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小結

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

小結(こむすび)とは、大相撲番付の階級の一つ。関脇の下の地位で、三役の最下位。由来やその語源はわかっておらず、諸説があるにとどまる。

目次

概要

通常は、前頭筆頭付近で勝ち越しするか、幕内上位で大きく勝ち越せば小結に昇進できる。逆に小結の地位で負け越せば、原則としてすぐ平幕の地位に陥落が決定する。ただ最低でも東西に1人ずつ必要なため、適任者がいない場合、前頭5・6枚目で8勝7敗程度の勝ち越しでも昇進する場合がある。このことが実力の伴わない三役を作り出しているとの批判もある。その意味で、最高位が小結の力士と平幕止まりの力士との力の差はそう大きくはないとみられる。

但し小結の地位で負け越しても、前頭上位に勝ち越し力士がいなければ、運良く翌場所小結に留まることができる場合もある。一例として1996年9月場所、東小結の武双山は7勝8敗と負け越したが、翌1996年11月場所は西小結に留まった。

一方で小結から関脇に昇進する場合、全取組横綱大関を含む最上位力士とあたる中で勝ち越しが必須であり、関脇との間には数枚分の差があると見るべきである。また、関脇の力士に負け越しがなかった場合は小結で8・9勝で勝ち越しても据え置かれる場合が多いが、10勝ないしは11勝以上の好成績を挙げると関脇昇進となることがある[1]。2008年夏場所に稀勢の里が東小結で10勝を挙げたが、翌場所も東小結に据え置かれた[2]という事例が示すように、関脇に実力者が長く在位する傾向が強くなった平成期以降は特に、並の勝ち越しでは関脇に昇進できなくなっている。

さらに、関脇に比べると小結の地位で3人以上(以前の張出)が出ることは少ない。この傾向は2000年代辺りから強くなり、さらに昇進は東筆頭の勝ち越しが成績にかかわらず最優先されるようになったため、昇進枠が少ない場合、それより下の番付で単純計算で東筆頭力士を上回る成績を挙げたとしても、小結に昇進できないケースが生じ始めた。例として2008年3月場所、黒海は西前頭5枚目で12勝3敗の成績を挙げたが、東筆頭で8勝7敗の朝赤龍の昇進が優先され、翌場所黒海は東筆頭に留まった。

「3場所連続で三役にあって、その通算の勝ち星が33勝以上」とされる近年の大関昇進の目安から、小結での勝ち越しは後の大関昇進を検討する際に起点の成績とみなされる。平成以降大関に昇進した力士で昇進3場所前が平幕だった力士はおらず、大関昇進の議論においては小結と平幕は明確に区分されている。戦前まで、小結で優勝に近い成績をあげ、関脇を飛び越して大関に昇進するケースも見られたが、戦後ではまったくない。1991年11月場所の小結・琴錦は、前場所平幕(前頭5枚目)で優勝しており、この11月場所の終盤で、琴錦が2場所連続優勝を果たせば関脇を飛び越えて、大関の地位に抜擢も検討するという幹部の声もあったものの、琴錦は優勝を逃したため昇進の話題自体が出なかった。

なお西方小結は、同部屋でない限り初日に東方正横綱と取組が組まれることが多い。 同様に西方正横綱がいる場合、(同部屋でない限り)東小結が西方正横綱と初日の取組が組まれる場合が多い。

協会からの給料は、三役と扱われ、関脇と同額である。

記録

小結で優勝した力士

場 所地 位四股名成 績翌場所最高位
1931年(昭和6年)5月場所東小結武藏山武10勝1敗東小結(8勝2敗1休)横綱
1932年(昭和7年)3月場所西小結沖ツ海福雄9勝1敗東関脇(6勝4敗1分)関脇★
1944年(昭和19年)1月場所西小結佐賀ノ花勝巳13勝2敗東関脇(7勝3敗)大関
1957年(昭和32年)5月場所西小結安念山治
(のち羽黒山礎丞)
13勝2敗西関脇(9勝6敗)関脇
1974年(昭和49年)11月場所西張出小結魁傑將晃12勝3敗
(○北の湖
東関脇(11勝4敗)大関
1992年(平成4年)9月場所西小結貴花田光司
(のち貴乃花光司)
14勝1敗西関脇(10勝5敗)横綱
1993年(平成5年)3月場所東小結若花田勝
(のち若乃花勝)
14勝1敗西関脇(10勝5敗)横綱
2000年(平成12年)5月場所西小結魁皇博之14勝1敗東関脇(11勝4敗)大関
  • 四股名は優勝当時の四股名。
  • 成績の()内は優勝決定戦。同制度は1947年(昭和22年)6月場所から導入、それ以前の優勝同点は上位者優勝。
  • ★沖ツ海は現役死。
  • 最高位の☆は2011年現在現役。

通算小結在位

2011年11月場所現在)

順位小結在位四股名最高位
1位19場所高見山大五郎関脇
2位15場所安芸乃島勝巳関脇
3位14場所出羽錦忠雄関脇
4位13場所琴錦功宗関脇
土佐ノ海敏生関脇
6位12場所出羽の花義貴関脇
稀勢の里寛大関☆
8位11場所貴闘力忠茂関脇
魁皇博之大関
武双山正士大関
  • ☆は2011年11月場所終了時点で現役。

小結連続在位

2011年11月場所現在)

順位小結在位四股名在位期間
1位5場所麒麟児將能1969年1月場所-1969年9月場所
土佐ノ海敏生1999年11月場所-2000年7月場所
琴光喜啓司2004年5月場所-2005年1月場所
4位4場所信夫山治貞1955年1月場所-1955年9月場所
朝潮太郎1954年1月場所-1954年9月場所
高見山大五郎1971年7月場所-1972年1月場所
出島武春1998年9月場所-1999年3月場所
稀勢の里寛2006年7月場所-2007年1月場所

小結の地位は負け越せば平幕に陥落となり、好成績を上げれば関脇に昇進となることが殆どである。また、関脇が負け越して小結以下への陥落が確定していれば平幕に陥落しない最低限度の成績である8勝7敗でも関脇に昇進することがある。つまり小結の地位は小結力士本人の成績だけでなく他の力士の成績の影響を大きく受けるので、連続在位が長期化しにくい傾向にある。

脚注

  1. ^ 戦後、小結の地位で11勝以上挙げた力士で翌場所も小結に据え置かれた事例はない。
  2. ^ この時、東西関脇の安馬琴奨菊が揃って勝ち越したため据え置かれてしまったと見られる。


関連

ファイル:Kunisada Sumo Triptychon c1860s.jpg この「小結」は、相撲に関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めています(PJ相撲)。