ビスタ、スープラなどを覆面車として起用していた。なかにはスターレットやターセルなど、およそ捜査車両とは思えない車種をレギュラー刑事が使用するケースもあった。レギュラー車両のほとんどがトヨタ自動車の広報車貸与であったが、新車のうちから劇中での使用が激し過ぎたため、車両によっては退役後メーカー返納できず、トヨタ系の中古車販売店で売りに出された物もあった[要出典]。
- ストーリー上で車両を多く必要とするシーン(検問や緊急配備など)では、同じ東宝の他作品のために用意されていたものや国際放映などが所有していた劇用車がパトカー、一般車を問わず借り出されることが多かった。トヨタ以外の車両も多く見受けられるのはそのためである。例えば、撮影所が同じ『華麗なる刑事』のランサーセレステ、ギャランが本作で流用され、逆に『華麗なる刑事』でも本作の小道具やセットが多く流用された。また、1980年代以降にレギュラー登用された制服パトカー(セドリック、グロリア、スカイライン)は国際放映所有の劇用車で、オープニング映像の背景に映っていたパトカーはユニオン映画所有の劇用車を『熱中時代・刑事編』や『キッド』などの撮影の合間に借りたものである。
- プロのカースタントチームがカーアクションを正式に担当するようになったのは、ボンボン刑事が登場した頃からである。当初はセキトラ・カーアクションが単独で行っていたが、レギュラー捜査車両が緊急車両として赤色灯を点けてサイレンを鳴らし始めた頃からカーチェイス、カースタント・シーンが増加したため、厳しい撮影スケジュールに対応できるよう、マエダオートクラブ(その後、カースタントTAKAに改名)も参加して2社体制となった。その後、カースタントのスタイルが定着し、撮影スケジュールが潤滑になってきた1980年頃から、カーアクション担当はマエダオートクラブ単独となり、覆面車(レギュラー、エキストラ、スポット含む)もトヨタ車に統一された。
ステージガン
ステージガン(劇中に登場する小道具銃)は、番組放映期間が長かった為、様々なバージョンのものが存在した。放映期間中の1977年に銃刀法が改正されたため、モデルガンのみならずステージガンも法改正の影響を受けている。
- ごく初期のステージガンは電着銃を主に使用。リボルバー型、オート型、ライフル型を使用している。
- 放送初期には、所持許可が必要な鋲打ち銃や実銃のライフルを小道具として使用し、スタッフが警察より厳重注意を受けたことがある。該当話は全て再放送自粛の措置がとられ、DVD-BOXからも除外され欠番となっている。
- マカロニの後期にMGCハイウエイパトロールマン(通称ハイパト)が刑事ドラマ全般で使われ始めた。ボスは戸井田工業の電着式ルガーP08を愛用していた時期もある。
- マカロニ後期からジーパン初期までMGCハイパト一辺倒だったが一部スチールなどでは国際産業製の旧ハイウェイパトロールマン3.5inや黒色金属製旧チーフススペシャル2inなども使用されている。
- ジーパン後期よりハイパトをもとに各刑事専用に改造したステージガンが登場。ジーパン用の「ミリタリーポリス22」の他、SWマスターピース2インチ風の「テキサスカスタム」や「ゴリカスタム」、SWコンバットマグナム2.5インチ風の「殿下カスタム」や制服警官用のSW M1917も作られた。製作は東京メイクガン(TMG)とMGC。
- 女優がステージガンを使用する際は女性の握力を考慮して引き金が軽い電着銃を用いる傾向にあり、シンコはそのセオリーどおり電着オートを使用していた。マミーは例外的に男性と同様のモデルガンベースのリボルバーを使用していた。マミー役の長谷直美は別番組の大追跡でもMGCローマンを使用しており、特に扱いに問題なかったと思われる。ただし、ダブルアクション時は両手の指でトリガーを引くシーンもあり、若干の苦労が伺える。
- スコッチの登場から銃身の短いMGC ローマンが刑事ドラマ全般の主流となる(ただしスコッチ自身はその後銃身の長い拳銃を使用するように変わっていっており、MGC トルーパー6インチの使用を経て、最終的にはS&W M29モデルのMGC 44マグナム8・3/8インチに落ち着いている)。
- ロッキー登場の頃から銃器類協力としてMGCボンドショップがクレジットされ、MGC ローマン、MGC トルーパーや同社製ホルスターを中心に使用していた。同時期(1978年)の作品である『大追跡』についても同様である。
- ロッキーは登場時、MGC ローマン4インチを使用していたが、ハイパトを改造したミリタリーポリス5インチタイプも一時期使用。後期はMGC トルーパー6インチを使用し、殉職話のカナダロケでも使用されていた。
- ドック登場の頃から銃器テクニカルアドバイザーとしてトビー門口が参加。ドックのMGC M59(後述参照)や、スコッチのMGC 44マグナム8・3/8インチ(パックマイヤー製ラバーグリップ付き)が登場した。
- ドックは演じる神田正輝本人の強い希望でMGC M59を準備して使用。登場初期はセンターファイア、ライブエキストラクター、チョーク式ブローバック金属バレル、フロントサイトにクリアピンクインサート装着。トビー門口から小道具係が変更となった1984年10月以降からはフロントサイトやエキストラクター、バレルなどの細部が変更されモデルガンそのままの外観と作動方式(ダブルキャップCPブローバック)に変更。撮影時に非常に作動が悪く支障をきたしはじめた為、電気発火式モデルも併用された(詳細は「MGC M59」参照)。
- ドックが使用するバック・サイド・ホルスターはトビー門口のスタッフが考案、後に劇中仕様と全く同じものが一般市販された。この後、2タイプのホルスターは様々なガンショップで複製され発売されたこともあった。初期版はJAC製、以降はテキサス製。パドル、ループ、スナップなどに違いが見られる。
- 石塚が後期に使用していたMGC トルーパー4インチはシリンダー後面を実銃同様に全面カウンターボア加工がされている。このステージガンは石塚殉職によって降板した竜雷太本人にスタッフからの記念品として贈呈された。このステージガンの詳細はDVD-BOX特典ディスクで確認できる。
- ラガー登場時はMGC ローマンベースのニューナンブM60風カスタムを使用していた。3インチ程度に整形された銃身に実銃同様のフロントサイトとダミーながらロッキングボルトの付いた鉄バレルを装着しているのが特徴。この頃、電着銃のニューナンブも使用している。後にMGC パイソン4インチ、MGC M5864インチ(電気発火タイプも併用)と変更していく。
- ブルースはMGC 44マグナムを使用。登場話は純正の6.5インチ銃身(シリンダーのみ複製の41マグナムタイプ)を使用。以降はMGCカスタムガンワークス製のPPCカスタム・ラウンドバレル6.5インチを使用。後期は6.5インチ用マグナ・グリップとグリップアダプターを装着したMGC純正の8・3/8インチを使用。
- ジプシーは登場時のオープニングで殿下カスタムを使用。作中初期はMGC ローマン、以降はMGC パイソン2.5インチに変更。MGC パイソン2.5inは後にデューク、オサムらも使用したがジプシーが使用したステージガンとは別の物である。
- 各ステージガンは国際放映と東宝の小道具(番組後期まで)のため、他番組でも流用されていた(銃器登場が頻繁だった『大追跡』と放映が重なっていた時期は『太陽にほえろ!』での発砲シーンが少なかった)。また、一部役者が所蔵物を持ち込む場合もあった。
- 中期の小道具担当は春木弘(中途降板)で製作はMGC、グッドビレッジやTMG(東京メイクガン)、戸井田工業。
- トビー門口が他の映画作品用に製作していたステージガン(ニューナンブ型電気発火式拳銃など)がドック登場前にも登場することがあった。
- マミー登場の頃、コクサイ製のメタルフィニッシュ(ガンブルー調のメッキ仕上げ)SWミリタリーポリスが登場した。マミーが2インチ、ボギーが3インチを使用。
- 後期はウェスタンアームズのセキュリティシックス、スピードシックス、ポリスサービスシックスなどのスタームルガーDAリボルバーが登場した。マイコンやマミーが使用。
- 狙撃等の長距離射撃の主な担当は初期は石塚、後期は井川が担っており、狙撃用ライフルとして戸井田工業製のホーワM300カービンタイプ電着銃、MGC製のM1カービン、MGC製のM16A1(CP)などが使用された。ボスがオープニングやスチールでボルトアクションライフルのCMC製モーゼルスポーターを持っているが、作中で使用する場面はほとんどない。他に犯人等のゲスト使用の長物銃としてAR7タイプ電着銃、ウィンチェスターカービン、垂直二連や水平二連散弾銃の電着銃などが登場した。
撮影秘話
- 番組の収録は世田谷区砧にある国際放映(旧・新東宝)で行われた。ここの7番ステージにパーマネントセットが組まれ、月に二回(隔週金曜日)レギュラーキャストが集まって刑事部屋などのシーンが収録された。基本的に同じ監督で二本同時収録し、実撮影日数は約14日。本パーマネントセットは、同番組パート2終了後、「胸キュン刑事」の原宿音羽署捜査課として流用された。
- 撮影の遅れを取り戻すため、B班と呼ばれる別班が応援に入る。2班同時進行で、俳優らは多忙を極めた。A班主要スタッフ(撮影技師・助監督など)を混ぜて作品の出来が均一になるようにしていた。A班は主に竹林・山本監督など東宝出身または鈴木監督が、B班は澤田・小澤・斉藤監督など外部出身監督があたる場合が多い。B班制作は年に10本程度。
- 予告編は助監督に制作が任され、未使用カット・NGカットなどを使用し編集される。しかし、新撮カットや予告のために撮られた演出違いのカットが挿入される場合もあった(例・第217話「スコッチ刑事登場!」第414話「島刑事よ、永遠に」など)。また、初期ではナレーション(音声)違いの別バージョンが販売された予告編集(七曲署ヒストリー)で確認されている。反対に第52話「マカロニ死す」の放映予告編は黒バックに字幕だが、ヒストリー版では青バックとなっている編集違いも存在する。第13話「殺したいあいつ」や第660話「デューク刑事登場!」予告編は放映版とヒストリー版では内容が全く異なる。基本的に30秒枠だが、新刑事登場などでは45秒に拡大する場合もある。第414話「島刑事よ、永遠に」ではさらに15秒スポットが投入された。他にも新刑事登場を節目に番組宣伝(CM)も数種類流された。
- 藤堂俊介の出番の一部を渡辺徹が代役していたことが後に紹介されている。石原裕次郎の負担を軽減させるための策として活用された。
- 病院のシーンでは埼玉県の新座志木中央総合病院が多く使われた。円形の建物が特徴で、廊下のシーンなどで、壁面がアールを画いているのですぐに判別できる。
- 撮影場所は舞台の中心である新宿付近の他、東宝撮影所と国際放映が所在する世田谷区近辺が多用されている。オープニングやスチールで使用された公園は新宿中央公園の他、世田谷区の砧公園、希望丘公園、駒沢公園、世田谷公園があり、噴水等の施設設備により場所が特定できるカットも多く存在する。病院も世田谷区船橋や経堂の実在の施設が実名のまま作中に登場することもあった。こうした事情から新宿のビル街から犯人を走って追いかけ、世田谷付近のシーンに繋がるというような事も多々存在している[65]。また、廃工場やカーチェイスの場面では他県での撮影も多用されている。
同名の役
本作終了後も、出演者が、別の作品で同名の役を演じることがある。
- 山下真司は『ケータイ刑事 銭形愛』に当時と同じ役名「五代潤」で出演、以後も、『銭形舞』『銭形泪』『銭形零』『銭形海』とケータイ刑事 銭形シリーズに登場した。さらに、『銭形愛』の第1話では下川辰平も「野崎太郎」で出演し、最後の「長さん」役を演じた。また、ケータイ刑事シリーズ内ではところどころで本作に関連する小ネタが登場する。
- 2009年6月より『サントリー BOSSレインボーマウンテン』CMで太陽にほえろをモチーフとしたCMが作られた。トミー・リー・ジョーンズが扮する宇宙人ジョーンズが七曲署に配属といった内容で、竜雷太、小野寺昭、木之元亮、勝野洋ら刑事たちが捜査一課に集結する(カツラなどでドラマ出演時の出で立ちを再現している)。またボス役はゆうたろうが扮している。なお、このCMでは、ドラマ出演時期がかぶっていないオリジナルのフルメンバーであるとTVで特集された。
エピソード
- 本放送の放映中にはファンクラブ(FC)が作られ、情報誌が少ない時代に番組とファンとのパイプ役を務めた。代表的なサークルは「SUNRISE」、研究会「七曲署」などで、「10周年記念号」にFC主要メンバーがファン代表として掲載された。現在[いつ?]は活動休止し、かつての会員がネット上やコミックマーケットで活動している。
- 石原裕次郎は解離性大動脈瘤で長期闘病生活からの復帰初仕事は、自身がオーナーである石原プロ制作の「西部警察」よりも、「太陽にほえろ!」を優先し先に復帰した。裕次郎のこの番組に対する想いがうかがい知れるエピソードである。
- 岩城と妻の令子の間にできた双子の名前は裕太と陽子であり、石原裕次郎が命名した。なお、双子というのは小野寺昭の実生活を参考にした、とプロデューサーの岡田晋吉が「1980 DVD-BOX I」映像特典内のインタビューで語っている。
- 萩原健一は、自ら殉職と言う形で降板を希望したが「人が死ぬ間際には、どんなことを思ったり言ったりするのだろうか?」と悩み、下川辰平に相談。下川は「戦争中の特攻隊員が故郷のお母さんのことを思い叫びながら、敵機に突っ込んで行った」と語り、そのアドバイスをもとに早見の最期のセリフが決まった[66]。
- これに対して、松田優作は、「人間の生と死」とは何かを考え、「人間が死を前にすると、見栄を張り、カッコよく見せて、死を受け入れるのではなく、貪欲に、無様に、生を求め、死にたくないと考えるのではないだろうか」と考え、殉職シーンを作り上げた。
- 殉職にて降板(出演者やスタッフらは「番組卒業」と表現することがある)の際、ストーリーはある程度殉職刑事の意向が脚本家や番組スタッフに受け入れられ、「最後の花道」を作ったと語られることがある[67]。
- 松田優作はオーディション当時、家にテレビが無く、見ていなかったため、「シーン演じて」と言われても、全て感覚で演じた。これがスタッフに気に入られた。
- 放送開始以来、新人刑事には役名に「ジュン」と命名することが暗黙の了解となっていたが、4代目新人刑事である田口良にはそれが出来なかった(3代目である三上「順」が存命していたため)。そこで田口役の宮内「淳」に芸名として「ジュン」が命名された[68]。
- 山村刑事の妻・高子が心臓病で危篤状態の時でも、山村は捜査に奔走していた。事件が解決した時、高子は既に帰らぬ人となっていた。当初、病院へ駆けつけた山村が亡き高子に語りかけるセリフが台本にあったが、それはカットされた。山村役の露口が本物の涙をこぼし、セリフなしでも充分に悲しみが伝わったからである(第206話「刑事の妻が死んだ日」)[69]。
- 小野寺昭がテレビ東京系「レディス4」にゲスト出演した際に語ったところによると、神奈川県小田原市のある海岸(旧国道135号(現:神奈川県道740号小田原湯河原線)石橋山古戦場すぐ近くの高台)に、「島公之殉職之碑」がファンによって作られていたという。小野寺本人もお参りをして、殿下ファンや太陽にほえろ! ファンと一緒に写真撮影などもしていた。現在[いつ?]は撤去されているという。
- 石塚役の竜雷太は8年目に一度降板を申し入れたが、既に小野寺の降板が決まっていたために実現しなかった。それから殉職するまでの約2年間、竜は本作のみに仕事を絞り、1982年のロッキー殉職編の撮影時期に再度降板を申し入れた。岡田プロデューサーが懸命に説得する[70]が本人の意志が固く、第525話「石塚刑事殉職」が太陽にほえろ! 初の90分スペシャルとして放送された。
- 下川辰平によると、野崎が犯人を護送中に襲撃され殉職する話[71]を下川自ら提案したが没になったという。下川は生前、初期メンバーの中で自分だけ殉職しなかったことが、今でも心残りだと発言していた[72]。他にも孫が産まれる話も予定されたが、実現されずに終わった。
- 西條は同僚刑事に彼独自のニックネームをつけていた。ゴリさん→ゴロウさん、スコッチ→ブランデー、ロッキー→アルプス、スニーカー→スパイク(またはスリッパ)、ジプシー→カルメン、ボギー→イチ、ラガー→ラッキョ、ブルース→パイナップル(「パイナップル頭」から)、マイコン→コンポリ(「コンピューター・ポリス」の略)、DJ→ダサい、といった具合。西條が殉職しなかったことについて、神田正輝本人は「次は俺と思ってても次から次と後輩が死んでいく。いつ死ぬんだろう? と思っていたら、先に番組の方が死んでしまった」とワイドショー番組のインタビューでコメントしていた。
- 地井武男は、第19話(DVDなどでは欠番)に犯人役でゲスト出演した時に、ロケ先で石原裕次郎からカツカレーを馳走してもらったことを裕次郎が覚えており、レギュラー入りの会見の席でその話をされて感動した、と『TVジェネレーション』(TBS)にて語っていた。
- 春日部役の世良公則は当初1年で殉職する予定であり本人もそのつもりであったが、地井武男らの説得により半年延命。結果、春日部殉職後の後任の予定だった澤村が交代劇のないままに登場し、春日部とよきコンビぶりを見せた。ロック歌手であった世良だが、挿入歌の申し入れに対して「『太陽』には役者で来ているのだから」「自分の歌は『太陽』には合わないから歌わない」と固辞した。
- 竹本刑事殉職の放映の翌日、渡辺徹主演の『気になるあいつ』(日本テレビ)がスタート。その冒頭のシーンは青年医師役の渡辺がテレビの中の竹本に向かって「死ぬな!」と叫ぶものだった。
- 又野誠治演じる澤村は、本来 "12人目の殉職刑事" になる予定であった。しかし病欠していた石原裕次郎の体調が思わしくなくレギュラー復帰を断念し番組が終了、予定されていたブルース殉職編もお蔵入りとなってしまった。番組が続行していれば澤村の後任として京本政樹の登場が予定され、番組15周年に当たる1987年7月17日[73]にアフリカロケの作品(未制作)が放送される予定であった。
- 藤岡琢也は、城北署の鮫島刑事役(愛称:ゴロンボの鮫、鮫やん、ジョーズ刑事)として初期作品からセミ・レギュラー出演。警察退職後は様々な職業を経てその時々の若手刑事と共演、番組中盤から後期にかけてしばらく登場しなかったが、最終回直前の第711話「ジョーズ刑事の華麗な復活」にて西山浩司演じる太宰と共演。
- ドン・ジョンソン主演『刑事ナッシュ・ブリッジス』ではナッシュ自身が金庫破りに扮して盗賊団に潜入して犯罪を食い止めるという、本作の第62話「プロフェッショナル」と酷似した作品と、白骨死体から復顔した顔と瓜二つの人物を真犯人に突きつけて自白させる第66話「生き返った白骨美人」と似たエピソードがある。
- 著名声優のゲスト出演も多く、『サザエさん』のマスオの声で知られる増岡弘は脇役で数多く出演したほか、高橋和枝、家弓家正、石丸博也、中田浩二、安原義人、阪脩、中尾隆聖なども出演歴がある。また、異色の例として熊倉一雄がメインを張った回などが存在する。熊倉が座長を務めるテアトル・エコー所属の俳優(納谷悟朗、八代駿など)の出演も多く、同劇団の研究生だったラサール石井も石井章雄名義で第275話「迷路」に出演(ただし、遠くで洗車しているのみでセリフは無し)。
視聴率
- 最高視聴率:40%(第364話「スニーカー刑事登場!」(1979年7月20日放映))
ビデオリサーチ調べ、関東地区。
番組へのオマージュ・パロディ
人気作品であるだけに、この作品を題材にしたオマージュやパロディも多い。以下はその一例である。
- 『大追跡』第14話「大逆転」にて、沖雅也演じる矢吹が容疑の掛かっている女優宅で『太陽にほえろ!』の台本を見つけ、それをめくりながら"スコッチ刑事って最高でしたよね"と上機嫌で女優に話し掛けるとその女優が"私はジーパンが好き"と答え、矢吹が落胆の表情を浮かべるというシーンがある。
- 『探偵物語』第24話「ダイヤモンド・パニック」では、松田優作演じる工藤探偵が、調査に協力させた組員3人組に"ゴリ・殿下・ロッキー、出動だ!行けー!!"と叫ぶシーンがある。このシーンが撮影されたのは"ジーパン刑事"としてたびたび疾走した西新宿の高層ビル群の中であった。
- 番組放映中にはフジテレビドラマ『翔んだカップル』の中でパロディシーン「太陽にまねろ!」があった。柳沢慎吾が山村に扮し、長身なADスタッフが柴田役を演じていた。ジーパンのコスプレ衣装は柳沢自身のコレクションを利用しており、柴田の衣装バリエーションを克明に再現していた。
- 『あぶない刑事』第23話「策略」では、大下(柴田恭兵)が鈴江(御木裕)に歩道橋上から下を走るバスに飛び降りるようそそのかし「ダーティーハリーや太陽にほえろだってやってたじゃないか!」と説得する場面があった。
- 『NEWジャングル』では第55話「どぶねずみ」が第2話「浩平が泣いた」に、第102話「愛が終わった朝」が第7話「婦警の恋」に、それぞれリメイクされた。
- 『刑事貴族』では第36話「危険な約束」が第31話「刑事たちの忙しい夜」に、第402話「島刑事よ、安らかに」が第36話「殺人ビデオへの招待」に、第32話「ボスを殺しに来た女」が第26話「宮本課長の災難」にそれぞれリメイクされた。
- 東映Vシネマ第一作として大川俊道脚本・監督で『クライム・ハンター』シリーズが製作された。世良公則、又野誠治、竹内力らが出演したガン・アクションの秀作。又野は「ブルース澤村」という殺し屋役で、番組では実現しなかった「殉職シーン」(?)を披露している。
- 『あいつがトラブル』(フジテレビ)で萩原健一が演じた役名は「沖田淳一」で、早見淳に由来している。設定も、もし早見が生きていたらなっていたであろう中年刑事像である。
- 『はみだし刑事情熱系』(テレビ朝日)では第452話「山さんがボスを撃つ!?」が、『特警ウインスペクター』では第157話「対決!6対6」が「大人をやっつけろ」(杉村升脚本)としてリメイクされた。
- 金曜ドラマ『ケイゾク』(TBS)で野々村係長(竜雷太)には“これでも昔はゴリ押しのゴリさんなんて呼ばれたこともある”というセリフがある。さらに劇場版では「殿下やマカロニと後楽園に犯人を追い詰めて…」というセリフも。主人公「柴田純」(中谷美紀)の役名は優作と同じでそのまま拝借したばかりでなく、犯人に刺された際に「なんじゃあ、こりゃあ」とも言わせている。
- 『ケイゾク』の続編『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』でも引き続き野々村係長役で出演した竜雷太であるが、その野々村が倒されるシーンでは石塚の殉職シーンを彷彿させるアングルで撮影され、野々村が構える拳銃も当時使用していたモデルと同型(コルト・トルーパー4インチ)を使用するなど、ちょっとしたパロディとなっている。竜自身も当時と変わりない独特な射撃姿勢を再現していた。その他にも随所に「ゴリさん」を意識したパロディ的なシーンが存在する。
- 1994年、AGFの『ブレンディ』缶コーヒーのCMで、岸谷五朗が本作メインテーマに乗って“ブレンディ刑事”に扮した。そのCMには竜と下川がそれぞれ石塚と野崎を思わせる役で登場している。
- 2003年、三洋電機製造・発売のデジカメXactiDMX-C1のCMは、ジーパン刑事のいでたちをしたSMAPの草彅剛がその性能に驚き、「なんじゃあ、こりゃあ」と叫ぶという、ジーパン殉職シーンをパロディ化した設定になっている。
- 2005年には給湯システムのCMで、小野寺昭が「電化」と「殿下」をかけ、「ボス、殿下(電化)だ! 殿下(電化)だよ!」というセリフを披露している。その後、ザ・ドリフターズの仲本工事と共演し「殿下(電化)の工事はお任せください」と宣伝している。
- 2009年5月にはENEOSの『エネファーム』のCMで、ゴリラの「エネゴリくん」が興奮して胸を叩く様子を見た竜雷太が「わしも昔はゴリさんと呼ばれた男だ」と言って、自分もシャツを一枚脱いで胸を叩き始め、水川あさみが「ダブルゴリさん」と呟くシーンがある。
- 『鳥人戦隊ジェットマン』の最終回で主人公の一人・結城凱が引ったくり犯に刺殺された。これは「マカロニの殉職をイメージして執筆した」と脚本家・井上敏樹が誌上で答えている。
- アニメ『勇者警察ジェイデッカー』はOPアニメ、登場人物の名前も本作をモデルにしている。
- 『爽快情報バラエティー スッキリ!!』(日本テレビ)にて阿部祐二のコーナーは「尾行のテーマ」がBGMで使用されている。
- 2010年11月22日放送のドラマ『おじいちゃんは25歳』(TBS)第5話にて小野寺昭と木之元亮が刑事風の出で立ち(最初、刑事と間違われるという設定)の銀行員役でゲスト出演。それぞれの役名も「島公之」、「岩城創」と完全なパロディとなっていた。
コント
- とんねるずのバラエティ番組『みなさんのおかげです』(フジテレビ)のコーナーとして「太陽にぽえろ!」、「太陽にほえるな!」が放映された。「ぽえろ」ではチェッカーズがマカロニ、ジーパン、シンコ、テキサス、ロッキー、殿下、ゴリさん役で、地井武男が「トシさん」本人役として出演。「ほえるな」ではジーパンのような風貌のバミューダ刑事、オリジナルキャラのクレーン刑事が登場した。
- 『ドリフ大爆笑'78』のコントで「太陽にほえろメインテーマ」のかかる中、刑事に扮したメンバーが、スクリーンに映ったビル街の夕日に犬の真似をして吼える、というものがあった。
- 1983年のフジテレビ『タケちゃんの思わず笑ってしまいました2』では、刑事ドラマのありがちな光景をコントにした「太陽に叫べ!」コーナーが放送され、ボスをビートたけし、山さん刑事を荻島真一、スニーカー刑事を加納竜、殿下刑事を小野進也、庶務係を倉田まり子が演じ、藤木悠がスルメ刑事を名乗るなど、この番組に出演歴のある、もしくは他の刑事ドラマでレギュラー刑事を演じた面々が登場し本作品のパロディーを演じた。
DVD
放送開始30周年記念としてスタートした2002年より全話DVD化を進めている
- 【太陽にほえろ!マカロニ刑事編1DVD-BOX】(第1話~第26話収録)(2002年7月21日発売)
- 【太陽にほえろ!マカロニ刑事編2DVD-BOX】(第28話~第52話収録)(2002年12月13日発売)
- 【太陽にほえろ!ジーパン刑事編1DVD-BOX】(第53話~第82話収録)(2003年7月5日発売)
- 【太陽にほえろ!ジーパン刑事編2DVD-BOX】(第83話~第111話収録)(2003年11月6日発売)
- 【太陽にほえろ!テキサス刑事編1DVD-BOX】(第112話~第140話収録)(2004年3月5日発売)
- 【太陽にほえろ!テキサス刑事編2DVD-BOX】(第141話~第167話収録)(2004年7月5日発売)
- 【太陽にほえろ!テキサス&ボン編1DVD-BOX】(第168話~第192話収録)(2005年1月26日発売)
- 【太陽にほえろ!テキサス&ボン編2DVD-BOX】(第193話~第216話収録)(2005年4月5日発売)
- 【太陽にほえろ!スコッチ&ボン編1DVD-BOX】(第217話~第236話収録)(2006年2月8日発売)
- 【太陽にほえろ!スコッチ&ボン編2DVD-BOX】(第237話~第255話収録)(2006年4月26日発売)
- 【太陽にほえろ!1977 DVD-BOX(1)“ロッキー刑事登場!”】(第256話~第269話収録)(2006年12月6日発売)
- 【太陽にほえろ!1977 DVD-BOX(2)“ボン&ロッキー”】(第270話~第283話収録)(2007年3月14日発売)
- 【太陽にほえろ!1978 DVD-BOX I 】(第284話~第309話収録)(2007年8月22日発売)
- 【太陽にほえろ!1978 DVD-BOX II 】(第310話~第335話収録)(2007年12月21日発売)
- 【太陽にほえろ!1979 DVD-BOX I 】(第336話~第361話収録)(2008年4月23日発売)
- 【太陽にほえろ!1979 DVD-BOX II 】(第362話~第387話収録)(2008年8月27日発売)
- 【太陽にほえろ!1980 DVD-BOX I 】(第388話~第414話収録)(2009年5月22日発売)
- 【太陽にほえろ!1980 DVD-BOX II 】(第415話~第438話収録)(2009年9月26日発売)
- 【太陽にほえろ!1981 DVD-BOX I 】(第439話~第463話収録)(2010年1月27日発売)
- 【太陽にほえろ!1981 DVD-BOX II 】(第464話~第489話収録)(2010年5月26日発売)
- 【太陽にほえろ!1982 DVD-BOX 】(第490話~第537話収録)(2010年11月26日発売)
また、以下のDVDも発売されている。
- 【太陽にほえろ!2001】(2002年2月21日発売)
- 【太陽にほえろ!七曲署ヒストリー1972-1987】(2007年7月25日発売)
欠番
DVD・VHSの公式サイト[76]において、現在公開が不可能な作品と明記されている作品に以下の物がある。現在これらはVHSとDVD化されていない。
- 第19話「ライフルが叫ぶとき」
- 第27話「殺し屋の詩」
- 第37話「男のつぐない」
- 第68話「一万人の容疑者」
- 第106話「着陸地点なし!」
- 第127話「非情な斗い」
- 第524話「ラガーのラブレター」
- 第571話「誘拐」
理由に関しては、第19話、第27話、第37話、第68話、第106話、第127話に関しては「実銃の使用」、「犯人射殺」、「差別用語の使用」があるためと言われている[77](ただし、具体的に、何話のどの箇所が問題だったのかと言う詳細は明らかにされていない)。また、第524話、第571話に関しては権利関係の問題(第524話には、デビュー当時のBOØWYのライブ演奏シーンが含まれていること、第571話はエド・マクベインの小説『キングの身代金』を原案にしていること)による物と言われている。ただし、いずれも公式な発表ではないため、本当かどうかは不明である。
第524話と第571話は商品化に際しての欠番であり、テレビで放映されることはある。[78]
その他、再放送の際に局側の判断などで放送が見送られた作品は無数に存在する。
脚注
- ^ PART2放送開始予定だった日は、伊豆大島三原山噴火関連の報道特別番組のため1週延期されてスタートした。
- ^ 死亡に至る状況によっては殉職とは言いがたいものも散見されるが、便宜上全て「殉職」と言う表記で統一する。なお、劇中でも石原良純演じる水木刑事(マイコン)は島津刑事(デューク)赴任時のエピソードにて「殉職率ナンバーワンの七曲署」と発言したことがある。
- ^ 本来の「非番」は緊急呼集に備えての待機で、自宅もしくは寮にいなければならない。自由に外出してもよい完全な休暇ではない。
- ^ 作中、後輩刑事で「殿下」と呼んだのは、早見ただ一人である。
- ^ ジーパン編までは、時折山村が野崎に敬語を使っている場面がみられる。
- ^ 城南署という説もあるが、公式プロフィールでは本富士署とされている。
- ^ 「のぶこ」とする説もあるが登場初期に数回出てきただけの名前であり、後に「しんこ」に直されている。
- ^ その成長ぶりが容易に分かるのがセリフの変化であり、岩城赴任までは自分のことを「僕」と言っていたのが、赴任後は「俺」に変わっている。また田口役の宮内によれば髪形や服装に変化をつけることで成長を示すよう気を遣っていたという。
- ^ それゆえ、殉職後も岩城や五代から尊敬されていることを示す描写がある。
- ^ その頃、岩城からは当初「ボンさん」と呼ばれていたが田口がその呼び方を嫌がったため、「先輩」に落ち着いた。
- ^ 第217話『スコッチ刑事登場!』における藤堂の説明から。ただし第244話『さらば、スコッチ!』の山村による説明では「3年前」と矛盾が発生している。
- ^ 第217話の藤堂のセリフによる。
- ^ 初回登場の217話で藤堂が石塚に説明している
- ^ 「喀血後に犯人に撃たれ、直後に犯人も射殺した」というもの(実際は喀血しただけで撃たれておらず、また滝自身はこの時拳銃を所持していなかったうえ、犯人の拳銃についても脅すためだけにしか使用しなかった)。このシーンは藤堂役の石原裕次郎のアドリブによるもので、石原が記憶違いしていたものと推測されるものの、詳細は不明である。
- ^ 令子との結婚後も引き続いて同じ部屋に居住し、自身の殉職後は令子が引き継いで子供たちと暮らしている。
- ^ この間、滝は五代を「運動靴」と呼んでいたが和解した際に初めて「スニーカー」と呼ぶようになった。
- ^ 自身が田口に受けた施しを思い起こし、後任の刑事に何かしてあげたいという思いを強く抱いていたとされる。
- ^ 後輩である五代からも一度「ヤブさん」と呼ばれてしまったが、すぐに「ドック」と訂正させられている。
- ^ 後年「ダウンタウンのごっつええ感じ」の刑事コントにゲスト出演した際には実は生存していたことになっており、警視に昇進しているという設定であった。
- ^ 由来は自身の免許証にあったデータ上の通名が「ハルヒヘイチ」(春日部一の読み違い)にされていたことから。第521話「ボギー刑事登場!」で確認できる。
- ^ 当時の警察無線は市販の受信機で傍受することができた。
- ^ たいていは、西條が「巨人‐広島戦」と呼ぶのに対し、春日部は「広島‐巨人戦」という呼び方を譲らないことから言い争いが始まるのがお約束になっている。
- ^ もともとは同時期に転勤した野崎の後任という設定であったが、ほどなくして石塚殉職が決まったため後任の手配が間に合わず、登場時期を調整して石塚の後任扱いに変わった。
- ^ とくに衝突が多かったのは石塚、田口、創である。
- ^ 短期間の出演に終わったのは、女性視聴者からの反発が強かったため、とプロデューサーの岡田が語っている。
- ^ 第43話まで。津田はこの当時岡田の上司にあたり実際の番組企画には関わっていなかった。プロデューサーとして名を連ねたのは、本作が前例のなかった企画だったため、当たらなかった際に岡田一人が責任を問われることのないようにという配慮だったそうである(岡田晋吉著『太陽にほえろ!伝説』より)。
- ^ 本作で性犯罪が扱われるのはその後のリバイバル最終作である「太陽にほえろ!2001」までの歳月を要したが、本筋の事件としては描かれていない。
- ^ 正確には旧い曲をそのまま使ったわけではなく、2曲をつなぎ合わせたバージョンが使われた。なおこのバージョンは第363話「13日金曜日 ボン最期の日」のオープニングで使用されたのが最初(「メインテーマ'79」採用の際に見送りとなった候補曲であった)。
- ^ 1960年代まではNHKに長髪のタレントが出演できないほど長髪は害悪と思われていた。
- ^ 石原慎太郎著「弟」より引用
- ^ このニックネームは、田波靖男と鴨井達比古がメインライターを務めた『華麗なる刑事』(77年・東宝+フジテレビ)で、真田健太郎刑事(加納竜)に使用されている。
- ^ 第73話「鶴が飛んだ日」、ボン殉職、ラガー登場、スコッチ復帰と殉職、ボギー登場、500回記念、第650話「山村刑事左遷命令」など。
- ^ 第419話「禁じられた怒り」第436話「父親」第444話「ドック刑事のシアワセな日」第483話「落とし穴」、雪山ロケ前後編(第449話〜第450話)。
- ^ 第4話「プールサイドに黒いバラ」第61話「別れは白いハンカチで」第137話「ありがとうテキサス坊や」
- ^ 第132話「走れ! ナポレオン」第198話「死ぬなジュン!」第220話「ジュンの復讐」第245話「刑事犬対ギャング犬」
- ^ 第85話「おやじに負けるな」第99話「金で買えないものがある」第129話「今日も街に陽が昇る」第162話「したたかな目撃者」第336話「ドジな二人」。
- ^ 第92話「シンデレラ刑事」第124話「仰げば尊し」第155話「家族」第193話「二人の刑事」第201話「にわか雨」第235話「刑事の娘が嫁ぐとき」第281話「わかれ道」第292話「一流大学」
- ^ 第55話「どぶねずみ」第72話「海を撃て!!ジーパン」第76話「おふくろ」第78話「恐怖の瞬間」など。
- ^ 第46話「黒幕は誰だ」第123話「孤独のゲーム」第149話「七曲藤堂一家」第182話「ボディガード」第355話「ボス」
- ^ 担当作品20本のうち、犯人を射殺した回は第32話「ボスを殺しに来た女」第46話「黒幕は誰だ」第55話「どぶねずみ」第76話「おふくろ」第78話「恐怖の瞬間」第101話「愛の殺意」第123話「孤独のゲーム」第182話「ボディガード」。
- ^ 鎌田はその後も『俺たちの旅』『俺たちの朝』『ちょっとマイウェイ』『天皇の料理番』など人気作を担当
- ^ 第97話「その子に罪はない!」第104話「葬送曲」第108話「地獄の中の愛」第139話「墓穴を掘る」第204話「厭な奴」第214話「奇妙な友達」第254話「子連れブルース」第265話「ゴリ、爆発!」「初恋」
- ^ 日本テレビ刊「太陽にほえろ!200回記念名場面集」より
- ^ 他には第121話「審判なき罪」第171話「暴走」第241話「脅迫」第277話「身代り」第308話「新しき家族」第317話「殺人者に時効はない」。
- ^ 第168話「ぼんぼん刑事登場!」第175話「偶像」第187話「愛」第212話「情報」第221話「刑事失格!?」第223話「あせり」第251話「辞表」第260話「宝くじ」第286話「悪意」第347話「謹慎処分」第356話「制服を狙え!」。
- ^ 第128話「夢見る人形たち」第202話「手紙」第239話「挑発」第247話「家出」第361話「殺人鬼」。
- ^ 内容的に全盛期を迎えた第5作『必殺必中仕事屋稼業』から第12作『江戸プロフェッショナル・必殺商売人』まで担当した。
- ^ 第573話「父と子の写真」第605話「離婚」第640話「妻への疑惑」。
- ^ 第571話の90分SP「誘拐」は、マクベインの「キングの身代金」を基にした唯一の原作ものである。
- ^ 唯一具体的にされているのは「(巡査部長の)長さん」と説明されている野崎だけである。
- ^ 第665話「殉職刑事たちよ、やすらかに」で「藤堂警部」と呼称。
- ^ 「終了10周年記念写真集 極彩の記憶」
- ^ 第521話「ボギー刑事登場!」で、藤堂が「山村警部補」と紹介している。
- ^ 現在の練馬区立練馬第三小学校
- ^ 京王プラザホテルおよび後年東京都庁舎が建つ場所が画面から確認できる。
- ^ AT-1066。本盤に収録された「太陽にほえろ!のテーマ」「追跡のテーマ」「青春のテーマ」「愛のテーマ」のみオリジナルサウンドトラック。
- ^ 50MX3097~9「太陽にほえろ!ORIGINAL SOUNDTRACK COLLECTION 1972-1983」
- ^ MR7016「太陽にほえろ!'76」およびDR6038「スコッチ刑事のテーマ/華麗なる情熱」
- ^ MR-7023「太陽にほえろ!甦れ、あの刑事たちよ」
- ^ MR-7035「太陽にほえろ!'78 -走れ!翔べ!叫べ!不滅の七曲署-」
- ^ レコード用音源では「情報のテーマ」(冒険のテーマM2→ボンボン刑事冒険のテーマ)、TV用音源では「危機のテーマ」(サスペンス・バリエーション1)、「親愛のテーマ」(ジーパン刑事のテーマ・バリエーション2)、「別離のテーマ」(哀愁のトランペット)、「自由のテーマ」(テキサス刑事登場:傷だらけの天使~天使の太陽・バリエーション)、「捜査のテーマ」(テキサス刑事のテーマ・バリエーション2)、「冒険のテーマII」(ボンボン刑事のテーマ・バリエーション5:新「愛」のテーマ・トランペット・メロ)。
- ^ レコード用音源では「情熱のテーマ」「希望のテーマ」「冒険のテーマ」「衝撃のテーマ」が、TV用音源では「仲間のテーマ」が該当する。
- ^ トヨタ自動車は番組スポンサーではなく、担当のカースタントチーム「マエダオートクラブ」の都合、または、番組の筆頭スポンサーの久保田鉄工(その後、クボタに改名)の意向によるという説もある(トヨタは、久保田鉄工の筆頭株主である)。
- ^ 特に「カーチェイスの末、大破」という展開の場合に中古車が使用された。
- ^ 実際には新宿区と世田谷区は隣接していない為、現実的にはありえない
- ^ テレビ朝日「徹子の部屋」にて下川が語っている他、「太陽にほえろ!」DVD-BOXでのインタビューでも発言している
- ^ 小野寺昭:『徹子の部屋』『テレビ探偵団』、沖雅也:オフィシャル本、渡辺徹:『爆笑おすピー問題!』などにて
- ^ 後年、岩城役の木之元「亮」も、同じ理由で(田口に次ぐ2代目「リョウ」として)芸名に「リョウ」と命名された。
- ^ 番組オフィシャル本より
- ^ この年は1月にスコッチ役の沖雅也が殉職して以降、翌年にジプシー役の三田村邦彦が転勤で番組を去るまで、実に5人ものメンバーが入れ替わっていた。また、翌週から登場した地井武男演じる井川刑事は石塚の後任とされている説明が専らであるが、その人物設定からも推測できるとおり、本来は下川辰平演じる野崎刑事の後任である。
- ^ 「太陽にほえろ!DVD-BOX マカロニ刑事編I」収蔵のアンソロジーメイキング内のインタビューによる。ただし下川はそれ以前の雑誌のインタビューなどでは、銀行強盗による無差別発砲の巻き添えを食って殉職するなどの異説も語っていた。
- ^ テレビ朝日系「徹子の部屋」など。
- ^ くしくも1987年7月17日は石原裕次郎が亡くなった日でもある。
- ^ 2008年3月25日放送のぴったんこカン・カンスペシャルより本人談及び[1]
- ^ ただし、リメイク版の「メインテーマ'01」で、オリジナルではない。
- ^ 太陽にほえろ! DVD・VHS販売サイト[2]
- ^ 岡田晋吉プロデューサーの著書、『青春ドラマ夢伝説』より
- ^ ファミリー劇場で放映。
参考文献
放映当時は本作について、日本テレビより写真集やノベライズが数多く出版されていたが、放映終了後に出版された関連書籍は以下のものがある。
- 『金曜夜8時君は太陽にほえろ!を見たか』(七曲署熱血探偵団・編 スターツ出版)
- 全刑事の紹介や、第1話のシナリオ再録、放映リストなど、本作のまとまった形での資料集としては唯一のものである。しかしながら、キャラクターのプロフィール(階級、年齢、家族の性別)や、使用拳銃のスペックなどについて、映像作品と明らかに異なった記述も多く、注意が必要である。
- 『太陽にほえろ!伝説-疾走15年 私が愛した七曲署』(岡田晋吉・著 日本テレビ)
- 本作を担当した岡田プロデューサーが語る制作秘話。
- 『太陽にほえろ! 極彩の記憶 - 終了10周年記念写真集』(日本テレビ)
- 終了10周年を記念した公式写真集で、メンバー紹介、岡田プロデューサーのコメント、未公開を含めた写真などが掲載され、付録にCD-ROMが添付されている。各種データは前述の「金曜夜8時~」に準拠しているが、一部データの訂正もなされている。
| 日本テレビ系列 金曜夜8時の枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
太陽にほえろ!
↓ 太陽にほえろ! PART2 |
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| 日本テレビ系列 金曜20:55 - 20:56枠 (1972.7.21 - 9.29) |
||
日本プロレス中継
(20:00 - 20:56) |
太陽にほえろ!
【1分縮小して継続】 |
|
| 日本テレビ系列 金曜20:54 - 20:55枠 (1972.10.6 - 1975.9.26) |
||
20:00 - 20:56:太陽にほえろ!
20:56 - 21:00:NNNニューススポット |
太陽にほえろ!
【さらに1分縮小して継続】 |
NNNニューススポット
(20:54 - 21:00) 【さらに1分拡大して継続】 |
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