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宮崎総子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

みやざき ふさこ
宮崎 総子
生誕 Template:Safesubst:1944年1月2日(68歳)Template:Safesubst:ファイル:Flag of Japan.svg 日本 福岡県
失踪 Template:Safesubst: Template:Safesubst:
死没 Template:Safesubst:Template:Safesubst:
墓地 Template:Safesubst:Template:Safesubst:
出身校 立教大学
職業 アナウンサー
配偶者 山川建夫 (離婚)
子供 仲代奈緒 (実子だが家族から離脱)
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宮崎 総子(みやざき ふさこ、1944年1月2日 - )は、日本のアナウンサーである。

目次

来歴・人物

福岡県福岡市生まれ。立教大学文学部英米文学科卒業。

アナウンサーとしてのテレビ出演で知られるほか、「無名塾」のプロデューサーとして演劇製作に携わったこともある。

生い立ち

大東亜戦争末期の1944年昭和19年)、裁判官だった父親の赴任先であった福岡で生まれ、間もなく母・姉とともに広島県呉市の伯父宅に疎開した[1]。戦後、父親が弁護士に転身し、一家で東京に移った[2][3]

テレビ局アナウンサー

1966年昭和41年)、アナウンサーとしてフジテレビに入社し、1971年昭和46年)まで勤めた。同期入社のアナウンサーには、大林宏野間脩平渡辺直子などがいた。

フリーランス

フジテレビ退社後には朝のワイドショー番組「モーニングジャンボ奥さま8時半です」(TBS)の司会を務め、女性司会者としては13年間という長寿登板記録を作った。その後も、「スーパーワイド」(TBS)など様々なテレビ番組に出演し、司会やリポーターを務めている。

家族

両親とも広島県呉市の出身で、母方の祖父は昭和初期に呉の市長を務めた勝田登一[4]。実姉は無名塾創設者で演出家の宮崎恭子。その夫である俳優、仲代達矢は義兄となる。

宮崎自身はフジテレビの同僚アナウンサー、山川建夫と結婚して一女をもうけたが、その後離婚した。娘は子供がいなかった姉、宮崎恭子・仲代達矢夫妻の養子となり、後に仲代奈緒の芸名で歌手デビューしている。

これまでのおもな出演番組

著書

  • 「羊も鳩も僕らの教科書」(新潮社
  • 「ママに速達」(三樹書房)
  • 「コペット・いっぱいお母さん」(フレーベル館
  • 「私づくり幸福づくり」(海竜社
  • 「わが家の食卓」(英知出版

脚注・出典

  1. ^ 宮崎恭子『大切な人』、1996年、講談社、134-171頁
  2. ^ 宮崎総子『宮崎総子のわが家の食卓』、2007年、角川学芸出版、53、141、142、155頁
  3. ^ 中国新聞、2007年2月1日、11面
  4. ^ 『大切な人』、52、53、67、68、87頁