1. TOP
  2. Kiraku辞典
  3. メインページ

平沢勝栄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ファイル:Flag of Japan.svg衆議院議員 平沢 勝栄
生年月日 1945年9月4日(66歳)
出身地 ファイル:Flag of Japan.svg岐阜県大野郡白川村
出身校 東京大学法学部
デューク大学大学院
学位・資格 法学士
A.M., Duke University
前職 国家公務員(警察庁防衛庁
所属委員会 予算委員会
外務委員会
世襲
選出選挙区 東京17区
当選回数 5回
所属党派 自由民主党山崎派
党役職 総務副会長
東京都支部連合会総務会長
会館部屋番号 衆議院第1議員会館527号室
ウェブサイト 平沢勝栄オフィシャルサイト
テンプレートを表示

平沢 勝栄(ひらさわ かつえい、1945年9月4日 - )は、日本の政治家、元警察官僚自由民主党所属の衆議院議員(5期)。

目次

来歴

岐阜県白川村生まれ。のちに父親の仕事の都合により福島県に転居した。福島県立福島高等学校東京大学法学部卒業(同級生に白川勝彦早川忠孝)。1968年、東大法学部を卒業し警察庁に入庁。同期に佐藤英彦石川重明、兼元俊徳(内閣情報調査室長)らがいる。在職中、デューク大学に留学した。あさま山荘事件では、同じく元警察官僚の亀井静香同様、出動している。生活安全局保安課長、駐イギリス日本大使館一等書記官警視庁防犯部長、岡山県警察本部長[1]警察庁長官官房審議官、防衛庁長官官房防衛審議官、内閣官房長官秘書官[2]を歴任する。

1996年第41回衆議院議員総選挙東京都第17区から自由民主党公認で出馬し、新進党(旧公明党系)の山口那津男を破り、初当選。出馬の際、面識のあった公明代表の藤井富雄から選挙区の変更か比例区への転出を要求されたが拒否。後藤田正晴の勧めもあり、初当選後は平成研究会に所属した。第42回衆議院議員総選挙では、東京17区から同じ連立与党の所属である自民党の平沢、公明党の山口那津男が出馬し、「与党対決」が全国的に注目を集めたが、再度山口を下し、再選。当選後、平成研究会を退会した。2001年第1次小泉内閣防衛庁長官政務官2003年第1次小泉再改造内閣総務大臣政務官に就任した。2003年自由民主党総裁選挙では、高村正彦の推薦人に名を連ねる。同年の第43回衆議院議員総選挙で、東京17区で民主党錦織淳を破り、3選。翌2004年山崎派に入会した。

第44回衆議院議員総選挙では、東京17区で再度錦織を大差で破り、4選。総選挙後、北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長に就任。2006年2月、民主党の永田寿康の国会質疑をきっかけに起こった堀江メール問題では、問題のメールを入手し、メールの正当性を否定するコメントをマスコミに発表している(事実、そのメールは偽物であり、永田は議員辞職、前原誠司民主党代表は辞任に追い込まれた)。2006年9月、安倍内閣内閣府副大臣に就任。翌2007年第21回参議院議員通常選挙では、東京都選挙区から出馬した自民党新人の丸川珠代の選挙対策本部長を務め、丸川の当選に貢献した。ただし、自民党への逆風により、丸川に代わり保坂三蔵が落選した。

2007年12月、日朝国交正常化を目指す議員連盟「自民党朝鮮半島問題小委員会」を立ち上げ、同会の幹事に就任。2008年には「パチンコ業界の位置づけを真剣に考えていく」ために、自民党内に「遊技業等の営業の健全化に関するプロジェクト会議」を立ち上げた[3]

2009年第45回衆議院議員総選挙では、自民党に猛烈な逆風が吹き荒れる中、東京17区で5選を果たしたが、民主党の早川久美子比例復活を許した(東京17区で次点以下の候補が比例復活するのは初めて)。東京都の25の小選挙区で、東京17区は唯一民主党の候補が敗北した選挙区である。

政策・主張

  • 自民党遊技業振興議員連盟(パチンコ議連)の事務局長を務める。警察官僚時代はパチンコ店のCR機導入を推進しており、パチンコ業界に太いパイプを有する。
  • 外国人労働者の日本への受け入れや永住資格の付与を主張し、1000万人の移民受け入れを主張した自民党の外国人材交流推進議員連盟の提言に賛成している[4]
  • 自民党所属議員であり東京に選挙区を持ちながら、自公連立政権には極めて否定的であった。2000年第42回衆議院議員総選挙に際しては、自由民主党幹事長野中広務から、公明党批判を一切行わない旨の誓約書を提出するよう求められ、自民党の小選挙区候補者で公認が内定したのも最後であった。しかし、平沢は選挙戦中から盛んに公明党を批判し、公明党も平沢を落選させ山口那津男を当選させるべく、猛烈な落選運動を展開したが、両者の「与党対決」は平沢が勝利した。
  • 北朝鮮による日本人拉致問題に関し、拉致議連には草創期から関わっていた。2004年4月、山崎拓が極秘に訪中し、拉致問題について北朝鮮高官を相手に直接交渉した際、山崎に同行した。しかし、山崎、平沢の行為は「二元外交」であると批判され、平沢は総務大臣政務官、拉致議連事務局長を辞任に追い込まれた。平沢は「半年後、一年後に同じ質問(「二元外交ではないのか?」という質問)をして下さいよ」と答えたものの、それ以上は語らなかった。
  • 外国人参政権人権擁護法案に反対している。
  • 2008年から、自民党のマルチ商法疑惑追及プロジェクトチームの座長を務めている。
  • 在日コリアンの発展を目的とするコリア国際研究所の会員である[5]

人物

  • 学生時代、小学生だった安倍晋三家庭教師を務めた。当時、安倍家の冷蔵庫を勝手に開けて色々食べていたらしい。
  • 警察庁の先輩である佐々淳行によれば、平沢のかつての上司である後藤田正晴は「燻し出されたタヌキみたいな顔」「早口で日本語で何をいっとるかさっぱり分からん。英語を喋らせると少し分かる」「平沢は英語は上手いぞ。日本語より上手い」と他の部下に対してと同様、平沢に対しても毒舌だったが、これは後藤田の部下統率術であり、部下としての平沢には信頼をおいていたという。
  • 自公連立政権に一貫して否定的であるため公明党創価学会からの支援を受けにくい事情があるにもかかわらず、東京都選出の自民党議員の中では一、二を争う強固な地盤を誇り、09年総選挙を除き対立候補に比例復活を許していない。
  • 民主党の河村たかしとよく一緒にテレビに出演し、河村から平沢の兄貴と呼ばれた。
  • 物事を話す際に、手を手刀のようにまえに突き出す癖があり、よくネタにされた。
  • 有吉弘行のあだ名シリーズで、「エロカマキリ」と命名された。
  • 亀田興毅亀田大毅を応援し、亀田家から応援されていたが、亀田家の一連の問題の後は距離を置いている。
  • 安倍内閣で内閣府副大臣に就任した際、半ば自嘲的に「内閣「不服」大臣」を名乗った[6]
  • 政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。

所属団体・議員連盟

著書

単著

  • 「日本よ国家たれ」 ISBN 4062114860
  • 「平沢勝栄・全人像」 ISBN 4877320156
  • 「明快!「国会議員」白書」 ISBN 4062104830
  • 「警察官僚が見た「日本の警察」」 ISBN 4062095602
  • 「拉致問題―対北朝鮮外交のありかたを問う」 ISBN 4569638554
  • 「「国会」の舞台裏―テレビだけでは言いつくせない!」 ISBN 4569648886
  • 「「国家」を見失った日本人―外国人参政権問題の本質」 ISBN 4094050914
  • 「危うしニッポン!ズバリもの申す―番組じゃ言えない「アレ」や「コレ」」 ISBN 4584186324
  • 「政治家は楽な商売じゃない」 ISBN 4420310235

共著

出演番組

政局を時代劇風に描いた再現ドラマ「永田町時代劇」ではいつも本人役を演じている。

脚注

  1. ^ 本部長在任中、国連暫定統治下にあるカンボジア文民警察官を派遣する際、岡山県警を含む全国都道府県警察から総勢75名が派遣されたが、ゲリラの攻撃により高田晴行・岡山県警部補(殉職のため警視に2階級特進))が殺害される事件が発生した。
  2. ^ 当時の内閣官房長官は後藤田正晴
  3. ^ @グリーンべると
  4. ^ 日刊サイゾー
  5. ^ 勝栄会 - 平成19年度収支報告書 10万円を3回、計30万円を会費としてコリア国際研究所に支払っている。
  6. ^たかじんのそこまで言って委員会」2006年12月10日放送分。

関連項目

外部リンク


議会
先代:
山口泰明
ファイル:Flag of Japan.svg 衆議院外務委員長
2007年 - 2008年
次代:
河野太郎
官職
先代:
嘉数知賢
櫻田義孝
山口泰明
ファイル:Flag of Japan.svg 内閣府副大臣
渡辺喜美林芳正らと共同
2006年 - 2007年
次代:
木村勉
山本明彦
中川義雄