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宮川哲夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宮川 哲夫(みやがわ てつお、1922年2月7日 - 1974年9月30日)は、昭和期の作詞家

人物

東京都伊豆大島出身。東京府豊島師範学校を卒業後、教師をしながら高橋掬太郎主宰の歌謡同人誌歌謡文芸の同人として作詞の道を志した。

1952年、同じく同誌の同人であった石本美由起ら有志が立ち上げた新歌謡界に同人として参画する。

1953年5月発売の『街のサンドイッチマン』(作曲吉田正)のヒットにより1954年1月1日ビクターレコードと専属契約をして新歌謡界出身者第1号の専属作詞家となる。その詞は都会調だが、どこか哀愁、孤独感が漂うのが特徴であり、宮川の書いた詞をよく歌った鶴田浩二は『宮川ニヒリズム』と表現した。特に作曲家・吉田正とコンビを組むことが多く、『赤と黒のブルース』、『好きだった』、『美しい十代』など数々の曲をヒットさせた。

1974年9月30日、膵臓癌のため東京女子医大病院で死去。52歳没。

主な作品

  • 街のサンドイッチマン(1953年)
  • ガード下の靴みがき(1955年)
  • 赤と黒のブルース(1955年)
  • 好きだった(1956年)
  • 夜霧の第二国道(1957年)
  • 公園の手品師(1958年)
  • 羽田発7時50分(1958年)
  • 夜霧に消えたチャコ(1959年)
  • 湖愁(1961年)
  • 東京ドドンパ娘(1961年)
  • 背広姿の渡り鳥(1961年)
  • 美しい十代(1963年)
  • 雨の中の二人(1966年)
  • 霧氷(1966年)

文献