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山内泰幸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

山内 泰幸
広島東洋カープ コーチ #80
ファイル:HC-Yasuyuki-Yamauchi.jpg
2008年6月28日 阪神甲子園球場
基本情報
国籍 ファイル:Flag of Japan.svg 日本
出身地 広島県東広島市
生年月日 1973年3月16日(39歳)
身長
体重
179cm
79kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1994年 ドラフト1位(逆指名)
初出場 1995年4月11日
最終出場 2002年10月14日
経歴(括弧内は在籍年)
選手歴
コーチ歴
  • 広島東洋カープ (2003 - )

山内 泰幸(やまうち やすゆき、1973年3月16日 - )は、広島県東広島市出身の元プロ野球選手投手)・野球解説者。現在は、広島東洋カープの一軍投手コーチ。

目次

来歴・人物

尾道商業高校では3年春の中国大会で優勝。

日本体育大学首都大学野球連盟所属・MVP・ベストナイン受賞)時代では通算31勝を挙げ、大学野球日本代表に選出され、河原純一投手(駒大)と二枚エースとして、1994年日米大学野球選手権大会でMVPを獲得。1994年ドラフト広島東洋カープに同球団初の逆指名選手として入団。この年のドラフトは不作の年といわれ、富岡久貴東京ガス硬式野球部)と河原純一と山内らが目玉選手だったが、地元出身選手をどうしても獲得したい広島・渡辺秀武スカウトは、山内が大学4年に上がる前の3月に『今年のカープの1位は山内で行く!』と新聞マスコミに発表。山内はその後、日米大学野球でMVPを獲得するなど大活躍。すると読売ジャイアンツと中日ドラゴンズが金銭面で好条件を突きつけたが、山内は広島入りした(出典:野球小僧、2006年12月号)。

右肘を高く上げる独特の投球フォームが、ピンク・レディーの楽曲『UFO』の振り付けに似ていたことから「UFO投法」のニックネームで親しまれた。1995年は初登板で初先発初勝利を挙げると、5月には4勝で月間月間MVPを獲得。オールスターゲームにも出場した。広島の新人として初登板初勝利を挙げた選手は、当時史上4人目であった[1]2011年現在は8人が記録している[2]

この年は14勝を挙げて新人王に選ばれた。1996年も2桁勝利を挙げて活躍したが、故障の影響と変則投法を他球団に研究されたことで、以降は成績が下がり1999年に右肘を手術。その後は中継ぎなどで登板したが、全盛期の球威は戻らず29歳の若さで2002年シーズン終了後に引退した。現役時代、読売ジャイアンツに対してはめっぽう強く、プロデビューからジャイアンツ戦無傷の10連勝という快挙を成し遂げた。

2003年から4年間三軍投手コーチを務めた後、その後2009年まで二軍投手コーチを務め、2010年からは一軍投手コーチを務める。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1995 広島 342151114100--.583671163.11451467131235061553.031.30
1996 46102201180--.579492117.21021443211072157513.901.23
1997 28253117110--.389672152.01722347231206190885.211.44
1998 2715200470--.36442593.2104164421674158545.191.58
1999 177000440--.50025255.071102330362040365.891.71
2000 99200210--.66722552.15861801211024233.961.45
2001 205000331--.50017141.03781311311025235.051.22
2002 30000000------82.030000300114.501.50
通算:8年 18492144245441--.5062916677.06929125511105082133563314.401.40
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰

記録

  • 初登板・初勝利:1995年4月11日、阪神戦(甲子園)4-2 先発登板し、6回1/3を1失点
  • 初完投・初完封:1995年6月11日、ヤクルト戦(福島)2-0 被安打8 奪三振6 四死球4
  • オールスターゲーム出場:2回 (1995年、1997年)

背番号

  • 16 (1995年 - 2002年)
  • 80 (2003年 - )

関連情報

出演

三軍コーチ時代の2005年には広島テレビ(HTV)の番組「進め!スポーツ元気丸」のコメンテーターや同局ローカルプロ野球中継のゲスト解説で顔を出すことがあった。

これは、前年まで解説者として出演していた小林聖始中日ドラゴンズの投手コーチに就任し、読売ジャイアンツ投手コーチ辞任に伴い同局の解説者に復帰した池谷公二郎日本テレビ系列の全国中継も担当することから「進め!スポーツ元気丸」に出演できない場合があるために、広島の厚意もあり、三軍コーチのため通常ベンチ入りしない山内が抜擢されたものと思われる。なお、ローカル中継については、解説者起用に当たり日本テレビが広島テレビとの調整を図ったため、池谷が全て出演していた。

2006年には、山本浩二が広島監督辞任に伴い同局の解説者に復帰し、現役を引退した野村謙二郎も解説者に加わり、人的な余裕が出来たこと(2人とも、池谷同様日本テレビ兼任)、二軍コーチへの異動に伴いコーチ業に専念するため番組を降板している。

脚注

[ヘルプ]
  1. ^ 杉浦竜太郎大田垣喜夫佐々岡真司に次いで山内が4人目。
  2. ^ 山内の後、黒田博樹小林幹英(救援勝利)、齊藤悠葵福井優也が記録した

関連項目

外部リンク