小手川宏基
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| 名前 | |||||||
| 愛称 | コテ | ||||||
| カタカナ | コテガワ コウキ | ||||||
| ラテン文字 | KOTEGAWA Koki | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | ファイル:Flag of Japan.svg 日本 | ||||||
| 生年月日 | 1989年9月12日(22歳) | ||||||
| 出身地 | 大分県大分市 | ||||||
| 身長 | 172cm | ||||||
| 体重 | 62kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | 大分トリニータ | ||||||
| ポジション | MF (OH) / DF (RSB) | ||||||
| 背番号 | 7 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| ユースクラブ1 | |||||||
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| クラブチーム1 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年1月12日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | |||||||
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小手川 宏基(こてがわ こうき、1989年9月12日 - )は、大分県大分市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・大分トリニータ所属。ポジションはミッドフィールダー、ディフェンダー。
目次 |
来歴
2007年3月10日、Jリーグ第2節対ジュビロ磐田戦の2日前、居残り練習中にセルジーニョが負傷。シャムスカ監督は、同じく居残り練習をしていた小手川を追加メンバーとして遠征招集。突然だったためスーツを持っておらず、高校の制服姿で帯同した。その試合(17歳5ヶ月)でJ1デビューを飾り、トリニータの当時の最年少出場記録を塗り替えた(それまでの記録は福元洋平が持っていた18歳4ヶ月)。その後のナビスコ杯第1節の横浜FC戦ではスタメンデビューも果たすなど、この年は公式戦5試合に出場。
しかし、2008年に正式にトップ昇格を果たして以降は、試合出場機会が少なかったが2010年には、引退した西山哲平が8年間つけてきた背番号7を引き継ぎ、更にはサイドバックとして開幕スタメンを飾り序盤戦はレギュラーとして試合に出場。その後4月25日のJ2・第8節ギラヴァンツ北九州戦で負傷し全治3ヵ月と診断されるが、1年以上たった2011年7月現在も怪我が完治していない。
2011年11月6日J2第34節対ジェフユナイテッド市原・千葉戦にて後半37分、前田俊介と交代出場し560日ぶりの復帰を果たす。
人物
- 「目標とする選手は?」という質問に対し、呼び捨てで「カズ」と答えた事がある。
所属クラブ
- ユース経歴
- プロ経歴
- 2008年 - 大分トリニータ
個人成績
利用者:Bcjp/t/fbp国内表 top 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 th |- |2005||大分U-18||18||-||colspan="2"|-||colspan="2"|-||1||0||1||0 |- |2007||rowspan="5"|大分[1]||rowspan="3"|27||rowspan="3"|J1||3||0||2||0||0||0||5||0 |- |2008||1||0||2||0||0||0||3||0 |- |2009||9||0||5||1||0||0||14||1 |- |2010||rowspan="2"|7||rowspan="2"|J2||8||0||colspan="2"|-||0||0||8||0 |- |2011||2||0||colspan="2"|-||0||0||2||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算始13||0||9||1||0||0||22||1 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算行10||0||colspan="2"|-||0||0||10||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算行colspan="2"|-||colspan="2"|-||1||0||1||0 利用者:Bcjp/t/fbp国内表 通算終23||0||9||1||1||0||33||1 |} その他の国際公式戦
- 2009年
- スルガ銀行チャンピオンシップ 1試合0得点
脚注
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