尾上菊五郎 (7代目)
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| しちだいめ おのえ きくごろう 七代目 尾上菊五郎 | |
| 屋号 | 音羽屋 |
|---|---|
| 定紋 | 重ね扇に抱き柏 ファイル:Kasane Ōgi ni Daki Gashiwa inverted 2.jpg |
| 生年月日 | 1942年10月2日(69歳) |
| 本名 | 寺島秀幸 |
| 襲名歴 | 1. 五代目尾上丑之助 2. 四代目尾上菊之助 3. 七代目尾上菊五郎 |
| 出身地 | 東京 |
| 父 | 七代目尾上梅幸 |
| 妻 | 富司純子(女優) |
| 子 | 寺島しのぶ(女優) 五代目尾上菊之助 |
| 当たり役 | |
| 歌舞伎: 『青砥稿花紅彩画』の弁天小僧菊之助 『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子 テレビ: 『源義経』(大河ドラマ)の源義経 | |
七代目 尾上菊五郎(しちだいめ おのえ きくごろう、1942年10月2日 - )は、日本の俳優、歌舞伎役者。歌舞伎名跡「尾上菊五郎」の当代。本名は寺島 秀幸(てらしま ひでゆき)。屋号は音羽屋。定紋は重ね扇に抱き柏、四つ輪。
目次 |
来歴・人物
20代の菊之助時代に三之助の一人として人気を博した。またその端整な顔立ちから、NHK大河ドラマ『源義経』(1966/昭和41年)を当時最年少で主演した。
かつては女形中心だったが、年を増すごとに男っぽさが強くなり現在は立役中心。現代歌舞伎のスターにして、お家芸の世話物を得意とし、特に江戸っ子の小悪党をやらせたら、現在右に出る者はいないとまでいわれるほど。「尾上菊五郎劇団」を主宰して江戸歌舞伎の世話物を今日に伝えることをライフワークとしている。
『源義経』で静御前を演じた富司純子と結婚。長女は、女優の寺島しのぶ、長男は、歌舞伎俳優の五代目尾上菊之助。
年譜
- 1942年10月2日 東京都に生まれる。七代目尾上梅幸の長男。本名・寺島秀幸。
- 1948年4月 新橋演舞場『助六曲輪菊』の禿で五代目尾上丑之助を襲名して初舞台。森村学園小学校へ入学。
- 1965年5月 歌舞伎座『寿曽我対面』の十郎ほかで四代目尾上菊之助を襲名。六代目市川新之助と初代尾上辰之助と共に「三之助ブーム」を起こした。
- 1966年 大河ドラマ『源義経』で主演。
- 1972年 『源義経』で共演した女優・藤純子と結婚。同年、長女・忍誕生。
- 1973年10月 - 11月 歌舞伎座『弁天娘女男白浪』の弁天小僧菊之助、『京鹿子娘道成寺』白拍子花子ほかで七代目尾上菊五郎を襲名。
- 1977年 長男・和康誕生。
- 2000年 日本芸術院会員に。
- 2003年 重要無形文化財各個保持者(人間国宝)に認定(祖父・六代目尾上菊五郎、父・七代目尾上梅幸に続いて、親子孫三代での人間国宝)。
受賞歴
主な出演作
テレビ
- 『源義経』[1](1966年、NHK) - 源義経 役(主演)
- 『桃太郎侍』(1967年、日本テレビ系) - 桃太郎侍 役(主演)
- 『樅ノ木は残った』(1970年、NHK) - 伊達綱宗 役
- 『大忠臣蔵』(1971年、NET系) - 浅野内匠頭 役
- 『弥次喜多隠密道中』(1971年、日本テレビ系) - 弥次郎 役(共同主演)
- 『半七捕物帳』(1979年、テレビ朝日系) - 半七 役(主演)
- 『獅子の時代』(1980年、大河ドラマ) - 高松凌雲 役
- 『ねずみ小僧次郎吉 勢揃い菊五郎劇団!! 世直し義賊大奥秘話』(1992年、TBS系) - ねずみ小僧次郎吉 役(主演)
- 『琉球の風』[2](1993年、NHK) - 尚永王 役
映画
脚注
外部リンク
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