少年H
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『少年H』(しょうねんエッチ)は、妹尾河童の自伝的小説。1997年、講談社より刊行された。毎日出版文化賞特別賞受賞作品。1997年度の大佛次郎賞最終候補作でもあった。
上・下2巻から成る。後に講談社文庫、新潮文庫、青い鳥文庫から刊行されたほか、ジョン・ベスターの翻訳による英訳本「A boy Called H」も出ている。
テレビドラマ
1999年11月5日と2001年3月23日には、竹山洋脚本でフジテレビでドラマとして放送されている。タイトルは以下の通り。
- 1999年版 - 少年H - それが僕たちの戦争だった
- 上巻の内容をベースにしているが、大幅に脚色が加えられている。
- 2001年版 - 少年H - 青春篇
- 下巻の内容がベース。99年版と比べて原作に忠実。
登場人物
()内はテレビドラマで演じた俳優
- 妹尾肇(少年期:久野雅弘、青年期:尾上寛之、老年期:津川雅彦)
- 妹尾盛夫(中井貴一)
- 1902年生まれ。肇の父親。洋服屋を営む。肇の良き理解者で、理論的に考えるタイプ。身長は153cm。
- ドラマ版では演じた中井が長身ということもあってか、小柄という設定は破棄され、足が悪いという設定になった(そのためか、後述の吉本繁男は登場しない)。
- 妹尾敏子(桃井かおり)
- 妹尾好子
- 1932年生まれ。肇の妹。優しい心の持ち主だが泣き虫。
- 羽田野金四郎(笑福亭鶴瓶)
- 通称「羽田野の小父さん」。妹尾家に下宿していたことがあり、妹尾一家とは親しい間柄。
- 林五和夫
- 肇の親友。巨漢で相撲に詳しい。
- ドラマ版では同窓会のシーンで、林本人が登場した。
- 郁夫
- 炭屋の次男坊。通称は「イッチャン」。嘘をつく癖があるが、根は真面目。
- 勝造(少年期:加藤祐輝、老年期:田中邦衛)
- 原作とドラマの位置づけが大きく異なるキャラ。
- 原作:全く好意的に描かれておらず、登場シーンも少ない。肇の机に十字架や「スパイ」の文字を書いた犯人ではないかと疑われている(実際の犯人は不明)。通称は「バラケツの勝」(バラケツとは神戸の方言で不良の意)。
- ドラマ:当初は肇と不仲だったが、オトコ姉ちゃんの仲介で仲直りし、以後友人として親しくなる。老年期に入り肇と再会。
- 原作とドラマの位置づけが大きく異なるキャラ。
- 勝造の父(陣内孝則)
- ミセスステープルス
- 宣教師。肇が2歳の頃まで日本にいた。
- うどん屋の兄チャン(赤盤の兄チャン)(吉岡秀隆)
- 妹尾家の向かいにあるうどん屋で働く青年。実は非合法活動をしていた(共産主義運動と周囲は推測するが、詳細は不明)。
- テレビドラマ版では小林繁夫という役名がある。
- オトコ姉ちゃん(窪塚洋介)
- 在郷軍人の小父さん
- 上記のとおり在郷軍人で、戦局が優勢のころはいつも「天皇陛下のために」と叫んでいた。しかし、戦局が悪化するとともにその態度にも変化が現れる。
- ドラマ版には登場せず、その設定は前述の勝造の父親に移された(但し、ドラマ版の勝造の父と違い自然退場する形になっている)。
- 宮本順二
- 盛夫の弟子として働いていた男性。肇たちは「順さん」と呼び慕っていた。
- 作中で登場していた時点(1940年)ですでに30代になっていたこともあって、当初の契約よりも1年半早く独立した。
- 吉本繁男
- 宮本順二が独立した後雇われた男性。愛称は「シゲさん」。
- 足が悪く店員として不向きと思われたが、盛夫が本人のやる気を認めたことから雇われることとなった。しかし、開戦による客の減少から経営難となり、わずか1年で店を退職することとなる。
- オッペンハイマーさん
- ユダヤ系ドイツ人。神戸港に来航したユダヤ人(杉原千畝を参照)の洋服の修繕を依頼し、お礼に肇の誕生祝いを送る。
- 金田さん(杉本哲太)
- 朝鮮人の男性。本姓は「金(キム)」。一時期妹尾家に下宿していたが・・・。
- 田森教官(西村雅彦)
- 中学校の軍事教官。あだ名は「エロ天」。極度なまでにサディスティックな性格で、生徒達に暴力を振るうことに快感を覚えている節すらあったが、敗戦後は抜け殻のようになってしまった。
- 久門教官(岩城滉一)
- 中学校の軍事教官。肇が所属する教練射撃部の顧問も務める。田森教官とは対照的に生徒からの信頼は厚い。終戦直前に徴兵されるが、終戦後は復員し本職の時計屋に戻る。
- 藤田譲治
作品に対する批判
同世代で児童文学作家の山中恒は、作中に夥しい数の事実誤認や歴史的齟齬がみられることや、主人公やその家族の視点が当時の一般的な日本人の感覚から大きく乖離しており、戦後になるまで誰も知らなかったはずの事実をまるで未来からでも来たかのように予言していること、さらに自身が編纂に関わった書物の記述がその誤りの部分も含めてまるごと引用されている点などを自著「間違いだらけの少年H」で指摘し、「少年H」は妹尾の自伝でもなんでもなく、戦後的な価値観や思想に基づいて初めから結論ありきで描かれた作品であると看破し、「年表と新聞の縮刷版をふくらませて作り上げたような作品」「戦争体験者の酒の席での与太話を小説風にまとめただけのもの」と酷評した。
妹尾はあくまでも「自らの記憶と体験を元に書いた作品である」との主張を撤回してはいないが、山中の挙げた具体的な誤りや欺瞞の指摘に対しては口を閉ざし、一切の反論を行っていない。ただし「少年H」の文庫化に際しては、山中に指摘された部分を中心に何箇所もの訂正や変更、削除などが行われている。




