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山口百恵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

やまぐち ももえ
山口 百恵
本名 三浦 百惠(みうら ももえ)
(旧姓:山口)
別名 横須賀 恵(よこすか けい)
(作詞時のペンネーム)
生年月日 1959年1月17日(53歳)
出生地 ファイル:Flag of Japan.svg日本東京都渋谷区恵比寿
民族 日本人
血液型 A型
職業 歌手
女優
ジャンル テレビドラマ
映画
歌謡曲
活動期間 1973年 - 1980年
配偶者 三浦友和(1980年 - )
家族 Peaky SALT・ユウ(三浦祐太朗、長男)
俳優・三浦貴大(二男)

山口 百恵(やまぐち ももえ、1959年(昭和34年)1月17日 - )は、日本の元歌手女優東京都渋谷区恵比寿出身。幼少時を神奈川県横浜市瀬谷区横須賀市で過ごした。血液型はA型。横浜市立瀬谷小学校→横須賀市立鶴久保小学校卒業→横須賀市立不入斗(いりやまず)中学校→品川中学校(現:品川女子学院中等部)卒業→日出女子学園高等学校(現:日出高等学校)卒業。東京都国立市在住。

配偶者は、俳優三浦友和1980年11月19日結婚)。長男はロックバンドPeaky SALTボーカル&ギター担当の「ユウ」(三浦祐太朗)。二男は俳優の三浦貴大

本名:三浦 百惠(みうら ももえ、旧姓:山口)。

活動時の所属事務所はホリプロダクション(現:ホリプロ)、レコード会社はCBSソニー(現:ソニー・ミュージックエンタテインメント)に所属。

以下、氏名の表記は特記を除き「百恵」で統一する。

目次

来歴

芸能界デビュー

1972年12月、オーディション番組『スター誕生!』で、牧葉ユミの「回転木馬」[1]を歌い、準優勝[2][3][4]、20社から指名を受ける。

1973年4月、映画としごろ』に出演し、5月21日に同名の曲で歌手としてもデビュー。森昌子桜田淳子と共に「花の中三トリオ」と呼ばれた。デビューのキャッチコピーは「大きなソニー、大きな新人」。

デビュー曲の「としごろ」は、スタッフの期待以下のセールスに止まったため、第二弾の「青い果実」ではイメージチェンジを図り、大胆な歌詞を歌わせる路線を取った。これは「青い性路線」(「性典ソング」)と呼ばれるようになり[3]、それは1974年の「ひと夏の経験」の大ヒットで大きく花咲くこととなった[5]。年端のいかない少女が性行為を連想させるような際どい内容を歌うという、この「青い性」路線で百恵は絶大な人気を獲得することになる。歌詞の内容は際どかったが、辺見マリ夏木マリ、あるいは1970年代に復活した山本リンダなどのセクシー路線の歌手と違い、百恵は年齢が低くビジュアル面では純朴な少女というイメージだった。歌とビジュアルのギャップ、それに伴うある種の背徳感が、百恵の人気を独特なものにしていったと言われる。これは百恵の芸能人としての資質によるだけではなく、所属事務所やレコード会社による周到なイメージ戦略の賜物でもあった[6]。「ひと夏の経験」を歌っていた時期のインタビューでは大抵「女の子の一番大切なものって何だと思いますか」と質問されたが、百恵は全て「まごころ」で通した[3]

同曲が大ヒットした1974年には青春映画の名作『伊豆の踊子』に主演し、演技でも評価を得る。この映画で共演した相手役の三浦友和とはグリコプリッツCMでこの年の夏に共演済であった。『伊豆の踊子』は一般公募で相手役を募集したが、このグリコCMを観た『伊豆の踊子』の監督、西河克己が最終選考の中に三浦の書類を入れたと言われている。三浦とはその後もテレビドラマやCMでも共演し、共に絶大な人気を博し、二人は「ゴールデンコンビ」と呼ばれた。百恵の主演映画13作のうち12作は三浦との共演である。なお、これらの映画は東宝配給ながらすべて日活撮影所で製作され、監督やカメラマンも西河ら日活出身者が大部分を占めることもあり、往年の日活青春映画、文芸映画の後継的な意味合いも持っている。最後の『古都』もやはり日活製作であり、長谷川清カメラマンのみを連れて久々に東宝撮影所の外に出た市川崑監督は、馴染みの薄いスタッフを粘りに粘って叱咤し引退作を撮りあげた。

映画デビューした1974年10月からはTBSのテレビドラマ赤いシリーズ(いわゆる大映ドラマ)でも好演、高い人気を集め、6年にも及ぶ人気ドラマとなる。

1976年 にはブロマイドの年間売上成績で第1位に輝いた。この年リリースされた「横須賀ストーリー」から阿木燿子宇崎竜童夫妻の作品を歌い、新境地を開く[7]。結果として引退まで歌うことになる宇崎夫妻の作品の数々は、大ヒットの連続で、百恵の世界を決定的に形作った。この二人を作家として指名したのは、周囲のスタッフではなく百恵本人だった。

1978年の『第29回NHK紅白歌合戦』では紅組のトリを務めた。ポップス系のトリは、同年白組のトリを務めた沢田研二と共に初めてのことであった。また、10代の歌手が紅白のトリとなったのも百恵が初。その記録は未だに破られていない。

所属事務所「ホリプロ」が東京都目黒区に建てた自社ビルは、百恵の成功によるところが大きいことから「百恵ビル」と呼ばれることもある。

1979年には、評論家の平岡正明が『山口百恵は菩薩である』を著すなど、多くの文化人に現代を象徴するスターとして語られた。写真家篠山紀信は百恵のデビュー当時から被写体として何万枚も撮り続けて来たが、度々、印象的な写真を発表し、注目を集めた。1970年代に篠山が最も多く撮影した女性は百恵であり、「それは時代が山口百恵を必要としていたから」とし、百恵を「時代と寝た女」と称した。

当時の人気作詞家だった阿久悠は、『スター誕生!』の審査委員長であったが、同番組出身である百恵には作品を一切提供していなかった。その理由のひとつとして、「当時は桜田淳子に(詞を)書いていたから、同系統の歌手には書かないことにしていた」と、阿久自身が述べている[8]。2008年に日本テレビ系で放送されたドラマ『ヒットメーカー 阿久悠物語』では、『スター誕生!』のテレビ予選で百恵に対して阿久が「妹役のようなものならいいけれど、歌はあきらめたほうがいいかもしれない」と評したことで[3]、「そのことに傷ついた百恵は作品の提供を阿久に求めなかった」という話に脚色されているが、阿久自身の著書『夢を食った男たち』では前述のオーディションでのエピソードについても率直に記しており、また百恵の魅力についてもかつての倉本聰との対談を差し挟んで語られている。

婚約発表・芸能界引退

1979年10月20日大阪厚生年金会館リサイタルでその役柄のイメージのまま、「私が好きな人は、三浦友和さんです」と、三浦との恋人宣言を突如発表する。その後三浦も記者会見で「結婚を前提にして付き合っています」と語った。

そして、翌1980年3月7日には三浦との婚約発表と同時に、「わがままな…生き方をわたしは選びました。(中略)お仕事は全面的に、引退させていただきます」と芸能界引退を公表する。その一方で、迫り来る引退を視野に入れた形でのレコードのリリースや公演の予定を発表。1975年ザ・ピーナッツで始まり、1978年に解散のキャンディーズで定着した引退記念興行が大々的に展開されることになった。

1980年10月5日日本武道館で開催されたファイナルコンサート[9]では、ファンに対して「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」とメッセージを言い残し、そして最後の歌唱曲となった「さよならの向う側」で堪えきれずに、涙の絶唱となった[10]。歌唱終了後、ファンに深々と一礼をした百恵は、マイクステージの中央に置いたまま、静かに舞台裏へと歩みながら去っていった(なおこのマイクは現在小樽にある石原裕次郎記念館に展示されている。詳細は「三浦友和」の記事を参照)。

ファイナルコンサートの翌日である10月6日には、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)の引退特集番組が放送された。当番組の司会者だった芳村真理井上順のほか、百恵と同じホリプロ所属の先輩だった和田アキ子、かつて「花の中三〜高三トリオ」として活躍した桜田淳子と森昌子、女性歌手仲間として仲が良かったアン・ルイス岩崎宏美太田裕美小柳ルミ子高田みづえピンク・レディー、男性歌手では「新御三家」の郷ひろみ西城秀樹野口五郎など[11]が、百恵の最後の雄姿を見守っていた。この夜ヒットの放送は、歌謡番組史上の傑作として現在も語り草となっている。なお引退直前まで、百恵と親しい間柄でもあった芳村真理はこの回の放送につき、番組勇退後の著書の中で「いつもはスタッフ達の怒声も飛び交い、にぎやかなスタジオであるはずが、この時はとても静かで、感動的だった」「番組の放送が終った後も、みな去るのが辛く、VTRも回しっぱなしでお別れ会が続いた」と放送時のスタジオの様子を振り返っている。

現役歌手として最後のテレビ生番組出演は、10月13日放送の『山口百恵スペシャル ザ・ラスト・ソング』(日本テレビ、『NTV紅白歌のベストテン』の特別番組として放映)である。百恵は番組の冒頭で「秋桜」、最後には「さよならの向う側」を歌唱。そしてエンディングでは、同日のゲスト出演者ら[12]が百恵を囲んで「ザ・ラストソング」(作詞:桜田淳子、作曲:野口五郎)を合唱したが、この時の百恵は一切の涙を見せずに、晴れやかな笑顔でサラリと手を振って、秋桜の花道の向こうに消えていった。なお同番組の視聴率は27.1%を記録した[13]。 正式な完全引退は10月15日のホリプロ20周年記念式典で、その時に歌った曲は「いい日旅立ち」である。式典の後同ホテル内に於いて午後8時半過ぎに引退記者会見が開かれたが、記者の多さから開始直後、前列にいた百名近いスチール用カメラマンと後方のビデオカメラマンとの間で揉める場面もあり中断しかねない状態だった。それでも終始百恵は落ち着いた様子で笑顔も見せている。この会見はこの当日放送された『水曜スペシャル特番 山口百恵 今夜 旅立ち!』(テレビ朝日)で番組の終わりに一部生放送され、これが事実上芸能人として現役最後のテレビ生出演となった。

引退時は21歳(22歳の誕生日の約3か月前)で、芸能人としての活動はわずか7年半ほどだった。引退までにシングルは31作の累計で1630万枚、LPは45作の累計で434万枚を売り上げ、70年代最もレコードを売り上げた歌手だった[13]

結婚

結婚式は1980年11月19日に東京都港区赤坂の日本基督教団霊南坂教会、披露宴は東京プリンスホテル・鳳凰の間で招待客1800人が出席して行われた(仲人は大映ドラマで百恵の父親役を数多く演じた宇津井健夫妻、友和側の主賓は東宝社長・松岡功、百恵側の主賓はCBSソニー会長・大賀典雄)。百恵の父親代わりはホリプロ社長・堀威夫。披露宴の司会はメインが岡田真澄、サブが徳光和夫であった。

同年刊行された自叙伝『蒼い時』[14]は、複雑な生い立ち、芸能人としての生活の裏面に加え、恋愛や性体験についても赤裸々につづられており、発売から1ヶ月で100万部を超え、12月までに200万部を超える大ベストセラーになった。同書の仕掛け人といえる残間里江子にも注目が集まった。写真撮影は立木義浩

引退後

引退後も常にマスコミやファンからの注目を集めているが、一貫して芸能界とは距離を置いている。ただし作詞家として活動したことがあり、1982年アン・ルイスに提供した「ラ・セゾン」がヒットしている。

家庭に入ってからは2人の息子をもうけた。 三浦夫妻宅に不審者が押し入る事件も発生したが、大事もなく解決している。友和によれば百恵は、プライバシーが脅かされる生活に「私は、これ以上芸能界にいたことを後悔したくない」と漏らしたという。長男の通園に備えて自動車教習所に通い始めたころには、教習所の周りを百恵を狙ったカメラマンが囲み、苦悩したという。友和が人権擁護局に助けを求めた翌日には、人権擁護局の注意喚起があったためカメラマンは一人も来なくなったという[15]。 ただし長男の入園式の時はマスコミが自宅、幼稚園を取り囲んだ。さらには強引に中にいる子供にシャッターを向けたため子供が怯える騒ぎとなった。あまりの惨劇に怒った百恵は車を降りカメラマンにビンタをした。この出来事は翌週の週刊誌各紙に掲載された。夫三浦友和のエッセイ「被写体」ではこの件に対しても人権擁護局に対応を要請したが担当者に断られたため入園式は強行突破しかないとしている。

現在はキルト作家として活躍。作品が『東京国際キルトフェスティバル』等の展示会に出品されることも多い。

節目ごとに多くのベスト・アルバムが発売されている。デビュー30周年にあたる2003年には未発表曲1曲を含む24枚組CD-BOXMOMOE PREMIUM』が発売され、このヒットによりブームが再燃した。

1980年のシングル「謝肉祭」は、歌詞の中で連呼する「ジプシー」という言葉が差別的表現であるとして1990年代後半以降レコード会社が発売を自粛した。このためベスト盤CDやファイナルコンサートのDVD『伝説から神話へ -BUDOKAN…AT LAST-』も不完全な形で発売されるようになった。しかし2005年5月25日発売の『コンプリート百恵回帰』(全曲新アレンジで構成)に収録されたのをきっかけに、2006年1月18日発売のライブCD-BOX『MOMOE LIVE PREMIUM』に納められたファイナルコンサートのCD及びDVDには「謝肉祭」を含むノーカット版が収録された。そして当時のシングル・バージョンも2007年7月20日発売の廉価版CD『山口百恵ベスト・コレクション VOL.2』に収録され、9月30日に『MOMOE PREMIUM』の改訂盤として通信販売限定で発売された『Complete MOMOE PREMIUM』及び『MOMOE PREMIUM update』にも収録され完全復活を果たした。

引退する前後には中国で百恵ブームが起き、2000年当時にニュースステーションの評価で「中国人が日本人で想像する人物」のアンケートで1位に輝いた(2位は田中角栄、3位は佐藤栄作)。

引退25年・ホリプロ創立45年にあたる2005年、山口百恵の楽曲を使用したトリビュートミュージカル『プレイバックPart2〜屋上の天使』が上演された。ホリプロ創業者の堀威夫によれば、ABBAの楽曲を使用したミュージカル『マンマミーヤ』がヒットしたことに刺激され、何れは人々の記憶から薄れていく可能性がある山口百恵の存在を守っていくのが使命であると考えているとのことである。

2008年、長男の三浦祐太朗が4人組ロックバンド、Peaky SALT(ピーキーソルト)のボーカル・ギターとして、シングル「イトシセツナナミダ」でメジャーデビューした。

2009年9月、二男である三浦貴大が映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』で俳優デビューし、マスコミでも大きく取り上げられる。

2011年母の日にちなんで2011年度「母が選ぶ理想の母」のアンケートで1位となった(2位は岡江久美子、3位は冨司純子[16]

ディスコグラフィー

※最高位はオリコン調べ ※アルバム項目の*印欄はカセット未発売

シングル

No. タイトル 発売日 最高位 作詞 作曲 編曲
1としごろ1973.05.2137位千家和也都倉俊一都倉俊一
2青い果実1973.09.019位千家和也都倉俊一馬飼野康二
3禁じられた遊び1973.11.2112位千家和也都倉俊一馬飼野康二
4春風のいたずら1974.03.0111位千家和也都倉俊一馬飼野俊一
5ひと夏の経験1974.06.013位千家和也都倉俊一馬飼野康二
6ちっぽけな感傷1974.09.013位千家和也馬飼野康二馬飼野康二
7冬の色1974.12.101位千家和也都倉俊一馬飼野康二
8湖の決心1975.03.215位千家和也都倉俊一森岡賢一郎
9夏ひらく青春1975.06.104位千家和也都倉俊一穂口雄右
10ささやかな欲望/ありがとう あなた1975.09.215位千家和也都倉俊一馬飼野康二
11白い約束/山鳩1975.12.212位千家和也三木たかし萩田光雄
12愛に走って/赤い運命1976.03.212位千家和也三木たかし萩田光雄
13横須賀ストーリー1976.06.211位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
14パールカラーにゆれて1976.09.211位千家和也佐瀬寿一船山基紀
15赤い衝撃1976.11.213位千家和也佐瀬寿一馬飼野康二
16初恋草紙1977.01.214位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
17夢先案内人1977.04.011位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
18イミテイション・ゴールド1977.07.012位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
19秋桜1977.10.013位さだまさしさだまさし萩田光雄
20赤い絆(レッド・センセーション)1977.12.215位松本隆平尾昌晃川口真
21乙女座 宮1978.02.014位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
22プレイバックPart21978.05.012位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
23絶体絶命1978.08.213位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
24いい日旅立ち1978.11.213位谷村新司谷村新司川口真
25美・サイレント/曼珠沙華1979.03.014位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
26愛の嵐1979.06.015位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
27しなやかに歌って1979.09.018位阿木燿子宇崎竜童川口真
28愛染橋1979.12.2110位松本隆堀内孝雄萩田光雄
29謝肉祭1980.03.214位阿木燿子宇崎竜童大村雅朗
30ロックンロール・ウィドウ1980.05.213位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
31さよならの向う側1980.08.214位阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
32一恵1980.11.192位横須賀恵谷村新司萩田光雄
33惜春通り1994.04.2134位石丸博川口真萩田光雄

オリジナル・アルバム

LP&カセット

No. タイトル 発売日 最高位
(LP)
最高位
(CT)
備考
1としごろ1973.08.2155位-としごろ」収録
オリジナル6曲+洋楽カバー6曲
2青い果実/禁じられた遊び1973.12.2126位-青い果実」「禁じられた遊び」収録
オリジナル6曲+邦楽カバー6曲
315歳のテーマ 百恵の季節1974.04.217位-春風のいたずら」収録
初めて全曲オリジナルで構成
415歳のテーマ ひと夏の経験1974.08.013位-ひと夏の経験」収録
ナレーション入り
515才1974.12.108位-ちっぽけな感傷(新編曲)」収録
全曲間にナレーション入り
616才のテーマ1975.05.013位7位湖の決心」「冬の色」収録
ナレーション入り
7ささやかな欲望1975.12.0515位-ささやかな欲望」「夏ひらく青春」収録
817才のテーマ1976.04.212位12位愛に走って」「白い約束」収録
初の宇崎・阿木作品「木洩れ日」「碧色の瞳」「幸福の実感」収録
9横須賀ストーリー1976.08.013位3位横須賀ストーリー 」収録
10パールカラーにゆれて1976.12.056位14位パールカラーにゆれて」「赤い衝撃」収録
11百恵白書1977.05.213位11位初のコンセプトアルバム
全作詞・構成を阿木燿子が担当
12GOLDEN FLIGHT1977.08.213位9位ロンドン録音
イミテイション・ゴールド」の完全別アレンジ収録
13花ざかり1977.12.057位21位秋桜」収録
14COSMOS(宇宙)1978.05.018位24位乙女座 宮」収録
15ドラマチック1978.09.016位6位プレイバックPart2」「絶体絶命」収録
16曼珠沙華1978.12.217位7位いい日旅立ち」収録
自身最大ヒット・オリジナルアルバム
17A Face in a Vision1979.04.013位8位美・サイレント」収録
NHK特集『山口百恵 激写/篠山紀信』用のアルバム
18L.A. Blue1979.07.212位4位ロサンゼルス録音
19春告鳥1980.02.015位8位愛の嵐」「愛染橋」「しなやかに歌って」収録
20メビウス・ゲーム1980.05.216位5位ロックンロール・ウィドウ」収録
21不死鳥伝説1980.08.216位11位さよならの向う側」収録
LP2枚組(4面目に百恵のサイン)
22This is my trial1980.10.214位15位ラスト・オリジナル・アルバム

カセットのみの企画盤

タイトル 発売日 最高位 備考
青い果実・禁じられた遊び 1973.12.05 - としごろ」と表題シングルのA面・B面6曲に、LP『としごろ』より6曲の全12曲
春風のいたずら 1974.03.21 - 表題シングルのA面・B面、LP『青い果実/禁じられた遊び』より9曲、
LP『としごろ』より1曲の全12曲
ちっぽけな感傷・ひと夏の経験 1974.09.01 13位 表題シングルのA面・B面、LP『15歳のテーマ ひと夏の経験』より8曲の全12曲
ささやかな欲望/白い約束 1975.12.21 9位 LP『ささやかな欲望』に「白い約束」を加え、「ありがとう あなた」をカット

ベスト・アルバム

LP&カセット

タイトル 発売日 最高位
(LP)
最高位
(CT)
備考
山口百恵ヒット全曲集1974.11.016位-
DELUXE SERIES 山口百恵デラックス1975.06.0121位-2枚組
Best Hits 山口百恵ヒット全曲集1975.11.0110位-
Best of Best 山口百恵のすべて1976.06.0126位-2枚組、「初恋時代」ソロバージョン収録
Best Hits 山口百恵ヒット全曲集1976.11.017位-
決定盤 山口百恵1977.06.2115位-2枚組
THE BEST 山口百恵 -百恵物語-1977.11.0112位-
THE BEST プレイバック1978.06.218位3位未発表曲「プレイバックPart1」「たそがれ祭り」収録
THE BEST 山口百恵1978.11.019位-2枚組
ザ・ベスト 山口百恵1979.06.2128位8位
THE BEST 山口百恵1979.11.0122位-2枚組
Star Legend 百恵伝説1980.07.213位15位5枚組
歌い継がれてゆく歌のように '78〜'801980.12.2144位46位2枚組
歌い継がれてゆく歌のように '73〜'771980.12.2185位60位2枚組
THE BEST Again 百恵1981.11.01--
Again 百恵 あなたへの子守唄1982.07.0113位23位未発表曲「あなたへの子守唄」収録
PLAYBACK MOMOE 1973-19821982.11.21--3枚組
3650 Momoe 百惠十年1983.12.21--3枚組

カセットのみの企画盤

タイトル 発売日 最高位
山口百恵ベスト・ヒット1974.11.213位
山口百恵のすべて1975.07.014位
山口百恵全曲集1976.04.013位
山口百恵全曲集1976.11.012位
山口百恵 テレビ・映画主題歌集1976.12.05-
山口百恵ベスト・ヒット1977.04.011位
山口百恵全曲集1977.11.013位
PLAY CASSETTE SPECIAL1978.03.0127位
山口百恵ヒット全曲集1978.11.013位
山口百恵全曲集1979.11.014位
百恵・純愛 -映画TV主題歌・名場面集-1980.09.2142位
山口百恵全曲集1980.11.013位
山口百恵全曲集1981.11.0127位
百恵メモリアル VOL.11982.05.02-
百恵メモリアル VOL.21982.05.0274位
百恵メモリアル VOL.31982.05.0246位
山口百恵全曲集1982.11.2131位
百恵メモリアル VOL.4 THE MOVIE1983.05.2182位
百恵メモリアル VOL.5 THE FINAL1983.05.21-
BEST SELECTION1983.11.01-
百恵メモリアル VOL.6 BACK-SIDE STORY1984.07.01-
BEST SELECTION1984.11.01-
BEST SELECTION1985.11.21-
山口百恵ベスト・セレクション1986.11.0173位

CD

タイトル 発売日 最高位 備考
Again 百恵 あなたへの子守唄1982.10.01-
33 SINGLES MOMOE1983.11.21-2枚組、当時の全シングルA面と「曼珠沙華」収録
山口百恵ベスト・コレクション1985.04.21
1986.05.21
-代表的なヒット曲を15曲厳選
百恵復活1992.02.2112位篠山紀信監修、2枚組
百恵回帰1992.11.2149位アレンジを変え、ボーカルトラックを新たに選び直したリ・アレンジ盤
歌い継がれてゆく歌のように -百恵回帰II-1993.01.2182位百恵回帰シリーズ第2弾
百恵・アクトレス伝説1993.10.01-
惜春 譜1994.07.2160位百恵回帰シリーズ第3弾
百恵クライマックス1994.12.01-2枚組(1枚はオリジナル・カラオケ集)
山口百惠ベスト・コレクション〜横須賀ストーリー〜1995.02.01-The CD Club専用商品
百惠辞典1995.08.0273位全シングルA面・B面収録
山口百惠ベスト・コレクションII 〜いい日旅立ち〜1995.09.01-The CD Club専用商品
ベスト・セレクション Vol.11997.07.21-CD選書版ベスト、MD同時発売
ベスト・セレクション Vol.21997.07.21-CD選書版ベスト、MD同時発売
GOLDEN J-POP/THE BEST 山口百惠1997.11.21243位2枚組
2000 BEST 山口百恵 ベスト・コレクション2000.06.21202位
GOLDEN☆BEST 山口百恵
PLAYBACK MOMOE part2
2002.06.19114位
コンプリート百恵回帰2005.05.25161位百恵回帰シリーズをリマスタリングした2枚組、ハイブリッド盤
山口百恵ヒット全曲集 -1974年版-2005.05.25-1974年発売の4チャンネル・ステレオ・ベスト盤を初CD化
5.1chハイブリッド盤、SACD層は4.1ch仕様、紙ジャケ仕様、ボーカル別テイクあり
赤いシリーズ シングル・コレクション2005.10.19237位
山口百恵ベスト・コレクション VOL.12007.07.20-としごろ」〜「初恋草紙」全シングルA面16曲
山口百恵ベスト・コレクション VOL.22007.07.20-夢先案内人」〜「一恵」全シングルA面16曲
MOMOE PREMIUM update2007.09.30-CD-BOX『MOMOE PREMIUM』購入者の為のアップデート盤
CD-BOX『Complete MOMOE PREMIUM』に追加収録された作品を収録。2枚組、通信販売のみ
GOLDEN☆BEST 山口百恵
コンプリート・シングルコレクション
2009.08.19111位全シングルにリアレンジのCDシングル曲、B面収録の主題歌等6曲追加
Blu-spec CDと通常盤の2種類発売

CD-BOX

タイトル 発売日 最高位 備考
REBIRTH/百恵全集 1984.05.21 - 4枚組
山口百惠全曲集 1993.11.25
2003.10.31
- 10枚組、通信販売のみ
再発時に「謝肉祭」をカット
百惠神話
ONE AND ONLY 1973〜1980
1996.08.21 - 9枚組
百恵伝説II
-STAR LEGEND II-
1999.02.27 95位 5枚組
山口百惠 女優伝説 2000.10.18 - サウンドトラックCD8枚+DVD1枚
MOMOE PREMIUM 2003.06.04 8位 全オリジナル・アルバム22枚
特典ディスク1: オリジナル・カラオケCD(リクエストによる10曲)
特典ディスク2: 未発表曲「東京の空の下あなたは」
山口百恵 22 Original Albums Collection 2005.11.01 - 全オリジナル・アルバム22枚のハイブリッド版CD
初回盤・紙ジャケ仕様をBOXセットにして通信販売
MOMOE LIVE PREMIUM 2006.01.18 36位 全ライブ・アルバムを紙ジャケで復刻
当時の未収録曲も追加収録
ファイナル・コンサートのノーカット完全版DVDをセット
Complete MOMOE PREMIUM 2007.09.30 - MOMOE PREMIUM』の完全コンプリート版
「MOMOE PREMIUM」に未収録のスタジオ録音発売作品を全てプラスした、スタジオ録音作品完全コンプリート
24枚組、通信販売のみ
コンプリート百恵伝説 2008.12.11 - LP-BOX『百恵伝説』とCD-BOX『百恵伝説II』に15曲追加したコンプリート版
6枚組、通信販売のみ

ライブ・アルバム

No. タイトル 発売日 最高位
(LP)
最高位
(CT)
録音日
1百恵ライブ
-百恵ちゃん祭りより-
1975.10.0110位29位1975.8.30/新宿コマ劇場
第1回「百恵ちゃん祭り」
2MOMOE ON STAGE1976.10.2122位-1976.8.29/新宿コマ劇場
第2回「百恵ちゃんまつり」
3MOMOE IN KOMA1977.11.0129位33位1977.8.30/新宿コマ劇場
第3回「百恵ちゃんまつり」
4百恵ちゃんまつり'781978.10.2127位43位1978.8.28/新宿コマ劇場
第4回「百恵ちゃんまつり」
5山口百恵リサイタル
-愛が詩にかわる時-
1979.11.2142位56位1979.10.1 - 2/帝国劇場
初のリサイタルを完全収録
6伝説から神話へ
-BUDOKAN…AT LAST-
1980.11.193位11位1980.10.5/日本武道館
ファイナルコンサートを完全収録(LP3枚組)

サウンドトラック

タイトル 発売日 音楽 備考
オリジナル・サウンドトラック 伊豆の踊子 1975.02.21 高田弘
オリジナル・サウンドトラック 潮騒 1975.07.21 穂口雄右
オリジナル・サウンドトラック 絶唱 1976.02.25 高田弘
赤い疑惑 -テレビ・ドラマ名場面集- 1976.04.21 菊池俊輔 2005年6月22日に紙ジャケ仕様でCD発売
オリジナル・サウンドトラック 春琴抄 1977.04.21 佐藤勝
オリジナル・サウンドトラック 泥だらけの純情 1977.09.21 高田弘
オリジナル・サウンドトラック ホワイト・ラブ 1979.09.01 広瀬健次郎 主題歌「ホワイト・ラブ」(歌: eyes)
オリジナル・サウンドトラック 古都 1980.12.21 田辺信一

映像作品

タイトル 発売日 備考
山口百恵 激写/篠山紀信 1980.7. NHK特集をビデオ化
伝説から神話へ
-BUDOKAN…AT LAST-
1980.11.19 ファイナルコンサートを収録
ザ・ベストテン 山口百恵 完全保存版 DVD BOX 2009.12.16 TBS系『ザ・ベストテン』出演全122回よりミラーゲート登場シーン、トーク、歌を7時間収録
プレミアムブックレット付き、5枚組DVD-BOX
オリコンDVDチャート6位
山口百恵 in 夜のヒットスタジオ 2010.6.30 CX系『夜のヒットスタジオ』出演のうち、フジテレビアーカイブスに現存している1975年6月23日〜サヨナラ企画が放送された1980年10月6日までの57回分、5年3か月分の他『スター千一夜』の一部の映像を収録(サヨナラ企画は1番組分収録)。
「夏ひらく青春」〜「さよならの向こう側」の歌唱シーンの他、OP(司会者トーク)やオープニングメドレー(一部未収録有)、歌唱前のトーク、一部EDと歌謡ドラマ(山口百恵登場シーンのみ)、その他企画なども収録。
プレミアムブックレット付き、6枚組DVD-BOX
オリコンDVDチャート3位、引退アーティストでベスト3入りは初の快挙となる

トリビュート・アルバム

タイトル 発売日 最高位 参加アーティスト
山口百恵トリビュート
Thank You For…
2004.05.19 3位 岩崎宏美辛島美登里サーカスSAKURASoweluつんく
中森明菜birdパフィー福山雅治藤井フミヤ
山口百恵トリビュート
Thank You For…part2
2005.05.25 6位 I WiSHアン・ルイス大橋純子工藤静香ケイコ・リー鈴木雅之
スネオヘアー原田知世三原じゅん子柳ジョージRAG FAIR

他の歌手への提供曲

百恵自身の楽曲の作詞以外に、他の歌手への歌詞提供も行った。

横須賀恵名義

三浦百恵名義

出演

映画

タイトル 公開年月日 監督 共演者 原作 備考
としごろ1973年4月14日市村泰一森昌子 和田アキ子石川さゆり等が出演
百恵は助演
伊豆の踊子1974年12月28日西河克己三浦友和川端康成初主演
潮騒1975年4月26日西河克己三浦友和三島由紀夫
お姐ちゃんお手やわらかに!1975年4月26日坪島孝和田アキ子 『潮騒』の併映作、ワンカットのみ出演
花の高2トリオ 初恋時代1975年8月2日森永健次郎森昌子
桜田淳子
絶唱1975年12月20日西河克己三浦友和大江賢次
エデンの海1976年4月24日西河克己南條豊若杉慧
風立ちぬ1976年7月31日若杉光夫三浦友和堀辰雄
春琴抄1976年12月25日西河克己三浦友和谷崎潤一郎
泥だらけの純情1977年7月30日富本壮吉三浦友和藤原審爾
昌子・淳子・百恵涙の卒業式 出発
1977年11月19日根本順吉森昌子
桜田淳子
花の高3トリオ卒業コンサート
ライブ・ドキュメント
霧の旗1977年12月17日西河克己三浦友和松本清張
ふりむけば愛1978年7月22日大林宣彦三浦友和ジェームス三木(原案)サンフランシスコ・ロケ
炎の舞1978年12月16日[17]河崎義祐三浦友和加茂菖子『執炎
ホワイト・ラブ1979年8月4日小谷承靖三浦友和中川美知子(原案)スペイン・ロケ
天使を誘惑1979年12月22日藤田敏八三浦友和高橋三千綱
古都1980年12月6日[18]市川崑三浦友和川端康成引退記念作品、百恵一人二役

テレビドラマ

※ゲスト出演は除く

タイトル 放送局 放映期間 備考
顔で笑ってTBS1973年10月5日 - 1974年3月29日
銀河テレビ小説
灯のうるむ頃
NHK1974年7月8日 - 7月22日
赤い迷路TBS1974年10月4日 - 1975年3月27日赤いシリーズ第1作目
赤い疑惑TBS1975年10月3日 - 1976年4月16日
赤い運命TBS1976年4月23日 - 10月29日
赤い衝撃TBS1976年11月5日 - 1977年5月27日赤いシリーズで初の単独主演
土曜ワイド劇場
野菊の墓
テレビ朝日1977年7月9日
東芝日曜劇場
美しい橋
TBS1977年10月2日石井ふく子プロデュース
赤い絆TBS1977年12月2日 - 1978年6月9日
風が燃えたTBS1978年3月6日日立スペシャル
人はそれをスキャンダルというTBS1978年11月21日 - 1979年4月17日
日本のおんな 北国から来た女フジテレビ1979年4月25日脚本: 平岩弓枝
土曜ナナハン学園危機一髪
もうさみしくなんかないぞ
フジテレビ1980年5月3日
花王名人劇場
さらわれたスーパースター
フジテレビ1980年10月19日
赤い死線TBS1980年11月7、14日山口百恵引退記念スペシャルドラマ

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回曲目出演順対戦相手備考
1974年(昭和49年)/第25回ひと夏の経験01/25西城秀樹トップバッター(1)
1975年(昭和50年)/第26回2夏ひらく青春14/24三橋美智也
1976年(昭和51年)/第27回3横須賀ストーリー01/24野口五郎トップバッター(2)
1977年(昭和52年)/第28回4イミテイション・ゴールド13/24加山雄三
1978年(昭和53年)/第29回5プレイバックPart224/24沢田研二(1)トリ
1979年(昭和54年)/第30回6しなやかに歌って14/23沢田研二(2)

ラジオ

※放送局はすべてニッポン放送

タイトル 放送期間
山口百恵のモモモモ30分1975年4月 - 1975年10月
山口百恵のラブリータイム1975年11月 - 1976年3月
山口百恵と大石悟郎のフォーエバー・フォーク1976年10月 - 1977年3月
山口百恵のスーパー・ライブ・カンパニー1977年10月 - 1978年3月
山口百恵のカラフル・ポップコーン1978年10月 - 1979年3月
山口百恵と宇崎竜童のローリングタウンNo.11979年10月 - 1980年3月
山口百恵 夢のあとさき1980年4月 - 1980年10月

CM

著書

楽曲解説本

  • プレイバック 制作ディレクター回想記~音楽「山口百恵」全軌跡~ 川瀬泰雄 著(山口百恵レコーディング・ディレクター)(学研) 2011年2月25日初版/ISBN 978-4-05-404725-9

脚注

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  1. ^ 後に花の中三トリオを組むことになる桜田淳子も、同年、同じ『スター誕生!』で牧葉ユミの「見知らぬ世界」という曲を歌って合格していた。
  2. ^ 百恵はこの時、「発表を聞く前に、私は歌手になれることをはっきり確信していた」という。
  3. ^ a b c d 山口百恵著『蒼い時』(集英社1981年
  4. ^ この決戦大会出場時の映像は現存していない。
  5. ^ その後千家・都倉コンビが作った楽曲は45曲に及ぶ
  6. ^ CBSソニー(現:「ソニー・ミュージックエンタテインメント」)のプロデューサー酒井政利は第二弾として「青い果実」を出すときに、作詞家の千家和也に対して「より過激な表現」を求めつつ、「中学生にこんな歌詞を歌わせていいのか」と自問したものの、「ストレートに表現することも一つの行き方だ」と思い直したという。
  7. ^ 実際はシングル「横須賀ストーリー」の2ヶ月前に発売されたオリジナル・アルバム『17才のテーマ』に収録の「木洩れ日」と「碧色の瞳」で宇崎夫妻の提供曲を歌っている。その後、宇崎夫妻の提供曲はシングル、アルバムを合わせると69曲に及んだ。
  8. ^ 日本テレビ『スーパーテレビ情報最前線』 - 「独占公開! 山口百恵 ピンク・レディーの真実“スター誕生”物語」2000年11月20日放送
  9. ^ 当日TBSテレビで生放送され、案内役は『ザ・ベストテン』の司会者である久米宏が担当。またかつて久米自身、百恵の大ファンである事を公言していた。
  10. ^ 涙がこぼれてもぬぐわず、あごから涙をぽたぽた落とす状態で歌った。
  11. ^ ほか番組のフィナーレ前には五木ひろし研ナオコ沢田研二ら歌手仲間が登場、特にジュディ・オングから花束を受け取る際に百恵は感極まって涙を見せている。又漫才コンビの青空球児・好児、プロデューサーの酒井政利やディレクターの川瀬泰雄ら仕事仲間の大勢も駆け付けた。
  12. ^ ゲスト出演者は桜田淳子・森昌子・郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎、又「紅白歌のベストテン」の司会者だった徳光和夫堺正章榊原郁恵らも登場。
  13. ^ a b 紙面復刻: 1995年7月13日 (この道 500人の証言185・山口百恵その1)、nikkansports.com、2010年3月30日6時54分
  14. ^ 巻末のあとがきは百恵自身の万年筆による手書き原稿が印刷されている。
  15. ^ 三浦友和著 被写体
  16. ^ 「メディアインタラクティブ」の調査アンケート
  17. ^ 多くのデータベースで11月23日公開と記されているが全くの誤りである。
  18. ^ 有楽座にて特別先行上映。全国公開は12月20日から。

関連項目

外部リンク